学位論文要旨



No 128006
著者(漢字) 東,喜三郎
著者(英字)
著者(カナ) アズマ,キサブロウ
標題(和) 三元系Li 酸化物における水素同位体の拡散・脱離と原子空孔との相互作用
標題(洋)
報告番号 128006
報告番号 甲28006
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7774号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 准教授 沖田,泰良
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

核融合炉を実現するためには,燃料であるトリチウムを十分に生産し,確実に回収することが要求される.固体増殖材料(三元系Li酸化物)中で生成したトリチウムは,バルクや結晶粒界を拡散して表面に至り,脱離することで回収される.そのため,効率的な回収を実現するためには,トリチウムの放出速度や放出化学形を理解し,回収条件(ぺブル形状,ガス流量,ガス組成など)を最適化することが重要である.これまでの研究によって,三元系Li酸化物中を拡散・脱離する水素同位体は,原子空孔との相互作用によって,その挙動が大きく異なることが知られている.特に,増殖材中のLiの燃焼によって生成されるLi空孔や,高温・還元雰囲気で生じるO空孔の影響は無視できない.

本研究の目的は,三元系Li酸化物中の原子空孔と,材料中を拡散・脱離する水素同位体との相互作用を原子レベルで明らかにすることである.特に既往研究でその影響が指摘されているバルク中のLi空孔と表面のO空孔に着目し,これらが水素同位体の拡散障壁あるいは脱離障壁に与える影響を評価する.モデル材料としてそれぞれ単結晶LiNbO3とLi2TiO3を選んだ.これらの材料を用いる利点として,前者のLiNbO3は,単結晶(congruent組成)でありながら,一定のLi空孔濃度を持つため,バルク中のLi空孔と水素同位体との相互作用が明確に見られることが期待される.後者のLi2TiO3は還元雰囲気によって生じる表面のO空孔と,水素同位体との相互作用による放出特性の変化が顕著に見られると考えられる.

本論文は5つの章で構成される.まず第1章で研究の背景と目的を述べる.第2章で実験および計算手法の原理を説明する.第3章では,はじめに,単結晶LiNbO3中の水素同位体の拡散についての知見を得るために,雰囲気制御下で昇温脱離(TDS)法とフーリエ変換赤外分光(FT-IR)による分析を行う.さらにDFT計算によって,バルク中の水素同位体の拡散経路と拡散障壁がLi空孔との相互作用によって変化する様子を明らかにする.第4章ではDFT計算で,Li2TiO3(001)表面の各終端構造の表面エネルギーを求める.計算結果を,還元雰囲気で加熱した単結晶Li2TiO3(001)表面のオージェ電子分光法(AES),低速電子線回折(LEED),走査型トンネル顕微鏡(STM)による解析結果と比較することで,その終端面を決定する.続いて,決定したLi2TiO3(001)表面の構造を対象として,H2,H2Oの脱離・吸着時の電子構造とエネルギー変化を,DFT計算で調べる.清浄表面とO欠陥を導入した表面との比較から,O欠陥による水素同位体放出挙動の変化を議論する.第5章で本論文の結論を示す.

2. LiNbO3における水素同位体の拡散挙動(3章)

本章では熱的に重水素を導入したLiNbO3試料を対象として,雰囲気制御下で昇温脱離(TDS)法と赤外吸収分光による水素同位体放出挙動の解析を行い,水素同位体の拡散についてのマクロスケールでの知見を得る.さらにDFT計算によって,バルク中の水素同位体の拡散経路と拡散障壁がLi空孔との相互作用によって変化する様子を明らかにする.

LiNbO3を対象として,TDSとIRによる水素同位体の拡散・脱離挙動を評価した.単結晶LiNbO3からの水素同位体の放出挙動は,(1)表面に吸着した水素同位体と気相との同位体交換 (室温~),(2)表面水酸基の再結合脱離 (600 K~),(3)バルクから拡散した水素同位体の,表面での再結合脱離 (主に粒径の大きさに依存) の3つに大別される.(3)のバルク中の水素同位体の拡散挙動には,気相の影響は見られない.さらに,バルクに存在する水素同位体の挙動は,拡散モデルのみで表せることが確認された.

バルクでのH原子の安定サイトをDFT計算により原子スケールで分析した結果では,水素同位体はLi空孔に捕捉され,隣接するO原子と結合することで安定化することが確認された.Li置換型サイトは既往の赤外吸収分光で確認されているサイトとも良く一致することから,LiNbO3中の水素同位体は主にLi置換型のサイトに存在することが明らかになった.しかし,Li置換型のサイトと格子間型のサイトでは異なる拡散パスと拡散障壁を持ち,H+がLi置換型として拡散する場合,格子間型として拡散するよりも障壁が大きいことが示された.よってH+は移動障壁の低い格子間型のサイトを経由しながら拡散する可能性が高い.このことから,水素濃度の高い試料では拡散障壁の実験値が低くなることが予想されるが,このモデルは実際に報告されている拡散障壁の違いを良く説明できる.

3. Li2TiO3(001)表面の表面構造解析(4章)

Li2TiO3のように,(001)方向に異なる原子層が積み重なる層状構造では,最表面は複数の終端構造を取りうる.表面での反応性は,その電子状態によって異なるため,水素同位体の放出過程を理解するためには,その終端構造の解明が不可欠である.本章では,DFTによる表面エネルギー計算と,LEED,STMによる表面構造解析の実験結果とを相補的に組み合わせて,その終端構造を明らかにする.その構造を基に,Li2TiO3(001)表面におけるH2O分子と,H2分子の脱離・吸着メカニズムと,O空孔との相互作用を評価する.

DFTで計算した表面エネルギーの比較から,表面法線方向の双極子モーメントが相殺するとともに,ダングリングボンドが生じないLi3-O6-Li2Ti4終端およびLi3-O6-Li4Ti2終端構造(LiTi2終端面が緩和した構造)が安定であることを明らかにした.しかし,表面近傍のLi欠陥生成エネルギーが低いことから,実験で観測される最表面のLi濃度は変化することが推察される.また,第一層のLi原子配置に由来するエンタルピー変化に対し,エントロピーの寄与は無視できないほどに大きいため,様々なLi原子配置を取りうることが示唆された.

Ar+スパッタリングと1223 K以上でアニーリングした単結晶Li2TiO3(001)表面のSTM像から,表面近傍の原子は自由エネルギーが高いキンクサイトを減少するように拡散し再配列することを確認した.しかし,全てのステップの高さが原子層2層分に相当すること,およびLEEDパターンにおいて表面再構成が観測されなかったことから,表面はバルクに近い特定の構造に終端されていると考えられた.表面が上述のLi3-O6-Li2Ti4終端およびLi3-O6-Li4Ti2終端構造を有すると考えれば,この実験結果を良く説明することができた.高分解能のSTM像から確認された無秩序構造は,輝点を第1層のLi原子に帰属することで解釈できた.

次に,最安定のLi3-O6-Li2Ti4終端構造を対象として,H2O分子と,H2分子のH原子が,電気陰性度の高いO原子に物理吸着することを確認した.H2O分子の吸着では表面のLi原子と分子中のO原子間にも静電相互作用が働くため,H2分子よりも強く吸着する.水酸基が形成されるサイトとそのO-H結合の配向性も,表面の静電ポテンシャルから説明できる.しかし,計算した被覆率の範囲では,H2分子の解離吸着による水酸基形成は吸熱反応であった.一方で,最表面のO空孔が存在する場合には,H2O分子中のO原子が捕捉されることで,水酸基形成により系が安定になることが示された.このO空孔へのH2O分子の捕捉は,活性化障壁無しで進むため,表面水酸基形成の主要な反応経路であることが明らかになった.Li3-O6-Li4Ti2終端については,表面第2層までの静電ポテンシャルがLi3-O6-Li2Ti4終端と類似しているため,水酸基を形成するサイトの傾向は良く一致した.しかし,第3層のTi原子の電子状態の違いから,高い反応性と吸着エネルギーの増加を示した.Li空孔濃度が高い表面(Li-O6-Li2Ti4)においても吸着エネルギーの増加が確認された.以上から,Li2TiO3(001)表面においてはLi空孔(Li原子濃度)およびO空孔のいずれもが,水素同位体の脱離挙動に影響を及ぼすことが明らかになった.

4. 結論

LiNbO3とLi2TiO3中に存在する原子空孔と,材料中を拡散・脱離する水素同位体との相互作用を,実験と計算によって評価した.単結晶LiNbO3のバルク中に存在する水素同位体については,Li空孔の捕捉による水素同位体の安定化によって移動障壁が増加した.そのため,材料中のLi空孔濃度と水素同位体濃度によって,実験から求められる移動障壁は変化する.Li2TiO3(001)表面においては,表面のO空孔へのH2O分子の捕捉が,表面水酸基の形成において主要な過程であることが確認された.さらに表面のLi空孔濃度の増加も,表面水酸基を安定化させることが示され,これら原子空孔の有無で脱離・吸着の反応性が異なることが示された.

審査要旨 要旨を表示する

核融合炉を実現するためには、ブランケットで増殖材料と中性子との反応でトリチウムを生産し、確実に回収する必要がある。固体増殖材料中で生成されたトリチウムは、バルク拡散、表面脱離により回収される。これらの過程は原子空孔との相互作用によって影響される。これらの背景のもとに、本研究の目的は、三元系Li酸化物中の原子空孔と、材料中を拡散・脱離する水素同位体との相互作用を原子レベルで明らかにすることとしている。特にバルク中のLi空孔と表面のO空孔に着目し、これらが水素同位体の拡散障壁あるいは脱離障壁に与える影響を評価することを目指している。

本論文は5つの章で構成されている。第1章では研究の背景と目的が述べられている。第2章では実験および計算手法の原理が説明されている。

第3章では熱的に重水素を導入したLiNbO3試料を対象として、雰囲気制御下で昇温脱離(TDS)法と赤外吸収分光(IR)による水素同位体放出挙動の解析を行い、水素同位体の拡散についてのマクロスケールでの知見を得ている。単結晶LiNbO3を対象として、TDSとIRによる水素同位体の拡散・脱離挙動を評価した結果、水素同位体の放出挙動は、(1)表面に吸着した水素同位体と気相との同位体交換 (室温~)、(2)表面水酸基の再結合脱離 (600 K~)、(3)バルクから拡散した水素同位体の表面での再結合脱離の3つに大別されることを示している。このとき、(3)のバルク中の水素同位体の拡散挙動には、気相の影響が見られないことよりバルクに存在する水素同位体の挙動は拡散モデルのみで表せることを示している。

また、バルクでのH原子の安定サイトをDFT計算により原子スケールで分析した結果では、水素同位体はLi空孔に捕捉され、隣接するO原子と結合することで安定化することを示している。Li置換型サイトは既往の赤外吸収分光で確認されているサイトとも良く一致することから、LiNbO3中の水素同位体は主にLi置換型のサイトに存在するということや、拡散障壁の評価からH+がLi置換型として拡散する場合、格子間型として拡散するよりも障壁が大きいことを示している。これらよりH+は移動障壁の低い格子間型のサイトを経由しながら拡散する可能性が高いという結論を導き出している。

第4章ではLi2TiO3(001)表面の表面構造解析について記述している。ここでは、DFTによる表面エネルギー計算と、LEED、STMによる表面構造解析の実験結果とを相補的に組み合わせて、その終端構造を明らかにし、その構造を基に、Li2TiO3(001)表面におけるH2O分子とH2分子の脱離・吸着メカニズムと、O空孔との相互作用を評価している。DFTで計算した表面エネルギーの比較から、表面法線方向の双極子モーメントが相殺するとともに、ダングリングボンドが生じないLi3-O6-Li2Ti4終端およびLi3-O6-Li4Ti2終端構造(LiTi2終端面が緩和した構造)が安定であることを明らかにしている。最表面のLi濃度は変化することや、第一層のLi原子配置に由来するエンタルピー変化に対し、エントロピーの寄与は無視できないほどに大きいため、様々なLi原子配置を取りうることも示している。次に、Ar+スパッタリングと1223 K以上でアニーリングした単結晶Li2TiO3(001)表面のSTM像から、表面近傍の原子は自由エネルギーが高いキンクサイトを減少するように拡散し再配列することを確認し、表面はバルクに近い特定の構造に終端されていると考え、計算で得られた表面終端構造との一致を得ている。

次に、最安定のLi3-O6-Li2Ti4終端構造を対象として、H2O分子と、H2分子のH原子の、電気陰性度の高いO原子への吸着メカニズムを研究している。その結果、H2O分子の吸着では表面のLi原子と分子中のO原子間にも静電相互作用が働くため、H2分子よりも強く吸着すること、及び、水酸基が形成されるサイトとそのO-H結合の配向性も、表面の静電ポテンシャルから説明できることを示すとともに、最表面にO空孔が存在する場合には、H2O分子中のO原子が捕捉されることで、水酸基形成により系が安定になることを示している。このO空孔へのH2O分子の捕捉は活性化障壁無しで進むため、表面水酸基形成の主要な反応経路であることを明らかしている。さらに、Li空孔濃度が高い表面(Li-O6-Li2Ti4)においても吸着エネルギーの増加が確認されている。以上から、Li2TiO3(001)表面においてはLi空孔(Li原子濃度)およびO空孔のいずれもが、水素同位体の脱離挙動に影響を及ぼすという興味深い結果を示している。

第5章では結論と今後の課題が記述されている。

以上、要するに、この研究は核融合炉固体増殖材料である三元系リチウム酸化物について材料中を拡散・脱離する水素同位体と原子空孔との相互作用を、実験と計算によって評価し、原子空孔の有無で水素同位体の拡散挙動、脱離・吸着の反応性が異なることを示すと共に、その相互作用のメカニズムを説明している。これらは学術上重要な知見を与えるとともに、原子力工学、特に核融合材料工学への貢献も大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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