学位論文要旨



No 127994
著者(漢字) 田辺,佳奈
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,カナ
標題(和) 光・電子機能を有するイオン性液晶の開発
標題(洋) Development of Photo- and Electro-Functional Ionic Liquid Crystals
報告番号 127994
報告番号 甲27994
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7762号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 准教授 吉尾,正史
 青山学院大学 教授 長谷川,美貴
内容要旨 要旨を表示する

有機材料開発において、自己組織的に階層構造を形成する材料を用いることは有望なアプローチとして近年注目を集めている。液晶は、液体の流動性と結晶の秩序性をあわせもつソフトマテリアルであり、自己組織的に分子集合体を形成する。中でも、分子構造にイオン部位を有するイオン性液晶は異方的イオン伝導材料や異方的化学反応場としての応用が期待され、研究が盛んに行われている。例えば、カラムナー液晶性を示すイミダゾリウム塩において、カラム軸に沿った一次元イオン伝導性などが達成されている。本研究では、そのようなイオン性カラムナー液晶の更なる機能化を目指し、光機能や電子機能を付与することを目的とした。イオン性カラムナー液晶はそのナノサイズのカラム中央に電解質構造を有するため、イオン部位(電解質部位)に光・電子機能を付与することで、非イオン的なアルキル部位(絶縁部位)で遮蔽された光・電子機能活性ナノ空間が作られる。これまでイオン性液晶の光・電子機能はほとんど注目されてこなかった。しかし、光・電子機能性イオン性分子はその特異な電子状態、極性溶媒への高溶解性、イオン部位の大きな双極子相互作用等の特性を利用してセンシング材料や光電デバイス等への応用が期待されている。そのため、それらに液晶性を付与することは応用へ向けても良いアプローチであると考えられ、学術的にも興味深い。ここで、本論文では、イオン性液晶のカチオン部位がもつ電子アクセプター性に注目している。電子アクセプター性として、レドックス活性、分子間電荷移動特性、分子内電荷移動特性といった性質を利用することで、光、電子活性を有するイオン性液晶材料を開発することを目指している。第一章では、以上の本研究にいたるまでの背景と本研究における目的を概説している。

本論第二章ではまず、レドックス活性なビオローゲン誘導体の合成と液晶性について述べている。レドックス活性なビオローゲンの両末端に、扇型のアルキル部位を導入することで、液晶性を付与することを提案している。アルキル鎖長の長い化合物においては、カラムナー液晶相を発現したことを報告している。アルキル鎖の短いモデル化合物について単結晶X線構造解析を行った結果、イオン部位と非イオン部位のベンジル部位とが分かれたカラム状の構造をしていることから、長鎖アルキル鎖をもつビオローゲンの液晶相発現においても、イオン的なビオローゲン部位と非イオン的なアルキル部位とのナノ相分離が重要な駆動力となっていると考察している。また、電気化学的特性について検討を行った結果についても報告している。これらビオローゲンが、良好な酸化還元特性を示し、還元と同時に黄色から濃い青色へと色調変化をする、エレクトロクロミズムを示したことを明らかにしている。

第三章では、ビオローゲン部位をコアとする環状分子の自己組織化について述べている。カチオン性の環状分子に対し、長鎖分岐アルキル鎖をアニオンに導入することで、液晶相発現をし、この液晶相はカラム状の集合構造であったと報告している。一般に、ビオローゲンをコアとした環状分子は、中に電子ドナー性分子を包接することが知られている。そこで本論ではさらに、この液晶性環状分子に、代表的電子ドナーであるテトラチアフルバレンを導入することで、マクロな液晶相の変化を誘起することを提案している。複合化を行うことで、集合構造は前述のカラム状の構造からラメラ状の構造に変化することを明らかにしている。このとき、複合化されたテトラチアフルバレンの酸化電位を測定したところ、複合化されていないテトラチアフルバレンよりも高電位側になったことが示されている。包接により電子アクセプター性のビオローゲンの影響を受け、電気化学的酸化を受けにくくなったと考察している。さらに、複合化後のサンプルに対し、電圧を印加することで吸収スペクトルに変化が観測されたことを示している。例えば、酸化側に電位を印加すると、テトラチアフルバレンのラジカルカチオン種の生成に伴い、電荷移動に由来する吸収の減少も観測されたと報告している。このことを、電圧の印加に伴って化合物の包接状態がスイッチングされたと考察している。

第四章では、分子内電荷移動特性を利用した発光性材料について報告している。これまで、発光性のイオン液晶はほとんど報告例がなく、発光色も限られている。そこで、第四章では、マルチカラーの発光特性を得られるような一連のイオン性液晶を開発することを目的としている。電子アクセプター性のカチオン部位とアルコキシベンゼン部位などの電子ドナー性部位をともにトリポッド型分子に導入することで、分子内電荷移動特性を付与し、発光色のチューニングをすることを提案している。このように設計されたトリポッド型のピリジニウム塩、ピリミジニウム塩、キノリニウム塩の合成について述べ、その液晶性を検討した結果、ヘキサゴナルカラムナー液晶相、レクタンギュラーカラムナー液晶相、キュービック液晶相が発現したことを明らかにしている。発光特性を検討した結果、バルク状態でマルチカラーの発光色が得られたことを示している。溶液中での発光に関しても検討を行ったところ、発光に溶媒効果がみられることから、電子ドナー性のアルコキシベンゼン部位から、電子アクセプター性のカチオン部位への電荷移動相互作用が発光に起因していると考察している。この考察に関しては、密度汎関数法による計算結果より、分子軌道からも考察を行っている。蛍光量子収率測定を行った結果、多くの化合物において自己組織化により発光強度が増大したことを報告している。自己組織化により分子内の振動運動や回転運動が押さえられたため発光強度の増大が観測されたと考察している。また、蛍光寿命測定を行った結果、2成分の発光種が観測されたことを明らかにしており、これは、相互作用を受けたクロモファーと、相互作用をあまり受けていないクロモファーという2種類のクロモファーに起因していると結論づけている。

以上、本論文では、カチオンの示す電子アクセプター性に注目をした光、電子機能性を有するイオン性液晶材料の開発について述べられている。これらの研究は、今後の光、電子機能性材料開発におけるひとつの指針となり、分子集合体化学、超分子化学、光化学等の分野に新たな知見を与えるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

有機材料開発において、自己組織的に階層構造を形成する分子集合体を用いることは有望なアプローチとして近年注目を集めている。液晶は、液体の流動性と結晶の秩序性をあわせもつソフトマテリアルであり、自己組織的に分子集合体を形成する。中でも、分子構造にイオン部位を有するイオン性液晶は異方的イオン伝導材料や異方的化学反応場としての応用が期待され、研究が盛んに行われている。そのようなイオン性液晶の高機能化として、本論文では、イオン性カラムナー液晶の光機能、電子機能の発現について報告しており、五章で構成されている。

第一章では、序論として本論文における研究の背景を概説し、目的を述べている。

第二章ではまず、レドックス活性なビオローゲン誘導体の合成と液晶性について報告している。ビオローゲンの両末端に、扇型のアルキル部位を導入することで、液晶性を付与することを提案している。アルキル鎖長の長い化合物においては、カラムナー液晶相を発現したことを報告している。アルキル鎖の短いモデル化合物について単結晶X線構造解析を行った結果、イオン部位と非イオン部位のベンジル部位とが分かれたカラム状の構造をしていることから、長鎖アルキル鎖をもつビオローゲンの液晶相発現においても、イオン的なビオローゲン部位と非イオン的なアルキル部位とのナノ相分離が重要な駆動力となっていると考察している。また、電気化学的特性について検討を行った結果についても報告している。これらビオローゲンが、良好な酸化還元特性を示し、還元と同時に黄色から濃い青色へと色調変化をする、エレクトロクロミズムを示したことを明らかにしている。

第三章では、ビオローゲン部位をコアとする環状分子の自己組織化について報告している。カチオン性の環状分子に対し、長鎖分岐アルキル鎖をアニオンに導入した化合物がカラムナー液晶性を発現したことを述べている。一般に、ビオローゲンを中心部に剛直部位として有する環状分子は、中に電子ドナー性分子を包接することが知られている。そこで本章ではさらに、この液晶性環状分子に、代表的電子ドナーであるテトラチアフルバレンを導入することで、マクロな液晶相の変化を誘起することを示している。複合化を行うことで、集合構造は前述のカラム状の構造からラメラ状の構造に変化することを明らかにしている。複合化後のサンプルに対し、電圧を印加することで吸収スペクトルに変化が観測されたことを示している。例えば、酸化側に電位を印加すると、テトラチアフルバレンのラジカルカチオン種の生成に伴い、電荷移動に由来する吸収の減少も観測されたと報告している。このことを、電圧の印加に伴って化合物の包接状態がスイッチングされたと考察している。

第四章では、分子内電荷移動特性を利用した発光性材料について報告している。電子アクセプター性のカチオン部位とアルコキシベンゼン部位などの電子ドナー性部位をともにトリポッド型分子に導入することで、分子内電荷移動特性を付与し、発光色のチューニングをすることを提案している。このように設計されたトリポッド型のピリジニウム塩、ピリミジニウム塩、キノリニウム塩の合成について述べており、その液晶性を検討した結果、カラムナー液晶相やキュービック液晶相が発現したことを明らかにしている。発光特性を検討した結果、バルク状態でマルチカラーの発光色が得られたことを示している。溶液中での発光に関しても詳細な検討を行った結果が述べられており、電子ドナー部位から、電子アクセプター性のカチオン部位への電荷移動相互作用が発光に起因していると考察している。この考察に関しては、密度汎関数法による計算結果より、分子軌道からも考察を加えている。蛍光量子収率測定の結果、立体障害の大きい分子においては自己組織化により発光強度が増大したことを報告している。自己組織化により分子内の振動運動や回転運動が押さえられたため、発光強度の増大が観測されたと考察している。

第五章は本論文の結言であり、第四章までの研究成果を総括し今後の展望について述べている。

以上のように本論文では、カチオンの示す電子アクセプター性に注目をした光、電子機能性を有するイオン性液晶材料の開発について述べている。これらの研究は、今後の光、電子機能性材料開発における一つの指針となり、分子集合体化学、超分子化学、光化学等の分野に貢献するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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