学位論文要旨



No 128018
著者(漢字) 勝田,毅
著者(英字)
著者(カナ) カツダ,タケシ
標題(和) 肝組織構築における肝前駆細胞の利用と機能的胆管構造の導入
標題(洋) Use of liver progenitor cells and incorporation of functional bile ducts in liver tissue engineering
報告番号 128018
報告番号 甲28018
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7786号
研究科 工学系研究科
専攻 バイオエンジニアリング専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,康行
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 特任准教授 金野,智浩
内容要旨 要旨を表示する

体内埋め込み型人工肝の構築と移植は,生体肝移植の代替療法として期待されている.埋め込み型人工肝の開発は組織工学に基づいて研究が進められているが,臨床応用への実現までには多くの課題が残されている.本論文は,特に重要な二つの課題「高密度な肝組織構築」と「肝の階層・極性構造の再現」の実現を目的として行われた研究成果についての論文であり,5章からなっている.

第1章は緒言であり,本研究の背景および目的について述べている.冒頭では肝疾患治療の現状を概観し,埋め込み型人工肝開発の必要性について述べている.続いて,埋め込み型人工肝開発における組織工学的なアプローチの重要性について述べ,本論文の主要課題である二問題を指摘している.すなわち,(1) 高密度な肝組織構築の困難性,(2) 肝の階層・極性構造の再現の困難性である.

第2章では,課題(1)の解決に向け,増殖能の高い胎児肝細胞(fetal liver cell: FLC)が高密度かつ機能的な肝組織の構築に有効であるかをin vivoで検討した成果を報告している.野生型LEAラットから採取したFLCを,ヒアルロン酸(HA)スポンジに播種したものを,同系で銅代謝不全のLECラットの腸間膜に移植した.3週間後に担体を取り出したところ,高密度な肝実質様の組織が移植片内部に構築され,さらにLECラットの肝疾患が回復することを確認している.すなわち,コントロール群では黄疸が見られたのに対し,移植群では正常な状態が維持され,血液検査からも移植群で血中銅濃度の低下,それに伴う肝疾患マーカーの改善を確認している.過去にも肝前駆細胞(liver progenitor cell: LPC)を細胞ソースとした肝組織工学の試みは見られたが,いずれもin vitroでの実験が中心で,治療効果の検討を行った研究はほぼ皆無であった.従って本研究は,「LPCが実際に治療に利用できるのか」という疑問に対する答えを与えたという点で,肝組織工学分野に新たな知見を与えることができたと考えられる.

第3章では,課題(1)の解決に向け,ES細胞を用いた肝前駆細胞の作製の高効率化を目的として,培養環境の一因子である酸素分圧が分化誘導効率に与える影響について検討した成果を報告している.従来のES細胞からの肝細胞分化誘導法では,増殖因子の組み合わせの最適化に重点がおかれてきた.しかしながら,胚発生過程においては,細胞を取り巻く微小環境の影響だけでなく,胚全体を取り巻くマクロな環境の影響にも注目する必要がある.特に,着床前後で胚への酸素供給量がダイナミックに変化することを考えると,通常の20%酸素分圧下での培養は分化初期の培養条件には適していないことが示唆される.本章では,レチノイン酸刺激下でマウスES細胞を低酸素条件(5%)に暴露することで,通常の20%酸素分圧下で培養するよりも内胚葉系細胞への分化効率が高くなることを明らかにしている.

第4章では,課題(2)の解決に向け,胆管構造を持つ肝組織構築の可能性について検討した成果を報告している.FLCと成熟胆管上皮細胞(biliary epithelial cell: BEC)を用いてhetero spheroidを形成するというアプローチで実験を行い,胆管構造導入の可能性を検討した.妊娠ウイスターラットよりFLCおよび成熟BECを採取し,FLC : BEC = "3 : 1", "1 : 1", "1 : 3"の3種類の比率で混合してhetero spheroidを形成した.各spheroidで肝実質様構造および胆管様の管腔構造が見られた.管腔構造はBECの存在比依存的に発達したネットワーク様になることが確かめられた.胆汁輸送機能の評価としてfluorescein diacetateの取り込み試験を行ったところ,"3 : 1"では一様なfluoresceinの分布が観察されたのに対し,"1 : 1"および"1 : 3"ではfluoresceinのcyst・duct構造への局在化が見られた.特に,"1 : 3"では連続的なネットワーク様のfluoresceinの局在化が確認できた.過去にも,胎児・新生児の肝細胞のspheroid内部に管腔構造ができることは報告されていたが,機能的なネットワーク構造を有することは示されていなかった.本章では,連続的かつ機能的な胆管導入には,FLCだけでは不十分で,成熟BECの存在が必須であることを示したという点で,重要な意義があると考えられる.

第5章は総括であり,本論文全体のまとめとその意義を述べている.特に,本研究が肝組織工学分野にどのような新たな知見を与えたのか,そして今後の肝組織工学の発展にどのような形で貢献しうるかについて考察している.また,本研究成果の応用を見据えた上で,胆管構築を有する肝組織を移植した際に,胆管内に蓄積する胆汁をいかに排泄するかといった,今後課題となりうる点とそれに対する解決案についても述べている.

以上,本研究では,埋め込み型人工肝開発を目指し,in vitroとin vivoの両側面からのアプローチを試み,「高密度な肝組織の構築」および「階層・極性構造の導入」に可能性を見出すことができた.これらの成果は,従来のhepatocyteを細胞ソースとした肝組織工学が抱えてきた課題を明示した上で,その解決策となりうる知見を提供すると同時に,現時点での限界を示している点で,バイオエンジニアリング・肝組織工学の発展に貢献するものと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

組織工学的手法に基づいて構築した体内埋め込み型人工肝は,生体肝移植の代替療法となることが期待されているが,臨床応用への実現までには多くの課題が残されている.本論文は,これらの課題の中でも特に重要と考えられる二つの課題―「高密度組織の構築」と「肝臓特有の組織極性の再現」―の解決を目指して行われた研究成果についての論文であり,全部で5章から構成されている.

第1章は緒言であり,本論文の背景および目的について述べている.まず,肝疾患治療の現状を概観し,埋め込み型人工肝開発の必要性について述べている.続いて,埋め込み型人工肝開発における組織工学的なアプローチの重要性について述べるとともに,本論文の主要課題として取り上げる二つの課題―(1) 高密度な肝組織構築の困難性,(2) 肝臓特有の階層・極性構造の再現の困難性―を指摘すると共に,その解決に向けた本論文のアプローチを示している。

第2章では,課題(1)の解決に向け,高い増殖能を有する胎児肝細胞(fetal liver cell: FLC)と適切なスポンジ状担体の組み合わせについて,その有効性を移植実験にて検討した成果を報告している.ヒアルロン酸(HA)スポンジに正常ラット由来のFLCを播種し,銅代謝不全による肝不全を起こす疾患モデルラットの腸間膜に移植,3週間後に担体を取り出したところ,高密度な肝実質様の組織が構築されたとしている.また,対照群では肝不全の進行に伴う黄疸が見られたのに対し,FLC移植群では正常な状態が維持されており,血液検査からも移植群で血中銅濃度の低下とそれに伴う肝疾患マーカーの改善が見られたとしている.以上の成果は,肝前駆細胞と適切な担体を用いて再構築した組織について,実際の疾患モデルの治療に利用可能であることを明確に示したものであるとしている.

第3章では,課題(1)の解決に向け,胚性幹細胞(embryonic stem cells: ES細胞)を用いた肝前駆細胞の作製の高効率化をめざし,培養環境の重要な一因子である酸素分圧の制御の効果に関する成果を述べている.増殖因子カクテルの逐次的添加に基づいた肝分化誘導法において,初期にレチノイン酸刺激下でマウスES細胞を低酸素条件(5%)に暴露することで,通常の20%酸素分圧下で培養するよりも内胚葉系細胞への分化効率が高くなることを示している.以上の成果は,既存の分化誘導法の主流である増殖因子カクテルの最適化に加えて,発生期の細胞を取り巻く様々な微小環境のダイナミックな制御の必要性を示すものであるとしている.

第4章では,課題(2)の解決に向け,胆管構造を持つ肝組織構築の可能性について検討した成果を報告している.FLCと成熟胆管上皮細胞(biliary epithelial cell: BEC)から,両細胞の混合比が異なるヘテロ細胞凝集体を形成し,胆管構造導入の可能性を検討したところ,胆管構造の構築はBECの存在比に依存することを示している.続いて,肝細胞で代謝され胆管に輸送される蛍光物質を用いて胆管構造の機能を評価したところ,BECの存在比が一定量以上の凝集体にて,蛍光物質の胆管構造への局在化がみられたとしている.以上の成果は,従来の培養下での胆管構築が専ら組織学的な評価に留まっていたのに対し,胆管構造の機能学的評価を行うことで,成熟BECの存在が必須であることを示している点に高い意義があるとしている.

第5章は総括であり,本論文全体のまとめとその意義について述べている.また,再構築型肝組織内に蓄積する胆汁をいかに排泄するかという課題について,その解決への展望を述べている.

以上,本論文は,埋め込み型人工肝の組織工学的手法に基づく構築を目指し,主要な2つの課題―「高密度な肝組織の構築」および「階層・極性構造の導入」について,それらの解決につながる重要な成果―肝前駆細胞と適切な担体の組み合わせの有効性・幹細胞からの肝分化におけるダイナミックな環境再現の重要性・極性再現における成熟胆管上皮細胞の重要性―を得ており,バイオエンジニアリング・組織工学・再生医療の発展に大きく貢献するものと考えられる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク