学位論文要旨



No 128002
著者(漢字) 高,正宏
著者(英字)
著者(カナ) コウ,セイコウ
標題(和) 生体分子を用いた窒化ホウ素ナノチューブの水中分散と機能化
標題(洋) Aqueous Dispersion and Functionalization of Boron Nitride Nanotubes Using Biomolecules
報告番号 128002
報告番号 甲28002
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7770号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 吉本,敬太郎
 東京大学 講師 須磨岡,淳
 東京工業大学 教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

緒言

窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)はカーボンナノチューブ(CNT)と同様にチューブ状の構造をもつ。BNNTは、炭素原子がホウ素および窒素原子に交互に置換されていること以外は構造的にCNTに類似しており、空間的な原子の配置はほぼ同一である(Figure 1)。しかしながら、BNNTは高い熱的および化学的安定性と、並外れた耐酸化特性、修飾方法の多様性などCNTとは異なる固有の性質をもつ。それらの固有の特性によってBNNTはマテリアルサイエンスおよびナノテクノロジーの分野において注目を集めている新素材である。

近年の大量かつ高純度なBNNT合成の達成により(Figure 2)、BNNTに関連する研究は注目に値するペースで増大している。しかしながら、BNNTの実用的な応用のためには、BNNTが通常の溶媒には不要であること、側壁が化学的に不活性であること、また生体適合性が低いことといった、応用を妨げるいくつかの重大な問題がある。これまでに、BNNTを有機溶媒に溶解させるための共有結合的あるいは非共有結合的な手法が開発されてきたが、生体関連への応用や環境適合性のためにBNNTを水系溶媒に溶解することが広く求められている。しかしながら、BNNTの超疎水性側壁およびチューブ間の強いファンデルワールス相互作用により、通常は困難である。

生体分子は生体内に存在する化合物であり。タンパク質(ペプチド)、核酸、糖、脂質などに大きく分類できる。生体分子の最も重要な性質は、生物学的な認識、自己組織化、および生物学的な進化であることが広く知られている。これら生体分子の優れた性質から、現代における持続可能なナノテクノロジー発展における重要性を上昇させ続けている。近年、CNTのような人工ナノ構造マテリアルの可溶化や機能化のための可溶化剤や修飾剤として生体分子が利用できることが報告されている。

本研究では、生体分子の多くの利点を考慮し、ペプチド、核酸、および多糖といった様々な生体分子を用いた水中へのBNNTの分散および機能化を検討した(Scheme 1)。本研究の最初の目的は、生体分子を用いてBNNTを水中に溶解させることである。二つ目の目的は生体分子によるBNNTの修飾により新たな化学的特性を付与することである。三つ目の目的は、ユニークな特性をもつ新規ハイブリッドを創製するために生体分子により修飾されたBNNT上に無機量子ドットや多機能性タンパク質のさらなる集積にある。本研究で示した水溶性生体分子によるBNNTの機能化は、BNNTに良好な水への溶解性を与えるのみならず、生体分子によりBNNTに新たな機能を付与する。

結果および考察

1. ペプチドを用いるBNNTの水中分散と機能化

BNNTは通常の溶媒には不溶であるため、良好な溶解性およびBNNTの分散はさらなる多くの応用のために最も強く求められている。これまでに、ペプチドライブラリーからCNTに対して選択された短鎖ペプチドが、CNTの超疎水性側壁にπ-πスタッキングあるいは疎水性効果によって相互作用し、水中でCNT単一分散できることが報告されている。本章では、BNNTとCNTが構造的に類似していることから、類似した結合様式でペプチドがBNNTと相互作用すると予想し、BNNTの水中への効果的な単一分散を導くものと期待した。

BNNTの単一分散のための簡便な手法として、ペプチド共存下における超音波処理を採用した。CNTに結合するペプチドであるB3(HWSAWWIRSNQS)をBNNTの分散剤に用いた。 原子力間顕微鏡(AFM)観察によりB3により分散したBNNTは水中で単一分散していることが分かった(Figure 3)。円偏光二色性(CD)スペクトルは水中でB3がαヘリックス構造を形成していることを示し、トリプトファン残基により構成される疎水面でBNNTと相互作用し、親水部を水中に露出していることが示唆された。B3中のトリプトファン残基それぞれをアラニンへに置換すると、αヘリックス構造の割合が低下し、また分散したBNNTの量も低下したことから、BNNTの単一分散には、αヘリックス構造に寄因するトリプトファン残基の配置が重要であることがわかった。一方、蛍光分光および赤外(IR)吸収スペクトルから、B3-BNNT間に強いπ-π相互作用が働いていることが示唆された。今回構築したペプチド修飾されたBNNTは、その優れた分散性と特異な物理化学的特性から、電子的、光学的、および生物学的な応用が期待できる。

2. フラビンモノヌクレオチドを用いるBNNTの水中分散と可視光発光への応用

BNNTを水中に単一分散する上で芳香族小分子もまた効果的に働くことが期待される。フラビンモノヌクレオチド(FMN)はビタミンB2をリン酸化して誘導体化された生体分子として良く知られ、補酵素や光受容体など多数の生物学的プロセスにおいて重要な役割を果たしている。その分子構造は芳香族イソアロキサジン環とリン酸部位とからなる。本章では、BNNTの疎水面とFMNとがイソアロキサジン環を介したπ-π相互作用により結合し、水中で良好な溶解性と分散性をBNNTに与えることを期待した。このアプローチにより、BNNTの水中での溶解および分散のためのみならず、BNNTベースのハイブリッドの集積が達成可能な新たな非共有結合的な側壁の化学的修飾となることが期待される。

本章では、FMNによるBNNTを分散した. IRスペクトルはFMN-BNNT間にπ-π相互作用の形成を示唆した。UV-Visスペクトルに見られるBNNTおよびFMN双方の代表的な吸収ピークのシフトから、FMN-BNNTナノハイブリッドの形成が示唆された。蛍光スペクトル測定から、それらナノハイブリッドが可視光領域において強く安定な蛍光特性を示した(Figure 4)。さらなる詳細な解析から、蛍光強度はpHに依存し、また熱的に安定であることが明らかとなった。FMN-BNNTナノハイブリッドは、広い温度領域で利用可能な可視光領域での発光剤や、ナノスケールの蛍光イメージングプローブ構築を達成するための構成要素として広い注目を集めるであろう。

3. ヌクレオチドを用いるBNNTの水中分散と量子ドット修飾への応用

BNNTの蛍光は紫外線領域にあることからバイオイメージング分野におけるBNNTの応用は限定されている。BNNTの修飾により新たな光学特性を付与することは極めて重要である。分子認識能をもつ生体分子は修飾分子として働くことが期待される。ヌクレオチドは生化学において中心的な分子であり、生命維持に関わる遺伝情報において重要な役割を担っている。核酸もまたBNNTの側壁と核酸塩基とがπ-π相互作用を介して相互作用することが期待される。一方で、グアノシン一リン酸(GMP)はそのピリミジンのN7および/もしくはプリンのアミノ基、さらにP-O-5'糖部位を介して硫化カドミウム(CdS)の量子ドット(QD)と相互作用し、GMPで保護されたCdS QDを形成することが知られている。本研究においては、CdS QDと相互作用したGMP分子に、QDとの相互作用には用いられなかったπ電子を利用することにより、BNNT側壁とπ-π相互作用できると考えた。GMPキャップされたCdS QDはBNNTより広い波長で可視光領域に蛍光発光をもつとが知られており、QDによるBNNTの修飾は、BNNTの機能を変調するさらなる手法となることが期待される。

本章においては、アデノシン一リン酸(AMP)、アデノシン二リン酸(ADP)、アデノシン三リン酸(ATP)、GMP、グアノシン二リン酸(GDP)、グアノシン三リン酸(GTP)、ウリジン一リン酸(UMP)、シチジン一リン酸(CMP)、グアノシンといった様々なヌクレオチドをBNNTの水中分散に用いた。UV-Visスペクトルを測定し、ヌクレオチドが吸収をもたない350 nmの吸光度を指標にBNNTの分散量を定量した(Figure 5a)。その結果、BNNT分散能をもつモノヌクレオチドの順列は、GMP > AMP ≒ UMP > CMPであった。AMPやGMPといった一リン酸分子は二あるいは三リン酸分子よりも良い分散性を示した。高分解能透過型電子顕微鏡(HR-TEM)観察の結果、最も高い分散量をもたらしたGMPをリンカー分子とし、BNNTをCdS QD修飾できろことが明らかとなった(Figure 5b)。UV-Visスペクトルから、CdS修飾されたBNNT、すなわちCdS/GMP@BNNTは、強い電子移動に伴ってオリジナルのBNNTとは異なる電子構造であることがわかった。蛍光スペクトル測定からCdS/GMP@BNNTハイブリッドは可視光領域において新たな蛍光をもつことがわかった。

4. 多糖を用いるBNNTの水中分散とタンパク質修飾への応用

本論文におけるこれまでの研究において、ペプチドおよび核酸がBNNTの側壁を修飾するために有用であることを示してきた。しかしながら、これらいずれの手法においても、用いる生体分子は比較的高コストであり、かつ毒性を示す可能性のある有機化学的手法によって合成される分子が用いられてきた。幅広い応用を展開するためには、低コストで生体適合性のある分子によるBNNTの修飾が望まれる。それ故、天然の多糖はそのコスト的な安さと良く知られた生体適合性により、有用なマテリアルといえる。その中でも、高く分岐した複雑な分子構造をもつアラビアゴム(GA)は、天然に最も豊富に存在する多糖の1つである。GAの天然での特性および役割は、既に多くの研究がなされているが、完全には明らかにされていない。GAはただ安価で高い生体適合性をもつのみならず、良好な水への溶解性および合成化学的に容易に修飾できる特性を併せもつ。GAをナノサイエンスやナノテクノロジーに応用する研究が、現在始まりつつある。GAの利用により、BNNTを水中に効果的に分散させ、修飾できることが期待される。

本章においては、GAの多くの利点を考慮し、天然の多糖であるGAによるBNNTの高効率な分散が達成された。GAによるBNNT側壁の修飾により、良く分散したGA修飾BNNTが得られ、水中での高い溶解性を示した。AFM観察から、GAにより修飾されたBNNTが良く分散していることがわかった。これらGA修飾したBNNTは孤立分散したBNNTの生理化学的特性を検討する上で有用である。IRおよび蛍光スペクトルから、GAおよびBNNT間に強い相互作用があることがわかった。UV-Visスペクトル測定からBNNTの最大吸収波長のレッドシフトが見られ、GAによりBN NTの電子構造がわずかに変化したことが示唆された。次いで、GA修飾したBNNT上へのモデルタンパク質(ストレプトアビジン、リゾチーム、ウシ血清アルブミン、およびイムノグロブリンG)の集積を検討した。その結果、タンパク質それぞれがGA修飾BNNT上に静電的相互作用により集積できた(Figure 6)。このGA修飾されたBNNT上への多様なタンパク質の集積は、BNNTをバイオデバイスとして応用するための初期段階において重要な役割を果たすことが期待される。

結論

ペプチド、核酸、および多糖といった生体分子を用いて水中へのBNNTの効果的な分散と機能化を達成した。AFM像観察から、生体分子によって修飾されたBNNTはいずれの場合も極めて高い水中分散性をもつことがわかった。さらに、修飾した生体分子の特性を利用することで、無機半導体QDや多様なタンパク質をBNNT上に集積させることに成功し、新たな蛍光特性や生体適合性を付与することができた。これら生体分子修飾されたBNNTによる研究結果は、今後のナノテクノロジーにおける幅広い応用のための重要な知見となることが期待される。

Figure 1. Molecular structure modes of multi-walled BNNT mid CNT. Yellow, blue, mid grey ball represents boron, nitrogen and carbon atom, respectively.

Figure 2. (a) Photograph and (b) scanning electron microscopic (SEM) morphology of BNNTs. Inset shows transmission electron microscopic (TEM) morphology of multi-walled BNNTs.

Scheme 1. Schematic routes for the aqueous dispersion and functionalization of multi-walled BNNTs using biomolecules.

Figure 3. AFM image of B3-functionalized BNNTS on the mica surface. Inset shows a typical dispersion of B3-functionalized BNNTs.

Figure 4. AFM image of FMN-BNNT nanohybrids on the mica surface. Inset shows a typical dispersion of FMN-BNNT nanohybrids under daylight and UV light (365 nm).

Figure 5. (a) Comparative absorptions of nucleotide-modified multi-walled BNNTs dispersed in an aqueous solution. Absorbance at 350 nm apparently corresponds to the amounts of BNNTs dispersed in the aqueous solution.(b)high-resolution TEM image of CdS/GMP@BNNT Inset shows an enlarged portion of the square.

Figure 6. Hign-resolution AFM image of proteins on GA-functionalized BNNTs. All scale bars represent 200 nm.

審査要旨 要旨を表示する

近年、ナノサイエンスおよびナノテクノロジーに関する多くの研究例が報告されており、とりわけ一次元ナノマテリアルに関する研究例の増加は顕著である。一次元ナノマテリアルとして広く研究されている物質にカーボンナノチューブ(CNT)がある。このCNTの類似体として位置づけられる窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)は、多くの優れた化学的および物理的な特長をもつために、CNTの代替材料としての利用が期待されている。しかしながら、BNNT自身の低溶解性、化学的不活性、あるいは低い生体適合性といった理由から応用例は限られ、それらの問題点を克服することが急務となっている。

本論文は「生体分子による窒化ホウ素ナノチューブの水中分散および機能化」と題し、ペプチド、核酸、および多糖といった多様な生体分子の水溶液にBNNTを加え、超音波処理と遠心分離による精製操作により、生体分子によるBNNTの表面修飾とBNNTの水中への単分散を実現している。さらに、量子ドットあるいはタンパク質といった機能性分子を、生体分子で表面修飾されたBNNT上に固定化できることを見出し、BNNTに新たな機能を付与している。この機能化BNNTは生体分子によって修飾されていることから、生医学材料への応用が期待される。

第一章では、ナノマテリアルについて概説した後、本研究で取り扱うBNNTの特徴と関連研究について言及している。また、BNNTの溶媒への分散法と、水中に分散することの重要性について述べている。さらに、生体分子でBNNT表面を修飾することの利点と、それによって可能となる応用展開について指摘し、本論文の目的を示している。

第二章では、BNNT表面に結合するペプチドに注目し、その水溶液にBNNTを加え超音波処理することにより、凝集したBNNTを解きほぐし、結果として、ペプチドで表面修飾されたBNNTが水中で安定に単分散することを明らかにしている。原子間力顕微鏡(AFM)観察により、分散したBNNTの形態を明らかにし、蛍光および赤外吸収スペクトルから、ペプチドとBNNTがπ-πスタッキングにより相互作用していることを提案している。また、ペプチドとの相互作用によりBNNTの最大吸収波長がブルーシフトすることを見出し、ペプチドにより修飾することによるBNNTの特性制御の可能性を示している。

第三章では、フラビンモノヌクレオチド(FMN)によって表面修飾されたBNNTナノハイブリッドが安定かつ強い蛍光を可視光領域に発することを明らかにしている。AFM観察からその優れた単分散性を明らかにし、赤外吸収スペクトルからFMN-BNNT間の相互作用がπ-πスタッキングであることを見出している。また、その蛍光強度は水溶液のpHに依存すること、また良好な耐熱性をもつことを明らかにしている。これらの結果は、本ハイブリッドが幅広い温度域で使用可能な蛍光イメージングプローブとなる可能性を示している。

第四章では、さまざまなヌクレオチドによるBNNTの水中分散を検討し、ヌクレオチドとのπ-πスタッキング相互作用を介した被覆によってもBNNTを水中に単分散できることを示している。中でもグアノシン一リン酸を用いた場合に最も高い分散能を示し、さらにそれをリンカーとすることで量子ドットをBNNT上に固定化することに成功している。量子ドット修飾によって、長波長領域に新たな蛍光発光が観察されたことから、本ナノハイブリッドが生医学分野におけるイメージングプローブに適用できる可能性を示している。

第五章では、水溶性多糖であるアラビアゴム(GA)によるBNNTの水中分散を達成している。AFM観察からBNNTの高い単分散性を明らかにしている。また、GAが負電荷をもつことを利用し、正電荷をもつ数種類のタンパク質をGA修飾BNNT上に一次元集積できることを見出している。GAは天然に大量に存在することから、本手法は環境低負荷かつ低コストな修飾法であると言える。また、タンパク質が集積できることから、BNNTを基盤としたバイオデバイスやバイオセンサー、あるいはタンパク質デリバリーシステムへと応用できる可能性を示している。

第六章では、本論文全体のまとめと将来展望について述べている。

このように本論文は、さまざまな生体分子によるBNNTの水中分散および機能化に関する一般的な知見やその特徴を明らかにしており、当該研究分野における学際的および工学的な知見を新たに提供している。今後、ナノチューブ化合物を用いるマテリアルサイエンスの構築やナノテクノロジーへの応用など、当該分野の発展に多大に寄与するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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