学位論文要旨



No 127995
著者(漢字) 中村,晃史
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,アキフミ
標題(和) パラジウム触媒を用いた極性ビニルモノマーと一酸化炭素の共重合
標題(洋) Palladium-Catalyzed Copolymerization of Polar Vinyl Monomers with Carbon Monoxide
報告番号 127995
報告番号 甲27995
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7763号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 吉江,尚子
 東京大学 准教授 西林,仁昭
 茨城大学 准教授 森,聖治
 パデュー大学 教授 NEGISHI,Eiichi
内容要旨 要旨を表示する

目的と概要

一酸化炭素(CO)とオレフィンから合成できるγ-ポリケトンは、強度が高く耐薬品性に優れたエンジニアリングプラスチックとして自動車用品などに実用化されている。原料が安いため、コストの面でも注目されてきた。

ポリケトンの物性に多様性を持たせ用途を広げるため、極性官能基の導入による変質が試みられてきた。最もシンプルな方法は、官能基を持つアルケンをCOと重合させることである。しかし、ビニル基と官能基との間にメチレン鎖を介した特殊なモノマーを用いた例は報告されていたが、極性官能基が直接ビニル基に結合したアクリル酸メチルや酢酸ビニルなどの安価なモノマーでポリケトンを得ることはできなかった。

本博士論文研究では、この課題をホスフィン-スルホナートを配位子とするパラジウム触媒を用いて達成した。この触媒系は2002年にPughらによって発表されて以降、様々な極性ビニルモノマーの配位重合に有効であるとして注目されていた。

本論文においては、極性ビニルモノマーとCOの共重合に関して次の順で説明する。まず基質適用範囲を示す。共重合に成功したアクリル酸メチル、酢酸ビニルについてはそれぞれ詳細にその構造決定・反応機構解析に関する知見を記述する。次に、光学活性な配位子を用いると生成物の位置・立体・エナンチオ選択性が変化することを述べる。最後に、エチレン・極性モノマー・COの三元共重合も可能であることを示し、ポリマーの物性について記述する。

極性ビニルモノマーと一酸化炭素の共重合:基質適用範囲

はじめに、ホスホニウム-スルホナートとPd(dba)2の混合物を用いて、各種極性ビニルモノマーとCOの反応を検討した。すると、アクリル酸メチルと酢酸ビニルを基質として用いた場合に、望みの共重合体が得られた。得られた共重合体の構造は、各種NMR、MALDI-TOFMSにより完全交互に反応したものであると決定した。

アクリル酸メチルと一酸化炭素の共重合

アクリル酸メチルとCOの共重合体は13C NMRのケトン領域にやや幅の広いsingletを与えており、位置規則性が制御されたポリマーであると解釈した。MeODと室温で反応させるとポリマーのメチンプロトンが一部D化されたことから、不斉炭素原子の立体化学はエピメリ化が可能である。

位置規則性の違いについては、以下のように合成・単離したアセチルパラジウム錯体に対する挿入の向きによっても確認した。すなわち、アセチルパラジウム錯体に対し、銀トリフラート存在下でアクリル酸メチルを反応させると、2,1挿入が進行して分子内キレート錯体が生じ、1,2挿入に相当する生成物は確認できない。この挿入の向きの違いに関しては、DFT計算によっても同様の傾向が示唆されている。

得られたポリマーの開始末端の構造は短時間で反応を止めた生成物のNMRから同定した。ホスホニウム-スルホナートとゼロ価パラジウムの反応により二価のヒドリドパラジウム錯体が生じ、それに対してオレフィンとCOが交互に挿入して開始していることが分かった。

また、「なぜホスフィン-スルホナート/パラジウム触媒が極性ビニルモノマーとCOの共重合を可能にしたのか」に焦点を当てて行った研究成果を以下に示す。これまで、様々な配位子を用いて、アクリル酸メチルとCOの共重合が試みられてきた。しかしいずれもメチルパラジウム錯体と一分子のCO、アクリル酸メチルが反応してできる錯体は確認されているが、その後のモノマーの反応が確認された例はなかった。そこで、この錯体をホスフィン-スルホナート配位子、ビスジフェニルホスフィノエタン配位子(DPPE)の二種を用いてそれらの構造や反応性を比較した。

まずX線結晶構造解析の結果からはキレート構造に有意な差はみられなかった。6 MPaのCO圧下、室温でNMRを測定すると、ホスフィン-スルホナート配位子を用いた場合には一分子のCOが挿入した錯体が新たに観測された。系中からCOを除くと原料に戻ることから、この反応は可逆である。一方、DPPEを用いた場合はCOの挿入は確認できなかった。

続いて、触媒サイクル全体のDFT計算を行った(B3LYP/Lanl2dz for Pd and 6-31G* for other atoms)。上記の安定なキレート錯体に対応する中間体を基準(0.0 kcal/mol)とし、相対的なGibbsの自由エネルギー値に安定性や遷移状態を評価する。

ホスフィン-スルホナート配位子を用いた場合、一酸化炭素の配位・挿入は可逆であり、高圧実験の結果をサポートしている。DPPEを用いた場合は、より高い反応障壁となっていたが、実際の重合条件下(70 °C)では問題にならない程度(21.0 kcal/mol)であった。一方、どちらの配位子を用いた場合にも次のアクリル酸メチルの挿入に高い障壁があり、この段階が律速段階であることが分かった。そして確かにホスフィン-スルホナート配位子を用いた場合(27.2 kcal/mol)のほうがDPPEを用いた場合(33.6 kcal/mol)よりも進行しやすくなっていた。

この違いについて以下のように考察した。(1)オレフィン挿入の遷移状態において、スルホナート部位の嵩が低く、DPPEに比べてポリマー鎖との立体障害が軽減されている。(2)オレフィン挿入は早期遷移状態であるため、直前のオレフィン錯体の安定性の差を反映している。この場合、ホスフィン-スルホナート錯体ではオレフィンのtrans位にあるスルホナートのπ受容性が低いうえ、酸素上の非共有電子対とパラジウムのd電子との反発があり、中心金属から電子不足オレフィンへの逆供与が大きくなり系が安定化されている。以上の2つの効果により遷移状態の安定化に寄与している。

酢酸ビニルと一酸化炭素の共重合

酢酸ビニルとCOの共重合体はケトン領域に複数のシグナルがあり、位置規則性も制御されていないことが示唆された。アセチルパラジウム錯体に対し、銀トリフラート存在下で酢酸ビニルを反応させると2,1挿入によって生じた錯体と、1,2挿入によって生じた錯体のどちらも観測された。以上より、酢酸ビニルを用いた場合は2,1挿入も1,2挿入も進行し位置規則性が制御されていないポリマーが生成したと考えられる。これは、CO圧下ではベータアセトキシ脱離が問題にならなかったことを示唆している。挿入の向きの違いに関しては、DFT計算によっても同様の傾向が示唆されている。

酢酸ビニルは、これまでラジカル重合によってのみでしかポリマー合成に用いることができなかった。今回の反応はラジカル捕捉剤であるgalvinoxylを用いても進行することから、初めての配位挿入機構で進行したポリマー合成法となった。

さらにこの結果を元に、エチレンとの共重合にも成功している。

P-キラルな配位子を用いた共重合

ポリマーの物性はその一次構造をより精密に制御することによって変化する。酢酸ビニルとCOの共重合に関しても、その位置・立体規則性を制御するべく、配位子のリン上の置換基を様々に検討した。その結果、P-キラルなホスフィン-スルホナート配位子を用いた場合に位置・立体選択性ともに改善された。さらに、HPLCにより分取した光学活性な配位子を用いると、エナンチオ選択的に共重合が進行して光学活性ポリマーを与えた。

なお、極性官能基が直接ビニル基に結合したモノマーではないが、工業的に重要なモノマーとして酢酸アリルも本触媒系を用いてCOとの共重合を初めて達成することができており、この配位子を用いた場合の結果も記述する。

三元共重合体の合成

本触媒系はアクリル酸メチル・エチレン・COと酢酸ビニル・エチレン・COの三元共重合にも有効であった。オレフィンとCOは交互に挿入しており、極性モノマーとエチレンの導入はランダムであった。エチレンとCOの仕込み比を調節することで極性ビニルモノマーの導入率を変化させることができる。

各種物性解析

得られた酢酸ビニル・COとアクリル酸メチル・CO二元共重合体は融点が観測されない、非晶性の透明な樹脂であった。通常のエチレン・CO共重合体が結晶性であることと対照的である。また、ガラス転移点は、エステル基が導入されることでエチレン・CO共重合体に比べ高くなっていた。エチレンとの三元共重合体はこれらの間にガラス転移点が存在していた。これまで、エチレン・CO共重合体にアルキル基を導入するとガラス転移点が下がることが知られていたため、エステル基の導入はそれと相補的な関係にあるといえる。また、エステル基を持つと180 °Cで脱酢酸などが進行し分解することが分かった。

通常のエチレン・CO共重合体は一般的な有機溶媒に不溶であり成型が難しいという欠点があったが、極性ビニルモノマーを用いた共重合体はアセトンや塩化メチレン等に簡単に溶かすことができる。このため、酢酸ビニル・CO共重合体はキャスト法にてフィルムを作成することができる。

まとめと展望

ホスフィン-スルホナート配位子を有するパラジウム錯体を用いて、アクリル酸メチル・酢酸ビニルと一酸化炭素の配位共重合が初めて達成された。得られた共重合体の一次構造を同定し、その位置・立体・エナンチオ選択性について調べた。また、反応の律速段階がオレフィン挿入であり、スルホナートは(1)立体的に嵩が低く(2)トランス位に位置するπ受容体への逆供与を促進する効果があるため、その反応障壁を低くすることができたと考察できた。これまでスルホナートを配位子として利用することは一般的ではなかったが、本研究での知見によって、今後新たな触媒設計の一助になることを期待したい。

エステル基をγ-ポリケトンに導入することでガラス転移点が上昇することや溶解性が向上することが分かった。従来の市場の傾向から類推すると、ポリアクリル酸エステルと同様の接着剤、接着フィルムなどの用途が考えられる。エチレンとの三元共重合によってガラス転移点が制御できるようになったため、接着する温度を制御する手法が増えたといえる。また、極性官能基の多さを利用して、生分解性や酸素バリア性の高い素材となる可能性もある。ポリマー合成後の化学変換によって、全く新しい構造のポリマーを作ることもできるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

学位論文研究において、「パラジウム触媒を用いた極性ビニルモノマーと一酸化炭素の共重合」を題材として研究を行った。

第1章では、当該分野を概観し論文の総括を述べた。合成高分子のうち、とくに配位挿入機構で進行する系をまとめ、一酸化炭素(CO)とオレフィンから合成できるγ-ポリケトンに注目した。ポリケトンの物性に多様性を持たせ用途を広げるため、極性官能基の導入による変質が試みられてきた。最もシンプルな方法は、官能基を持つアルケンをCOと重合させることであるが、極性官能基が直接ビニル基に結合したアクリル酸メチルや酢酸ビニルなどの安価なモノマーでポリケトンを得ることはできないというのが従来の定説であった。この背景をもとに、本博士論文研究ではホスフィン-スルホナートを配位子とするパラジウム触媒に注目した。

第2章では、ホスホニウム-スルホナートとPd(dba)2の混合物を用いて、各種極性ビニルモノマーとCOの反応を検討した。これまで共重合が不可能とされていたモノマーのうち、アクリル酸メチルと酢酸ビニルがCOと共重合することを見いだした。また、これは酢酸ビニルが配位重合した初めての例である。

第3章では、アクリル酸メチルと一酸化炭素の共重合の詳細を述べた。得られた新規ポリマーはマススペクトルと各種NMR測定によってなされ、位置規則性が制御された完全交互共重合体であると同定した。不斉炭素原子の立体化学はエピメリ化が可能である。位置規則性の違いについては、アセチルパラジウム錯体に対する挿入の向きによっても確認した。また、「なぜホスフィン-スルホナート/パラジウム触媒が極性ビニルモノマーとCOの共重合を可能にしたのか」という、当該分野における最大の疑問にも実験と量子化学計算を駆使して明確に答えた。すなわち、ホスフィン-スルホナート配位子と従来系の代表としてビスジフェニルホスフィノエタン配位子(DPPE)の二種を用いて、それらの構造や反応性、触媒サイクルのポテンシャルエネルギー曲線を比較して考察した。その結果、オレフィン挿入が律速段階であることが分かった。確かにホスフィン-スルホナート配位子を用いた場合(27.2 kcal/mol)のほうがDPPEを用いた場合(33.6 kcal/mol)よりも進行しやすくなっていた。これは(1)オレフィン挿入の遷移状態において、スルホナート部位の嵩が低く、DPPEに比べてポリマー鎖との立体障害が軽減されている。(2)オレフィンのtrans位にあるスルホナートのπ受容性が低く、酸素上の非共有電子対とパラジウムのd電子との反発があることで、中心金属から電子不足オレフィンへの逆供与が大きくなり系が安定化されている。以上の2つの効果により遷移状態の安定化に寄与していると考察された。これは、ホスフィン-スルホナート配位子を用いた様々な反応について統一的な説明を可能にする重要な結果である。

第4章では、酢酸ビニルと一酸化炭素の共重合について詳細が記述した。共重合体はケトン領域に複数のシグナルがあり、位置規則性は制御されていないことが示唆された。この重合反応は、初めて酢酸ビニルを用いて配位挿入機構で進行したポリマー合成法となった。また、その後エチレンと酢酸ビニルの共重合にも成功しており、従来の触媒系で問題であった酢酸ビニル挿入後の錯体について、ホスフィン-スルホナート配位子の特異な反応性を明らかにした。

第5章では、リン上に不斉点を有するホスフィン-スルホナート配位子を用いた場合に、酢酸ビニルとCOの共重合において位置・立体選択性ともに改善できることを示した。さらに、HPLCにより分取した光学活性な配位子を用いると、エナンチオ選択的に共重合が進行して光学活性ポリマーを与えた。

第6章では、本触媒系がアクリル酸メチル・エチレン・COと酢酸ビニル・エチレン・COの三元共重合にも有効であることを示した。

第7章では、得られた新規ポリマーの物性を評価した。エステル基が直接置換したγ-ポリケトンの特異な性質として、ガラス転移点の上昇が見られた。また、溶解性が向上しているため、従来のポリケトン樹脂では難しかったキャスト法によるフィルム成形も可能である。エチレンとの三元共重合体はそのオレフィン含有比率を変えることにより物性の調節ができる。

第8章ではこれらの総括およびこれらを踏まえこの研究におけるさらなる発展の可能性を提唱した。また、ホスフィン-スルホナート配位子を用いた様々な反応における特徴を総括し、他の触媒反応にも波及効果のある考察を加えている。

以上の成果は、新しいエステル基γ-ポリケトンの合成法とその物性、錯体化学における知見を得た点において学術的に重要な知見である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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