学位論文要旨



No 128024
著者(漢字) 温,欣宜
著者(英字)
著者(カナ) オン,キンギ
標題(和) 栽培管理がレモングラスの生育、精油濃度および含油量に与える影響
標題(洋)
報告番号 128024
報告番号 甲28024
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3740号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 根本,圭介
 東京大学 特任教授 岡田,謙介
 東京大学 准教授 山岸,徹
 東京大学 准教授 河鰭,実之
内容要旨 要旨を表示する

レモングラスはイネ科オガルカヤ属(Cymbopogon)の熱帯地域を原産とする多年生植物である。その生葉中には精油が約0.2~0.6%含まれ、香料作物として経済価値が高いことから、熱帯地域で広く栽培・利用されている。近年、我が国でも、中山間地農業の活性化、遊休農地、耕作放棄地などの有効利用、農業従事者の高齢化への対策として、イネなどに比べて比較的栽培が容易で手間やコストがかからないレモングラスが注目されている。しかしながら、我が国のような温帯地域におけるレモングラスの生育特性や精油蓄積に関する報告は少なく、高い精油生産量を得るために適した栽培管理に関する研究例はない。本研究では、日本の栽培環境下でレモングラスの精油生産を向上させることを目標とし、実際に武雄市で栽培されている2系統のレモングラスを研究材料として用いて最適な栽培条件を確立することを目指した。

1.レモングラス葉の精油抽出法の確立および供試材料の特性

植物組織内に含まれている精油は揮発性テルペノイドの混合物であり、これまで様々な抽出方法が開発されてきた。しかし、これらの抽出方法は大量の新鮮葉が必要で、且つ抽出時間が長く、コストの高い特殊な装置を必要とする。そこで、本研究を始めるにあたって、少量の試料から短時間で抽出を行える方法を確立した。溶媒にペンタンを用いる本方法では、3g程度という少量の新鮮葉で抽出が可能で、さらに、電子レンジで加熱をすることによって抽出時間も大幅に短縮された。

また、本研究で使用したレモングラスは、武雄市より提供されたタイ由来のレモングラスであったが、草姿や香りが明らかに異なる2つの系統があり、東京および武雄いずれにおいても出穂しないため、花器官の観察による正確な種の同定は出来なかった。そこで、便宜上Cymbopogon spp. CSL-LG0801およびCSL-LG0802と命名し、研究を進めた。2系統の精油成分割合および総精油濃度について調べたところ、CSL-LG0801では、葉身、葉鞘および全葉の精油成分構成が類似しており、最も含有率が高い成分はシトラールで、総精油含量の約80%を占めていた。一方、CSL-LG0802はCSL-LG0801と異なり、葉身と葉鞘の主成分に相違が見られた。葉身では、最も含有率が高い成分はゲラニオールで、次いでシトラール、酢酸ゲラニルであった。葉鞘では、最も含有率が高い成分は酢酸ゲラニルで、次いでシトラール、ゲラニオールであった。この結果によりCSL-LG0801をシトラール型レモングラス、CSL-LG0802をゲラニオール型レモングラスと呼ぶこととした。系統間差を比較したところ、総精油濃度はCSL-LG0801よりCSL-LG0802の方が高かった。また、2系統ともに総精油濃度は葉鞘より葉身で高かった。

2.肥培管理が2系統のレモングラスの生育、精油濃度、精油成分及び含油量に与える影響

これまでに、シトラール型レモングラスの栽培管理に関する研究はいくつかあるが、ゲラニオール型レモングyラスについて肥培条件が生育および精油蓄積に与える影響についての報告は見られない。そこで、ゲラニオール型レモングラス(CSL-LG0802)の肥培管理による生育、葉中の精油濃度および精油成分を調査し、シトラール型レモングラス(CSL-LG0801)と比較することで、施肥量の多少とバイオマス、精油濃度および含油量との関係について両者の差異を明らかにした。

2系統のレモングラスを用いて施肥試験を行った。施肥は窒素(硫安)、リン酸(過リン酸石灰)、カリウム(塩化加里)それぞれについて4つの処理区を設けた。株あたりの総施肥量はN:1g、P:0.2g、K:0.4gを基準値(N2、P2、K2)とし、窒素処理区ではNを0.2g、1g、5g、25g(N1~N4、P2、K2)に、リン酸処理区ではPを0.04g、0.2g、1g、5g (P1~P4、N2、K2)に、カリウム処理区ではKを0.08g、0.4g、2g、10g( K1~K4、N2、P2)に設定した。また、3要素をそれぞれ等量ずつ投与し、1NPK処理区は株あたりの総施肥量はN、P、Kが1gずつとし、3NPK処理区はN、P、Kが3gずつ、5NPK処理区はN、P、Kが5gずつとした。

その結果、CSL-LG0801の至適窒素施肥量はポットあたり1gであったのに対しCSL-LG0802ではポットあたり0.2gでも同等の新鮮重を示したことから、1gより低いところに至適窒素施肥量が位置していることが考えられた。また、等量施肥の場合、施肥量を多くするにしたがってリン酸による茎数増加がバイオマスの増大をもたらすが、窒素過剰投与による乾物生産能力の低下の影響も認められた。CSL-LG0802のほうが高窒素に対するストレスを感知しやすいことが両者の施肥応答性の違いを生み出しているものと考えられた。一方、2系統ともに窒素、リン酸、カリウム処理による総精油濃度に明確な変化は見られなかった。結果的に、含油量はバイオマスの増減に大きく影響されることが分かった。

最上位完全展開葉の精油成分の含有率と施肥量との関係を見ると、CSL-LG0801では窒素、リン酸、カリウムいずれについても施肥量に対して変化が見られなかったが、CSL-LG0802では多量施肥で含有率に変化が見られた。そこで、各精油成分含有率の変動と植物体内の窒素、リン、カリウム濃度との相関を見たところ、CSL-LG0802ではリン濃度の上昇に伴いシトラール含有率が高くなり、ゲラニオール含有率が低くなる傾向が見られた。しかしながら、全体として各元素濃度と各精油成分の間の関連性は明瞭ではなかった。

3.2系統のレモングラスの生育時期別・収穫頻度別のバイオマス、精油濃度および含油量の推移

これまでの研究の多くは約3ヶ月の栽培期間を経ての調査結果であり、生育途中のバイオマスと精油濃度の関係を調べたものはない。一方で、レモングラス葉におけるモノテルペノイドの蓄積は、若葉で高く、成熟に従って低くなることが知られている。そこで、60日間の栽培期間を15日間毎に区切って調査し、時期ごとのバイオマスおよび精油濃度の推移を調査し、シトラール型レモングラスとゲラニオール型レモングラスの違いを明らかし、さらに、日本におけるレモングラスの栽培適期3ヶ月間で最大含油量を得るための収穫頻度の特定を試みた。

まず、2系統のレモングラスについて施肥処理開始から15日、30日、45日、60日にサンプリングを行い、生育時期におけるバイオマスや精油蓄積の推移を調べた。次に、施肥処理開始から(1)90日に1回(90区)、(2)30日、60日と90日に3回(30-60-90区)、(3)30日と90日に2回(30-90区)、(4)60日と90日に2回(60-90区)、それぞれ収穫する処理区を設け、収穫頻度がバイオマスや精油蓄積に与える影響を調査した。

その結果、同一環境下で栽培した2系統のレモングラスは成長パターンが類似していた。茎数および新鮮重は施肥処理後30日から指数関数的に増加した。また、生育途中での収穫によりその後の茎数の増加量が減少したため、生育後期では株の更新を控えた方がバイオマス量が高くなり、このことが30-90区、90区で高い新鮮重を得られる結果に結びついた。

2系統ともに全葉の総精油濃度は株の成長に従って減少傾向にあることを示しているが、収穫時期ごとに比較すると、各処理区の中で30-60-90区で常に総精油濃度が高くなっていた。これは、株の年齢によって精油蓄積能力が減少する一方で、葉の更新によって葉が若返り精油蓄積能力が維持されていることが原因ではないかと考えられた。一方、含油量は生育初期で低く、株の成長につれて大幅に増加した。

また、栽培期間を通じてCSL-LG0802の含油量はCSL-LG0801より高かったが、これはCSL-LG0802の葉身と葉鞘の総精油濃度がともにCSL-LG0801より高かったことに起因していた。このように、CSL-LG0801よりCSL-LG0802のほうが常に含油量高く、精油蓄積能力が高いことが示された。レモングラス葉での精油蓄積メカニズムには未解明な部分も多いが、シトラールは葉の特定の細胞中に蓄積されることを示した報告もあり、今後このシトラール型とゲラニオール型の2系統のレモングラスについて精油を蓄積する細胞数、サイズなどを比較することで両型の精油蓄積メカニズムの一端が明らかにできると考える。

以上の結果、最大含油量を得るためにはバイオマスをいかに稼ぐかが重要であり、日本におけるレモングラスの栽培適期3ヶ月内では栽培開始90日後に一度で収穫することが適当であると考えられた。一方で、高い精油濃度を含む生葉を利用したい場合、例えば、ハーブティー、賦香調味料などでは収穫頻度を多くして若葉を利用することが望ましく、それぞれの使用の目的により収穫の時期を選択することが有効利用につながるものと考えられた。

4.一般圃場の栽培環境がレモングラスの生育及び含油量に与える影響

佐賀県武雄市内の複数地点の一般圃場で2系統のレモングラス(CSL-LG0801、CSL-LG0802)の栽培状況を調査し、それぞれの系統の圃場レベルでの生育適性と精油生産の特徴に関する知見を得て、上述のポット栽培での特徴と比較した。

佐賀県武雄市内のレモングラス畑のある中野地区(標高25m)、黒尾地区(標高25m)、山内地区(標高85m)、川内地区(標高300m)でCSL-LG0801系統の栽培の現地調査を行った。また、中野地区ではCSL-LG0802系統も同様に調査を行った。

標高の高い川内地区では他の3地区よりバイオマスが低かった。それは日平均気温が4地区の中で最も低く光合成が抑えられたこと、または植物体内のリン濃度が低かったことに由来するものと考えられた。また、標高の異なる地区間で総精油濃度はほぼ一定であったため、各地区の含油量はバイオマスに影響され、川内地区で低い傾向となった。

また、中野地区でCSL-LG0802はCSL-LG0801よりバイオマスと総精油濃度がともに高かったため、含油量も大幅に高くなった。この結果は、上述のポット栽培の結果と同様に、CSL-LG0801よりCSL-LG0802の方が精油蓄積能力が高いことを示している。

以上の結果、ゲラニオール型レモングラス(CSL-LG0802)はシトラール型レモングラス(CSL-LG0801)とは葉身と葉鞘の主成分が異なり、施肥や生育時期によって全葉、葉身および葉鞘の各精油成分の含有率にも異なる変動が見られることが明らかとなった。また、2系統のレモングラスを日本で栽培する場合、最大含油量を得るための栽培条件は、施肥開始約90日後に一度に収穫することである。施肥については、窒素とカリウムの過剰投与に注意し、リン酸投与を増やすことがバイオマス増加に貢献できると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

レモングラスの生葉中には精油が約0.2~0.6%含まれ、香料作物として熱帯地域で広く栽培されている。近年、我が国でも、中山間地農業の活性化、農業従事者の高齢化への対策として注目されているが、我が国のような温帯地域におけるレモングラスの高い精油生産量を得るために適した栽培管理に関する研究例はない。本研究では、日本の栽培環境下でレモングラスの精油生産を向上させるために、2系統のレモングラスを用いて最適な栽培条件を確立することを目指した。

第1章 レモングラス葉の精油抽出法の確立および供試材料の特性

これまでの抽出方法は大量の新鮮葉が必要で、且つ抽出時間が長く、特殊な装置を必要とする。そこで、溶媒にペンタンを用いる方法を確立した。本法では、3g程度という少量の新鮮葉で抽出が可能で、電子レンジで加熱をすることによって抽出時間も大幅に短縮された。また、本研究で使用したレモングラスは、草姿や香りが異なる2つの系統であるが、CSL-LG0801では、葉身と葉鞘の精油成分構成が類似しており、最も含有率が高い成分はシトラールであった。一方、CSL-LG0802では、葉身の最も含有率が高い成分はゲラニオールで、葉鞘では酢酸ゲラニルであった。この結果よりCSL-LG0801をシトラール型レモングラス、CSL-LG0802をゲラニオール型レモングラスと呼ぶこととした。総精油濃度はCSL-LG0801よりCSL-LG0802の方が高く、また、2系統とも総精油濃度は葉鞘より葉身で高かった。

第2章 肥培管理が2系統のレモングラスの生育、精油濃度、精油成分及び含油量に与える影響

これまでゲラニオール型レモングラスについて肥培条件が生育および精油蓄積に与える影響についての報告は見られなかったため、ゲラニオール型レモングラス(CSL-LG0802)の肥培管理の影響を調査し、シトラール型レモングラス(CSL-LG0801)と比較した。施肥試験の結果、CSL-LG0801の至適窒素施肥量はポットあたり1gであったのに対しCSL-LG0802では1gより低く、高窒素に対するストレスを感知しやすかった。また、施肥量増にしたがってリン酸による茎数増加がバイオマスの増大をもたらすが、窒素過剰投与による乾物生産能力の低下も認められた。一方、2系統ともに窒素、リン酸、カリウム処理による総精油濃度に違いは見られなかったため、含油量はバイオマスの増減に大きく影響されることが分かった。CSL-LG0801では施肥量に対する精油成分含有率の変化は見られなかったが、CSL-LG0802ではリン濃度の上昇に伴いシトラール含有率が高くなり、ゲラニオール含有率が低くなった。

第3章 2系統のレモングラスの生育時期・収穫頻度別のバイオマス、精油濃度および含油量の推移

レモングラス葉におけるモノテルペノイドの蓄積は、若葉で高く、成熟に従って低くなる。そこで、60日間の栽培期間を15日間毎に区切って調査した結果、2系統とも茎数および新鮮重は施肥処理後30日から指数関数的に増加した。また、生育途中での収穫によりその後の茎数の増加量が減少したため、生育後期では株の更新を控えた方がバイオマス量が高くなった。2系統ともに全葉の総精油濃度は株の成長に従って減少傾向にあったが、30日ごとに3回刈り取った30-60-90区で常に総精油濃度が高くなっていた。これは、株の年齢によって精油蓄積能力が減少する一方で、葉の更新によって新葉が多くなり、葉の精油蓄積能力が維持されていることが原因と考えられた。一方、含油量は生育初期で低く、株の成長につれて大幅に増加した。また、CSL-LG0801よりCSL-LG0802のほうが常に含油量高く、精油蓄積能力が高いことが示された。

第4章 一般圃場の栽培環境がレモングラスの生育及び含油量に与える影響

佐賀県武雄市内のレモングラス畑のある中野地区(標高25m)、黒尾地区(標高25m)、山内地区(標高85m)、川内地区(標高300m)で現地調査を行った。標高の高い川内地区では他の3地区よりバイオマスが低かった。それは日平均気温が4地区の中で最も低く光合成が抑えられたことと植物体内のリン濃度が低かったことに由来するものと考えられた。また、各地区の含油量はバイオマスに影響され、川内地区で低い傾向となった。

以上本研究では、ゲラニオール型レモングラス(CSL-LG0802)とシトラール型レモングラス(CSL-LG0801)の比較を行い、両者は葉身と葉鞘の主成分が異なり、施肥や生育時期によって全葉、葉身および葉鞘の各精油成分の含有率にも異なる変動が見られることを明らかにした。また、2系統のレモングラスを日本で栽培する場合、最大含油量を得るための栽培条件は、施肥開始約90日後に一度に収穫することである一方、ハーブティーなど高い精油濃度を含む生葉を利用したい場合は、収穫頻度を多くして若葉を利用することが望ましいことを明らかにした。施肥については、窒素とカリウムの過剰投与に注意し、リン酸投与を増やすことがバイオマス増加に貢献できることを示した。一連の研究結果は、レモングラスの基本的特性および我が国での最適栽培条件を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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