No | 128023 | |
著者(漢字) | 小林,薫 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コバヤシ,カオル | |
標題(和) | 植物の花序形成を制御する遺伝子メカニズムの解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128023 | |
報告番号 | 甲28023 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3739号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生産・環境生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生物の形態形成の正しい進行には,細胞や組織の状態変化の適切な制御が重要である.組織の状態変化を制御する遺伝子メカニズムを解明する足がかりとして,本研究では植物の花序形成に着目した.花序の基本構造は,メリステムが花としてのアイデンティティを獲得するパターンによって決定され,その制御メカニズムの相違が種ごとに異なる花序の形態をつくり出す.シロイヌナズナを用いた解析によって,花メリステム形成を決定する「花アイデンティティ遺伝子」が明らかになった.シロイヌナズナは総状花序を形成するが,集散花序の植物でも花アイデンティティ遺伝子の機能は保存されており,花序形成制御における共通原理が示唆された.イネの穂は円錐花序であり,分枝上に花(小穂)を形成するという特徴がある.円錐花序では分枝形成から花形成への切替えが花序形態を決定する.イネ科植物に特徴的な構造である小穂の進化も興味深い問題である.さらに,イネ科植物の花序形態の制御は穀物生産上も重要である.本研究では,植物の花序形成を制御する共通原理と,多様性を生み出す原因を理解するため,イネの穂形成を制御する遺伝子メカニズムの解明を目指した. 第1章 イネ小穂メリステム形成を決定する遺伝子の単離 イネ科植物では,花序形成の単位は小穂である.したがって,メリステムが小穂メリステムとしてのアイデンティティを獲得し,小穂が形成されることが穂の形態を決定する最大の要因である.小穂形成を制御する分子メカニズムを理解するために,第1章では,小穂形成が抑制される劣性突然変異体panicle phytomer 2-1(pap2-1)を解析した. pap2-1変異体のもっとも顕著な異常は枝梗の増加である.特に2次枝梗が増加し,さらに野生型にみられない3次枝梗形成も認められた.このため,pap2-1では小穂アイデンティティの決定が遅れると解釈し,PAP2が小穂形成を促進する遺伝子であると考えた.また,pap2-1変異体では1次枝梗数の増加や副護穎と護穎の過伸長が観察された. PAP2遺伝子をマップベースドクローニングで単離した結果,PAP2はOsMADS34をコードすることが明らかとなった.植物のMADS box転写因子は植物の成長や器官形成を制御するファミリー遺伝子である.PAP2はSEPALLATA (SEP) グループに分類され,そのなかでもイネ科植物に特異的なサブグループに属する.PAP2を過剰発現すると,変異体の表現型とは逆に,2次枝梗数が減少し,1次枝梗の側生器官数も減少した.この表現型から,PAP2遺伝子の発現を増加することで小穂形成が促進されると考えられた.また,過剰発現体では1次枝梗がわずかに減少した.レポーターとしてGUS遺伝子を用いてPAP2遺伝子の発現部位を解析したところ,発現シグナルは生殖成長相の茎頂メリステム,小穂メリステム予定領域および副護穎の先端で検出された. 第1章の解析により,PAP2がイネの穂形成においてメリステムに小穂としての属性を付与する小穂アイデンティティ遺伝子であると結論した. 第2章 小穂構造の決定へのイネ科植物SEP遺伝子の多様性の寄与 PAP2はSEPグループのMADS box転写因子である.SEPグループはさらにLOFSEPとSEP3サブグループに分けられ,イネの5つのSEP遺伝子のうち,PAP2,OsMADS1,OsMADS5がLOFSEP,OsMADS7とOsMADS8がSEP3サブグループに分類される.先行研究によりOsMADS1の機能は報告されていたが,それ以外の3遺伝子の機能は不明であった.そこで,イネSEP遺伝子の機能を総合的に理解することは小穂形成を制御するメカニズムの解明に繋がると考え,解析を行なった. まず,SEP遺伝子の発現のタイミングと部位を調べた.その結果,PAP2は小穂メリステム,OsMADS1とOsMADS5は小花メリステム,OsMADS7とOsMADS8は分化中の花器官で発現していた.一連の小穂形成過程において5つのSEP遺伝子が少しずつタイミングをずらして発現することが示された. 機能の知られていなかったOsMADS5について,OsMADS1との二重変異体を作出して表現型観察を行なった.その結果,osmads1 osmads5二重変異体ではosmads1の異常が亢進され,護穎状器官の形成が反復された.このため,OsMADS5はOsMADS1と冗長的に小花アイデンティティ,外穎と内穎の成長,小穂の有限性を制御することが明らかとなった.OsMADS7とOsMADS8の遺伝子発現を抑制したところ,どちらか一方のみを発現抑制した場合には花器官にわずかな異常が生じた.しかし,2つの遺伝子を同時に発現抑制すると,鱗被より内側のすべての花器官において顕著な異常が生じ,雌蕊分化の反復も観察された.したがって,OsMADS7とOsMADS8は冗長的に花器官形成を制御することが示された. 第2章では,イネの5つのSEP遺伝子がサブグループごとに異なるタイミングと領域で発現,機能することで小穂の成長を制御することを明らかにした.特に,イネ科植物に特異的なサブグループに属するPAP2,OsMADS1,OsMADS5が小穂アイデンティティや小穂器官の形成というイネ科植物に特徴的な過程を制御することが明らかとなった. 第3章 生殖成長への相転換を制御するPAP2とOsFULs遺伝子 植物の花序形成の最初の段階は,茎頂メリステムの栄養成長から生殖成長への相転換である.日長応答性の相転換には,葉で産生される花成誘導因子フロリゲンが関わるが,フロリゲンが茎頂メリステムの相転換を起こす遺伝子ネットワークの全貌は知られていない.第3章では,イネフロリゲンであるHd3aの下流で機能する遺伝子を同定し,生殖成長への相転換と穂形成における機能を解析した. GUSレポーターを用いた発現解析によって,PAP2は茎頂メリステムの栄養成長から生殖成長への相転換に伴って茎頂メリステム全体で発現を開始することが明らかとなり,PAP2の相転換への関与が示唆された.しかし,pap2-1変異体は相転換に異常を示さないため,PAP2は他の遺伝子と協調的に機能する可能性が考えられた.転換期の茎頂メリステムにおける遺伝子発現のマイクロアレイ解析によって,OsFULs(OsMADS14,OsMADS15,OsMADS18)がPAP2と同じ時期に発現することが明らかとなったため,OsFULsがPAP2と協調的に機能する遺伝子の候補であると考えた. pap2-1背景でOsFULsの発現を抑制したところ,四重抑制体では茎頂メリステムの相転換が阻害され,止葉様の葉が展開した後も繰り返し葉が形成された.四重抑制体の茎頂で形成される葉原基の腋部には側生メリステムが形成され,シュート様に発達することが観察された.マーカー遺伝子の発現解析,SEM解析,組織観察を行なったところ,これらの側生メリステムでは栄養成長相のメリステムの性質が維持されていた.以上の結果から,PAP2はOsFULsと協調して茎頂メリステムを生殖成長へ相転換させることが明らかとなった.葉から茎頂へ輸送されたHd3aの下流でPAP2とOsFULsが機能する可能性を考え,これらの遺伝学的関係を調べた.Hd3aをpap2-1背景で過剰発現させたところ,Hd3aの花成促進効果が緩和された.このため,Hd3aの作用にはPAP2の機能が必要であると結論した. MADS box転写因子は二量体あるいは四量体を形成して機能することから,PAP2とOsFULsは分子間相互作用して機能する可能性があると考えた.酵母ツーハイブリッド法による解析では,OsMADS14とOsMADS15の強い相互作用,PAP2とOsMADS14,PAP2とOsMADS15の弱い相互作用が検出された.また,タバコを用いた一過的発現系での共免疫沈降法により,これらのタンパク質が植物細胞内でも相互作用することを確認した. 第3章の解析によって,PAP2が異なるグループの3つのMADS box転写因子,OsFULsと協調的に茎頂メリステムの相転換を制御することを明らかにした.また,この作用は茎頂に輸送されたフロリゲンにより引き起こされることを示した. 本研究では,PAP2が小穂アイデンティティ遺伝子であることを同定し,それがイネ科植物で独自に進化したことを明らかにした.次に,イネの5つのSEP遺伝子の機能を解析し,イネSEP遺伝子がサブグループごとに異なる機能と発現パターンを示して小穂構造を決定することを明らかにした.PAP2の発現解析によりPAP2の相転換への関与が示され,遺伝子発現抑制と相互作用試験によってPAP2はOsFULsと相互作用してHd3aの下流で機能することが明らかとなった.以上より,PAP2はイネの穂形成プログラム全般に関わる主要遺伝子であることが示された. 本研究の結果,SEP遺伝子とFUL遺伝子はイネの穂形成過程でのメリステムアイデンティティ制御において中心的な役割を果たすことが明らかとなった.SEPもFULもイネ科植物で独自に進化を遂げた.その結果生じた機能や発現パターンの多様化や特殊化が,イネ科植物に特異的な形態を生み出す要因になったと考えられる. | |
審査要旨 | 花序の基本構造は,メリステムの花アイデンティティ獲得パターンによって決定される.これまでの研究で,花メリステム形成を決定する「花アイデンティティ遺伝子」が明らかになった.イネの穂は分枝上に花(小穂)を形成するため,分枝形成から花形成への切替えが穂の形態を決定する.イネ科植物に特徴的な構造である小穂の進化も興味深い問題である.さらに,イネ科植物の花序形態の制御は穀物生産上も重要である.本研究では,イネの穂形成を制御する遺伝子メカニズムの解明を目指した. 第1章では,小穂形成が抑制される劣性突然変異体panicle phytomer 2-1(pap2-1)を解析した.pap2-1変異体のもっとも顕著な異常は枝梗の増加である.特に2次枝梗が増加し,さらに野生型にみられない3次枝梗形成も認められた.このため,pap2-1では小穂アイデンティティの決定が遅れると解釈し,PAP2が小穂形成を促進する遺伝子であると考えた.PAP2遺伝子を単離した結果,PAP2はOsMADS34をコードすることが明らかとなった.PAP2を過剰発現すると,2次枝梗数が減少し,1次枝梗の側生器官数も減少した.この表現型から,PAP2遺伝子の発現増加により小穂形成が促進されると考えられた.PAP2遺伝子の発現シグナルは生殖成長相の茎頂メリステム,小穂メリステム予定領域および副護穎の先端で検出された.以上の解析により,PAP2がイネの穂形成においてメリステムに小穂としての属性を付与する小穂アイデンティティ遺伝子であると結論した. 高等植物のSEP遺伝子はLOFSEPとSEP3サブグループに分けられる.イネの5つのSEP遺伝子のうち,PAP2,OsMADS1,OsMADS5がLOFSEP,OsMADS7とOsMADS8がSEP3サブグループに分類される.SEP遺伝子の発現パターンを調べた結果,PAP2は小穂メリステム,OsMADS1とOsMADS5は小花メリステム,OsMADS7とOsMADS8は分化中の花器官で発現し,小穂形成過程で5つのSEP遺伝子が異なるタイミングで発現することが示された.機能未知のOsMADS5について,OsMADS1との二重変異体の表現型観察した結果,osmads1 osmads5二重変異体ではosmads1の異常が亢進され,護穎状器官の形成が反復された.このため,OsMADS5はOsMADS1と冗長的に小花アイデンティティ,外穎と内穎の成長,小穂の有限性を制御することが明らかとなった.OsMADS7とOsMADS8を同時に発現抑制すると,鱗被より内側のすべての花器官において顕著な異常が生じ,雌蕊分化が反復したため,OsMADS7とOsMADS8は花器官形成を制御することが示された.第2章では,イネの5つのSEP遺伝子がサブグループごとに異なるタイミングで発現,機能することで小穂形成を制御することを明らかにした. 花序形成のはじめの段階は生殖成長相への相転換である.PAP2は茎頂メリステムの生殖成長への相転換に伴って茎頂メリステムで発現することが明らかとなり,PAP2の相転換への関与が示唆された.しかし,pap2-1の相転換は正常であるため,PAP2は他の遺伝子と協調的に機能する可能性がある.転換期の茎頂メリステムにおける遺伝子発現のマイクロアレイ解析によって,OsFULs(OsMADS14,OsMADS15,OsMADS18)がPAP2と同じ時期に発現することが明らかとなった.pap2-1でOsFULsの発現を抑制したところ,茎頂メリステムの相転換が阻害され,止葉様の葉が展開した後も繰り返し葉が形成された.四重抑制体の茎頂で形成される葉原基の腋部には側生メリステムが形成され,シュート様に発達した.マーカー遺伝子の発現解析,SEM解析,組織観察の結果,これらの側生メリステムでは栄養成長の性質が維持されていた.以上より,PAP2はOsFULsと協調して茎頂メリステムを生殖成長へ相転換させることが明らかとなった.Hd3aの下流でPAP2とOsFULsが機能する可能性を考え,Hd3aをpap2-1背景で過剰発現させたところ,Hd3aの花成促進効果が緩和された.このため,Hd3aの作用にはPAP2の機能が必要である.MADS box転写因子であるPAP2とOsFULsは分子間相互作用する可能性があると考えた.酵母ツーハイブリッド法により,OsMADS14とOsMADS15の強い相互作用,PAP2とOsMADS14,OsMADS15の弱い相互作用が検出された.タバコを用いた一過的発現系で共免疫沈降法により,これらのタンパク質が植物細胞内でも相互作用することを確認した.以上の解析により,PAP2がOsFULsと協調的に,Hd3aシグナルの下流で茎頂メリステムの相転換を制御することを明らかにした. 本研究では,PAP2が小穂アイデンティティ遺伝子であることを同定し,イネ科植物で独自に進化したことを明らかにした.次に,イネの5つのSEP遺伝子の機能を解析し,イネSEP遺伝子がサブグループごとに異なる機能と発現パターンを示して小穂構造を決定することを明らかにした.PAP2の発現解析によりPAP2の相転換への関与が示され,遺伝子発現抑制と相互作用試験によってPAP2はOsFULsと相互作用してHd3aの下流で機能することを明らかにした.すなわち,PAP2はイネの穂形成プログラム全般に関わる主要遺伝子であることが示された.以上,本研究で得られた知見は,学術上,応用上貢献することが少なくない.よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた. | |
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