学位論文要旨



No 128014
著者(漢字) 安藤,岳洋
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,タケヒロ
標題(和) 術中心臓病態計測による細胞移植支援システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 128014
報告番号 甲28014
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7782号
研究科 工学系研究科
専攻 バイオエンジニアリング専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 小野,稔
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 准教授 中島,義和
 東京大学 准教授 正宗,賢
内容要旨 要旨を表示する

心筋への細胞移植は、近年注目されている再生医療の一環として多くの研究が行われており、いくつかの臨床研究においてその有効性が示されている。しかし、治療効果はばらつきが大きく、有効な治療法としては確立されていない。このような移植効果のばらつきは、細胞を移植する方法、場所等が医師の主観によって行われ、定量的な指針がないことに起因すると考えられている。そこで本研究では、心機能改善効果の高い細胞移植システムを構築することを目的としている。具体的には、冠動脈バイパス手術中に心臓病態を計測し、その計測結果に基づいて移植を行うシステムを提案している。

まず、術中に心臓病態を計測する手法について検討を行った。心臓が全身に血液を送るための臓器であることから考えると、心臓壁運動の計測は重要なパラメータの一つである。また、心臓の運動を司っているのは心筋の電気的興奮伝播であるため、電気生理学的計測が必要である。さらに、正常な興奮が起こるためには血流があることが必要であるため、組織灌流を計測することは重要である。以上のように、心臓の病態を表すパラメータとして、壁運動、電気生理、組織灌流の3つが重要であると考えられ、その中でも本研究では組織灌流と電気生理について扱うこととしている。また、現状では細胞移植は冠動脈バイパス手術と併用して行われ、将来的には低侵襲手術の発展が見込まれることから、本論文では低侵襲で心外膜側からアプローチして、心臓病態の計測および細胞移植を行う手法が有効であると考えられる。現在、組織灌流を評価する手法としては、心筋シンチグラフィが用いられているものの、計測時間の長さおよび機器の煩雑性等によって術中に計測する手法ではないため、本研究では蛍光計測による組織灌流の評価手法を提案した。また、電気生理の計測は、カテーテルマッピングシステムとして臨床で使用されている機器があるものの、低侵襲で心外膜側から計測可能なデバイスが存在しないため、折り畳み型電極アレイを提案した。

次に、蛍光画像による組織灌流の計測を行うシステムを開発し、評価を行った。インドシアニングリーン(ICG)蛍光とニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)蛍光による組織灌流の評価手法を提案し、それぞれの蛍光を計測するためのシステムを開発した。ICG 蛍光による組織灌流の評価では、動的に変化する蛍光を時間方向に積分するため、画像変形および心電同期による重ね合わせ手法を提案し、両者を比較した。In vivo 実験の結果、心電同期による重ね合わせのほうが誤差が少なく、明瞭な画像を得られることを確認した。この結果は、画像を重ね合わせる際だけでなく、一般的に、拍動する心臓に対して一定の形状を得たい場合等に応用できる結果である。NADH 蛍光による組織灌流の評価では、開胸下ブタ拍動心臓において、冠動脈結紮時と再灌流時の蛍光の変化を捉えられる可能性を示せた。ブタのような大動物の拍動心臓に対してNADH 蛍光画像の計測を行った例は存在せず、臨床に近い環境下で評価が行える可能性を示したことは一つの成果である。

さらに、低侵襲で広域の電気生理マッピングを行うための折り畳み型電極アレイを設計し、実際に開発を行った。電極は計80極であり、これらの電極をポリウレタン製の粘着フィルムで両面から挟み込んで固定してある。電極アレイを保持するためのアームは、超弾性合金のバネ力によって、傘のように開くことが可能である。電極アレイの全体の大きさは40×40mmである。また、計測した電位データを内視鏡画像上に重畳するための、電極が球面状に変形すると仮定した位置推定方法を提案した。画像重畳誤差の評価を行った結果、提案した手法は、射影変換による重畳と比較して1/2~1/5 程度の誤差であった。さらに、In vivo 実験にて実際に心外膜電位の計測を行ったところ、興奮伝播の計測が行えることを確認した。

これまでに開発した蛍光計測システムおよび電気生理マッピングシステムを統合し、術中に心臓病態を計測・提示するためのシステムとして有効であるかを検証している。動物実験の結果、開発した電極は限られた空間においても心臓に押し当てることが可能であることを確認した。さらに開発した蛍光計測システムおよび電気生理マッピングシステムを用いて心臓の病態評価が可能か実験を行ったところ、灌流状態の変化に伴う電位データの変化が起こることを明らかにした。図 1に計測の結果を示す。図 1を見ると、虚血領域(各画像で右下部)において、Isochronal mapおよびGiant R wave map共に変化が表れていることが明らかである。

さらに、低侵襲下で細胞移植を行うためのデバイスの提案および試作を行った。具体的には、注射した点を止血する方法について検討し、フィブリン糊を用いた止血注射デバイスと圧迫による止血注射デバイスを提案し、実際に試作を行った。動物実験環境の都合上、定性的な評価しか行えなかったものの、それぞれのデバイスにおける有効な点および問題点を明らかにすることが出来た。

以上のように、本論文では心臓への効果的な細胞移植手法を確立するための低侵襲細胞移植支援システムについて研究を行い、必要となる計測システムおよび移植デバイスの開発を行った。実際に臨床で使用するためにはさらなる機器の作りこみが必要となるものの、臨床的に有用なシステム実現のための十分な知見を与えていると考えられる。

図 1 虚血領域における電位データの変化 左:Isochronal map、右:Giant R wave map

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、虚血性心疾患の患者に対して心筋への細胞移植を行う際に、より効率的な治療を行うための移植支援システムに関する研究を行っている。心筋への細胞移植は、近年注目されている再生医療の一環として多くの研究が行われており、いくつかの臨床研究においてその有効性が示されている。しかし、治療効果はばらつきが大きく、有効な治療法としては確立されていない。このような移植効果のばらつきは、細胞を移植する方法、場所等が医師の主観によって行われ、定量的な指針がないことに起因すると考えられている。本論文ではこのような問題に対して、冠動脈バイパス手術中に心臓病態を計測し、その計測結果に基づいて移植を行うシステムを提案している。

第1章では虚血性心疾患の原因および治療法と、現在行われている細胞移植方法について述べ、第2章で本研究の目的を述べている。第3章では術中に心臓病態を計測する手法について検討を行っている。具体的には、心臓の病態を表すパラメータとして、壁運動、組織灌流、電気生理の3つが重要であることを述べ、その中でも本論文中では組織灌流と電気生理について扱うこととしている。また、現状では細胞移植は冠動脈バイパス手術と併用して行われ、将来的には低侵襲手術の発展が見込まれることから、本論文では低侵襲で心外膜側からアプローチして、心臓病態の計測および細胞移植を行う手法が有効であることを示している。現在、組織灌流を評価する手法としては、心筋シンチグラフィが用いられているものの、計測時間の長さおよび機器の煩雑性等によって術中に計測する手法ではないため、本論文では蛍光計測による組織灌流の評価手法を提案している。また、電気生理の計測は、カテーテルマッピングシステムとして臨床で使用されている機器があるものの、低侵襲で心外膜側から計測可能なデバイスが存在しないため、折り畳み型電極アレイを提案している。

第4章では、蛍光計測による組織灌流の評価手法について述べている。インドシアニングリーン(ICG)蛍光とニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)蛍光による組織灌流の評価手法を提案し、それぞれの蛍光を計測するためのシステムを開発した。ICG 蛍光による組織灌流の評価では、動的に変化する蛍光を時間方向に積分するため、画像変形および心電同期による重ね合わせ手法を提案し、両者を比較した。In vivo 実験の結果、心電同期による重ね合わせのほうが誤差が少なく、明瞭な画像を得られることを確認した。この結果は、画像を重ね合わせる際だけでなく、一般的に、拍動する心臓に対して一定の形状を得たい場合等に応用できる結果である。NADH 蛍光による組織灌流の評価では、開胸下ブタ拍動心臓において、冠動脈結紮時と再灌流時の蛍光の変化を捉えられる可能性を示せた。ブタのような大動物の拍動心臓に対してNADH 蛍光画像の計測を行った例は存在せず、臨床に近い環境下で評価が行える可能性を示したことは一つの成果である。

第5章では、低侵襲で広域の電気生理マッピングを行うための折り畳み型電極アレイを設計し、実際に開発を行っている。また、計測した電位データを内視鏡画像上に重畳するための、電極が球面状に変形すると仮定した位置推定方法を提案した。画像重畳誤差の評価を行った結果、提案した手法は、射影変換による重畳と比較して1/2~1/5 程度の誤差であったことを示している。さらに、In vivo 実験にて実際に心外膜電位の計測を行ったところ、興奮伝播の計測が行えることを確認している。

第6章においては、開発した蛍光計測システムおよび電気生理マッピングシステムを統合し、術中に心臓病態を計測・提示するためのシステムとして有効であるかを検証している。動物実験の結果、開発した電極は限られた空間においても心臓に押し当てることが可能であることを確認し、開発した蛍光計測システムおよび電気生理マッピングシステムを用いて心臓の病態評価が可能か実験を行ったところ、灌流状態の変化に伴う電位データの変化が起こることを明らかにしている。

第7章においては、低侵襲下で細胞移植を行うためのデバイスの提案および試作を行っている。具体的には、注射した点を止血する方法について検討し、フィブリン糊を用いた止血注射デバイスと圧迫による止血注射デバイスを提案し、実際に試作を行っている。動物実験環境の都合上、定性的な評価しか行えなかったものの、それぞれのデバイスにおける有効な点および問題点を明らかにている。

以上のように、本論文では心臓への効果的な細胞移植手法を確立するための低侵襲細胞移植支援システムについて研究を行い、必要となる計測システムおよび移植デバイスの開発を行った。実際に臨床で使用するためにはさらなる機器の完成度の向上が必要となるものの、臨床的に有用なシステム実現のための十分な知見を与えていると考えられ、バイオエンジニアリング・低侵襲治療支援工学分野の発展に大きく貢献するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク