学位論文要旨



No 128022
著者(漢字) 平井,祐理
著者(英字)
著者(カナ) ヒライ,ユリ
標題(和) 大学発ベンチャーの成功要因に関する実証研究
標題(洋)
報告番号 128022
報告番号 甲28022
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7790号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,俊也
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 教授 坂田,一郎
 東京大学 教授 ロバート,ケネラー
 科学技術政策研究所 総括主任研究官 米山,茂美
内容要旨 要旨を表示する

日本経済において国際競争力を維持し持続的な経済発展を遂げるためには、イノベーションを連続的に創出していくことが重要である。こうした中イノベーションへの知識の源泉として大学の役割は大きくなり、産学連携を通して大学の知的財産を活用する取り組みが行われている。中でも大学発ベンチャーは大学の研究成果を産業界へ移転する有力な手段として期待されてきており、2001年に打ち出された「大学発ベンチャー1000社計画」以降、日本の大学発ベンチャー数は急速に増加し、2008年度末には1809社に至っている。しかし日本の大学発ベンチャーの業績は好調であるとは言い難く、売上高は伸び悩み、営業利益、繰越損益は依然赤字状態が続いており、また廃業する大学発ベンチャー数は年々増加傾向にある。このように日本では、設立数という点では政策的な目標に到達したが、その後の成長・発展に関しては課題が残っていると言える。

よってどのような要因が大学発ベンチャーが存続し、さらに成長・発展を遂げるために重要であるかを分析する必要があると考えられるが、日本においてこうした問いについての実証的研究は非常に少ない。そこで本研究では、日本の大学発ベンチャーを対象とした実証分析を行うことにより、大学発ベンチャーが生き残り、高い業績を達成するための成功要因を明らかにすることを目的とした。

本研究では、大学発ベンチャーの成功要因として、Resource-Based View及びSocial Capital Theoryを基に企業の資源や能力に注目をした。Resource-Based Viewでは、企業を資源の束とみなし、企業の持続的な競争優位性は企業内の特異的な資源にあると考える。こうした資源は経験やプロセスといった企業固有の条件によって形成されるため特異的であり、そうした資源の束の違いが企業の業績に影響すると主張される。Social Capital Theoryでは、資源は社会的構造の中に埋め込まれているという「社会的埋め込み」の視点に立っており、個人や組織の行為あるいはそれによる所産は社会的ネットワークの関係や構造の特性に強く影響されると主張される。企業の有する社会的ネットワークによってその企業がアクセスできる資源が異なり、その違いが企業間の業績の差異を生むと考えられている。本研究ではこうした研究アプローチに基づき、過去の調査を参照し日本の大学発ベンチャーを対象とした研究を行うにあたりその成功要因として重要であると考えられる、創出母体としての大学、VCからの投資、ビジネスに関する知識、という3つの要因を取り上げた。

分析方法として、サンプルは経済産業省との共同研究による質問票調査のデータを使用した。業績の指標としては、生存の指標として正社員数対数、財務的な業績の指標として売上高対数、また大学発ベンチャーが生き残り、かつ高い業績を上げるという総合的な業績の指標として正社員数対数と売上高対数それぞれの値を標準化しその値を足し算したもの、という3つの被説明変数を使用した。

1つ目の要因である母体大学に関する分析では、大学による支援をより積極的に受けていることは業績に正の影響を与えており、また大学からの資金的支援は主に売上高に正の影響を与えることがわかった。

2つ目の要因であるVCからの投資に関する分析では、VCからの総投資額が多いことが高い業績を達成するために重要であることが明らかとなった。また大学から特許のライセンスを受けていることや、大学からのライセンス特許に発明者として大学教授が関与していることはVC総投資額に正の影響を与えており、これらはVCの投資判断に影響を与え、VCからの投資を促進するということが示唆された。

3つ目の要因であるビジネスに関する知識については、実質的な管理・運営者である意思決定責任者、意思決定チーム、社会的ネットワークに関して分析を行った。

意思決定責任者についての分析では、意思決定責任者の過去の起業経験や現在と同じ市場での経験といった特定の経験は業績に影響を与えていなかったが、意思決定責任者が大学外出身者であることは売上高に正の影響を与えることが明らかになった。

意思決定チームについての分析では、Upper echelons perspectiveに基づいて意思決定チームのデモグラフィック特性としてその異質性に、プロセス要因として戦略的コンセンサスと個人的な親密さに注目をした。意思決定チームの異質性が高いことは売上高に正の影響を与えており、また戦略的コンセンサスがとれていることとチームメンバーが個人的に親密であることの交互作用項は業績に正の影響を与えていた。またチームメンバーの大学外出身者の割合が高いことは業績に正の影響を与えていた。

社会的ネットワークについての分析では、経営に関するアドバイスを得るために頼りにしている社外ネットワークに注目をした。分析の結果、このネットワークにおいて非冗長性が高いことは業績に正の影響を与え、またこのネットワークのアドバイザーとの紐帯がビジネス上において強いこととプライベート上において強いことの交互作用項は業績に正の影響を与えていた。

以上の結果を総合的に考察することで、大学発ベンチャーを成功に導く4つの要因が浮かび上がった。1つ目は大学及びVCからの資金の獲得である。外部資金の獲得は設備や人的資本といった様々な資源の確保を可能にするため、経営資源の乏しい大学発ベンチャーが成功するには不可欠な要因であるということが示唆された。2つ目は大学外出身者の経営参加である。一般的にアーリーな技術を利用している場合の多い大学発ベンチャーでは、そうした技術を利益の得られる商品やサービスに変換しなければならない中で、追加的技術開発に加え、顧客のニーズを拾い上げ、市場を選択するといった多くのビジネススキルが必要である。そのため、教育・研究機関である大学内出身の人材よりも、産業界で経験を積んだ大学外出身の人材が経営に参加することが重要であると考えられる。3つ目は経営メンバー及び社外ネットワークにおける多様性である。非冗長的な社会的ネットワークからは、そうしたネットワークは間接的により多くの人物とつながっており、また異なった情報源を持っているために、多量で多様な情報を獲得することができるとされる。また、異質的な経営チームは、多様な知識を有しているために、その幅広い認知能力によって問題を多面的に捉えることができるとされる。大学で生み出された専門的で先端的な技術に関する知識と、それを利益に変換するためのビジネスの知識といった幅広い知識が必要となる大学発ベンチャーでは、企業内の資源である経営チームにおいても、企業外の資源である社会的ネットワークにおいても、多様性を重視し、幅広い情報や知識にアクセスできるようにすることが重要であると考えられる。4つ目は経営メンバー及び社外アドバイザーとの公私のバランスのとれたコミュニケーションである。大学発ベンチャーでは技術や経営、市場といった個人で保有できる以上の多くの様々な知識が必要であるため、それぞれ異なった知識を持つ経営メンバーは、必要な知識や情報を引き出し合いそれらをすり合わせて意思決定を行ったり、調和を保つために統一性を高めたりする必要がある。また社外アドバイザーから有益なアドバイスを得るためには、アドバイザーはその大学発ベンチャーの専門的な技術やビジネスに関して深い洞察を有している必要があり、またアドバイザーと信頼を構築していることが重要である。よって、社内の経営チームメンバーにおいても社外ネットワークのアドバイザーにおいても、必要な知識やアドバイスを引き出し高い業績を達成するためには、そうした人物とビジネス上、プライベート上のどちらか一方の関係を深めれば良いのではなく、公私ともにバランスのとれたコミュニケーションをとることが重要であると考えられる。

大学発ベンチャーに関する先行研究では、その多くがどのように大学から大学発ベンチャーが創出されるのかという創出のプロセスに焦点を当ててきており、その後の大学発ベンチャーの成長や業績といった発展のプロセスに関してはあまり研究がなされていない。そうした中、本研究では、Upper echelons perspectiveや社会的ネットワーク理論といったこれまで大学発ベンチャーの研究に用いられてこなかった理論的フレームワークを用いて業績への影響を分析することで、大学発ベンチャーの発展のプロセスにおいてその成功に重要な要因を実証的に明らかにすることができた。また本研究では、Upper echelons perspective及び社会的ネットワーク理論について新たな見解を加えることができた。Upper echelons perspectiveに関する既往の研究では、トップマネジメントチームのデモグラフィック特性はプロセス要因の影響要因として扱われ、チームの同質性は頻繁なコミュニケーションと関係づけられていた。しかし、デモグラフィック特性では異質的である方が、プロセス要因では戦略的コンセンサスと個人的な親密さの交互作用が、業績に正の影響を与えるという本研究の結果から、企業業績へのトップマネジメントチームの影響では、デモグラフィック特性とプロセス要因は別の要因として検証されるべきであるということを示唆することができた。また社会的ネットワーク理論に関する既往の研究では、構造的埋め込みの視点である非冗長性と関係的埋め込みの視点である紐帯の弱さは相関性の高いものとして考えられてきた。しかし、構造的埋め込みに関しては非冗長的である方が、関係的埋め込みに関してはビジネス上とプライベート上の紐帯の強さの交互作用が、業績に正の影響を与えるという本研究の結果から、企業業績に関する社会的ネットワークの影響では、構造的埋め込みと関係的埋め込みは別の要因として検証されるべきであるということを示唆することができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、大学発ベンチャーが成長するための要因を明らかにすることを目的として、Resource-Based View及びSocial Capital Theoryを基に抽出された因子として、(1)創出母体としての大学、(2)VCからの投資、(3)ビジネスに関する知識、という3つの要因に関係する変数を説明変数とし、業績の指標としては、生存の指標として(1)正社員数対数、財務的な業績の指標として(2)売上高対数、また総合的な業績の指標として(3)正社員数対数と売上高対数の和の3つの被説明変数を使用した分析を行なった。

これにより得られた結果を総合的に考察することで、大学発ベンチャーを成功に導く4つの要因が浮かび上がった。その第一は大学及びVCからの資金の獲得である。外部資金の獲得は設備や人的資本といった様々な資源の確保を可能にするため、経営資源の乏しい大学発ベンチャーが成功するには不可欠な要因であるということが示唆された。また第二は大学外出身者の経営参加である。一般的にアーリーな技術を利用している場合の多い大学発ベンチャーでは、そうした技術を利益の得られる商品やサービスに変換しなければならない中で、追加的技術開発に加え、顧客のニーズを拾い上げ、市場を選択するといった多くのビジネススキルが必要である。そのため、教育・研究機関である大学内出身の人材よりも、産業界で経験を積んだ大学外出身の人材が経営に参加することが重要である。第三は経営メンバー及び社外ネットワークにおける多様性である。非冗長的な社会的ネットワークからは、そうしたネットワークは間接的により多くの人物とつながっており、また異なった情報源を持っているために、多量で多様な情報を獲得することができる。大学発ベンチャーでは、経営チームにおいても社会的ネットワークにおいても、多様性を重視し、幅広い情報や知識にアクセスできることが重要であることが示された。第四は、経営メンバー及び社外アドバイザーとの公私のバランスのとれたコミュニケーションである。社内の経営チームメンバーにおいても社外ネットワークのアドバイザーにおいても、必要な知識やアドバイスを引き出し高い業績を達成するためには、そうした人物とビジネス上、プライベート上のどちらかの関係を深めれば良いのではなく、公私ともにバランスのとれたコミュニケーションをとることが重要であることが示された。

既往の大学発ベンチャーに関する研究では、どのように大学から大学発ベンチャーが創出されるのかという創出のプロセスに焦点が当てられてきており、創出後の大学発ベンチャーの成長や業績といった発展のプロセスに関する知見が乏しかった。我が国の大学発ベンチャーにおいても政府の振興施策によって創出数は増えたが、成長性に乏しい点が問題視されてきたことを見ても、大学発ベンチャーが如何にして成長できるのかという問いに答えることは重要であることは明白である。

本研究においては、Upper echelons perspectiveや社会的ネットワーク理論といったこれまで大学発ベンチャーの研究に用いられてこなかった新たな理論的フレームワークを用いて業績への影響を分析することで、大学発ベンチャーの成功に重要な要因を実証的に明らかにすることができたことは評価できる。また本研究では、Upper echelons perspective及び社会的ネットワーク理論について新たな見解を加えることができた。Upper echelons perspectiveに関する既往の研究では、トップマネジメントチームのデモグラフィック特性はプロセス要因の影響要因として扱われ、チームの同質性は頻繁なコミュニケーションと関係づけられていた。しかし、本研究の結果からは、トップマネジメントチームの影響では、デモグラフィック特性とプロセス要因は別の要因として検証されるべきであるということが示唆されたことは興味深い。また社会的ネットワーク理論に関する既往の研究では、構造的埋め込みの視点である非冗長性と関係的埋め込みの視点である紐帯の弱さは相関性の高いものとして考えられてきた。しかし、構造的埋め込みに関しては非冗長的である方が、関係的埋め込みに関してはビジネス上とプライベート上の紐帯の強さの交互作用が、業績に正の影響を与えるという本研究の結果から、企業業績に関する社会的ネットワークの影響においては、構造的埋め込みと関係的埋め込みは別の要因として検証されるべきであるということが示されていることは、今後の同分野の研究の発展を期待させる。

本論文に関して、審査委員からは、新規で有用な興味深い研究であると評価される一方、Resource-Based ViewとSocial Capital Theoryの位置づけについての指摘や、また別々の回帰分析として行われた説明変数間の関係について極力考察すること、Structural holes の理論との関係が不明確などの指摘があったが、これらに関する改訂は適切に行なわれた。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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