学位論文要旨



No 127997
著者(漢字) 北澤,留弥
著者(英字)
著者(カナ) キタザワ,ルミ
標題(和) 航空機ガスタービンエンジン用セラミックス熱遮蔽コーティングの熱機械疲労試験による損傷挙動
標題(洋)
報告番号 127997
報告番号 甲27997
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7765号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 教授 榎,学
 東京大学 准教授 井上,純哉
 東京大学 准教授 溝口,照康
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

航空機用ガスタービンエンジンでは熱遮蔽コーティング(Thermal Barrier Coating:以後、TBCとする)が高温の実使用環境下から耐熱金属部材を保護するために使用されている。TBCの中で、電子ビーム物理蒸着法(Electron Beam Physical Vapor Deposition: 以後、EB-PVDとする)によるものは、羽毛状の微細構造を持つ柱状の組織であり、面方向のひずみ許容性が高いために現状では最も優れたパフォーマンスが得られるものとして、今後ますます適用部位が拡大すると考えられている。このコーティングを用いた航空機用ガスタービン部材の信頼性を保証し、安全に利用するためには実使用環境中におけるコーティングされた部材を含めたシステムとしての損傷を知り、損傷による危険性の判定や損傷防止に向けての対策を立てることが重要である。

本章では、熱及び力が加わる場合のTBCシステムの損傷評価と解析について従来の結果を詳細に調べ、歴史的経緯や現状での熱機械疲労試験に関する具体的な問題点を明らかにした。TBCシステムの実使用環境を模擬した試験を三つの世代に分けて整理した。すなわち、第1世代の等温熱暴露試験、第2世代の熱サイクル試験、第3世代の熱機械疲労試験である。第1世代の等温熱暴露試験はTBCシステムに応力/ひずみの負荷を行わず、炉などで一定温度下に暴露し行なう試験である。第2世代の熱サイクル試験はTBCシステムに応力/ひずみの負荷を行わず、温度を時間の関数として熱負荷を行なう試験である。第3世代の熱機械疲労試験は熱サイクル及び機械的疲労状態を同時に模擬するものである。この試験方法は、タービン翼の実使用環境に最も近い試験方法としてTBCシステムの損傷評価解析に用いられている。しかし、試験片形状の複雑さのように試験片に由来する問題点及び熱と力の加え方のような外的因子に由来する問題点等が未解決であり、系統的な損傷評価解析が行われないという問題点があることを指摘した。

このような問題点を解決し、信頼性保証技術を構築するためには、ガスタービンエンジンで使用されている材料に対し、様々な応力、ひずみ、温度、温度勾配条件下での損傷評価を系統的に行い、各データを検討・比較する必要がある。またそれらのデータはできるだけ応力、ひずみ、温度、温度勾配条件以外の影響が除外され、各条件の相互関係を明確に知ることができることが望ましい。

このようなTBCの信頼性確保に対して行われてきた結果を踏まえて、応力制御同位相熱機械疲労試験とひずみ制御逆位相熱機械疲労試験を行い、TBC試験片の変形及び損傷挙動をマクロ及びミクロの視点から観察、解析することが必要であることを示し、本論文の位置づけと目的を示した。

第2章 応力制御同位相熱機械疲労負荷による損傷

本章では、TBC層にはEB-PVD法によって3mm厚さのインコネル738LC 基板上に150μm厚さのCoNiCrAlY合金(ボンドコート層)をコーティングしたものの上に8wt.%Y2O3-ZrO2を200μmコーティングしたものを材料として用いた。このプロセス時に、TBC層とボンドコート層の間には厚さ約0.5~0.6μmのAl2O3を主成分とする熱成長酸化物(以後、TGOと記述する)層が存在していた。応力制御同位相熱機械疲労試験はTBC層の最低温度300℃、最高温度1150℃とし、加熱時に試験片に60MPaの引張り応力を加えた。393サイクルでの破断後の試験片においてTBC層表面の状態やTBCをコーティングした材料の断面層を詳しく観察した。また、300サイクルで終了した試験後の試験片の厚さ方向の断面に見られる酸化物層の変化を観察した。

熱機械疲労試験の結果、TBCをコーティングした材料の変形破壊挙動は基材自体のクリープ挙動に近いことが明らかになった。また、TBC層も見掛け上のクリープ変形に追従している。しかし、変形に追従するためにTBC層の多重破断を生じていた。また、疲労負荷によるコーティング材料全体のラチェッティング挙動も観察された。最大ひずみと最小ひずみの差であるひずみ範囲は破断直前に急激に増加し、同じ応力を加えても大きなひずみを生じるようになる傾向を示していた。破断した試験片をTBC層表面から巨視的に観察すると、TBC層中に複数のクラックが観察された。クラックは試験片の引張方向と垂直な軸方向の端面から進展するクラック、もう一方は試験片の試験片の引張方向と垂直な軸方向の中心4~6mmの部分に生じている引張方向と垂直なクラックに大別できた。後者のクラックが生じている部分を引っ張り方向と垂直な断面から観察すると、多重破断したTBC層のクラック間隔はほぼ一定であるが開口変位は一定ではなくばらついていた。TBC層のクラックはボンドコートまで達しており、大きな開口変位の場合にはクラックの根元部分のボンドコート層のき裂長さが長くなり、ボンドコート中に新たな酸化物層の生成や厚さの増加やボイドの生成量が多くなる傾向にあった。

TBC層中に見られるクラック開口変位が大きく異なるクラックの発生現象とクラックの発生による巨視的な変形挙動をシェア・ラグ法を用いて理論的に解析し、詳しい観察の結果、熱機械疲労試験時に発生するバラツキのあるTBC層中のクラック間隔を解析的に証明した。また、TBC層にクラックが発生するとクリープに類似した挙動が加速されることを解析的に明らかにした。

TBC層とボンドコート層間に生成した酸化物のTGO層には異方性が生じていた。負荷方向には平滑に近く、波長が長く振幅が小さいうねり、負荷方向と垂直な方向には波長が短く振幅が大きいうねりが観察された。TGO層の異方性を定量的に評価するために、フーリエ変換を行い引っ張り軸方向と引っ張り軸に垂直方向の形を比較した。この挙動は、熱サイクル試験では観察されないので、負荷荷重の影響によるものであるという結論を得た。

第3章 ひずみ制御逆位相熱機械疲労負荷による損傷

第2章と同様のTBCをコーティングした材料及び熱機械疲労試験機を用いて実験を行った。試験時の温度は第2章で行った応力制御同位相熱機械疲労試験と同じ条件とし、高温時に0.045%の最大圧縮ひずみを加えた。試験は最低温度時に負荷されていた引張荷重が最高温度時の破断応力である250MPaを超えた時に停止した。この条件では1300サイクルで試験を中断した。試験後の試験片の観察方法も第2章と同様とした。

この試験の結果、繰り返し数の増加につれて、高温、低温で圧縮応力状態から、高温で引張応力、低温で圧縮応力状態に変化することが明らかになった。最大応力と最小応力の差である応力範囲は、高温時に引張応力となるとほぼ同時に増加し、同じひずみを加えるために大きな応力が必要になる傾向があることを実験的に明らかにした。試験後の材料の厚さ方向の断面を観察した結果、第2章で述べた同位相の場合とは異なり、TBC層中にはクラックは発生しなかった。TBC層とボンドコート層間に生成した酸化物のTGO層は同位相の場合と同じく異方性が観察された。すなわち、負荷方向には平滑に近く、波長が長く振幅が小さいうねり、負荷方向と垂直な方向には波長が短く振幅が大きいうねりが観察された。第2章と同様にTGO層の異方性を定量的に評価するために、フーリエ変換を行い引張軸方向と引張軸に垂直方向の形を比較した。また、この異方性現象は、熱サイクル試験では観察されないので、負荷ひずみの影響と考えることができる。

第4章 同位相及び逆位相熱機械疲労負荷による内部応力の変化

第4章では第2章及び第3章で明らかにした熱機械疲労試験結果の中で、熱機械疲労試験機特有の異方性を有するTGO層中の応力分布や応力成分の測定現象を抽出し、損傷現象について更に詳しく調べた。

応力制御同位相熱機械疲労試験条件とひずみ制御逆位相熱機械疲労試験条件で生成するTGO層は共に異方性を持ち、形態は類似しているが、成長速度や応力状態が異なることを明らかにした。特に、 TGO層中の応力をTGO層中に含まれるCrの蛍光を利用して求めた結果、応力分布は、それぞれ、試験方法及び負荷方向との関係によっても異なることが明らかになった。同位相熱機械疲労試験の場合にはTGO層がうねりを持っていても面内の平均応力は分布を持たないが、TGO層中の応力成分は異方性があり、厚み方向には引張応力が存在することを実験的に初めて明らかにした。

第5章 総括

第5章では、第2章から第4章で得られた結果を総括し、セラミックス熱遮蔽コーティングの信頼性確保という観点から得られた結果を総合的に説明し、本論文全体の結論を示した。本論文では現時点では実使用環境下を模擬した試験に最も近いとされている熱機械疲労試験について、応力制御同位相熱機械疲労試験及びひずみ制御逆位相熱機械疲労試験を行い、損傷の進展に及ぼす温度と力学負荷の組み合わせの影響を明らかにした。その結果と報告されている研究成果を総合的に考察し、力と熱が複雑な条件で加わるTBCが用いられている部材に生じる損傷に対して、(1)熱負荷のみが加わる場合、(2)力の負荷のみが加わる場合、(3)熱と力の両方が加わる場合、についての損傷挙動と損傷挙動に影響を与える因子との相関関係を議論した。その結果をもとに、セラミックス熱遮蔽コーティングの信頼性確保に利用するための熱機械疲労試験の利用方法について言及した。

これらの結果は航空機用エンジンに用いられているTBCシステムの損傷を知る上で大いに役立つものであり、将来のセラミックス熱遮蔽コーティングの信頼性評価に熱機械疲労試験を利用する場合の指針を示しているものであり、材料工学的にも耐熱材料分野の研究開発に役立つ結果と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

航空機用ガスタービンエンジンの高温部分に用いられている超合金タービン翼の表面にはセラミックス熱遮蔽コーティング(以後、「TBC」と記述する。TBCはThermal Barrier Coatingの略称。) と呼ばれる材料が用いられている (以後、超合金にコーティングされたものを「TBCシステム」と記述する。)。TBCシステムは実使用環境下では苛酷な熱と力の負荷が同時に働く条件下で用いられている。従って、このような負荷状況下での損傷挙動を知り、その結果を安全にタービン翼を利用する技術に役立てることが重要になっている。

本論文は、TBCシステムに熱と力が同時に加わる実使用環境に近い条件下で生じる負荷様式と損傷挙動の関係を詳しく検討したものであり、 「航空機ガスタービンエンジン用セラミックス熱遮蔽コーティングの熱機械疲労試験による損傷挙動」と題し、全5章からなる。

第1章は序論であり、TBCシステムの必要性と構造を概説し、TBCの損傷及び従来の損傷評価試験の歴史と現状を三つの世代に分類し整理した。すなわち、温度のみを加える第一世代、温度の時間的変化を加える第二世代、温度と力の時間的変化を加える第三世代である。エンジン内での負荷条件を模擬する方法として第三世代の評価の優位性を示すと同時に、従来の研究では熱機械疲労条件と損傷挙動の関係が系統的に理解されていないことを指摘し、本研究の目的と意義を明確にした。

第2章では、TBCシステムが高温になったときに引張応力が加わる応力制御同位相熱機械疲労試験を行い、マクロ及びミクロの両面から変形及び損傷挙動を詳細に観察した。実験には、Ni-Co-Cr-Al-Y系ボンドコートを設けたインコネル超合金基材上に電子ビーム蒸着法によりY2O3-ZrO2のTBCを施工したTBCシステムを用いた。試験は高温時の表面温度が1150℃、基材温度が1000℃の温度勾配を付与した条件下で、60MPaの引張負荷応力を加える条件で行った。このTBCシステムが応力制御同位相熱機械疲労条件下でラチェティング挙動を示し、TBC層が8%以上の引張歪までクリープ変形することを初めて明らかにするとともに、TBC層に発生するクラックの時間依存挙動を解明した。また、TBC層とボンドコート層間に生成する酸化物層(TGO層)の厚さが負荷する力によらないことを実験的に明らかにした。さらに、生成したTGO層は異方性のあるうねり形状を持つことを実証するとともに、数GPaの平均圧縮応力が存在し、その応力成分を新たに開発した偏光蛍光分光法を用いて初めて実験的に求めることに成功した。この結果から、従来の理論計算では明らかになっていなかった、TGO層中に存在する応力成分の差異を明らかにした。これらの結果から、応力制御同位相熱機械疲労試験条件下での損傷を整理して示した。

第3章では第2章と同様のTBCシステムを用い、TBCシステムが高温になったときに圧縮歪が加わる歪制御逆位相熱機械疲労試験を行った。試験は第2章と同様に高温時の表面温度が1150℃、基材温度が1000℃の温度勾配を付与した条件下で行い、高温時に-0.045%の圧縮歪を加える条件で行った。損傷を巨視的及び微視的の両面から詳しく観察した。巨視的挙動として、試験時の負荷サイクル回数が増加するとともに、高温時の圧縮負荷応力は減少し、低温時の負荷応力はゼロから引張へと変化することを実験的に示し、試験片がクリープ変形により短くなるためにこの現象が生じることを定量的解析を行うことにより説明した。試験時に生成するTGO層は応力制御同位相の場合のように大きなうねりが発生しないことも明らかにした。第2章と同様な偏光蛍光応力測定法から求めたTGO層の平均応力は数GPaの圧縮応力であり、第2章の結果と近い値であるが、応力負荷方向と平行な断面でも垂直な断面でもほぼ同じレベルである点が大きな相違点であるという結果を得た。さらに、応力成分はTGO層の厚さ、形状及び隣接した層の違いによって異なっていることを実験的に初めて明らかにした。これらの結果から、歪制御逆位相熱機械疲労試験条件下での損傷を整理して示した。

第4章では第2章で行った応力制御同位相熱機械疲労条件、第3章で行った歪制御逆位相熱機械疲労条件に加え、応力制御逆位相熱機械疲労条件と歪制御同位相熱機械疲労条件の理論的解析を行い、熱機械疲労試験の基本となる4条件と損傷発生の有無を検討した。検討した熱機械疲労試験の4つの基本条件下で、時間の経過と共にTBCシステム中に最も損傷が発生し破断し易い条件は、本論文で実験を行った応力制御同位相熱機械疲労条件であることを理論的に示した。これらの結果から、実使用環境下で生じるTBCシステムに生じる損傷と熱と力の負荷様式の相関性及びその危険性を明らかにした。

第5章では本論文で得られた結果を総括した。

以上のように、本論文は熱と力の負荷が同時に働く場合のTBCシステムの損傷を実験的及び理論的に検討したものである。この結果は、航空機用ガスタービンに用いられるTBCシステムの信頼性確保に大いに役立つものであるとともに、材料工学に寄与するところが大である。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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