学位論文要旨



No 128004
著者(漢字) 朝岡,大輔
著者(英字)
著者(カナ) アサオカ,ダイスケ
標題(和) 戦前電力産業の形成 : 企業成長と制度進化
標題(洋)
報告番号 128004
報告番号 甲28004
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第7772号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 御厨,貴
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 城山,英明
 東京大学 准教授 鎗目,雅
内容要旨 要旨を表示する

本文

本論文は、戦前に主要産業に成長した電力産業の草創期を題材として、イノベーションと財務判断に支えられた企業成長と、関連する制度の進化について論じるものである。

電灯の発明を契機に起業された電力会社は、当時の水力発電技術の興隆に対し、水利権獲得などを目的とする合併・買収を通じて成長を続け、その件数と電力網の成長には正の相関が見られる。また、利益の安定化と共に資本構成面でもレバレッジの引き上げを行い、利益の安定性を示す標準偏差とレバレッジには負の相関が見られる。

制度面では、電力の所有権の整備に始まり、技術変化に伴う進化を遂げ、完全競争的な構造から、電力網の拡張を促進する財産権の調整を行うと共に価格設定に政府関与を伴う公益産業的な構造への遷移を遂げたが、周波数の標準化の失敗という課題も残した。今後のイノベーション政策上は、イノベーションを実現する合併・買収と独占禁止法との比較考量や競争促進の重要性などが示唆される。

各章毎の内容は以下の通りである。

第1章では、基本的な概念やその相互の関係を説明すると共に、各章の分析と主な結果をまとめている。具体的には、本論文の主題である企業成長にかかるイノベーションと財務判断、両者を接続するダイナミック・ケイパビリティ、また、制度や制度進化の意味を説明し、企業における資源と資本の表裏一体性から、ダイナミック・ケイパビリティと財務判断の連動性を指摘すると共に、コヒーレントな制度進化がイノベーションや企業成長を支える点を指摘している。また、イノベーション、起業家精神、財務判断、制度進化の存在に照らし、電力産業がケースとして適している点を述べている。

第2章では、前章で展開したフレームワークを基に、電力産業の初期について分析している。具体的には、社史、先行研究や当時の法令の条文を基に、電力産業の初期の成長における企業成長や財務判断、初期的な制度の形成について分析し、企業においては株式による資本調達、他社との合併・買収、電力と電球製造の事業分離が行われ、政府においては、工部大学校や人材の海外派遣によって初期の知識の蓄積を進めると共に、電気の所有権に始まり、企業制度や産業規制などの制度基盤の形成がなされた点を論じている。

第3章では、ケイパビリティの観点からイノベーションと合併・買収の関係を再構築し、水力発電技術の興隆を契機とした電力産業の成長において(図I参照)、合併・買収が作用していた点を実証的に示している。

具体的には、起業家精神の発揮を示す合併・買収の実行累積件数と、電力産業の成長を示す水力発電能力、送電線の亘長、電力会社資本総額との間の相関関係を分析し、いずれも有意水準1%で正の相関関係が成立していることが示されている (図II~IV参照)。

これらの分析を踏まえ、水力発電に欠かせない無形資産である水利権の獲得や、大規模設備投資を可能とする資本の獲得、ネットワークの経済の実現のために合併・買収が起こった点を論じ、ルーティン性を伴い内部に蓄積するケイパビリティに制約のある企業がケイパビリティを拡張するには合併・買収が有効である点を論じている。

第4章では、電力産業の成長の過程でレバレッジの上昇が見られる点について (図V参照)、その資本構成の決定における合理性を実証的に示している。

具体的には、電力会社の利益の安定性を示す標準偏差とレバレッジ水準を示す負債株式比率の間の相関関係を分析し、業界全体では有意水準1% (図VI参照)、個別会社 (東京電燈及び東邦電力) では有意水準5%または10%で負の相関関係が成立していることが示されている (図VII~VIII参照)。

これらの分析を踏まえ、大型設備投資を継続していく上で欠かせない資本調達が、利益の安定化と共に社債中心に実現された点の合理性を指摘し、関連して、社債調達の上限を緩和する制度改正や、電力会社の需要に応える資本供給が呼応していた点を指摘している。

第5章では、電気事業の成長と共に制度の進化や組織の進化のコヒーレンシーを分析している。具体的には、電気事業法等の当時の個別の法令の条文や立法における帝国議会の議事録を基にした審議過程を分析している。

特に、水力発電の興隆を受け、電力網の拡張のため財産権の調整を可能とする電気事業法が、同時に電力の価格設定に対する政府関与を設け、公益産業への遷移という競争構造の変化の転換点となった点や、卸売事業者という新しい組織形態を生んだ後の競争の激化がその遷移を加速し、電気事業法の改正による政府関与の強化や競争を制限する電力連盟の成立に至った点を論じている。一方で、標準化に関しては、政府関与の不存在故に、現代に通ずる周波数統一の失敗に至った点も分析している。

結論として、電力網の拡張を促す制度進化が行われたことは評価できるものの、周波数の不統一における制度の欠如の問題点を指摘し、企業成長においては企業経営のみならずコヒーレントな制度の成功が欠かせない点を論じている。

第6章では、現代への接続の観点で意義のある戦時期および戦後の変遷を分析している。具体的には、日本発送電株式会社法や電気事業再編成令などの法令やその立法過程を分析し、戦時中に日本発送電株式会社に国内の大半の電力設備が統合され、地域別の配電会社が設立された後、戦後にポツダム政令を通じて各社が分割及び再編成され、現代の地域独占制度が成立した経緯を述べている。その上で、地域独占制度が戦時統制に起源を持つことを指摘している。

第7章では、制度面の総括を行い、イノベーションにかかる政策上の示唆について論じている。具体的には、当時の制度は、標準化の失敗はあったものの、競争構造の遷移を含め、産業の成長の面で概ね成功であったと評価している。また、イノベーション政策との関連では、イノベーションを目指す合併・買収の独禁法との比較考量の他、再生可能エネルギーの普及を促すための既存の独占的な競争構造の再検討のための情報開示の拡充の必要性、資本市場の強化の必要性を論じている。

また、企業成長に際して、政府は制度基盤の構築や競争構造を定義する役割を担い、両者の絶え間ない相互補完的な進化が産業や社会にイノベーションをもたらす点を論じている。

(図I 発電能力および送電線の急成長)

(図II 合併・買収件数と水力発電能力)

(図III 合併・買収件数と送電線亘長)

(図IV 合併・買収件数と資本総額)

(図V 電力会社のレバレッジ上昇)

(図VI 電力業界の利益変動性とレバレッジ)

(図VII 東京電燈の利益変動性とレバレッジ)

(図VIII 東邦電力の利益の変動性とレバレッジ)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、戦前の電力産業を題材として、企業成長の背景にあったイノベーションと財務判断と、産業形成を推進した制度進化を分析した。電力会社の成長の背景には、水力発電技術の興隆と共に水利権獲得などを目的とする企業合併・買収があり、さらに、コーポレート・ファイナンスの観点からの、利益の安定化に伴う資本構成面でのレバレッジの引き上げが行われた。制度面では、完全競争体制から、電力網の拡張を促進する財産権の調整と電力価格設定に対する政府関与に代表される公益産業的体制へと遷移したが、周波数の標準化の失敗という課題も残した。

第1章では、基本的な概念やその相互の関係を説明した。具体的には、企業成長にかかるイノベーションと財務判断、両者を接続するダイナミック・ケイパビリティ、また、制度や制度進化の意味を説明し、企業における資源と資本の表裏一体性から、ダイナミック・ケイパビリティと財務判断の連動性を指摘すると共に、コヒーレントな制度進化がイノベーションや企業成長を支える点を指摘している。

第2章では、電力産業の初期について、社史、先行研究や当時の法令の条文を基に、電力産業の初期の成長における企業成長や財務判断、初期的な制度の形成について分析し、企業においては、株式による資本調達、他社との合併・買収、電力と電球製造の事業分離が行われ、政府においては、工部大学校や人材の海外派遣によって初期の知識の蓄積を進めると共に、電気の所有権に始まり、企業制度や産業規制などの制度基盤の形成がなされた点を論じている。

第3章では、ケイパビリティの観点からイノベーションと合併・買収の関係を再構築し、水力発電技術の興隆を契機とした電力産業の成長において、合併・買収が作用していた点を実証的に示している。起業家精神の発揮を示す合併・買収の実行累積件数と、電力産業の成長を示す水力発電能力、送電線の亘長、電力会社の資本総額との間の相関関係を分析した結果、いずれも有意水準1%で正の相関関係が成立していることが判明した。分析結果から、水利権の獲得や、大規模設備投資を可能とする資本の獲得、ネットワークの経済の実現のために合併・買収が起こった点を論じ、内部に蓄積するケイパビリティに制約のある企業がケイパビリティを拡張するには合併・買収が有効である点を論じている。

第4章では、電力産業の成長の過程でレバレッジの上昇が見られる点について、その資本構成の決定における合理性を検討し、電力会社の利益の安定性を示す標準偏差とレバレッジ水準を示す負債株式比率の間の相関関係を分析した結果、業界全体では有意水準1%、個別会社では有意水準5%または10%で負の相関関係が成立していることを示した。分析結果から、資本調達が、利益の安定化と共に社債中心に実現された点の合理性を指摘し、社債調達の上限を緩和する制度改正や、電力会社の需要に応える資本供給が呼応していた点を明らかにした。

第5章では、電気事業の成長と共に制度の進化や組織の進化のコヒーレンシーに着目し、電気事業法等の当時の個別の法令の条文や立法における帝国議会の議事録を基にした審議過程を分析している。特に、水力発電の興隆を受け、電力網の拡張のため財産権の調整を可能とする電気事業法が、同時に電力の価格設定に対する政府関与を設け、公益産業への遷移という競争構造の変化の転換点となった点や、卸売事業者という新しい組織形態を生んだ後の競争の激化がその遷移を加速した点を論じ、電力網の拡張を促す制度進化が行われたことは評価できるものの、周波数の不統一における制度の欠如の問題点を指摘し、企業成長においては企業経営のみならずコヒーレントな制度の成功が欠かせないことを明らかにした。

第6章では、戦時期および戦後の変遷を分析している。日本発送電株式会社法や電気事業再編成令などの法令やその立法過程を分析し、戦時中に日本発送電に国内の大半の電力設備が統合された後、戦後にポツダム政令を通じて同社が分割され、現代の地域独占制度が成立した経緯を述べている。その上で、地域独占制度が戦時統制に起源を持つ点を指摘している。

第7章では、制度面の総括を行い、イノベーションにかかる政策上の示唆をおこなった。当時の制度は、標準化の失敗はあったものの、競争構造の遷移を含め、産業の成長の面で概ね成功であったと評価した。また、イノベーション政策との関連では、イノベーションを目指す合併・買収の独禁法との比較考量の他、再生可能エネルギーの普及を促すための既存の独占的な競争構造の再検討のための情報開示の拡充の必要性、資本市場の強化の必要性を論じている。

また、企業成長に際して、政府は制度基盤の構築や競争構造を定義する役割を担い、両者の絶え間ない相互補完的な進化が産業や社会にイノベーションをもたらす点を論じている。

以上の内容を詳説した論文の内容は、査読付き和文論文三編として出版され、加えて,学術書として刊行が予定される等、学術的貢献が認められている。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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