学位論文要旨



No 128016
著者(漢字) 大澤,輝恒
著者(英字)
著者(カナ) オオサワ,テルツネ
標題(和) 異方的機能発現に向けたディスコティック液晶の大面積高秩序配向を実現する分子設計戦略
標題(洋) Molecular Design Strategy for Realizing Highly Ordered Large-Area Orientation of Discotic Liquid Crystals toward Anisotropic Functions
報告番号 128016
報告番号 甲28016
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7784号
研究科 工学系研究科
専攻 バイオエンジニアリング専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 田畑,仁
 東京大学 准教授 橋本,幸彦
 東京大学 講師 藤田,典史
内容要旨 要旨を表示する

広いπ共役系コアの周辺に柔軟な側鎖を有するディスク状分子は、自己組織化によりカラム構造を形成しやすい。ディスコティック液晶は、このカラムが二次元的に集合したソフトマテリアルであり、この一次元カラムは電荷キャリアの異方的な輸送パスを提供する。そのため、ディスコティック液晶は、有機薄膜トランジスタや有機薄膜太陽電池などの有機エレクトロニクスデバイスのコンポーネントとして期待されている。さらに、自己修復能を有し、溶媒プロセスが可能であることから、大規模集積化が容易である利点がある。しかし、実際にディスコティック液晶を有機エレクトロニクスに応用する際には、導電カラムを目的とするデバイスに適した方向に大面積で配向させる必要がある。この実現には、基板と分子との相互作用や分子と分子の相互作用を精密に制御することが重要と考えられるが、分子の一義的配向をデバイスレベルの巨視的スケールで実現するための分子設計は存在しない。そのため、本論文では、電子求引性官能基であるエステル基を介して側鎖を連結したディスコティック液晶による自発的かつ大面積一軸配向の実現と、それによる異方的な伝導性特性ついて詳細に検討した。

第1章では、研究背景としてディスコティック液晶のカラムナー相における配向制御の重要性と、過去に報告されている配向制御法について詳細に記載した。一般に液晶の配向制御には基板表面の修飾や、電場や磁場などの外場を用いる方法が知られているが、本研究では、分子を自発的に一軸配向させるためのデザインを開拓することを目的とした。

第2章では、ディスコティック液晶の大面積一軸配向の実現に向けた新たな分子設計として、電子求引基である6つのエステルを芳香族コアに導入することを提案した。分子デザインの最初のインセンティブはコアの電子密度を低下させたとき、得られるカラムの構造秩序性が向上するのかどうかを調べることであった。一般に、π共役系ディスク分子間に働くπ-π相互作用はカラム構造形成の重要なドライビングフォースと考えられている。しかし一方で、スタッキングのジオメトリーによっては、π電子雲同士の重なりは反発を生じる。したがって、電子求引基の導入によりコアのπ電子密度を低下させれば、相対的にスタッキングは強まり、結果として構造秩序性の高いカラム構造が得られると考えた。この分子デザインに基づき、新規液晶性トリフェニレン分子の合成を行いその液晶挙動を検討したところ、本研究で設計したトリフェニレン液晶誘導体は高い秩序性を有するカラムナー液晶を与えるばかりでなく、12種類の異なる基板に対して大面積で垂直配向することを見出した。この高度な秩序性と特異な配向挙動をメチルエステル誘導体の単結晶X線構造解析から考察し、高秩序なカラム構造の形成にはトリフェニレン分子に導入したエステル基から生じる双極子-双極子相互作用とコア間に働く静電反発の抑制効果が寄与していることが示唆された。そのため、液晶誘導体においても同様の効果により、長距離で高度に秩序化したカラム形成が起こり、結果として基板によらず大面積垂直配向が実現したと考えられる。このエステルを用いた分子設計戦略は、従来の物理的手法では実現困難な分子配向制御を容易に達成できるため非常に有用である。さらに、垂直配向した液晶の光伝導特性をTRMC法により評価し、基板に垂直方向では平行方向に対して10倍大きい電荷輸送特性を示すことを見だした。これらの成果は、垂直方向の電気伝導特性が必要とされる有機薄膜太陽電池などの有機半導体材料に対して有用な知見と考えられる。

第3章、第4章では、第2章において見出した分子デザインに基づき、配向性を示すn型液晶半導体の開発を目指した。第3章では、電子求引基をコアと側鎖の両方に導入した6つのエステル基を有するヘキサアザトリフェニレン誘導体を合成し、その性質を詳細に検討した。電気化学的測定から、これらの分子は強い電子受容性を有していたが液晶性を示さず、単純にコアに電子求引基を導入する分子設計では配向性n型液晶半導体が得られないことが示唆された。これは、ヘキサアザトリフェニレンコアの窒素上に存在する非共有電子対の静電反発によりπスタッキングが阻害され、コアと側鎖が明確な相分離構造を形成出来なかったと考えられる。第3章の実験結果を受け、第4章では、側鎖末端にフルオロアルキル基を導入したトリフェニレン誘導体合成し、その液晶挙動を詳細に検討した。種々の測定から、単純なアルキル鎖を有するトリフェニレン誘導体に比べ、フルオロアルキル基を導入した場合に得られる液晶性カラム間の秩序が向上することを見出した。これは、フルオロアルキル側鎖とコアとの間で疎フッ素・親フッ素効果によりナノ相分離が起こり、カラム間の相互作用が強く誘起されたためと考えられる。この分子の基盤に対する配向性を検討した結果、単純なアルキル鎖を有するトリフェニレン誘導体と同様に様々な基板上で垂直配向性を示した。さらに、光伝導度測定から算出したフルオロアルキル鎖を導入したトリフェニレン誘導体が、ホールに対しては6.2 × 10-2 cm2/Vs、エレクトロンに対しては7.2 × 10(-2) cm2/Vsの高いキャリア移動度を持つ両極性有機半導体であることを見出した。

第5章では、側鎖末端にイオン間相互作用を導入した液晶分子が示す三次元秩序構造と、その液晶分子の配向特性について詳細に検討した。これまでの先行研究として、側鎖末端にイミダゾリウム塩を有するエーテル基がコアに直結したトリフェニレン誘導体が三次元秩序構造であるIa3d型のCubic相を発現することが報告されているが、ディスコティック分子の創りだすIa3d型のCubic液晶は、発現する分子の報告例が少なく、発現機構や機能はほとんど未開拓である。Cubic液晶はミクロな視点で捉えると、Cubic液晶相中での個々の分子は、通常の液晶相中の分子と同様に運動している。一方、バルクの性質としては、三次元的な秩序構造であるCubic対称性を有することから、光学的には等方的である。ディスク状の異方的な分子が、光学的に等方的な秩序構造を自発的に形成する機構は解明されておらず、非常に興味深い。上述した背景から、強いπスタッキングが三次元秩序構造の発現に与える影響を検討するために、側鎖末端にイミダゾリウム塩を有するエステル基がコアに直結したトリフェニレン誘導体を合成し、これらの分子が示す三次元秩序構造とその配向特性を検討した。液晶挙動の詳細な検討から、側鎖末端にイミダゾリウム塩を有するエステル基がコアに直結したトリフェニレン誘導体は室温を含む広い温度範囲で安定な液晶性を示し、等方相からの冷却過程において、189 °Cから105 °CでIa3d型のCubic相を、105 °Cから61 °C、61 °Cから20 °CでP21/a型の2種類の三次元Orthorhombic構造を形成することを見出した。エーテル基を有する類縁体が形成する液晶との比較から、本研究で見出した新たな三次元秩序構造の発現には、エステル基がコアに直結したトリフェニレン誘導体が示す強いπスタッキングが寄与していることが示唆された。さらに、その三次元Orthorhombic構造が、ガラスやサファイア基板に対して水平方向に巨視的に一軸配向すること見出した。この巨視的な一軸配向の達成は、エステル基を有するトリフェニレン分子の示す高い秩序性を背景として、Cubic相からOrthorhombic構造に相転移する際に、極性基であるイミダゾリウム基と基板が強く相互作用した結果であると考えられる。この知見は、側鎖の極性を調節することで自発的な垂直配向と水平配向を同じコアから作り分けられることを示唆しており、非常に興味深い。

結論では、本論文の総括と展望を述べている。

本論文では、エステル基を効果的に導入することにより、ディスコティック液晶分子の自発的な一軸配向を実現し、その配向性により異方的な機能発現に成功した。また、その配向メカニズムについても構造化学的見地から詳細に検討した。これらの成果は、今後の有機材料工学、特に有機半導体材料の発展に有用と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

広いπ共役系コアの周辺に柔軟な側鎖を有するディスク状分子は、自己組織化によりカラム構造を形成しやすい。ディスコティック液晶は、このカラムが二次元的に集合したソフトマテリアルであり、この一次元カラムは電荷キャリアの異方的な輸送パスを提供する。そのため、ディスコティック液晶は、有機薄膜トランジスタや有機薄膜太陽電池などの有機エレクトロニクスデバイスのコンポーネントとして期待されている。しかし、実際にディスコティック液晶を有機エレクトロニクスに応用する際には、導電カラムを目的とするデバイスに適した方向に大面積で配向させる必要がある。この実現には、基板と分子との相互作用や分子と分子の相互作用を精密に制御することが重要であると考えられるが、分子の一義的配向をデバイスレベルの巨視的スケールで実現するための分子設計は存在しない。本論文では、電子求引性官能基であるエステル基を介して側鎖を連結したディスコティック液晶による自発的かつ大面積一軸配向の実現とそれによる異方的な伝導性特性ついて述べている。

第1章では、研究背景としてディスコティック液晶のカラムナー相の配向制御の重要性と、過去に報告されている配向制御法について詳細に説明している。一般に液晶の配向制御には基板表面の修飾や電場を用いる方法が知られているが、本研究では、分子を自発的に配向させるためのデザインを開拓することが目的であることを述べている。

第2章では、ディスコティック液晶の大面積一軸配向の実現に向けた新たな分子設計として、電子求引基である6つのエステルを芳香族コアに導入することを提案している。実際に数種のアルキル鎖をエステルを介して導入したトリフェニレン誘導体を合成し、それらの液晶挙動を詳細に検討している。その結果、本研究で設計したトリフェニレン誘導体は高い秩序性を有するカラムナー液晶を与えるばかりでなく、12種類の異なる基板に対して大面積で垂直配向することを見出している。この高度な秩序性と特異な配向挙動をメチルエステル誘導体の単結晶X線構造解析から考察し、高秩序なカラム構造の形成にはトリフェニレン分子に導入したエステル基から生じる双極子-双極子相互作用とコア間に働く静電反発の抑制効果が寄与していることを見出している。液晶誘導体においても同様の効果により、長距離で高度に秩序化したカラム形成が起こり、結果として基板によらず大面積垂直配向が実現したと推察している。このエステルを用いた分子設計戦略は、従来の物理的手法では実現困難な分子配向制御を容易に達成できるため非常に有用である。さらに、垂直配向した液晶の光伝導特性を評価し、基板に垂直方向では平行方向に対して10倍大きい電荷輸送特性を見出している。これらの成果は、垂直方向の電気伝導特性が必要とされる有機薄膜太陽電池などの有機半導体材料に対して有用な知見であることが述べられている。

第3章、第4章では、第2章において見出した分子デザインに基づき、配向性を示すn型液晶半導体の開発について述べている。第3章では、電子求引基をコアと側鎖の両方に導入した6つのエステル基を有するヘキサアザトリフェニレン誘導体を合成し、その性質を詳細に検討している。これらの分子は強い電子受容性を有していたが液晶性を示さず、単純にコアに電子求引基を導入する分子設計では配向性n型液晶半導体が得られないことを示唆している。この実験結果を受け、第4章では、側鎖末端にフルオロアルキル基を導入したトリフェニレン誘導体の検討について述べている。種々の測定から、単純なアルキル鎖を有するトリフェニレン誘導体に比べ、フルオロアルキル基を導入した場合に得られる液晶性カラム間の秩序が向上することを見出している。これは、フルオロアルキル側鎖とコアとの間で疎フッ素・親フッ素効果によりナノ相分離が起こり、カラム間の相互作用が強く誘起されたためであると結論づけている。さらに、光伝導度測定からフルオロアルキル鎖を導入したトリフェニレン誘導体がホールに対しては6.2 × 10-2 cm2/Vs、エレクトロンに対しては7.2 × 10(-2) cm2/Vsの高いキャリア移動度を持つ両極性有機半導体であることを見出している。

第5章では、側鎖末端にイオン間相互作用を導入した液晶分子が示す三次元秩序構造と、その液晶分子の配向特性について報告している。液晶挙動の詳細な検討から、側鎖末端にイミダゾリウム塩を有するエステル基がコアに直結したトリフェニレン誘導体は、等方相からの冷却過程において、189 °Cから105 °CでIa3d型のCubic相を、105 °Cから61 °C、61 °Cから20 °CでP21/a型の2種類の三次元Orthorhombic構造を形成することを見出している。エーテル基を有する類縁体が形成する液晶との比較から、本研究で見出した三次元秩序構造の発現には、エステル基がコアに直結したトリフェニレン誘導体が示す強いπスタッキングが寄与していることを明らかにしている。さらに、その三次元Orthorhombic構造が、基板に対して水平方向に巨視的に一軸配向すること見出している。この一軸配向は、極性基であるイミダゾリウム基と基板が強く相互作用した結果であると述べている。

結論では、本論文の総括と展望を述べている。

以上、本論文では、エステル基を効果的に導入することにより、ディスコティック液晶分子の自発的な一軸配向を実現し、その配向性により異方的な機能発現に成功している。また、その配向メカニズムについても構造化学的見地から詳細に検討がなされている。これらの成果は、今後の有機材料工学、特に有機半導体材料の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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