No | 128027 | |
著者(漢字) | 千秋,博子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | センシュウ,ヒロコ | |
標題(和) | Flexivirus 科ウイルスの RNA サイレンシングサプレッサーの生物学的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128027 | |
報告番号 | 甲28027 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3743号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生産・環境生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物ウイルスが作物に感染すると、葉や花器、果実などの器官に様々な病徴を呈し、品質低下や収量減少等、農業生産上甚大な被害をもたらす。しかし、植物ウイルスは増殖・感染過程の大半を宿主の機構に依存するという特性から、薬剤による化学的防除が困難である。したがって、植物ウイルス病の防除には、植物自身が備えているウイルス防御機構の利用が有効と考えられる。 真核生物には、RNAサイレンシングと呼ばれる小分子RNAを介した遺伝子発現調節機構が広く保存されている。RNAサイレンシングは植物において重要なウイルス防御機構として働く。ウイルスが植物細胞内に侵入すると、RNAサイレンシング機構によってウイルスの複製中間体やゲノムRNAの高次構造部から小分子RNA (siRNA) が生成され、相補的な配列をもつウイルスRNAが切断される。また、RNAサイレンシングが誘導された初期細胞からはウイルスに先立ってsiRNAがシグナルとして移行し、植物体全身にRNAサイレンシングを伝達して非感染細胞をウイルスから守る。 一方で、ウイルスは、宿主植物のRNAサイレンシングに対抗する手段としてRNAサイレンシング抑制タンパク質 (サプレッサー) をゲノムにコードしている。サプレッサーの配列に変異を導入すると、ウイルス蓄積量の減少や病徴の低減、感染性の喪失が起きることが報告されているため、サプレッサーによるRNAサイレンシング抑制はウイルスが感染を成立させるにあたって重要なプロセスだと考えられる。また、サプレッサーは植物の遺伝子発現を制御するRNAサイレンシング経路も阻害し、形態異常などの生育不良を引き起こす。したがって、植物ウイルスの感染機構や病徴発現のメカニズムの解明、ひいてはウイルス防除法の開発において、サプレッサーの解析が重要となる。 そこで、本研究では、植物ウイルスの70%以上を占めるプラス1本鎖RNAウイルスの一群であるFlexivirus科のウイルスについて、サプレッサーの同定と機能解析を行った。 1. Potexvirus属ウイルスのRNAサイレンシング抑制能の比較解析 これまで、ウイルスは感染を成立させるために一様に宿主のRNAサイレンシングを抑制すると考えられており、ウイルス間のRNAサイレンシング抑制能の違いに着目した解析は無かった。しかし、ウイルスの病原性や宿主範囲は多様であることを考慮すると、RNAサイレンシング抑制能の強さもウイルスによって異なる可能性がある。そこで、草本、木本の幅広い植物種を宿主とする多様なウイルスを含むFlexivirus科Potexvirus属の複数種のウイルスを用いて、RNAサイレンシング抑制能の比較解析を行った。まず、各ウイルス感染時のRNAサイレンシング抑制能を解析した。GFP遺伝子形質転換Nicotiana benthamianaにGFP遺伝子の逆位反復配列を導入し、GFP遺伝子に対するRNAサイレンシングを植物体全身に誘導した。そこに、各ウイルス (ジャガイモXウイルス; PVX、オオバコモザイクウイルス; PlAMV、アスパラガスウイルス3; AV3、シロクローバモザイクウイルス; WClMV) を接種し、ウイルス感染によってRNAサイレンシングが抑制されるかをGFP蛍光の回復を指標として解析した。その結果、PlAMVとWClMVはRNAサイレンシングを高レベルで抑制したが、PVXは抑制の程度が低かった。一方、AV3は顕著な抑制能を示さなかった。 次に、ウイルス感染時にRNAサイレンシングの抑制能の差異を引き起こしているウイルス因子の解析を行った。PVXではトリプルジーンブロックタンパク質1 (TGBp1) がサプレッサーとして機能するという報告があるため、他のPotexvirus属ウイルスのTGBp1についてもRNAサイレンシング抑制能を調べた。解析は、N. benthamiana展開葉上でGFP遺伝子とTGBp1遺伝子を一過的に共発現させ、GFP蛍光強度によってRNAサイレンシング抑制能を評価する"一過的発現アッセイ"によって行った。解析の結果、PlAMVのTGBp1が最も強く、次いでWClMVのTGBp1が強い抑制能を示した。PVXのTGBp1は抑制能は確認されたが、PlAMV、WClMVと比較すると極めて弱かった。AV3のTGBp1は、抑制能はほとんどみられなかった。さらに、RNAサイレンシング誘導の指標であるsiRNAのノーザンブロット解析を行った結果、RNAサイレンシング抑制能の強いTGBp1ほどsiRNAの蓄積量が減少していた。以上の結果から、TGBp1は複数のPotexvirus属ウイルスにおいてサプレッサーとして機能するが、その抑制能には顕著な差があることが示された。さらに、TGBp1単独発現時とウイルス感染時の抑制能の差異に相関があることから、Potexvirus属ウイルスが感染時に示したRNAサイレンシング抑制能の差異は、TGBp1に起因するものであることが明らかになった。これまで近縁なウイルスにコードされる相同タンパク質がサプレッサーとして機能する報告は多数あったが、本研究から同属ウイルスにコードされるサプレッサーであってもそのRNAサイレンシング抑制能の強さは多様であることが示唆された。 2. PlAMVのTGBp1のRNAサイレンシング抑制メカニズムの解析 Potexvirus属ウイルスのTGBp1はTombusvirus属ウイルスのp19やPotyvirus属ウイルスのhelper-component proteinase (HC-Pro) と同様に主要なサプレッサーとして様々な解析に用いられているにも関わらず、その詳細な作用機作は解明されていない。前項の結果からPlAMVのTGBp1がこれまで主に解析に用いられてきたPVXのTGBp1よりも強いRNAサイレンシング抑制能を示したため、PlAMVのTGBp1を用いてRNAサイレンシング抑制メカニズムを解析した。 植物のRNAサイレンシングに関する解析は主にシロイヌナズナで進められていることから、TGBp1形質転換シロイヌナズナを作出した。その結果、TGBp1形質転換体は植物のRNAサイレンシング経路の1つであるtrans-acting siRNA (tasiRNA) 経路に関与する因子の欠損変異体に類似した、ロゼット葉の葉縁が下側 (背軸側) に巻く表現型を示した。したがって、TGBp1はtasiRNA経路を阻害していると考えられた。tasiRNA経路は、(1) ゲノムから転写された前駆体RNAがmiRNA (microRNA) / AGO (Argonaute) タンパク質複合体によって切断される、(2) 切断断片を鋳型として、2本鎖RNAが合成される、(3) 2本鎖RNAからtasiRNAが切り出される、(4) tasiRNAと相補的な配列をもつターゲットmRNAが切断される、の4つのステップから成る。ノーザンブロット、5' RACE PCR、およびリアルタイムRT-PCRによる解析の結果、TGBp1形質転換体ではmiRNA蓄積量に大きな変動はなく、前駆体RNAの切断も正常に起こっているが、tasiRNA蓄積量が大幅に減少しており、さらに、tasiRNAのターゲットmRNA蓄積量が増加していた。以上の結果から、TGBp1はtasiRNA経路のうち、(2) もしくは (3) の段階を阻害していると考えられた。そこで、TGBp1形質転換体において2本鎖RNAが合成されているかを解析したところ、tasiRNA生成の由来となる2本鎖RNAが検出されなかった。したがって、TGBp1は (2) tasiRNA経路中の2本鎖RNA合成の段階を阻害していることが明らかになった。 tasiRNA経路における2本鎖RNAの合成にはSGS3、RDR6の2つの因子が関与することが明らかにされている。そこで、TGBp1とこれらの因子との相互作用を免疫沈降法およびbi-molecular fluorescent complementation (BiFC) 法によって解析した。これらの解析の結果、TGBp1はSGS3、RDR6の両者と相互作用することが明らかになった。また、YFPを付加したSGS3 (SGS3-YFP) とCFPを付加したTGBp1 (TGBp1-CFP) をN. benthamiana展開葉上で発現させ、局在を観察した。その結果、SGS3-YFP単独発現時には細胞質に点在する顆粒状の構造が観察されたが、TGBp1-CFPとの共発現時にはSGS3-YFPの顆粒構造が凝集し、TGBp1-CFPがSGS3-YFPを包み込むように共局在していた。RDR6についても同様の局在解析を試みたが、蛍光を検出することができなかった。 さらに、PVXではTGBp1同士が結合し、多量体を形成することが報告されていることから、PlAMVのTGBp1が多量体を形成するかを調べた。ウェスタンブロット解析の結果、細胞質の可溶性タンパク質が含まれる可溶性画分からTGBp1の2量体、3量体が検出された。 以上の結果から、TGBp1は、SGS3およびRDR6と相互作用すること、SGS3を凝集させること、ホモ多量体を形成することが明らかになった。これらの特徴は、RNAサイレンシング抑制能を欠失したTGBp1変異体ではみられなかった。したがって、TGBp1によるRNAサイレンシング抑制のメカニズムとして、TGBp1は細胞質内に顆粒構造をとって点在するSGS3およびRDR6と相互作用し、さらにTGBp1同士の結合力によって引き合うことで凝集体を形成することが示唆された。植物プラス1本鎖RNAウイルスでは、SGS3またはRDR6をターゲットとするサプレッサーは報告されていないため、本研究が初の知見となる。 3. PVMのサプレッサーの同定および機能解析 Carlavirus属はFlexivirus科に分類されるウイルス属であり、本属では未だサプレッサーが同定されていない。しかし興味深いことに、Carlavirus属のウイルスは、同じくFlexivirus科に分類されるPotexvirus属のウイルスのサプレッサーTGBp1とVitivirus属のウイルスのサプレッサー cysteine rich protein (CRP) に相同なタンパク質の両方をゲノムにコードしている。そこで、Flexivirus科ウイルスがコードするサプレッサーの機能とその進化を解析することを目的として、本邦で単離されたジャガイモMウイルス (PVM、Carlavirus属) のサプレッサーの同定を試みた。まず、PVMのTGBp1とCRPについて一過的発現アッセイを行った結果、TGBp1発現部位ではRNAサイレンシングが抑制されなかったが、CRP発現部位ではRNAサイレンシングが抑制された。さらにこれらのタンパク質が、RNAサイレンシングが初期細胞から全身に拡がる段階を阻害するかを解析するため、GFP遺伝子形質転換N. benthamianaにGFP遺伝子とTGBp1またはCRP遺伝子を共導入し、上葉でRNAサイレンシングが誘導されるかを調べた。その結果、TGBp1、CRPのいずれを導入した植物体でも、上葉にRNAサイレンシングは誘導されなかったことから、両タンパク質がRNAサイレンシングの全身拡大を阻害することが示された。したがって、PVMのTGBp1はRNAサイレンシングの拡大の段階のみを抑制するのに対して、CRPはトリガー (GFP遺伝子) が導入された初期細胞でのRNAサイレンシングとその拡大の段階の両方を抑制することが明らかになった。 次に、実際のウイルス感染におけるTGBp1とCRPの影響を調べた。まず、ウイルス複製への影響を調べるために、TGBp1またはCRPを挿入したウイルスベクターを作製し、タバコプロトプラストに接種した。その結果、CRPを挿入した場合はウイルス蓄積量の増加がみられたが、TGBp1を挿入した場合はウイルス蓄積量に変化はみられなかった。次に、TGBp1とCRPのウイルス細胞間移行への影響を調べた。サプレッサーを欠失したために細胞間移行能も欠失した変異ウイルスに、TGBp1またはCRPをトランスに共発現させると、いずれを発現させた場合も変異ウイルスの細胞間移行能が回復した。したがって、TGBp1はウイルスの細胞間移行のみを促進するのに対して、CRPは単一細胞レベルでウイルスRNAの蓄積量を増加させ、細胞間移行も促進することが明らかになった。 以上の結果から、PVMは機能の異なる2つのサプレッサー (TGBp1、CRP) をコードしており、感染過程の2つの段階 (複製、細胞間移行) で宿主のRNAサイレンシングを阻止するように使い分けていることが示唆された。 以上を要するに、本研究ではFlexivirus科ウイルスを用いて植物の主要なウイルス防御機構であるRNAサイレンシングに着目した詳細な解析を行い、植物ウイルスは多様な機能をもつサプレッサーによってウイルス感染の様々な段階において宿主のRNAサイレンシングを抑制し、感染を成立させていることを明らかにした。このようなサプレッサーの多様性はウイルスが宿主の防御機構に対抗するために、多元的な抑制機構を発達させてきたことを示唆しており、RNAサイレンシングを介したウイルス-植物間相互作用の一端を解明する成果である。また、新たな機能を持つサプレッサーの同定により、RNAサイレンシングの基礎的研究への貢献が期待されるとともに、RNAサイレンシングを利用したウイルス防除戦略への貢献が期待される。 | |
審査要旨 | 植物ウイルスは作物に感染すると様々な病徴を引き起こし、品質低下や収量減少等の被害をもたらす。植物ウイルスは薬剤による化学的防除が困難であるため、防除には植物自身が備える防御機構の利用が有効と考えられる。植物はRNAサイレンシングと呼ばれる小分子RNAを介したウイルス防御機構をもつが、ウイルスはサプレッサーによって宿主のRNAサイレンシングを抑制し、感染を成立させる。そこで本研究では、Flexivirus科のウイルスについて、サプレッサーの同定と機能解析を行った。 1. Potexvirus属ウイルスのRNAサイレンシング抑制能の比較解析 ウイルスの病原性や宿主範囲は多様であるため、RNAサイレンシング抑制能の強さもウイルスごとに異なる可能性がある。そこで、Flexivirus科Potexvirus属の複数種のウイルスを用いて比較解析を行った。タイプ種ではtriple gene block protein 1 (TGBp1) がサプレッサーとして報告されているため、各ウイルスのTGBp1のRNAサイレンシング抑制能を調べた。その結果、TGBp1は複数のPotexvirus属ウイルスにおいてサプレッサーとして機能するが、その抑制能に差があることを明らかにした。また、Potexvirus属ウイルス感染時のRNAサイレンシング抑制能の差異はTGBp1に起因することを明らかにした。本研究から同属ウイルスでも種によってサプレッサーの抑制能の強さは多様であることが示唆された。 2. PlAMVのTGBp1のRNAサイレンシング抑制メカニズムの解析 Potexvirus属ウイルスのTGBp1の作用機作は解明されていない。そこで、前項において強いRNAサイレンシング抑制能を示したオオバコモザイクウイルス (PlAMV) のTGBp1を用いて解析を行った。まずTGBp1形質転換シロイヌナズナを作出し、解析を行った結果、TGBp1はtrans-acting siRNA (tasiRNA) 経路中の2本鎖RNA合成の段階を阻害することを明らかにした。 さらに詳細な解析の結果、TGBp1は、2本鎖RNA合成に関与するSGS3およびRDR6と相互作用すること、SGS3を凝集させること、ホモ多量体を形成することを明らかにした。これらの特徴は、RNAサイレンシング抑制能を欠失したTGBp1変異体ではみられなかった。よって、TGBp1は顆粒構造をとって点在するSGS3およびRDR6と相互作用し、さらにTGBp1同士の結合力によって凝集体を形成し、RNAサイレンシングを抑制することが示唆された。植物プラス1本鎖RNAウイルスでは、SGS3、RDR6をターゲットとするサプレッサーは報告されていないため、本研究が初の知見となる。 3. PVMのサプレッサーの同定および機能解析 Flexivirus科Carlavirus属のウイルスはサプレッサーが未同定だが、Potexvirus属ウイルスのサプレッサーTGBp1とVitivirus属 (Flexivirus科) ウイルスのサプレッサー cysteine rich protein (CRP) に相同なタンパク質の両方をゲノムにコードしている。そこで、ジャガイモMウイルス (PVM、Carlavirus属) のサプレッサーの同定を試みた。解析の結果、PVMのTGBp1はRNAサイレンシングの拡大の段階のみを抑制したが、CRPは初期細胞でのRNAサイレンシングとその拡大の段階の両方を抑制した。また、実際のウイルス感染においてTGBp1はウイルスの細胞間移行のみを促進したが、CRPは単一細胞レベルでウイルス蓄積量を増加させ、細胞間移行も促進した。以上から、PVMは機能の異なる2つのサプレッサーを感染過程の2つの段階で使い分けていることが示唆された。 以上を要するに、本研究はFlexivirus科の様々なウイルスのサプレッサーを体系だって解析し、それらの機能的差異を含めRNAサイレンシングにおける働きを明らかにしたもので、高く評価できる。具体的には、TGBp1のターゲットタンパク質を同定し、作用機作の一端を解明した点、また、PVMにおける2つのサプレッサーが異なるステップで機能していることを明らかにした点で研究としての新規性も非常に高い。本研究で明らかにしたサプレッサーの多様性はウイルスが宿主に対して多元的な機構を発達させてきたことを示唆しており、RNAサイレンシングを介したウイルス-植物間相互作用の一端を解明する成果である。また、本研究の成果は、真核生物に広く保存されたRNAサイレンシングの基礎的研究における貢献と、RNAサイレンシングを利用したウイルス防除戦略への応用が期待され、きわめて価値が高い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)に値するものと認めた。 | |
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