学位論文要旨



No 128011
著者(漢字) 土平,広樹
著者(英字)
著者(カナ) ツチヒラ,ヒロキ
標題(和) 分子動力学法によるLiAlO2の衝突シーケンスシミュレーション
標題(洋)
報告番号 128011
報告番号 甲28011
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7779号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 井上,博之
 東京大学 准教授 鈴木,晶大
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

核融合炉において,固体増殖材は,高エネルギー粒子照射環境下に置かれるため,照射欠陥の生成によって材料物性が変化する.そのため,材料の長期的な健全性を確保するためには,照射欠陥に関する知見が欠かせないが,詳細な照射損傷過程については,必ずしも明らかになっていない.

通常,中性子をはじめとする高エネルギー粒子は,(i)電子励起,(ii)原子核との衝突,(iii)核変換を引き起こすことで,ターゲット材料中に照射損傷を生ずる.固体増殖材の候補である三元素系Li酸化物は結晶構造が複雑であり,(ii)による欠陥の生成・回復挙動は体系的な理解に至っていない.

そこで本研究は,三元素系Li酸化物中での衝突シーケンスにおける,欠陥の生成・回復挙動について新たな知見を得ることを目的とする.研究対象には,固体増殖材料の候補の一つである,γ-LiAlO2を選んだ.ここで,衝突シーケンスは,上述の(ii)が連鎖的に起こる現象であり,空間/時間のスケールがps/nm程度であるため,実験による観察は極めて困難である.そこで,本研究では分子動力学法(MD)を用いた.MDはAオーダーの空間スケールとfsオーダーの時間スケールで現象の時間発展を追えるため,欠陥の生成,消滅のダイナミクスを原子スケールで詳細に評価可能である.また,MD計算で観察される現象の理解を深める目的で,二体衝突近似(BCA)モデルも用いた.

本稿ではまず2章において,本研究で使用したポテンシャルモデルの構築方法について述べる.次に3章では,構築したポテンシャルモデルに基づき,MDによる弾き出しエネルギーの閾値(Ed)の評価を行う.続いて4章において,MDによる衝突シーケンスシミュレーションを行い,各元素へのエネルギー分配挙動などを評価する.さらに5章では,BCAシミュレーションを行い,4章で得られたデータについてさらに深く考察する.最後に6章で,本研究の結論を述べる.

2.LiAlO2ポテンシャルモデルの構築

ポテンシャルモデルを構築する際にフィッティングをかける対象として,γ-LiAlO2における結晶構造変化時の系の全エネルギーの応答を,CASTEPコードを用いた量子力学計算により評価した.合計2158通りの構造を用い計算を行った.

γ-LiAlO2はイオン性の強い結晶であるため,原子間の相互作用は二体間のポテンシャルモデルで表現した.ポテンシャルモデルには逆冪型多項式モデル[1]を用いた.原子間距離r < 0.5 Aの領域にはZBLポテンシャルモデル[2]を適用し,五次の多項式を用いて逆冪型多項式との間を補間した.

得られたポテンシャルモデルを用いて,γ-LiAlO2の線膨張係数と融点を評価したところ,実験値と比較して,妥当な結果を得た.衝突シーケンスの中心付近においては,一時的に結晶構造が大きく乱れるため,高温時の挙動を適切に表現できることは重要な要素である.

3.弾き出しエネルギーの閾値の評価

3.1. 計算方法

γ-LiAlO2において,数十eV程度の初期エネルギー(Ep)を与えた一次弾き出し原子を<i j k>方位に弾き出した.ここで,i, j, kは-3から3までの全ての整数である(ただし<0 0 0>を除く,計342方位).初期温度は0 Kとした.一次弾き出し原子の弾き出しから約3 psが経過した時点で一次弾き出し原子と同元素の安定なフレンケル対を形成していた場合,Edを超えたと判定した.この判定は1 eV刻みで行った.

3.2. 結果と考察

得られたEdの値は,いずれの元素においても,強い異方性を示した.また,342の方位が占める立体角による重み付け平均値Ed'を評価したところ,Ed'(Li) < Ed'(O) < Ed'(Al)が成り立ち,これは各元素が持つ電荷の大きさの絶対値と大小関係が同じであった.その理由として,γ-LiAlO2の結晶はイオン性が強くクーロン力が最大の相互作用であるため,電荷が大きい場合Ed'が高くなりやすいことが考えられる.

次に,シミュレーションの際に観察されたinterstitialを含むフレンケル対について,生成エネルギーの評価を行った.ポテンシャルモデルと第一原子計算により評価された値は概ね良好に一致した.さらに,interstitialの存在位置においても良好な一致が見られた.

4.分子動力学法による衝突シーケンスシミュレーション

4.1. 計算方法

γ-LiAlO2において,1, 3, 5 keVのEpを与えた一次弾き出し原子を9通りの方位に弾き出し,その後の欠陥の生成・回復挙動を観察した.特定の面のみにおける衝突シーケンスの発生を避けるため,高指数方位を選択した.一次弾き出し原子には,結晶中に最も多く含まれるOを選んだ.初期温度は0 Kとした.

4.2. 結果と考察

自己アニーリングが終了した時刻における,各元素における最大の運動エネルギー(系に含まれる全ての原子のうち,各元素において最大の運動エネルギーを持つ原子の運動エネルギー)は,完全結晶における点欠陥の移動障壁に近い値となった.つまり,各元素における最大の運動エネルギーが点欠陥の移動障壁を下回る時刻に自己アニーリングが終了することが示唆された.

50 eVの運動エネルギーを持つAlがLiに衝突した後の,AlとLiそれぞれが有するエネルギーを,二体衝突による計算から評価した.Al原子とLi原子との質量の差が大きいため,エネルギー分配の効率が低く,ほとんどのエネルギーをAlが保持し続けた.3章で得たEdの値から,Liを弾き出すためには30 eV程度のエネルギーを与える必要があるが,その程度のエネルギーを与える衝突がほとんど起こらないことが示された.Alが50 eVより大きなエネルギーを有している場合は,Liに受け渡すエネルギーも増加するが,衝突シーケンスシミュレーションにおける,各元素へのエネルギー分配挙動の評価結果から,そのようなAl原子はシミュレーション中にもほとんど見られなかった.従って,原子間衝突によりAl原子がLi原子を弾き出し,さらにAl原子がその場に留まることにより,AlLiのantisiteを生成するケースはほとんどないと考えられる.同様の議論から,原子間衝突の直後にLiAlのantisiteを生成する確率も低いことがわかる.

5.二体衝突近似シミュレーション

5.1. 計算方法

γ-LiAlO2において,1 keVのEpを与えた一次弾き出し原子を,MDによる衝突シーケンスシミュレーションと同じ9通りの方位に弾き出し,欠陥の生成挙動を観察した.一次弾き出し原子には,Oを選んだ.

電子的阻止能や温度の影響は,BCAにおいて考慮することが可能であるが,本研究では0 Kで行ったMDシミュレーションの結果と比較するため,それらの要素をモデルに取り込まなかった.また,BCAには乱数を用いて原子を配置し,アモルファス構造を模擬する計算法があるが,本研究においては結晶構造を考慮している.二体間ポテンシャルには,ZBLポテンシャルを採用した.

5.2.結果と考察

MDとBCAシミュレーションにおける,各元素へのエネルギー分配挙動を比較したところ,大きな差異は見られなかった.しかし,BCAにおいて系統的に,各元素へ大きなエネルギーが分配されていた.これは,原子間衝突の記述の差異に起因すると考えられる.すなわち,BCAにおいては,MDにおいて考慮されているクーロン相互作用が働かないため,相対的に衝突係数(ある粒子が標的の粒子に向かって進むときに,粒子間に力が働かないとした場合の最近接距離)が小さくなり,原子間衝突時に受け渡すエネルギーの値が大きくなりやすいと考えられる.

MDシミュレーションと,BCAにおいてEdを固定値とした場合,同じくBCAにおいてEdに方位依存性を持たせた場合に,生成するフレンケル対の数を評価した.Edの固定値としては,3章で得られたEd'の値,すなわちそれぞれの方位が占める立体角による重みづけ平均値を用いた.方位依存性を持たせた場合,原子間衝突後の速度ベクトルに最も近い方位におけるEdの値(同じく3章で得た値)を採用した.結果から,Edを固定とした場合と方位依存性を持たせた場合とで,生成する欠陥数に有意な差を生じており,方位依存性を持たせた場合の方が,MDに近い値を得られた.結晶性の影響などにより,原子間衝突の後にはある特定の方位へ原子が弾き出されやすいとするならば,Edの方位依存性を考慮することでMDに近い結果が得られると期待される.このことは,Edの方位依存性が,生成する欠陥量を決定する重要な要素であることを示唆している.ここで,上述したように,BCAシミュレーションでは,系内の原子が過大なエネルギーを受け取っている可能性がある.そのため,系内の原子が受け取るエネルギーを補正した場合,BCA計算により得られる欠陥の数は減少すると考えられる.その場合でも,Edを固定とした場合と方位依存性を考慮した場合とを比較すると,エネルギー補正の効果が同程度であるとすれば,方位依存性を考慮する方が,MDに近い結果が得られると期待される.

なお,3 - 5章で述べたシミュレーションは,γ-LiAlO2だけでなく,α, β-LiAlO2においても行い,γ-LiAlO2と同様の結果が得られることを確認している.

6.結論

本研究では,まずMDシミュレーションを通じて,LiAlO2における欠陥の生成・回復挙動に関して,新たな知見を得た.これらの知見は,衝突シーケンスにおいて生成する可能性のある欠陥の,生成・回復の素過程に関わるものである.従って,本研究で得られたいくつかの基礎的な知見は,衝突シーケンスにおいて生成する欠陥数を予測する際,その精度の向上に貢献するものと期待される.

また,従来は考慮されていなかった,Edの方位依存性を取り入れた,BCAモデルによる計算を行った.この計算結果は,従来のBCAモデルに基づく結果と比較し,MD計算の結果に近いものであった.このことは,Edの方位依存性が,生成する欠陥量を決定する重要な要素であることを示唆している.

[1] H. Tsuchihira, T. Oda, S. Tanaka, J. Nucl. Mater. 395 (2009) 112.[2] J.P. Biersack, J.F. Ziegler, Nucl. Instrum. Meth. 194 (1982) 93.
審査要旨 要旨を表示する

核融合炉固体増殖材は高エネルギー粒子照射環境下に置かれるため、照射欠陥の生成によって材料物性が変化する。材料の長期的な健全性を確保するためには、照射欠陥に関する知見が欠かせないが、詳細な照射損傷過程については必ずしも明らかになっていない。中でも、原子核との衝突による欠陥の生成・回復挙動は体系的な理解に至っていないとの認識のもと、本研究は三元素系Li酸化物中での衝突シーケンスにおける、欠陥の生成・回復挙動について新たな知見を得ることを目的としている。研究対象には、固体増殖材料の候補の一つであるγ-LiAlO2を選んでいる。本研究では、研究手法として分子動力学法(MD)を用いている。また、MD計算で観察される現象の理解を深める目的で二体衝突近似(BCA)モデルも用いている。

本論文は6章より構成されている。第1章は研究の背景と目的である。第2章では本研究で使用したポテンシャルモデルの構築方法について述べている。次に第3章では、構築したポテンシャルモデルに基づき、MDによる弾き出しエネルギーの閾値(Ed)の評価を行行っている。第4章においては、MDによる衝突シーケンスシミュレーションを行い、各元素へのエネルギー分配挙動などを評価している。さらに第5章では、BCAシミュレーションを行い、第4章で得られたデータについてさらに深く考察している。最後に第6章で本研究の結論を述べている。

第2章では、ポテンシャルモデルを構築する際にフィッティングをかける対象として、γ-LiAlO2における結晶構造変化時の系の全エネルギーの応答を、CASTEPコードを用いた量子力学計算により評価している。γ-LiAlO2はイオン性の強い結晶であるため、原子間の相互作用は二体間のポテンシャルモデルで表現している。ポテンシャルモデルには逆冪型多項式モデルを用いている。原子間距離r < 0.5 Aの領域にはZBLポテンシャルモデルを適用し、五次の多項式を用いて逆冪型多項式との間を補間している。このようにして得られたポテンシャルモデルを用いて、γ-LiAlO2の線膨張係数と融点を評価したところ、実験値と比較して妥当な結果を得、本研究においてこのポテンシャルモデルの使用が妥当と判断している。

第3章における弾き出しエネルギーの閾値の評価では、まずγ-LiAlO2において、数十eV程度の初期エネルギー(Ep)を与えた一次弾き出し原子を<i j k>方位に弾き出した計算を行っている。ここで初期温度は0 Kとしている。一次弾き出し原子の弾き出しから約3 psが経過した時点で一次弾き出し原子と同元素の安定なフレンケル対を形成していた場合、Edを超えたと判定している。この結果得られたEdの値は、いずれの元素においても、強い異方性を示すことが示されている。また,異なる方位について立体角による重み付け平均値Ed'を評価したところ、Ed'(Li) < Ed'(O) < Ed'(Al)が成り立ち、これは各元素が持つ電荷の大きさの絶対値と大小関係が同じであること示している。その理由として、γ-LiAlO2の結晶はイオン性が強くクーロン力が最大の相互作用であるため、電荷が大きい場合Ed'が高くなりやすいことによるとしている。更に、シミュレーションの際に観察されたフレンケル対について、生成エネルギーの評価を行い、ポテンシャルモデルと第一原子計算により評価された値は概ね良好に一致すること、さらに、格子間原子の存在位置においても良好な一致を示している。

第4章における分子動力学法による衝突シーケンスシミュレーションでは、γ-LiAlO2において、1, 3, 5 keVのEpを与えた一次弾き出し原子を9通りの方位に弾き出し、その後の欠陥の生成・回復挙動を観察している。その結果、自己アニーリングが終了した時刻における、各元素における最大の運動エネルギーは、完全結晶における点欠陥の移動障壁に近い値となることを示し、これは各元素における最大の運動エネルギーが点欠陥の移動障壁を下回る時刻に自己アニーリングが終了することによると考えている。また、50 eVの運動エネルギーを持つAlがLiに衝突した後の、AlとLiそれぞれが有するエネルギーを、二体衝突による計算から評価している。その結果、原子間衝突によりAl原子がLi原子を弾き出し、さらにAl原子がその場に留まることにより、AlLiのantisiteを生成するケースはほとんどないと考えられること、及び原子間衝突の直後にLiAlのantisiteを生成する確率も低いことがわかるという興味深い結果を示している。

第5章では、二体衝突近似シミュレーションについて述べている。ここでは、γ-LiAlO2において、1 keVのEpを与えた一次弾き出し原子を、MDによる衝突シーケンスシミュレーションと同じ9通りの方位に弾き出し,欠陥の生成挙動を観察している。その結果、MDシミュレーションと、BCAにおいてEdを固定値とした場合と、 BCAにおいてEdに方位依存性を持たせた場合に、生成するフレンケル対の数を評価している。ここでEdの固定値としては、第3章で得られたEd'の値、すなわちそれぞれの方位が占める立体角による重みづけ平均値を用いている。方位依存性を持たせた場合、原子間衝突後の速度ベクトルに最も近い方位におけるEdの値を採用している。その結果、Edを固定とした場合と方位依存性を持たせた場合とで、生成する欠陥数に有意な差を生じており、方位依存性を持たせた場合の方が、MDに近い値を得ている。このことは、Edの方位依存性が生成する欠陥量を決定する重要な要素であることを示すと考えている。このように、BCAシミュレーションを用いて、MDシミュレーション結果についての理解を深めている。

以上、要するに、本研究はMDシミュレーションを通じて、LiAlO2における欠陥の生成・回復挙動に関して新たな知見を得たものであり、原子力工学特に核融合炉材料工学に対する貢献が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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