No | 128037 | |
著者(漢字) | 齊藤,陽平 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サイトウ,ヨウヘイ | |
標題(和) | Mab21l2遺伝子の機能解析に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128037 | |
報告番号 | 甲28037 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3753号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【 背景と目的 】 mab-21遺伝子は脊椎動物においてMab21l1とMab21l2 の2つの遺伝子ファミリーを形成しており、遺伝子産物のアミノ酸配列が高度に保存されているが、これらの遺伝子は他の既知遺伝子と相同性がなく、また既知のモチーフやドメインを持たないため、アミノ酸配列からタンパク質としての機能を予測することが難しく、その分子機能はよくわかっていない。そこで、我々の研究室では両遺伝子の生体内における機能を明らかにするため、ノックアウトマウスを作製し個体レベルでの機能解析を行ってきた。 Mab21l2 は発生段階で中脳、網膜、鰓弓、脊髄、体壁、肢芽で発現していることが報告されており、Mab21l2を欠損させると網膜と体壁の形成に異常を示すが、その個体は胚性致死となり胚生期11.5日目 ( E11.5 ) ~ E14.5の間にすべて死亡してしまう。そこで、その死因を明らかにするためにさらなる解析を行い、それによってMab21l2 の哺乳類発生過程において果たしている機能を明らかにできると考えた。 【 結果と考察 】 1. Mab21l2は心臓形成初期から心筋細胞で発現している 野生型マウス (WT) においてMab21l2は心臓前駆細胞では発現していないが、その後の予定心室領域の心筋層では発現していた。また、その後は心室、特に左心室領域の心筋壁であるcompact myocardiumとそこから張り出した構造であるtrabecular myocardiumで発現しているとともに、心室と心房間の領域である房室管とその予定領域の心筋層で発現していた。 2. Mab21l2は心室の形成に重要である Mab21l2を欠損させたマウス (Mab21l2 -/-: KO)ではE11.5において左心室のcompact myocardiumの薄化とtrabecular myocardiumの減少が認められ、またE12.5では左心室だけでなく、右心室においても同様の異常が認められた。そして、E11.5のKOでは異常を生じている領域での細胞増殖の低下及びアポトーシスの亢進が認められるとともに、細胞増殖やアポトーシスを制御している遺伝子である (N-myc, Id2, CyclinD1)の発現低下も認められた。したがって、Mab21l2は細胞増殖やアポトーシスを制御している遺伝子の発現を調節することによって、心室のcompact myocardiumやtrabecular myocardiumの形成に重要な働きをしていると思われる。そして、これらの心筋領域はポンプとして機能し、体内の血液循環を担う重要な領域であることから、KOの死因はこれらの領域の形成異常であると思われる。 3. Mab21l2は心室への分化領域を決定している 房室管の領域には血液の逆流を防ぐための弁が形成されてくるが、弁の形成は前駆構造であるendocardial cushion (EC)の形成・再構築・成熟の過程を経て進行する。KOではE9.5のEC形成初期から異常 (奇形) が生じていることが認められ、Mab21l2が弁の正常形成にとって重要な遺伝子であることがわかった。弁形成に不可欠な遺伝子にBmp2があるが、この遺伝子は房室管の心筋層特異的に発現し、欠損させると弁の形成が一切起こらないことが報告されている。KOでは房室管の心筋層におけるBmp2の発現が局所的に消失するとともに、それに対応して心筋層における Bmp2を介したシグナル経路に異常が生じていることがわかった。したがって、KOにおけるEC形成の異常はBmp2の発現に異常が生じたためであると考えられる。また、KOでは心房特異的に発現している遺伝子であるHey1の発現には異常は認められないが、心室特異的に発現している遺伝子であるHey2やBmp10の発現が隣接する房室管の領域にまで広がっているのが認められた。したがって、KOでは心室領域が隣接する房室管の領域にまで異常に拡張していることがわかった。Bmp2は隣接する心室領域の心筋層では発現せず、房室管の心筋層特異的に発現する遺伝子であり、KOでBmp2の房室間における発現に局所的な消失が認められたのは、心室領域が異常に房室管の領域にまで広がっていることに起因することがわかった。心室の分化・形成に関与する遺伝子としてBmp2、Tbx2、Tbx5、Tbx20が知られているが、これらの遺伝子のうち、Bmp2とTbx2の発現異常が、房室管が形成されてくる前の心室への分化の段階から認められた。したがって、Mab21l2はBmp2やTbx2の発現を制御することによって心室領域の範囲を決定していると思われる。 4. Mab21l2はSTMで発現している Mab21l2は心筋細胞だけでなく、septum transversum mesenchyme (STM) でも発現していた。STMの心臓寄りの領域であるproepicardiumには心筋層を外側から覆う細胞層である心外膜の前駆細胞が存在しており、その前駆細胞はE9.0~E9.5になると、心臓周囲に移動・接着し、その後増殖・分化を経てE10.5~E11.5には心外膜を形成する。心外膜細胞はそれ自体が心臓血管系の細胞に分化するとともに、隣接する心室の心筋細胞の増殖を促進することで、心臓形成に不可欠な組織である。また、腹側の残りのSTMはE9.0~E9.5では肝細胞や胆管細胞に将来分化していく肝芽細胞と隣接して存在しており、肝芽細胞の増殖や生存を促進することで肝臓形成に不可欠な組織である。 5. Mab21l2はSTM・心外膜・肝臓の形成に不可欠である Mab21l2を欠損させると、E9.5においてproepicardiumの著しい低形成が認められ、E10.5~E11.5では心外膜の欠損が認められた。また、KOの低形成を起こしたproepicardiumでは細胞増殖が低下しているとともに、心外膜形成時の細胞接着に不可欠な遺伝子であるα4 integrinの発現が著しく低下していた。したがって、KOでproepicardiumがわずかに存在するにもかかわらず心外膜が欠損していたのは、α4 integrinの発現低下に起因して、心外膜の前駆細胞が心臓周囲に移動後、心筋細胞に接着できなかったためであると考えられる。また、KOではE11.5~E12.5において、心室の心筋層の薄化が認められたが、それは心筋細胞におけるMab21l2の発現が欠損したことに加えて、心筋細胞の増殖を促進している心外膜が欠損したことも影響を与えていると思われる。したがって、Mab21l2はproepicardiumにおける細胞増殖及びα4 integrinの発現を制御することによって、proepicardiumや心外膜の形成に重要な働きをし、この点からも心臓形成に関与していることがわかった。 E9.5のKOでは肝芽細胞と隣接するSTMが欠損することも認められ、E10.5では肝臓の著しい低形成が認められた。また、E9.5の肝領域において細胞増殖の低下が認められた。したがって、KOでは肝芽細胞周囲のSTMが欠損したことに起因して肝芽細胞の増殖が低下し、肝臓の低形成に至ったと考えられる。 6. STMは胆嚢の形成を誘導している 胆嚢と腹側膵臓の形成過程においては、まず胆嚢細胞と腹側膵臓細胞の共通の前駆細胞 (Sox17, Pdx1両陽性)が誘導され、前駆細胞におけるそれぞれの遺伝子の発現を維持・抑制することで、Sox17陽性・Pdx1陰性の胆嚢細胞とPdx1陽性・Sox17陰性の腹側膵臓細胞にそれぞれ分化していくことがわかっているが、その分化メカニズムは明らかになっていなかった。STMは共通の前駆細胞の時期 (E8.5) では隣接して存在していないが、E9.0以降は予定胆嚢領域と隣接して存在する一方、腹側膵臓領域とは隣接していないことが認められた。Mab21l2を欠損させると、E9.0以降STMが予定胆嚢領域周囲で欠損することから、KOをSTM欠損モデルとして用い、胆嚢形成及び腹側膵臓形成への影響を解析した。E10.5のKOでは、Sox17陽性胆嚢領域が一切形成されなかったが、腹側膵臓領域の形成は認められた。そして、KOでは胆嚢形成に不可欠であるSox17の発現がE9.0以降著しく低下するとともに、E9.5では本来発現が抑制されるはずの予定胆嚢領域においてもPdx1の発現が維持されていた。これまでの知見により、Sox17を欠損させるとPdx1の発現が異常に維持されることが報告されていることから、KOではSTMを欠損したことにより予定胆嚢領域におけるSox17の発現が著しく低下し、それに起因してPdx1の発現が異常に維持されたと考えられる。したがって、STMは共通の前駆細胞の誘導以降、胆嚢細胞や腹側膵臓細胞へそれぞれ分化する段階で、Sox17とPdx1の発現を制御することによって特に胆嚢細胞への分化を誘導していることが明らかとなった。そして本研究により、これまで報告されていた肝臓の形成誘導 (E8.5)だけでなく、胆嚢形成の誘導 (E8.5~E9.0)にもSTMが関与し、前腸の腹側領域から肝臓、胆嚢、腹側膵臓を領域特異的に形成する上で重要な働きをしていることが明らかになった。 【 今後の展望 】 本研究により、Mab21l2が発生過程、特に器官形成において極めて重要な働きをしていることが明らかとなった。今後は個体レベルでの解析により得られた知見を利用し、分子レベルでの詳細な解析を行っていく必要があると思われる。 KOでは心室(左心室)領域の拡張が認められた。 A,心房;IFT,流出路;RV,右心室;LV,左心室;AVC,房室管 lu,肺;lv,肝臓;gb,胆襄;pa,膵臓 STMは肝臓と胆襄の形成誘導に不可欠である | |
審査要旨 | mab-21遺伝子は脊椎動物においてMab21l1とMab21l2 の2つの遺伝子ファミリーを形成しており、遺伝子産物のアミノ酸配列が高度に保存されているが、これらの遺伝子は他の既知遺伝子と相同性がなく、また既知のモチーフやドメインを持たないため、アミノ酸配列からタンパク質としての機能を予測することが難しく、その分子機能はよくわかっていない。Mab21l2 は発生段階で中脳、網膜、鰓弓、脊髄、体壁、肢芽で発現していることが報告されており、Mab21l2を欠損させると網膜と体壁の形成に異常を示すが、その個体は胚性致死となり胚生期11.5日目 ( E11.5 ) ~ E14.5の間にすべて死亡してしまう。本論文はMab21l2ノックアウトマウスの死因を明らかにするための解析を行い、それによってMab21l2 の哺乳類発生過程において果たしている機能を明らかにしたものである。 序論では、関連分野の既知の知見を述べ、研究の目的について記述した。 第1章では、心臓形成過程におけるMab21l2遺伝子の果たしている役割について述べた。Mab21l2を欠損させたマウス (Mab21l2 -/-: KO)ではE11.5において左心室のcompact myocardiumの薄化とtrabecular myocardiumの減少が認められ、またE12.5では左心室だけでなく、右心室においても同様の異常が認められた。そして、E11.5のKOでは異常を生じている領域での細胞増殖の低下及びアポトーシスの亢進が認められるとともに、細胞増殖やアポトーシスを制御している遺伝子である (N-myc, Id2, CyclinD1)の発現低下も認められた。したがって、Mab21l2は細胞増殖やアポトーシスを制御している遺伝子の発現を調節することによって、心室のcompact myocardiumやtrabecular myocardiumの形成に重要な働きをしていると思われる。そして、これらの心筋領域はポンプとして機能し、体内の血液循環を担う重要な領域であることから、KOの死因はこれらの領域の形成異常であると考えられた。 Mab21l2は心筋細胞だけでなく、septum transversum mesenchyme (STM) でも発現していた。STMの心臓寄りの領域であるproepicardiumには心筋層を外側から覆う細胞層である心外膜の前駆細胞が存在しており、その前駆細胞はE9.0~E9.5になると、心臓周囲に移動・接着し、その後増殖・分化を経てE10.5~E11.5には心外膜を形成する。心外膜細胞はそれ自体が心臓血管系の細胞に分化するとともに、隣接する心室の心筋細胞の増殖を促進することで、心臓形成に不可欠な組織である。Mab21l2を欠損させると、E9.5においてproepicardiumの著しい低形成が認められ、E10.5~E11.5では心外膜の欠損が認められた。また、KOの低形成を起こしたproepicardiumでは細胞増殖が低下しているとともに、心外膜形成時の細胞接着に不可欠な遺伝子であるα4 integrinの発現が著しく低下していた。したがって、KOでproepicardiumがわずかに存在するにもかかわらず心外膜が欠損していたのは、α4 integrinの発現低下に起因して、心外膜の前駆細胞が心臓周囲に移動後、心筋細胞に接着できなかったためであると考えられた。 第2章では、腹側STMの形成を介したMab21l2遺伝子の肝臓、胆嚢形成における役割について述べた。腹側の残りのSTMはE9.0~E9.5では肝細胞や胆管細胞に将来分化していく肝芽細胞と隣接して存在しており、肝芽細胞の増殖や生存を促進することで肝臓形成に不可欠な組織であると考えられた。E9.5のMab21l2を欠損マウスでは肝芽細胞と隣接するSTMが欠損することも認められ、E10.5では肝臓の著しい低形成が認められた。また、E9.5の肝領域において細胞増殖の低下が認められた。したがって、KOでは肝芽細胞周囲のSTMが欠損したことに起因して肝芽細胞の増殖が低下し、肝臓の低形成に至ったと考えられた。 胆嚢と腹側膵臓の形成過程は、まず胆嚢細胞と腹側膵臓細胞の共通の前駆細胞 (Sox17, Pdx1両陽性)が誘導され、前駆細胞におけるそれぞれの遺伝子の発現を維持・抑制することで、Sox17陽性・Pdx1陰性の胆嚢細胞とPdx1陽性・Sox17陰性の腹側膵臓細胞にそれぞれ分化していくことがわかっているが、その分化メカニズムは明らかになっていなかった。STMは共通の前駆細胞の時期 (E8.5) では隣接して存在していないが、E9.0以降は予定胆嚢領域と隣接して存在する一方、腹側膵臓領域とは隣接していないことが認められた。Mab21l2を欠損させると、E9.0以降STMが予定胆嚢領域周囲で欠損することから、KOをSTM欠損モデルとして用い、胆嚢形成及び腹側膵臓形成への影響を解析した。E10.5のKOでは、Sox17陽性胆嚢領域が一切形成されなかったが、腹側膵臓領域の形成は認められた。そして、KOでは胆嚢形成に不可欠であるSox17の発現がE9.0以降著しく低下するとともに、E9.5では本来発現が抑制されるはずの予定胆嚢領域においてもPdx1の発現が維持されていた。これまでの知見により、Sox17を欠損させるとPdx1の発現が異常に維持されることが報告されていることから、KOではSTMを欠損したことにより予定胆嚢領域におけるSox17の発現が著しく低下し、それに起因してPdx1の発現が異常に維持されたと考えられる。したがって、STMは共通の前駆細胞の誘導以降、胆嚢細胞や腹側膵臓細胞へそれぞれ分化する段階で、Sox17とPdx1の発現を制御することによって特に胆嚢細胞への分化を誘導していることが明らかとなった。そして本研究により、これまで報告されていた肝臓の形成誘導 (E8.5)だけでなく、胆嚢形成の誘導 (E8.5~E9.0)にもSTMが関与し、前腸の腹側領域から肝臓、胆嚢、腹側膵臓を領域特異的に形成する上で重要な働きをしていると考えられた。 以上、本研究は、Mab21l2遺伝子が哺乳類において、心臓、肝臓および胆嚢の形成にきわめて重要な役割を果たしていることを明らかにしたものであり、学術的、応用的に貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。 | |
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