No | 128000 | |
著者(漢字) | 峯岸,諒 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミネギシ,リョウ | |
標題(和) | 脳‐機械融合システムを用いた昆虫の適応的行動生成に関する神経行動学的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128000 | |
報告番号 | 甲28000 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7768号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 先端学際工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究は,環境に適応する脳機能を調べるためのアプローチとして,脳と環境の間の相互作用に人為的な操作を加えることが可能で,かつ動物の行動が直接観察できるものとして,生物の身体を機械に置き換えた「脳‐機械融合システム」を構築し,これを用いた昆虫の環境適応能に関する実験を行った.システムの構築に当たっては,雄カイコガの匂い源探索行動をモデルとし,探索行動の指令信号と推定されている信号が統合する左右頚運動神経2nd CNbの神経信号により,移動ロボットを制御する計測系を開発し,神経信号を左右モータの回転量に変換する変換則を設定した. 構築した融合システムにより,雄カイコガの匂い源探索行動時の定型的行動パターンや匂い源定位が再現され,行動指令信号の生物学的機能がはじめて検証された.また,融合システムを強制的に回転運動させることで生じる視覚フィードバックが,行動指令信号に直接反映されること,さらには,融合システムの回転角速度のゲイン操作により想定外の行動や感覚フィードバックに対して,行動指令信号が左右間で調節され,適切に探索行動が発現することを明らかにした. 第1章 序論 環境に適応する脳機能を調べるために,脳と環境の間の相互作用に人為的な操作を加えることが可能,かつ動物の行動タスクが観察できるものとして,生物の身体を機械に置き換えた「脳‐機械融合システム」の必要性を提案し,昆虫脳をモデルとしてこれを構築し(図1),匂い源探索行動時の複数感覚統合の機能について調べることを記した. 第2章 融合システム構築のための生物学的基盤 先行研究において脳内の行動指令信号と推定されている信号が統合される,頚運動神経2nd CNbの形態および生理機能,頚運動神経が引き起こす頚の回転運動と歩行運動の関係を明らかにし,頚運動神経の活動が融合システムの制御信号として使用可能か検討することを目的とした. 2nd CNbを構成する神経に対するバックフィル染色,2nd CNbの応答特性を調べるための匂い刺激実験,視覚刺激実験,頭部運動と歩行運動を同時記録する行動実験を行った. 染色実験においては2nd CNbを構成する5ニューロンを同定した.生理実験においては左右2nd CNbからの同時計測により,5ニューロンの応答を分類し,探索行動パターンに対応した応答パターンや左右2nd CNbでの相反的な興奮応答を記録した.行動実験により,歩行中の頭部の回転角度と歩行中の体軸の回転角速度の対応を確認した. 2nd CNbの活動パターンおよび行動実験の結果から,2nd CNbの神経活動が探索行動を指令する可能性があり,融合システムの指令信号として利用可能と考えられる.また,嗅覚と視覚の刺激に対して応答性を持つことから,複数感覚統合処理を調べるうえでも妥当と考えられる. よって,計測対象とした2nd CNbの神経信号は,融合システムの指令信号として妥当と考えられる. 第3章 融合システムの構築 融合システムを構築する上での技術的課題を克服し,2nd CNbの神経活動の行動変換則を設定し,融合システムを用いて雄カイコガの特徴的行動を検証することを目的とした. ノイズ対策によりロボット上で神経活動の安定を可能にする計測系を製作し,神経活動をロボットの行動指令信号に変換する変換則を設定した.融合システムを用いて,匂い刺激への応答,匂い源定位実験を行った. 移動ロボット上で左右2nd CNbからの生体信号を安定計測した.匂い刺激に対する定型的行動パターンや匂い源への定位行動の分析から,変換則により融合システムが実際のカイコガの行動を再現することを確認した. 左右の2nd CNbのスパイク発火頻度の和に応じて前進速度,差に応じて回転角速度に変換したが,2nd CNbの左右相補的な興奮という応答特性から妥当な変換則であり,融合システムによりカイコガと同等の匂い源探索が再現されたと考えられる. 移動ロボット上での生体信号の安定計測,計測信号からのカイコガの特徴行動の再現により,融合システムが構築された. 第4章 融合システムを用いた適応的行動生成に関する研究 匂い源探索時における複数感覚統合の機能を検証するために,融合システムを利用して開ループ,閉ループおよび,実環境の各条件において実験を行った. 停止状態のロボットに強制的な回転運動,およびに並進運動を加えたときの応答を記録した(開ループ実験).指令信号により走行可能状態のロボットに回転角速度成分を外乱として与え,応答を記録した(閉ループ実験).定位実験において行動変換則を操作することにより,片側モータのゲインの回転量を2倍化するバイアスをかける条件,およびにロボットの回転角速度を2倍にする条件で指令信号の変化を記録した(実環境実験). 強制的な回転運動に対する運動方向依存的な補正応答が計測神経において得られた.このとき,回転角速度に依存した応答強度変化が見られたが,並進速度に対する応答は見られなかった.外乱実験においても回転角速度成分に対する補正的な応答がみられ,ロボットの姿勢維持運動が観察された.定位実験においては左右モータゲインに対するバイアス変化に対する神経出力の抑制,ロボットの回転角速度の倍化に対する神経出力の抑制を記録した. 外乱として与えた回転角速度に対しては補正的な応答が得られることから,指令信号に対して,運動時に生じる感覚フィードバックを打ち消す遠心性コピーの存在が考えられる. 先行研究において,視運動反射が匂い源定位行動のパフォーマンスを向上すると考えられてきたが,それらは昆虫を固定し,環境を単純化した刺激を与える実験の中で得られたものであり,実環境における機能は不明であった.本研究により,融合システムを用いてロボットの行動変換則を操作することで,共通の実験系(融合システム)を用いて,刺激に対する開ループの実験,閉ループの実験,実環境中での実験を行い,匂い源探索行動における視運動反射の役割を明らかにした. 第5章 結論 本研究において,昆虫の環境適応能を調べるための実験プラットフォームとして「脳‐機械融合システム」を構築した.構築した融合システムにより,雄カイコガの匂い源探索時の定型的行動パターンや匂い源定位が再現され,行動指令信号の生物学的機能がはじめて検証された.また,融合システムを強制的に回転運動させることで生じる視覚フィードバックが,行動指令信号に直接反映されること,さらには,融合システムの回転角速度のゲイン操作により想定外の行動や感覚フィードバックに対して,行動指令信号が左右間で調節され,適切に探索行動が発現することを明らかにした. 構築した融合システムにおいて計測点を追加することにより,脳の内部における複数感覚統合時の適応的な情報処理について,より詳細な機構の解明を目指すことが可能である.また,得られた知見から行動生成モデルを作り,その出力を実際の行動指令信号と比較することにより,共通の実験系の中で脳の機能調査から推定モデルの評価までを行うことができる実験系を構築した.このような実験系は構築段階において,生物学と工学の連携が行われ,得られる知見についても生物学と工学双方での利用が可能なものであることから,真に学際的な研究の達成であるといえる. 図1. 脳‐機械融合システムの概念と構築した融合システム | |
審査要旨 | 本論文は,生物の環境適応行動の背景にある脳機能を調べるための手法として,生物の身体を機械に置き換えた「脳‐機械融合システム」を提案・構築し,これを用いた適応的行動生成に関する実験を行った研究の成果をまとめたもので,5章より構成される. 第1章は序論であって,研究の背景,目的,論文の構成が述べられている.環境に適応する脳機能を調べるために,生物と環境の間の相互作用に人為的な操作を加えることが可能,かつ動物の行動タスクや神経活動が観察できるものとして,従来の神経行動学の手法との比較の中で,生物の身体を機械に置き換えた「脳‐機械融合システム」の必要性を提案し,昆虫脳をモデルとしてこれを構築し,適応行動の一つとして,匂い源探索行動時の複数感覚統合の機能について調べることが述べられている. 第2章は「脳‐機械融合システムを構築するための生物学的基盤」として,脳内の行動指令信号と推定されている信号が統合される,頚運動神経2nd CNbの形態および生理機能,頚運動神経が引き起こす頚の回転運動と歩行運動の関係を明らかにし,2nd CNbの活動が融合システムの行動制御信号として使用可能かを検討している.染色実験による2nd CNbを構成する5ニューロンの形態同定,神経活動計測による5ニューロンの応答分類,探索行動パターンに対応した応答パターンや左右での相反的な興奮応答の記録が行われた.行動実験による歩行中の頭部の回転角度と体軸の回転角速度の対応の確認も行われた.これらの結果から,2nd CNbの神経活動中の4ユニットが探索行動を指令する可能性があり,嗅覚と視覚の刺激に対して応答性を持つことから,複数感覚統合処理を調べるうえで融合システムの行動制御信号として妥当なものであると述べている. 第3章は「脳‐機械融合システムの構築」として,融合システムを構築する上での技術的課題とその克服,融合システムを用いた雄カイコガの特徴的行動の再現について述べられている.製作した小型生体アンプにより,ロボット上で2nd CNbの神経活動を安定計測し,ロボットの行動制御信号に変換する変換則の設定について述べている.また,融合システムを用いて,雄カイコガと同等の匂いへの応答性,定位性能を持つことを示し,本融合システムが適応行動生成に関する実験に利用可能であると結論づけている. 第4章は「脳‐機械融合システムを用いた適応的行動生成に関する研究」として,融合システムを用いた視覚フィードバックに関する実験,匂い源探索時における視覚情報の統合機能に関する実験を行い,融合システムが適応的行動生成のひとつである複数感覚統合について調べるためのプラットフォームとなりうることを示している.視覚フィードバックに関する実験としては,停止状態のロボットに与えた強制的な回転運動に対して運動方向を打ち消すための神経活動が見られること,走行状態のロボットに回転運動を外乱として与えたときに補正的な応答が得られ,ロボットの姿勢維持運動が観察されることが示されている.匂い源定位実験においては左右のモータゲインに対するバイアス変化に対する神経出力の抑制,ロボットの回転角速度の倍化に対する神経出力の抑制が存在することを明らかにした.本論文においてはじめて、実環境中でのタスク達成中における複数感覚統合に関する知見が得られた.さらに,本融合システム上では視覚,嗅覚の統合中の脳内神経活動の計測が可能なことから,複数感覚統合の神経機構を調べるための実験プラットフォームが構築されたといえる. 第5章は結論であって,得られた成果を総括するとともに将来展望について述べている.構築した融合システム上では安定した神経活動計測が可能であるため,計測点を追加することにより,脳内部における複数感覚統合時の適応的な情報処理について,より詳細な機構の解明を目指すことが可能である.また,得られた知見から行動生成モデルを作り,その出力を実際の行動指令信号と比較することにより,モデルの検証を行うことで脳が生成する適応能の理解をさらに深めるアプローチとなることを述べている. 以上のように,本論文では生物の環境適応能を調べるための新しい手法として「脳‐機械融合システム」を提案・構築し,本融合システムにより雄カイコガの匂い源探索時の定型的行動パターンや匂い源定位を再現し,行動指令信号の生物学的機能をはじめて検証した.また,融合システム上で生じる視覚フィードバックが,匂い源探索行動の指令信号に直接反映されること,さらには,融合システムの回転角速度のゲイン操作による想定外の行動や感覚フィードバックに対して,行動指令信号が左右間で調節され,適切に探索行動が発現することを明らかにした.このような「脳‐機械融合システム」は生物学と工学分野の融合により達成されるものであり,本融合システム、そして本システムにより得られた適応能に関する知見は,神経生物学や機械工学双方の発展に大きく貢献する,真に学際的な研究成果と判断される. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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