学位論文要旨



No 127993
著者(漢字) 櫻井,庸明
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,ツネアキ
標題(和) 縮環ポルフィリン二量体を用いた新規液晶性有機半導体の開発
標題(洋) Design of Novel Liquid Crystalline Organic Semiconductors from Triply Fused Metalloporphyrin Dimers
報告番号 127993
報告番号 甲27993
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7761号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 准教授 橋本,幸彦
 東京大学 准教授 但馬,敬介
 東京大学 講師 藤田,典史
内容要旨 要旨を表示する

【1】 緒言

エネルギー問題への関心は近年ますます高まっている。そのような背景の中、有機薄膜太陽電池への応用が期待される有機半導体は、近年最も注目されているマテリアルの一つである。有機半導体と関連する研究領域は、材料の設計・合成からデバイス作成のプロセス技術、性能の評価方法まで多岐に渡り、特に合成化学のアプローチからは高いキャリア移動度を有するπ共役系分子の合成が中心課題となっている。しかしながら、新規なπ共役系分子"骨格"の合成だけでは"溶液系の化学"の域を超えず、材料開発とは言い難い。優れた材料開発には、これら分子骨格を適切に化学修飾し、目的とする機能に応じて配置すること、すなわち分子の集合状態の制御が必要不可欠である。たとえ同一のπ共役系分子であっても、集合状態が適切でなければ電荷輸送特性は極めて低いものとなる。しかし同時に、周辺置換基により望みの集合状態を作ることは未だ課題が多く、高い電荷輸送特性や材料の自発的配向特性などを得るための分子設計指針を得ることは極めて重要である。

本研究では、"縮環ポルフィリン二量体"と呼ばれる分子骨格(Figure 1a)に注目し、これを基盤とする新規電子材料の開発を目的とした。縮環ポルフィリン二量体は、大須賀らによって合成法が開拓された分子骨格であり、異方的かつ巨大なπ共役系、可視・近赤外領域に対する強い光吸収、狭いHOMO-LUMOギャップなどの様々な特徴を有することがわかっているが、それらはすべて溶液状態における性質である。そこで、材料化学への展開として、縮環ポルフィリン二量体をコアとするディスコチックカラムナー液晶というアプローチにより、新規な液晶性有機半導体の開発を目指した。

【2】 完全縮環ポルフィリン二量体を用いた新規n型液晶性有機半導体の開発

可視・近赤外光への強い吸収や中心金属によるHOMO/LUMO準位の可変性などといった太陽電池素材として魅力的な性質を多数有する縮環ポルフィリン二重体であるが、πスタックした集合構造が構築できなければホッピング過程による電荷輸送は行われず、有機半導体への応用は絶望的である。実際に、既に報告されている結晶構造ではπスタックを形成しないT字型の配置をとることが示されている(Figure 1b)。そこで、本研究では、カラムナー液晶相を発現させることでπスタックしたカラム状集合構造を自発的に形成させるとこを狙った。まず、一般的なデザインである長鎖アルキルによる修飾を施した縮環ポルフィリン銅錯体(1(L/L))を新規に合成した(Figure 2a)。しかし、示差走査熱分析(DSC)において中間相は観測されず、さらにX線回折測定(XRD)において明瞭な回折ピークを与えないことから、秩序構造のないアモルファス材料となることがわかった(Figure 2b)。このことは親水鎖による修飾を施した分子(1(H/H))でも同様であった。一方、脂肪鎖および親水鎖の二種類の側鎖で左右非対称に修飾した両親媒性分子(1(L/H))について同様に調べたところ、-20~-70℃の温度範囲で液晶相を形成していることに気がついた。XRD測定により、液晶相の相構造はp2mg対称性を有するレクタンギュラーカラムナー相であることがわかった。この対称性を満足する相構造を考えると、脂肪鎖と親水鎖が混じり合いにくくそれぞれ同士で集まりやすい性質が駆動力となり、カラム構造を自己組織的に形成するというメカニズムが導かれる(Figure 2c)。次に、得られた液晶材料の電荷輸送特性をFP-TRMC(Flash Photolysis Time-Resolved Microwave Conductivity)法で、そのキャリア種の分析を過渡吸収分光法(Transient Absorption Spectroscopy)により、同時評価を行った。過渡吸収スペクトルにおいてラジカルアニオン種に対応する鋭い吸収ピークを示したことから、1(L/H)は有機物として相対的に例が少ない電子輸送を主とするn型半導体特性を示すことがわかり、TRMCシグナルのピーク極大値と合わせて計算することで、カラム内電子移動度は0.2 cm2 V(-1) s(-1)と液晶性半導体としてはトップクラスの値を示すことが明らかとなった。一方で、1(L/L)は1(L/H)よりも1オーダー小さいTRMCシグナルを示したことから、脂肪鎖/親水鎖による位置特異的な修飾が誘導するカラム構造の重要性が示された(Figure 2d)。

【3】 側鎖の相溶性/非相溶性の分子設計戦略によるπ共役系分子のカラム状集積化

液晶性縮環ポルフィリン二量体1(L/H)は、側鎖の体積がコアに対して非常に大きい"側鎖支配型"のカラムナー液晶であり、コアのπスタックがスタック構造を支配する従来のカラムナー液晶とは異なる分子設計であると言える。【2】で観察された、側鎖の相溶性/非相溶性によるコアの分子配列制御という方法を一般化するため、疎水鎖と混じり合いにくい超疎水鎖であるセミフルオロアルキル鎖を採用し、同様の分子設計を試みた1(L/F)を合成した(Figure 3a)。すると、XRD測定により1(L/F)は1(L/H)と全く同じp2mgレクタンギュラーカラムナー相を発現し、πスタックにより形成されるカラムの配置が全く同じパターンであることがわかった(Figure 3b, 3c)。さらには、吸収スペクトル測定により、等方性液体相から液晶相へと温度変化させた際に、いずれの化合物も相転移点付近においてSoret帯ブルーシフトおよび強度減少を示したことから、同様のπスタック様式をとることが明らかとなった(Figure 3d)。したがって、互いに混じり合いにくい2種類の側鎖でπ共役系ディスク分子を非対称に修飾するという側鎖のナノ相分離を誘導する新規な分子設計が、カラム構造を自発的に形成させるための新たな戦略となることが明らかとなった。

【4】 同一π共役系分子を用いた "電子輸送性/ホール輸送性有機半導体の作り分け"

上記【3】の研究過程において、対称修飾された構造にも関わらず、セミフルオロアルキル鎖のみを導入した1F/F(Figure 3a)がフルオロアルキル部位の強い集合能により液晶相を発現することを見出した。これは同様の設計を親水部位により施した1LH/LHがアモルファス材料を与えたのと対照的である(Figure 3a)。X線回折測定により1(F/F)は3次元秩序を有するオルソロンビック相を中間相として発現することがわかった(Figure 4a)。また1(F/F)は、πスタックに伴う吸収スペクトル変化(Figure 4b)についても1(L/H)および1(L/F)(Figure 3d)と異なることから、液晶相において全く違ったπスタック様式をとることが明らかとなった。

液晶材料1(L/H)、1(L/F)および1(F/F)について、TOF(Time-of-Flight)法によりデバイスとしての半導体特性を評価したところ、1(L/H)および1(L/F)が電子輸送特性(n型特性)を示し、1(F/F)がホール輸送特性(p型特性)を示すという予想外の挙動を発見した(Figure 4c)。1(L/H)、1(L/F)および1(F/F)は、溶液状態において吸収スペクトルならびに酸化還元特性プロファイルは極めて類似しており、分子単体としての電子的性質は同一であることがわかる。したがって、TOF測定で観測された半導体特性の差は、上記で示されている、材料中における集合状態の差に由来すると考えた。これらの構造情報および計算シミュレーションの結果から、非対称側鎖修飾された1(L/H)および1(L/F)はどちらも水平移動を伴ってπスタックしたカラム構造を形成し、対称修飾された1(F/F)は回転移動を伴ってスタックしたカラム構造を形成していることが示唆された(Figure 4d)。πスタック様式が異なる場合、軌道間相互作用に大きく差が生じるため輸送される主キャリア種がスイッチするという、理論的な提唱は既に報告がある。本研究は、その提唱に対する初となる実験的な例であると考えられる。

【5】 側鎖構造および相溶性/非相溶性の調節による分子構造-液晶性-電荷輸送特性相関の系統的調査

これまで、側鎖を主な駆動力とするカラム状自己組織化を達成してきたが、縮環ポルフィリン二量体の強いπスタック能のみでカラムナー液晶の形成は可能であると考え、そのような分子設計を追求した。まず、1(L/L)は側鎖である脂肪鎖の体積が大きすぎるために分子間のπスタックを阻害していると考え、脂肪鎖の体積を減らした2(L/L)と3(L/L)に関して銅および亜鉛錯体を新規に合成した(Figure 5a)。その結果、3(L/L)はアモルファスとなったのに対し、2(L/L)は液晶性を示し、広い温度範囲でc2mmレクタンギュラーカラムナー相を発現した。期待通り側鎖体積のチューニングが効果を示したことがわかった。また、3,4-アルコキシフェニル基のほうが3,5-アルコキシフェニル基よりも無溶媒条件下での自己組織能が高いことは、デンドロンを付与した液晶性化合物群でもしばしば見られる傾向であるため、合理的な結果であると言える。これまでの検討により、一分子に混じり合いにくい二種類の側鎖を導入すること、もしくは、一種類であっても適切な側鎖の体積/置換パターンを選択することで、縮環ポルフィリン二量体をカラム状に自己組織化できることが明らかになったが、さらに系統的な知見を得るため、この双方の要素を取り入れた分子2(L/F)についても検討した(Figure 5a, 5b)。その結果、2(L/F)は300℃程度まで安定なp2mgレクタンギュラーカラムナー相を発現することがわかった。すなわち、側鎖の相溶性/非相溶性による効果によりp2mg対称性を有する液晶相を発現した点で1(L/F)と同様であり、かつ側鎖体積の影響によりπスタックの強さがさらに増大したため、熱安定性の高い強固なカラム構造が形成されたことが推測される。上記の要素がカラム内の電荷輸送に与える効果を調べるため1(L/F)、2(L/L)、2(L/F)の銅および亜鉛錯体についてFP-TRMC測定を行った。その結果、2(L/F)が最も高い過渡伝導シグナルを示し、カラム構造の熱安定性とカラム内電荷輸送の間に確かに相関があることがわかった(Figure 5c)。

【6】 中心金属種の違いが液晶性、配向性に与える影響

これまで用いてきたmeso-アリール体とは異なるmeso-アルキル体4(L/L)の各種金属錯体は、脂肪鎖体積が大きいにも関わらず、ポルフィリンmeso位の立体障害が軽減されたためπスタックしたカラム構造を形成し、レクタンギュラー(疑似ヘキサゴナル)カラムナー相を発現することがわかった。4(L/L)のニッケル錯体に関して厚さ5 μmの液晶セル中にて偏光顕微鏡観察を行ったところ、等方相より1℃/minにて徐冷した際、オープンニコル下で樹状組織を与えクロスニコル下で暗視野となり、カラムの自発的な垂直配向(ホメオトロピック配向)挙動に顕著な現象が観察された。この挙動は亜鉛錯体では観察されず、中心金属という微少部位がマクロスコピックな配向を誘起するという興味深い知見が得られた。

【7】 結言

縮環ポルフィリン二量体をコアとするディスコチックカラムナー液晶を開発した。これらの液晶材料は有機半導体特性を発現し、分子集合体のスケールにおいて極めて高いホールもしくは電子輸送特性を示した。さらに、互いに混じり合いにくい二種類の側鎖を一分子に導入することにより液晶相中での分子配列を制御するという概念を導き、これら"側鎖支配型"液晶のデザインにより、同一分子をコアとしながらπスタック様式の変化によりホール/電子輸送特性を逆転するという現象を実験的に捉えた。さらには、縮環ポルフィリン二量体を共通コアとして側鎖および中心金属の影響について系統的な調査を行い、液晶性や配向性、集合構造の安定性に対する分子構造の影響を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

有機電子デバイスの開発に注目が集まる今日において、望みの電子機能を有する有機半導体の分子設計指針を開拓することは最重要課題の一つである。特に近年、巨大なパイ共役系分子に対し流動性側鎖を付与することで自己組織的に一次元電荷輸送経路を構築させ、液晶性有機半導体を得るという方法論が確立されている。しかしながら、過去の報告では骨格分子の化学構造に注目が集まる場合が多く、側鎖の戦略的な設計によって骨格分子の新たな機能を引き出すという概念は提唱されていなかった。本論文では、材料分野での利用報告のない巨大パイ共役系分子である「縮環ポルフィリン二量体」を基盤とし、混じり合わない二種類の側鎖を用いた巧妙な分子設計により、その集合構造を制御し、電子機能を引き出すことを目的とした研究について述べている。

序論では、はじめに有機物の電子伝導の発見から現在汎用的に用いられている有機半導体に至るまでの目覚ましい研究成果について述べている。次に、液晶性有機分子中の電荷輸送の発見の歴史および、近年報告されている液晶性有機半導体の分子設計について紹介している。さらに、π共役系分子の集合構造が電荷輸送能に影響を与える研究例について紹介し、分子設計による集合構造の制御が材料開拓に重要であることを示している。最後に、縮環ポルフィリン二量体に関するこれまでの基礎的な研究成果について述べている。

第1章では、縮環ポルフィリン二量体を用いた初となる液晶性有機半導体の開発について述べている。示査走査熱分析や顕微鏡観察、X線回折測定による解析によって、分子骨格の周辺を脂肪鎖のみで修飾した縮環ポルフィリン銅錯体が予想外にもアモルファス物質を与えたのに対し、脂肪鎖と親水鎖で非対称に修飾した分子がカラムナー液晶相を形成することを見出している。また、脂肪鎖と親水鎖がナノスケールで相分離した相構造を明らかにし、カラムナー相発現の駆動力について説明している。さらに、電極レス過渡伝導度測定および過渡吸収スペクトル測定により、縮環ポルフィリンを基盤とする液晶材料が電子を主なキャリアとするn型半導体特性を示し、そのナノスケールにおける電子移動度が既存の液晶材料を上回ることを明らかにしている。

第2章では、第1章で実演した「互いに混じり合わない2種類の側鎖導入によるπ共役系分子のカラム状自己組織化」の概念をより一般化し、脂肪鎖およびセミフルオロアルキル鎖を導入した新たな分子に対しても同様の現象が観測されることを見出している。一方で、上記と対照的に、セミフルオロアルキル鎖のみを導入した縮環ポルフィリン銅錯体が、異なる相構造を持つカラムナー液晶相を形成し、ホール輸送性を持つp型半導体として振る舞うことを報告している。第2章で観察された現象は、非会合状態では全く同じ電子状態を有するπ共役系分子に対し、「側鎖の相溶性/非相溶性」を利用した分子設計によって異なる集合構造を誘導することで、材料の電子的性質を大きく変える可能性について示した初となる例であり、有機半導体の分子設計指針に新たな知見を与えたという意味で大変意義深い。

第3章では、側鎖の分子設計を変えた化合物群を合成し、自己組織能や電荷輸送特性に与える影響について系統的に調査している。縮環ポルフィリン二量体に関して、脂肪鎖のみを用いても、その側鎖本数と導入位置を適切に選べばカラム状自己組織化が可能であることを示している。この設計にさらに「側鎖の相溶性/非相溶性」の概念を取り入れることで得た化合物は、カラム構造の熱安定性が劇的に向上し、その電荷輸送特性もさらに上昇することを示している。すなわち第3章では、π共役系分子骨格に対し、その電荷輸送特性の向上を狙った集合構造を構築するための新たな分子設計戦略を提示している。

第4章では関連研究として、π共役系分子の平面性が自己組織能に与える大きな影響について言及している。縮環ポルフィリン金属錯体を用いた新たな液晶材料中において、ある中心金属ではπスタックした分子のカラム構造が基板に対し自発的に垂直配向することを偏向顕微鏡観察により見出している。熱物性の調査および計算シミュレーションにより、垂直配向を可能にする錯体はπ平面が歪んでおり、πスタック能が低下することで基盤からの「核成長・カラムの伸長」が優先することを提示している。本系は、中心金属種の差異により分子の平面性を変化させ、カラム構造そのものを変えずに、その基板への配向能のみを変化させた極めて明解な例である。これは、電子デバイスへの応用の際に重要な基板への配向挙動に対して新たな知見を与えたという点で意義深い。

以上、本論文では、π共役系分子に対して、混じり合わない二種類の側鎖を用いた分子設計によりその集合構造を様々に制御し、有機半導体としての電子機能を引き出す方法論について述べられている。π共役系分子骨格そのものに最も注目が集まる現状において、周辺側鎖による集合構造の制御が電子機能を大きく変化させることを実演し、分子設計による構造・物性制御の方法論を提示した本研究は基礎化学的に極めて重要であり、材料・エネルギー科学分野の今後の発展に大きく寄与することが見込まれる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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