学位論文要旨



No 128013
著者(漢字) 山岸,良雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤマギシ,ヨシオ
標題(和) 再生可能エネルギーの変動特性を考慮した最適電源構成に関する研究
標題(洋)
報告番号 128013
報告番号 甲28013
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7781号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,康正
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 准教授 木村,浩
 東京大学 特任教授 谷口,治人
 東京大学 教授 横山,明彦
内容要旨 要旨を表示する

エネルギーセキュリティ確保や低炭素化等の観点,また2011年3月の東日本大震災とその後の原子力発電のトラブルなどを背景として,太陽光発電(PV)等を中心とした再生可能エネルギーへの関心が高まっている。我が国における各種再生可能エネルギーの導入ポテンシャルについては,幾つかの検討事例があり,たとえば平成22年2月に開催された地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ検討委員会資料においては,PVのポテンシャルは住宅・非住宅を合わせて約80億kW,風力発電は1.3億kWとされており,コストや立地を勘案しない潜在的な値としては,PVや風力発電の可能性は非常に大きい。しかしながら,現時点においては価格競争力が不十分であることや,その出力変動特性が十分に解明されていないことから,再生可能エネルギーの導入量は比較的少量にとどまっている。

今後の技術革新および国家政策により再生可能エネルギーが電力系統に大量導入された場合には,需給面をはじめ電力システムに大きな影響を及ぼすことが予想される。なかでもPVはその潜在的な発電可能量が非常に大きいと考えられ,電力システムへの影響評価にあたっては,その出力の変動特性等を正しく把握して,モデル化することが重要である。また,その年間の変動様相は年ごとにも異なると考えられるため,長期にわたる観測データの蓄積が重要となる。しかしながら,長期にわたる広域・多地点における詳細な日射量の観測の実施は未だ不十分であり,今後更なる実測とあわせた検討が必要とされている。

また一方,将来的な電源構成のあり方についても,特に震災以降,さまざまな立場や前提条件を元に,大きく異なる見解が提示されており,何が正しい選択なのかはっきりしないのが現状である。具体的には,原子力発電への依存度をいつごろまでにどの程度のレベルとするかをはじめ,電力需要が今後どのように変化するか,電源の低炭素化を目指した再生可能エネルギーの導入レベルはどうなるか,また,再生可能エネルギー大量導入に必要となる蓄電池などの設備の必要量,各種火力発電用燃料の価格動向など,さまざまな分野について数多くの選択肢が考えられる。

発電から送変電,配電設備を経由して需要家まで電力を供給する,いわゆる電力システムは,これを構成する設備の寿命が数十年から場合によっては百年近くにもなる。このように,いわば非常に時定数の長いシステムの設計にあたっては,短期的・場当たり的な対応で方向性を大きく変更することは非常に困難であり,仮にそれが可能であったとしても,大きな損失が発生する危険性がある。反面,現状維持にとらわれていては,世界の情勢や技術進歩の流れからいつの間にか大きく遅れを取ってしまう恐れがある。このため,将来の電力システムの設計にあたっては,さまざまな可能性を俯瞰的に評価し,慎重に議論を重ねた上で長期的な目標を明確化することが不可欠である。

このような長期的な将来の問題を検討する際には,技術面からも経済的な面からも不確実性が非常に大きい。このため,複数のシナリオを想定したり,各種のパラメータを大きく変化させたりしながら,数多くの事例を検討する必要がある。多数の事例を効率的に検討するためには,可能な限りシンプル・かつ現実と乖離しないモデルを用いなければならない。しかしながら,現在議論が行われている,再生可能エネルギーの導入可能量の検討等においては,その地域的な偏在状況,出力変動の状況,季節・時間帯別の発電量を詳細に確認せず,年間の需要と発電電力量の総合計のみで議論が進められる例が見受けられる。また,より詳細な最適電源構成を検討する場合においても,従来は負荷持続曲線や,年間のうち代表的な数日のデータを用いた検討が行われることが一般的であった。これらの検討では再生可能エネルギーの短周期および長周期の出力変動の実態が必ずしも正確に反映されていない恐れがある。

本研究では,これらの問題点を解決し,より実態に近い形で最適電源構成の評価を行うことを目指して,再生可能エネルギーとして潜在的な能力の大きい太陽光発電を主な検討対象とし,これが大量導入された将来断面における最適電源構成を線形計画により実施する手法を提案し,その手法を用いた検討事例として,北陸地域を題材にしてとりまとめた。具体的には以下の通りである。

第2章ではまず,実測されている日射量等,現時点で入手可能な限られたデータを用いて,将来太陽光発電が大量導入された場合にどのような出力変動が発生するであろうかという推定を実施した。具体的には,経済産業省資源エネルギー庁の補助事業として全国約300地点で2009年度より順次計測を実施している全天日射量データのうち,北陸地域20地点の観測データを使用して,PV大量導入時の出力変動の,周波数領域および時系列の変動の大きさを推定した。

推定手法としては,主に遷移仮説法を用いた。本論文の中では,この遷移仮説法におけるPVの地域偏在の取り扱い方法に関する検討を実施し,一つの手法を提案した。提案手法を用いて検討を実施した結果,偏在を考慮した場合にはこれを考慮しない場合に比べて短周期変動が若干大きくなる傾向があるものの,検討の一例によれば20分間の最大出力変動幅で評価した場合でたかだか20~30%程度の増加であり,その影響は限定的であることが明らかとなった(図1)。

地点数が多くなった場合には,短周期の変動は相対的に小さくなることから,最適電源計画の検討などには,時間的な解像度が低くても,空間的な解像度が高い気象庁の地域気象観測システム(いわゆるアメダス)データなどの既存データを活用した検討の有効性が期待されることがわかった。

第3章においては,第2章の結果を踏まえた上で,我が国でこれまでに長期間のデータ蓄積のある気象庁のアメダスデータを用いて,複数年度の時系列の日射量推定データを作成する手法を提唱し,実測日射量との対比によりその推定精度の検証を実施した3)。

アメダスデータを用いて日射量を推定するにあたっては,基準となる日射量の計測データが必要となるが,今回は第2章で利用した日射量データを用いることとした。この場合,アメダスの観測地点と異なる地点での推定となることから,まずこれを補正するための重みづけ手法について検討を実施した。複数の観測点から,特定の1点の日射量を推定する場合には,観測点と推定点の距離に反比例するような重みづけを行うと精度が高いことが分かった。この方法を用いて,北陸地域の26地点のアメダスデータから,水平面全天日射量を計測している20地点の平均の推定値を求めた(図2)ところ,相関係数0.98以上の精度であった。このことから,アメダスデータを利用したエリア日射量の推定は,最適電源計画等においても十分活用可能な精度を持つと考えられ,過去のアメダス観測データを活用した諸検討の有効性が示された。

第4章においては,現時点における日射量および発電予測の精度把握と複数の評価指標による評価を試みた。具体的には,気象庁の数値気象予報データを用いた日射量予測手法により,当日から2日先までについて1年間の日射および発電量予測を実施し(図3),その精度を評価するとともに,評価指標の前提条件を変更することにより,どの程度評価値が変化するかについて考察を実施した。

今回の予測手法評価においてはエリア合計ではなく,気象官署1地点ごとの予測を実施していることや,観測データを用いた補正等を実施していないため,翌日予測の二乗平均平方根誤差率(%RMSE: %Root Mean Square Error)が40%前後と高目の数値となっているが,複数地点において,多数の指標と条件による精度を提示することにより,これまでに公表されている予測の精度との相対的比較の目安としての活用等が期待できる。

またPVの定格出力を基準値としたPVの発電出力予測誤差という観点で考えると,当日1時間値の二乗平均平方根誤差(RMSE:Root Mean Square Error)が12~15%台,2日先で13~16%台の値となった。また,5つのPVサイトの合計値では,当日9.3%,2日先で11.1%程度の誤差となった。

第5章においては,長期的な将来時点における電源構成を検討するための最適電源計画モデルを作成し,各種文献調査により得られた前提条件や,第3章で提案された手法を元に作成されたPV出力想定データなどを用いて,CO2排出量制約などの各種の制約条件や,燃料価格,PV設備並びに蓄電設備の費用等をパラメータとした分析を実施した(図4)。

いずれのシナリオにおいても最適解がない状況とはならなかったが,再生可能エネルギー主体で低炭素化を極端に推進した場合には,将来的な価格低下を織り込んだうえでも発電単価の上昇や余剰電力の発生が想定され,今後この方面での技術開発が必要と考えられる。

また再生可能エネルギー比率が大きい状態で最適電源構成の計算を実施した場合,年度によって最適化の結果にかなり差が出る場合があることがわかった。このことからも再生可能エネルギーの導入が進んだ場合には,その出力を正確に予測する技術が重要になると考えられる。

複数年のPV平均値により最適電源構成の計算を実施した場合には必要な蓄電池容量が少なめとなる傾向が見られた。今後,複数のケースでこの傾向が見られるかどうかさらに検証する必要があるが,このような傾向がある場合には,複数年度のデータを使用して計算を実施するなどの対策が必要と考えられる。

図1 PV偏在考慮の有無による出力変動の差異

図2 エリア平均日射量の推定結果(2010年7月)

図3 輪島地点における水平面全天日射量の予測結果(2010年5月上期)

図4 最適電源構成の計算例

審査要旨 要旨を表示する

再生可能エネルギーが電力系統に大量導入された場合には、需給面をはじめ電力システムに大きな影響を及ぼすことが予想される。なかでも太陽光発電(PV)はその潜在的な発電可能量が非常に大きく、電力システムへの影響評価にあたっては、その出力の変動特性等を適切に把握することが重要である。一方、将来の電力システムの計画にあたっては、さまざまな可能性を俯瞰的に評価し長期的な目標を明確化することが重要である。このような長期的な将来の問題を検討する際には、技術的・経済的な不確実性が非常に大きいため、数多くの将来シナリオを検討する必要がある。多数のシナリオを効率的に検討するためには、可能な限りシンプル・かつ現実と乖離しない評価モデルの構築が必要である。本論文では、PVを中心とする再生可能エネルギーが大量導入された状況を想定し、原子力発電所を含めた各種電源の運用上の技術的制約条件を明示的に考慮した線形計画問題として最適電源構成モデルを構築し、そのシミュレーションを通してわが国の北陸地方を対象とした定量的な評価検討を実施している。

第1章は序論であり、前述のような研究の背景および目的と研究課題の設定を行っている。

第2章では、実測された日射量等、現時点での最新データを用いて、大量のPVが広域的に導入された場合に予想される出力変動を推計している。そこではまず、PV設置容量の地域的偏在の影響を考慮できるように、地理的に離れた場所に設置されたPVの合成出力の周波数特性に着目して、遷移仮説法と呼ばれる出力変動推計手法に対しての拡張方法を提案している。そして提案手法を用いて、地域的偏在がある場合とそうでない場合の推計値の比較を行い、変動周期別の出力変動幅の推計誤差に関する考察を行っている。例えば、地域的偏在の影響を20分間の最大出力変動幅で評価した場合では、その影響はたかだか20~30%程度と限定的であることを示している。

第3章では、第2章の結果を踏まえて、長期の観測データが存在する気象庁のアメダス観測データ(10分値)を用いた日射量の近似的な推定値と、別途実施した水平面全天日射量の正確な実測との比較を行い、アメダス観測データに基づくPV出力推定の精度検証を行っている。具体的には、推定値と実測値の相関係数が0.98以上になることを確認し、アメダス観測データを利用して得られる地域内PV出力の推計値は、本研究で構築した最適電源構成モデルの入力データとして十分な精度と有効性を有することを示している。

第4章では、気象庁の数値気象予報データを用いた日射量予測手法を提案し、当日から2日先までの日射およびPV発電出力の様子を1年間にわたり繰り返して予測し、その予測精度を複数の指標で評価するとともに、他手法による予測結果との比較検討により、提案手法の長短所の考察を行っている。PVの定格出力を基準値とした提案手法による出力予測誤差は、当日1時間値の二乗平均平方根誤差で12~15%、2日先で13~16%程度となり、複数地点の合計出力を予測する場合では予測精度がさらに改善されることなどを示している。

第5章では、長期的将来時点における望ましい電源構成を検討するための最適電源構成モデルを大規模な線形計画問題として構築し、各種文献調査により得られた前提条件や、第3章で提案された手法を元に作成されたPV出力推定データなどを用いて、CO2排出量制約、各種燃料価格、PV設備並びに蓄電設備の設置運用費用等をパラメータとした分析を実施している。PVを中心とする再生可能エネルギー主体で電源の低炭素化を極端に推進した場合、将来的なPV設備価格の低廉化を織り込んでも、電力系統全体の発電単価の上昇や余剰電力の発生が避けられないと予測され、今後この方面でのかなり大幅な技術進歩の必要性を示唆する結果を得ている。また再生可能エネルギーの比率が高い状態で最適電源構成の計算を実施した場合、年による日照量や利用可能な水力資源の変動により計算結果にある程度のばらつきが発生すること、複数年のPV出力平均値という集約データに基づく最適電源構成の計算を実施した場合には必要な蓄電池容量が少なめに推定される傾向があることなどを示し、再生可能エネルギーの変動特性の影響を定量的に明らかにしている。

第6章は結論であり、上述の研究成果の総括と課題がまとめられている。

以上を要するに、本論文は、広域的に大量導入されたPV出力の周波数特性の推計評価手法を提案し、気象観測データに基づくPV出力推計手法の有効性や気象予測データを用いたPV出力予測手法の精度を実証的に評価した上で、再生可能エネルギーが大量導入された状況下での電源構成の在り方をモデルシミュレーションにより明らかにしたもので、エネルギーシステム関連工学分野の進展に貢献するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の請求論文として合格であると認められる。

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