学位論文要旨



No 128007
著者(漢字) 小川,達彦
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,タツヒコ
標題(和) 中高エネルギー陽子・イオンおよびその二次粒子による誘導放射能の評価
標題(洋) Prediction of Activity Induced by Intermediate-energy Protons and Heavy Ions
報告番号 128007
報告番号 甲28007
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7775号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 講師 石渡,祐樹
 日本原子力研究開発機構 グループリーダー 坂本,幸夫
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、陽子やイオンの照射場で発生する放射化を正確に評価するために、(1)放射線輸送計算シミュレーションにより放射化を予測するにあたって、その精度と適用限界を明らかにすること、(2)その精度を向上させるために必要なシミュレーションの改善点を明らかにすること、(3)放射化を予測する手法の精度検証のために、今後も利用可能なベンチマーク実験結果を提供すること、(4)イオンの直接照射を受ける物体の放射化評価に必要な断面積の測定を行うこと、の4つを目的として行った。以下に本研究の意義、結果、そこから得られた結論を述べる。

中高エネルギー(10MeV/u以上)の陽子やイオンは、研究・医療・産業分野で様々な目的で応用され、その生成には加速器が用いられる。加速器において加速された粒子は、加速器部材等に当たることで一定の割合が失われるが、その際に失われる粒子は、加速器部材内で核反応を起こし、部材内や周辺の遮蔽体などに放射性核種を生成する。こうして発生した放射化物は放射性廃棄物としての処分が必要となることから、その予測が必要である。本研究では放射線輸送シミュレーションによる放射能評価に注目し、加速器の放射線場における放射能評価に対して放射線輸送シミュレーションを適用した場合の精度や適用範囲の究明と、その放射能予測精度向上のために必要なシミュレーションコードの改善点究明を目指した。本研究ではその目的を達するため、代表的とみなせる中高エネルギー放射線場において、放射能生成のベンチマーク実験を行い、その測定値とシミュレーションコードによる計算値との比較、および特に重要な断面積の測定を行った。

本研究は、目的(1)のため、第3章第1節、第4章で鉄ターゲットとコンクリート遮蔽体を例にシミュレーションの再現精度を検討し、目的(2)のため同じく第3章と第4章の中の実験結果を基に計算コードの改善点を論じた。さらに第3章、第4章で提供された実験結果は目的(3)のためのデータとなる。目的(4)のための断面積測定は、第3章第2節と第3章第3節でそれぞれ異なった試みを行い、後者で特に成功を収めた。

第1章では、研究背景として中高エネルギー陽子・イオンの近年の利用状況を述べ、中高エネルギー粒子加速器における放射化の物理的基礎、放射線安全上の問題を説明し、その問題解決のために行われてきた先行研究を紹介した。そこから、本研究で取り組むべき内容を示し、本研究の目的並びに研究の構造を示した。

第2章では、本研究を通じて広く共通して使われる実験手法とシミュレーションコードの使用法を説明した。シミュレーション(本研究ではFLUKA, PHITSの二つを選定した)の検証に適用できるだけの高い定量精度を実現するために、本研究で開発した高純度Ge半導体検出器の校正法についても記述した。

第3章では中高エネルギーイオンにより直接照射を受けるターゲットの放射化について記した。

第1節では、鉄ターゲットへの中高エネルギーイオン(230MeV/u He, 400 MeV/u C, 80 MeV/u Si) 照射により、鉄ターゲット内に発生した放射性核種を深度の分布として測定し、シミュレーションの計算値と比較した。その結果、シミュレーションは約3倍の範囲内で実験結果を再現することが分かり、評価精度が特に低い条件も判明した。従来知られていた軽い核種の過小評価だけでなく、ターゲットより重い核が100倍近く過小評価されることが明らかになった。また、PHITSは安定から遠い核種を過大評価する傾向があることや、反応断面積のエネルギー依存性が正しく計算されないことにより、特にFLUKAは150MeV/u以下で反応の再現性が極端に悪くなるといったコード独自の問題も判明した。こうした評価値のずれは、多くの場合核種の生成にかかわる反応の一部がシミュレーションコード内で欠損していることに原因があると判明した。

第2節と第3節では、第1節で断面積のエネルギー依存性が課題となったことから、断面積をエネルギーの関数として測定することで、計算コードの是正に役立つデータの取得を目指した。第2節では、ターゲットの鉄と入射粒子の炭素を交換し、鉄イオン(500 MeV/u) を炭素ターゲットに照射し、鉄イオンの飛程の後方に放出される鉄イオンの破砕片を計測することを考案した。その手法の妥当性を計算コードFLUKAの計算により検討したところ、断面積の測定精度は2倍前後の過大・過小評価が起こり、目的とする精度に達しないことが判明した。その最大の理由として、鉄イオンが炭素ターゲット内で複数回反応する効果を反映しきれないことが考えられる。第3節では、鉛のターゲットに炭素イオン(400 MeV/u)を照射し、鉛ターゲット中に生成する核破砕片を計測することを考案した。これにより、鉛と炭素の衝突による核種生成断面積(Pb(C,x)X 反応) 23種類を50点弱のエネルギーにおいて得ることに成功し、計算コードの妥当性検証も行った。その結果、200MeV/u付近でシミュレーション(FLUKA, PHITSとも)が断面積を過小評価する傾向が明らかになり、またFLUKAが安定から遠い核を過小評価する傾向など、コード固有の問題発見にもつながった。

第4章では、中高エネルギーイオン(230 MeV p, 230MeV/u He, 400 MeV/u C, 800 MeV/u Si)に照射された鉄ターゲットが放出する二次粒子により、周辺のコンクリートにおいて発生する放射化について記した。

第1節では、ターゲットの前方に配置されたコンクリート(遮蔽体)で発生する放射化を、熱中性子捕獲、核破砕の放射化検出器 (Au, In, Mn, W, Al, Bi)で測定し、シミュレーションによる計算値との比較を行った。その結果、発生する放射能は、シミュレーションによって約2~3倍の範囲内で再現できることが判明し、その乖離についての究明も行った。乖離に最も影響するのはシミュレーションがターゲットから放出される中性子のスペクトルを正しく計算できないことによるもので、それによってほぼシミュレーションの実験値との乖離が説明できた。さらに、FLUKAの計算値は特に核破砕反応の計算に影響するMeV領域の中性子が過大評価され、その原因はFLUKAの中性子に対する下方散乱断面積が過大評価されていることによると判明した。これにより実際よりも早く中性子の減速が進んでしまったものと推測された。一方PHITSは230MeV/u Heの入射に対して発生する二次中性子を大きく過小評価しており、特に20MeV以上の成分が過小に評価され、放射化の評価にも影響することが明らかになった。

第2節では、ターゲットの側方に配置されたコンクリート(遮蔽体)で発生する放射化を、熱中性子捕獲、核破砕の放射化検出器で測定し、シミュレーションによる計算値との比較を行った。その結果、発生する放射能は、シミュレーションによって約4倍の範囲内で再現できることが判明し、その乖離についての究明も行った。乖離に最も影響するのは、前方のコンクリート遮蔽と同じくシミュレーションがターゲットから放出される中性子のスペクトルを正しく計算できないことによるもので、それによってほぼシミュレーションによる計算値の実験値との乖離が説明できた。側方の場合この効果がひときわ大きく、特にターゲットの真横方向の部分では、絶対値の乖離だけでなく、フラットな放射化反応分布を示す実験値に対して、深度に伴い減衰していくシミュレーション値は深度分布の傾向においても異なることが明らかになった。

第5章は、本研究を通して行ったシミュレーションの実際の施設への適用性を確認する目的で、欧州原子核研究機構のATLAS検出器を例に、遮蔽コンクリート内での放射化反応を計算し、その計算精度や計算時間が実用に適用可能どうかを検討した。さらに、その先行研究で示された放射化推定法が、ATLASの遮蔽という条件下で有効かどうかも調べた。その結果15日弱という実用的な時間内で、10%という統計精度の計算値が得られた。その傾向は確かに線源の空間分布特性から鑑みて妥当なものであり、適切な計算値が得られている。また、Fingerprint法(放射化推定法)が前提とする条件が、本条件下で成り立つか検討し、これまで知られてきた方法の妥当性を示した。

第6章では、本研究で得られた成果を総括した。

以上をまとめると、本研究では、中高エネルギー粒子線により発生する放射能が、シミュレーションにより2~4倍の範囲内で予測できるかことを示し、また一方で鉄ターゲット中の軽い核のようにその範囲を超えて過小評価されるような条件を突き止めた。さらに、重粒子による反応において発生する不安定核をPHITの蒸発モデルが過小評価することや、FLUKAが下方散乱断面積を過大評価することなど、個々のシミュレーションがはらむ改善点を突き止めることも行った。鉛ターゲットを用いたイオン直接照射の反応断面積の測定は、そうした改善点追求に最も効果的な結果を得ることを可能にし、核データとしての価値もあるデータを提供した。そして、上記の議論のために行った多数のベンチマーク実験は、10%以下の高い誤差範囲内で実験値を提供することに成功したため、今後別の推定手法のベンチマークにも役立てることが可能であろう。

本研究の成果は、今後中高エネルギー放射線場で発生した放射性廃棄物の処分等において、その放射化を見積もるための手段と信頼性を提供し、経済的負担の軽減や科学的妥当性の強化に貢献すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は近年深刻な問題となっている中高エネルギーの陽子やイオンによる放射化を正確に評価するために、(1)放射線輸送計算シミュレーションの放射化予測精度究明、(2)精度向上に必要なシミュレーションの改善点の究明、(3)放射化を予測する手法の精度を検証するためのベンチマーク実験結果の提供、(4)イオンの直接照射を受ける物体の放射化断面積の提供、を目的として行われたものである。

第1章では、近年の中高エネルギー加速器において放射化が深刻な問題であることを示し、先行研究の知見ではその広範な見積もりが困難であることを述べた。そこで、本研究では放射化を見積もる予測手法として放射線輸送計算シミュレーションに注目したこと、それに沿って研究の目的を設定したことを述べた。

第2章として、本研究で用いた手法について述べた。検出器の校正法や誤差の評価方法、本研究で用いたシミュレーションコード(FLUKA,PHITS)とその使用法などを示した。

第3章では、中高エネルギーイオンにより直接照射を受けるターゲットの放射化について述べた。第1節では、鉄ターゲットへの中高エネルギーイオン(230MeV/u He, 400 MeV/u C, 800 MeV/u Si) 照射により発生した放射性核種について、測定値とシミュレーションの比較を論じた。その結果、シミュレーションは約3倍の範囲内で実験結果を再現すること、評価精度が特に低い条件が判明したことを述べた。第2節と第3節では、第1節で断面積のエネルギー依存性が課題となったことから、断面積をエネルギーの関数として測定する手法ついて述べた。第2節では、500 MeV/uの鉄イオンを炭素ターゲットに照射し、鉄イオンの破砕片を計測することで断面積を測定する手法を考案したが、目的とする精度に達しないことを述べた。第3節では、鉛のターゲットに炭素イオン(400 MeV/u)を照射し、鉛ターゲット中に生成する核破砕片を計測することで断面積を測定する手法について述べた。これにより、鉛と炭素の反応による核種生成断面積23種類が50点弱のエネルギーにおいて得られ、計算コードとの比較を論じた。

第4章では、中高エネルギーイオン(230 MeV p, 230MeV/u He, 400 MeV/u C, 800 MeV/u Si)に鉄ターゲットが照射されることで、周辺のコンクリートにおいて発生する放射化について述べた。第1節では、ターゲットの前方に配置されたコンクリート(遮蔽体)で発生する放射化を、中性子捕獲、核破砕の放射化検出器 (Au, In, Mn, W, Al, Bi)で測定し、シミュレーションと比較した。その結果、発生する放射能は、シミュレーションによって3倍の範囲内で再現できること、乖離の原因は線源となる中性子のスペクトルをシミュレーションが正しく計算できないことにあると示された。第2節では、ターゲットの側方に配置されたコンクリート(遮蔽体)において発生する放射化を、中性子捕獲、核破砕の放射化検出器で測定し、シミュレーションによる計算値との比較について述べた。その結果、発生する放射能は、シミュレーションによって約4倍の範囲内で再現できることが示され、その乖離に最も影響するのが、ターゲットから放出される中性子のスペクトルであったことを述べた。

第5章では、本研究を通して行ったシミュレーションの実際の施設への適用性を確認する目的で、欧州原子核研究所のATLAS検出器を例に、遮蔽コンクリート内での放射化反応を計算した。その結果汎用的な性能の計算機(CPU 2.8GHz)を用いて15日以内で、10%の統計精度を持つ計算値が得られた。計算結果は物理的な背景から鑑みて妥当なものであり、適切な計算値が得られていることが確認された。

第6章では、本研究で得られた成果を以下のように総括した。放射線輸送計算コードは4倍の範囲内で放射能の評価を行うことが可能であり、実際の廃止措置で要求される精度(10倍)と比べて十分に良い精度である。また、本研究を通じて行われた実験とシミュレーションの比較から、シミュレーションの問題点を明らかにすることができ、たとえばFLUKAコードにおける原子核反応モデルRQMDとBMEの接続性の問題が明らかになった。それらの計算コードの問題点はコードの開発チームにフィードバックされ、その改良に貢献した。また、断面積や放射化のベンチマークデータなど、今後シミュレーションの検証以外に汎用的に使えるデータの提供も行った。

本研究の成果は、中高エネルギーの陽子・イオン加速器において発生する放射化を予測し、廃止措置時の廃棄物処分を効率的に行うことを可能にするものである。また、本研究で得られた各種のデータは、計算コードの改良や断面積データの提供を通して中高エネルギー加速器施設における放射線安全の高度化に寄与することが期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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