学位論文要旨



No 128008
著者(漢字) 嶋田,和真
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,カズマサ
標題(和) 個人線量計を用いた外部被曝線量評価の不確実性に関する研究
標題(洋)
報告番号 128008
報告番号 甲28008
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7776号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 准教授 飯本,武志
 日本原子力研究開発機構 副ディビジョン長 中島,宏
内容要旨 要旨を表示する

放射線防護において被曝線量限度を定める"防護量"として、ICRPの1990年勧告で定義された実効線量が現在の国内法令に取り入れられている。一方、実効線量の基となる各組織や器官の平均線量が実測不可能であることから、実効線量を近似できる実測可能な量を"実用量"として管理に用いてきた。γ線や中性子線などの透過力の強い放射線に対しては、1cm線量当量と呼ばれるICRUが定めるファントム内の深さ1cmの一点の線量を用いて評価し、線量計のエネルギー応答は1cm線量当量に合わせるように設計されている。しかし、1cm線量当量が実効線量の近似値として成立する条件は限定的である。特に緊急時作業では、作業場における放射線入射方向などの情報が不足する事が想定され、個人線量計で測られた値の不確実性は大きいと考えられる。さらに、近年の人間活動の拡大により、高エネルギー放射線に被曝する機会が増加している。大型加速器施設における放射線作業者、航空機乗務員や国際宇宙ステーションに搭乗する宇宙飛行士などが対象として挙げられる。これらの高エネルギー放射線場では、1cm線量当量が実効線量を過小評価することが知られている。以上の問題を解決し、放射線作業者の安全を担保するために、個人線量計を用いた外部被曝線量評価の不確実性に関する研究を行った。研究内容大きく二つに分かれる。一つ目は、放射線の入射方向の不確実性を考慮し、個人線量計の値から実効線量に相当する全身線量を確率論的に推定する手法を開発し、合理的な外部被曝管理手法を検討する。二つ目は、固体飛跡検出器を用いた中性子個人線量計の高度化を行い、高エネルギー中性子線量評価に伴う不確実性の低減を行う。

個人線量計はそれ自体の検出効率だけではなく、作業者+線量計としてのエネルギー、方向依存性を考慮する必要がある。そこで、実効線量に相当する全身線量Dを新たに定義し、個人線量計の値fnから、システム全体としての個人線量計方向依存性αと、全身線量方向依存性bnを用いて全身線量を求める式をn=4の場合に対して(1)式に示めす。

現在の放射線管理において、特殊な場合を除き、線量計は体表面の一カ所に着用されている。これは、(1)式において f1・・・f4のうちただ一つの値を得ていることを示している。つまり、f1以外の値が不明であることから、Dの推定には不確実性が伴う。そこで、放射線量gnが非負であるという制約条件を課す。

制約条件(2)式は、3次元空間におけるある領域を規定する。この領域は、(2)式においてg1=0,g2=0,g3=0,g4=0とおいて得られる4個の方程式群について、3個の解の集合によって生成される凸集合Fとなる。いま、f1が観測されたとき、全身線量Dがある設定値doを超える事を示す不等式を考える。

D=doによって与えられる3次元超平面をDoとすれば、(3)式はDoの上方半空間Dを表す。すなわち、f1が得られたとき、残りの3のfのとりうる領域は凸集合Fに限定される。さらに、全身線量Dが設定値doを超えたという条件を追加すると、f1の取りうる領域はFとDの共通部分F∧Dに限定される。(図1) したがって、凸集合Fの内部の点を等しい確率で取るとすれば、f1を得たとき全身線量Dがdoを超える確率P(D≧do)は次式で与えられる。

ここで、VFは凸集合Fの体積を示し、VFDは凸集合Fと、超平面Doの上方半空間Dとの共通部分F∧Dの体積を表す。逆に、

が言え、(3)または(4)式を計算することによって、線量計の値から全身線量がある値を超えたか超えないかの累積分布確率(CDF)を計算することができる。これらを求める計算コードを、MATLABを用いて作成した。

確率分布を用いた外部被曝線量管理の検討として、全身線量推定確率分布を用いた外部被曝線量管理の概要を図2に示す。放射線場の情報及び装着時の線量計の各種応答を基に全身線量推定確率分布を得る事により、信頼区間を用いて線量限度を合理的に担保することが可能になる。原子力発電所における緊急時作業において、(137)Csからの662keVのγ線に被曝する想定での計算を行った。図3に個人線量計値dが100~250 mSvに増加した場合の全身線量CDFを示す。例えば、片側95パーセンタイル値の信頼区間を採用した場合、実効線量限度250mSvを担保するための線量計値は約130mSvに設定する必要があることが分かる。大型加速器施設における計画被ばく状況において、高エネルギー中性子に被曝する想定での計算を行った。図4に全身線量PDFと中性子エネルギーの関係を示す。作業場の中性子スペクトルを規格化して図のPDFに乗ずる事により、作業場毎の全身線量推定確率分布を求める事が出来る。実効線量限度年50mSvに対して信頼区間片側95%タイル値を採用すると、線量計限度値は25mSvに設定する必要がある事が分かる。

速中性子用個人線量計として用いた固体飛跡検出器の感度向上に関する検討を行った。現在使用されている積算型中性子個人線量計には、プラスチックの一種であるCR-39が固体飛跡検出器として用いられている。固体飛跡検出器は、ポリエチレンを陽子ラジエーターとして組み合わせることにより数MeVの中性子に対して感度を増加させたが、10MeV以上の中性子に対して感度が低下することが課題となっている。この課題を改善するために二つのアプローチから研究を行った。一つ目は、エッチングの前処理として、二酸化炭素吸蔵効果(CO2 プレエッチング)に着目した。イオン照射後のCR-39に二酸化炭素を吸蔵させることでエッチピット生成感度が上昇する。しかし、陽子照射に対するCO2 プレエッチングの検証は例が少なく、中性子計測の感度向上へ応用するには調査すべき点が多い。二つ目は、陽子ラジエーターの改良である。本研究では、水素化物と金属の多層ラジエーターを考案し、計算と実験により10MeV以上の中性子に対してのラジエーターによる増感効果(ラジエーター効果)を検討した。さらに、中性子エネルギーレスポンスの制御のために多層ラジエーターの設計を行った。

本研究では東京大学のタンデトロン型加速器を使用し、代表的なCR-39である、BARYOTRAKに対して陽子照射実験を行った。陽子を適量照射後、CO2 プレエッチングの有無によるエッチピット形成の違いを観察した。観測されたエッチピットのサイズから入射陽子のエネルギー及びCO2 プレエッチングの有無による臨界角を計算し、陽子エネルギーと臨界角の関係を求めた。(図5) 臨界角を設定することにより、CR-39の中性子に対する検出効率を理論的に求めることが可能になる。厚さ1mmのポリエチレン(PE1)のラジエーター効果を、PHITSを用いて計算した。計算値を評価するために、単色中性子照射実験をJAEA東海放射線標準場にて行った。図6にCO2 プレエッチングの有無によるPE1ラジエーター効果の実験値と計算値の比較を示す。CO2 プレエッチングにより約250%の増感効果を得る事を示した。

速中性子用個人線量計として用いた固体飛跡検出器の高エネルギー領域への拡張に関する検討を行った。図6よりPE1では10MeV以上の中性子に対して感度が低下する事が分かる。しかし、水素化物だけで高エネルギー中性子測定するために厚さを大きくする必要がある。そこで本研究では、金属を挿入し、陽子を減速させることにより、10 MeV以上の中性子に対する感度を向上させることを考案し、ラジエーターの厚さを低減することを試みた。水素化物と金属の多層ラジエーターを用いて10MeV以上の高エネルギー中性子検出を検討した。図7に45MeV中性子に対するPE1+鉄のラジエーター効果と鉄層厚の関係の計算結果を示す。これより、鉄層厚が約3mm付近で極大値を持つことが分かる。この結果より、厚さが1cm以内で数十MeVの中性子に対応した個人線量計の設計が可能になる事が示唆された。数10MeV中性子に対するラジエーター効果を実験で検証するために、JAEAのTIARAにおける準単色中性子場で照射実験を行った。準単色中性子のピーク領域以下の低エネルギー中性子の影響を考慮する為に、三層ラジエーターを用いた。さらに、ラジエーターから発生する重粒子による影響とラジエーター以外から発生する陽子の影響を考慮した。図8に65MeV準単色中性子照射による実験値と計算値を示す。図より極値を取る鉄層厚はほぼ一致していることが示された。この結果より、数mm厚の金属層を用いることにより数十MeVの中性子の検出効率を向上させることを実験と計算の両方により示すことができた。

実際の作業場における幅広い中性子スペクトルに対応する為に、ポリエチレンと金属を多層に組み合わせた「多層ラジエーター」を考案した。ラジエーター中での反跳陽子の飛程を考慮して各層の厚さを設定した。厚さ5mmで従来型よりも数10MeVの領域では一桁高く、数MeVの領域ではほぼ同等の五層ラジエーターを開発した。さらに、ラジエーターの中性子エネルギーレスポンスの変動を押さえる為に、改良型多層ラジエーターを開発した。図9にPHITSを用いて計算した各ラジエーター効果を示す。5層目のポリエチレンをポリアミドに変更した改良型多層ラジエーターにより、エネルギーレスポンスの変動を従来型のPE1よりも約半分に低減する事を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、個人線量計を用いた外部被曝線量評価の不確実性を評価する手法を開発し、個人線量計の個数及び線量計自体の改良によりその不確実性の低減を行い、合理的な外部被曝線量評価及び管理手法を提案することを目的とした論文である。ここでの新しい手法を用いる事により、緊急時作業時には従来法では個人線量計の値が全身の線量を安全側に評価できないこと、又、高エネルギー中性子場において従来法で達成できなかった、合理的な評価法を達成した。

第一章では、外部被曝線量評価の現状と課題に付いて述べた。放射線防護の歴史を辿り線量限度の考え方の変遷をまとめた。現在の放射線防護の枠組みを提供している国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告を基に、外部被曝線量評価の基本を整理した。次に、個人線量計を用いた外部被曝線量評価の課題として、1cm線量当量が実効線量を安全側に評価しない状況を整理した。特に大きな不確実性を伴う状況として二つの例を挙げた。先ず、福島第一原子力発電所事故などにおける緊急時作業時の課題を抽出した。続いて、大型加速器施設などの高エネルギー中性子場における課題を抽出した。高エネルギー中性子場においては、使用する中性子個人線量計には課題があり、改良が必要である事を示した。

第二章では、放射線の入射方向の不確実性を評価するために、個人線量計の値から実効線量に相当する全身線量を評価する手法を解説した。そして、個人線量計の値から全身線量推定確率分布を導出し、実効線量で定められる線量限度をどの程度の割合で超えるかの議論を行った。具体的には原子力発電所における緊急時被曝に対して数値計算を実施した。662keVのガンマ線に被曝し、線量計の値が100mSvを示した場合、全身線量は確率分布の最大値として250mSvに達する可能性があることを示した。さらに、被曝する放射線のエネルギーを単色から連続スペクトルに拡張するプログラムを開発し、実測されたエネルギースペクトルに対して計算を行った。また、不確実性低減手法の評価として、放射線入射方向の情報を追加した場合及び線量計個数を増加させた場合の計算を行い、不確実性が大幅に低減される事を示した。

第三章では、確率分布を用いた外部被曝線量管理手法を提案し、代表的な放射線作業場及び作業状況ごとに本手法を適応しその有効性を示した。代表的な放射線作業場としては、原子力発電所、核燃料関連施設、大型加速器施設を考慮した。そして、計画被曝状況及び緊急時被曝状況においてそれぞれ作業場における線量計限度値(警報設定値)を算出した。原子力発電所での緊急時被曝状況において、137Csを主線源と仮定した計算から、線量限度値が実効線量250mSvに対して、信頼区間片側95%タイル値を採用した場合は、線量計限度値は約130mSvに設定する必要がある事を示した。核燃料関連施設で想定される臨界事故の対策を考慮すれば、中性子個人線量計は二カ所に装着する事が精度確保の上で有効で、これにより作業時間の確保が可能になる事を示した。大型加速器施設における計画時作業に対応する為に、遮蔽体外の中性子スペクトルを用いて、線量計限度値を算出した。実効線量年50mSvに対して信頼区間片側95%タイル値を採用すると線量計限度値は約25mSvに設定する必要がある事を示した。

第四章では、固体飛跡検出器を用いた中性子個人線量計の高度化として、二酸化炭素吸蔵効果による増感効果に注目した。二酸化炭素吸蔵効果による増感効果を定量化する為の実験を実施し、エネルギーレスポンス計算に必要な条件を実験値から導出し、モンテカルロシミュレーションコードを用いて中性子エネルギーレスポンスを計算した。そして、この計算結果の妥当性を確認するために、単色中性子による照射実験を行った。本実験条件による二酸化炭素吸蔵効果による増感効果は約250%であることを定量的に示した。

第五章では、10MeV以上の高エネルギー中性子に対応するために、従来型の積算型中性子個人線量計の課題を検討した。そして、人体に装着する事を考慮してラジエーターの厚さに着目し、モンテカルロシミュレーションコードを用いて高エネルギー中性子に対する応答を計算した。計算値の妥当性を評価する為に、14.8MeVの単色中性子場及び数10MeV準単色中性子場において照射実験を行った。さらに、実際の作業場における幅広い中性子スペクトルに対応する為に、多層ラジエーターを考案し、モンテカルロシミュレーションコードを用いて、そのエネルギーレスポンスを計算した。厚さ5mmで従来型よりもラジエーター効果が数10MeVの領域では一桁高く、数MeVの領域ではほぼ同等であることを示した。さらに、中性子エネルギーレスポンスの変動を押さえる為に、改良型多層ラジエーターを開発し、エネルギーレスポンスの変動を従来型よりも約半分に低減させた。これらにより、高エネルギー中性子に対する線量評価の不確実性低減を示した。

第六章は結論である。本論文で提案した放射線の入射方向を考慮した合理的な被曝管理及び固体飛跡検出器を用いた中性子個人線量計の高度化を用いることにより、従来法では合理的、安全側に評価する事が困難であった緊急時作業及び高エネルギー中性子場において極めて有効であると結論付けている。

本論文で得られた知見により、福島第一原子力発電所事故の収束のために働く作業者の被曝管理及び、建設が進んでいる大型加速器施設の作業者の被曝管理に有効で、放射線防護及び工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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