学位論文要旨



No 127999
著者(漢字) 高田,彩未
著者(英字)
著者(カナ) タカタ,アヤミ
標題(和) 光通信デバイスに向けた多重積層InAs量子ドットの作製と評価
標題(洋)
報告番号 127999
報告番号 甲27999
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7767号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡田,至崇
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 准教授 杉山,正和
 (独)情報通信研究機構 主任研究員 赤羽,浩一
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、光通信デバイスの高性能化が期待される自己組織化量子ドットの高密度化、高品質化に向けて、分子線エピタキシー(MBE)法による自己組織化成長メカニズムの解明と制御技術の確立を目指した。

量子ドットの光デバイスへの応用は低消費電力化や温度特性無依存化の点で優れているが、未だ出力光強度に課題を残している。そこで量子ドットの高密度化が必要となる。この舞的に対しては量子ドットの成長方向への多重積層化が最も有効な手段であるが、材料の格子定数差を利用して形成される自己組織化量子ドットでは、格子歪みの蓄積が生じるため、従来方法での多重積層化は難しい。

そこで、歪み補償法の導入により量子ドットの多重積層化による高密度化を達成するための研究を行った。歪み補償法とは、量子ドットの埋め込み層に基板よりも格子定数の小さい材料を用い、系全体の歪みを制御する技術である。本研究では2つの材料系について取り扱った。一つは1.3μm帯発光を目指したGaAs(001)基板上InAs/GaNAs量子ドット、次は155μm帯発光のInP(311)B基板上h1As/hGaAIAs量子ドットであり、いずれも重要な光通信波長帯である。GaAs上InAs量子ドットの多重積層についてはあまり研究例がないが、この材料系での多重積層化技術の確立は極めて重要である。また、InP上の多重積層化技術は確立してはいるものの、その材料特性は未だよく調べられていない。量子ドットデバイスの可能性を明らかにすべく、その光デバイス応用に向けた特性評価は必須である。本研究ではGaAs系材料の多重積層化および結晶高品質化技術の検討とその評価、InP系では試料の作製とその光学特性評価について調べ、歪み補償技術を用いた高密度量子ドットの性能について明らかにした。

まず、GaAs基板上への多重積層InAs量子ドットのMBE成長を行った。本研究では歪み補償中間層としてGaNAs希釈窒化物材料を導入した。GaNAsは少量の窒素原子の添加によりGaAsよりも小さい任意の格子定数に制御が可能である。またバンドオフセットの観点からもGaAsより小さいバンドギャップを有するGaNAsを障壁層として用いることで発光の長波長化も期待できることなど利,点が多い。本研究では40mm厚のGaN0.005As0.995中間層を用いてGaAs基板上では初めてとなる50層にわたる高均一な多重積層を達成した。このとき室温でのPL測定における発光1皮長は、GaAsを中間層とした場合に比べて約84mm長波長化し、1191mm、のピーク発光が得られた。しかし、理想的なシングルピークの発光でないことから、量子ドットの基底準位からの発光が効率的に行われておらず、結晶品質の改善が必要であることがわかった。

次に多重積層InAs/GaNAs量子ドットの結晶品質改善を行うため、本研究ではAs分子線種に注目した。GaAsの結晶成長において、As2とAs4では成長機構が異なることが知られているが、InAs量子ドットおよびGaNAs結晶成長時についてはまだ十分に理解されていない。ここでは、まずAs2およびAs4分子線を用いて多重積層InAs/GaNAs量子ドットを作製し、As分子線種がInAs量子ドット成長過程に与える影響について調べた。まずAs,およびAs4を用いてInAs量子ドット積層試料を作製したところ、As4試料に比べAs2試料ではサイズ均一性が高く、かつ高密度な量子ドットが得られた。この違いの起源を調べるため、InAsの堆積量を0~2.15MLの範囲で変化させ、量子ドットの形成過程を観察した。その結果、As2、As4試料では異なる成長過程をたどっていることが明らかになった.As2試料では量子ドットが形成初期から高密度かつ高均一な形状を維持したまま量子ドットサイズが大きくなり、サイズ飽和に達する。一方、As4試料では、量子ドット形成初期には低密度でサイズ均一性の低い量子ドットが形成され、その後、密度および均一性が向上し、サイズ飽和に達することがわかった。またInAs堆積前のGaNAs表面の平坦性やモフォロジーも異っていることから、InAs量子ドットの異なる形成過程の原因はAs分子線種による効果だけでなく、量子ドット成長直前のGaNAs表面形成にも大きく影響していることが考えられる。次にAs分子線種がGaNAs結晶に与える影響について調査した。As2分子線を用いることによって、薄膜の平坦性は数原子層程度に抑えられた。また、As4分子線に比べて安定して窒素が取り込まれるAsビーム圧幅が広く、成長条件のウィンドウが広がることが分かった。さらにAs分子線種による成長モードに違いがあることを明らかにした。As2分子線を用いた場合には2次元核モード成長が促進され、このとき形成される表面上のステップ密度の高い表面構造が、量子ドットの形成過程に大きく影響を与えていることが考えられる。また、広いビーム圧範囲で安定した窒素の取り込みが見られたのも、これらの高密度なステップ端から窒素が安定して取り込まれた結果であることが考えられる.また、光学特性においては、発光強度はAs2試料がAs4試料に比べ2倍の改善が見られ、発光ピークの温度依存性から見積もられるポテンシャル揺らぎもAs4試料の90.9meVからAs2試料の78.lmeVに改善された。以上の結果を基に従来のAs4分子線に替えAs2分子線を用いることにより、GaAs基板上InAs/GaNAs量子ドットの高品質化を行った。

以上の結果を基に、GaAs基板上1皿As/GaNAs多重積層量子ドットの成長条件最適化を行い、As2分子線を用いて試料の作製を行った。さらにこれらの積層数を変化させた量子ドット試料における光学利得の評価を行った。試料は堆積量1.7MLのhnAs量子ドットと30nm厚のGaNAs歪み補償層を用いた10,30,50層試料であり、各量子ドット層1シート分の面内密度は4xlOl0cm-2である。評価法は光励起によるVariable Stpe-Length法を用い、デバイス構造に依存しない、結晶そのものの利得を見積もることが可能である。その結果、層数が増加するとともに光学利得はほぼ線形的に増大し、50層積層時では34.2cm-1の光学利得係数が得られた。測定条件としては、励起強度は約700W/cm2であり、通常のデバイス動作時の電流注入量に比べ少ないキャリア注入ではあるが、無積層のGaAs上InAs量子ドットの光学利得係数よりも大きな値が得られる結果となった.これは高品質な量子ドットの多重積層化ができている結果であり、また歪み補償技術を用いることで、GaAs基板上InAs/GaNAs量子ドットの光学利得特性はさらなる増大が可能であることを示している。

次に歪み補償法を用いた高密度量子ドットのデバイス化に向けて、デバイス技術の確立された1.55μm発光の皿(311)B基板上InAs/1nGaAIAs多重積」層量子ドットを用いて、導波路構造試料の評価を行った。試料はMBE法によりInP(311)B基板上に堆積量4MLのInAs量子ドットと20mm厚のAIGaInAs歪み補償層により5,10,15,20層試料を作製し、これらを用いてレーザ構造を作製した。L-I特性評価から内部損失と内部微分量子効率を見積もったところ、積層数の増加に伴いそれぞれ増大し、20層積層時にはそれぞれ26.1cm-1,28.5%であった。内部微分効率の増大は量子ドット密度増加による利得増大の結果と考えられる。一方、内部損失の増大は閉じ込め構造による電場の浸み出し、および量子ドットによる屈折率の揺らぎが原因と考えられ、今後閉じ込め構造の評価および検討が必要である。

以上より、歪み補償法による量子ドットの高密度化はデバイス特性においても利得増大に有効であることを明らかにした。また閉じ込め構造の最適化により、さらなる高効率化を達成できることが予想される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「光通信デバイスに向けた多重積層InAs量子ドットの作製と評価」と題し、光通信デバイスの高性能化が期待される量子ドットの高密度化・高品質化に向けて、分子線エピタキシー(MBE)法による自己組織化InAs量子ドットの成長メカニズムの解明と制御技術及び光通信デバイス応用について述べたものであり、全7章からなる。

第1章は序論であり、本研究の背景と目的を解説している。量子ドットの光デバイスへの応用に向けて高密度化の必要性を論じるとともに、材料の格子定数差を利用して作製する自己組織化量子ドットの多重積層化の課題について、従来法を参照しつつまとめている。本研究は、量子ドットの埋め込み層として基板よりも格子定数の小さい材料を用いることにより、量子ドット系全体の平均歪みを制御する、歪み補償法を確立し、量子ドットの多重積層化による高密度化を実現することを目的としている。本論文では2つの材料系について取り扱っている。一つは1.3 μm帯発光を目指したGaAs(001)基板上InAs/GaNAs量子ドット、次は1.55 μm帯発光のInP(311)B基板上InAs/InGaAlAs量子ドットである。

第2章では、本研究で用いた分子線エピタキシー装置等の実験装置と評価法を述べている。

第3章は、GaAs(001)基板上InAs/GaNAs量子ドットの多重積層成長の結果を述べている。GaNAsは少量の窒素原子の添加によりGaAsよりも小さい任意の格子定数に制御が可能である。またバンドオフセットの観点からもGaAsより小さいバンドギャップを有するGaNAsを障壁層として用いることで発光の長波長化も期待できることなど利点が多い。本研究では40 nm厚のGaN0.005As0.995中間層を用いてGaAs基板上では初めてとなる50層以上にわたる高均一な多重積層量子ドットの作製を達成した。

第4章では、多重積層InAs/GaNAs量子ドットの高品質化に向けて、異なるAs分子線種がInAs量子ドットおよびGaNAs中間層の結晶成長過程へ及ぼす効果を調べている。As2を用いて作製したInAs量子ドットの場合、形成初期から高密度かつ高均一な形状を維持したままドットのサイズが大きくなりサイズ飽和に達するのに対し、As4試料では、ドット形成の初期には低密度でサイズ均一性の低い量子ドットが形成され、その後、密度および均一性が向上し、サイズ飽和に達する自己組織化成長過程を明らかにした。

第5章は、前章で行った自己組織化成長の最適条件の下で、GaAs基板上にInAs/GaNAs多重積層量子ドットを実現し、光学利得の評価を行った。その結果、積層数を増大させるとともに光学利得は線形的に増大し、50層積層試料では34.2 cm-1と比較的高い光学利得係数を得た。

第6章では、1.55μm波長帯高密度量子ドットの導波路構造評価について述べている。 InP(311)B基板上に堆積量4 MLのInAs量子ドットと20 nm厚のAlGaInAs歪み補償層の組み合わせにより5, 10, 15, 20層積層試料を作製し、レーザ構造を作製した。L-I特性評価から内部損失と内部微分量子効率を算出したところ、積層数の増大とともにそれぞれ増大し、20層積層試料で26.1 cm-1, 28.5%が得られた。内部微分効率の増大は量子ドット密度増加による利得増大の結果として捉えている。一方、閉じ込め構造による電場の浸み出し、および量子ドットによる屈折率の揺らぎが内部損失の増大につながっていると分析し、閉じ込め構造の最適化の重要性を指摘している。

第7章は結論であって、本研究で得られた成果を総括するとともに、将来展望について述べている。

以上、本論文は、歪み補償成長法によるInAs系量子ドットの多重積層化技術の確立と高性能光通信デバイス応用の可能性を示したオリジナリティーの高い研究である。本論文の特筆すべき研究成果として、GaAs(001)基板上に、GaNAs歪み補償中間層を用いて50層以上にわたって高均一のInAs自己組織化量子ドットを世界で初めて達成したこと、導波路型光デバイスの光学利得係数の増大に向けて自己組織化量子ドットの多重積層構造が有効であることを示したこと、などが挙げられる。本論文の研究成果は、今後の高密度量子ドットエピタキシー技術、また光エレクトロニクスデバイス応用に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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