学位論文要旨



No 128040
著者(漢字) 古田,亜希子
著者(英字)
著者(カナ) フルタ,アキコ
標題(和) テトラヒドロフラン環を有する生物活性天然有機化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 128040
報告番号 甲28040
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3756号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 東原,和成
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

自然界にはテトラヒドロフラン(THF)環を有する天然有機化合物が数多く存在し、例えばリグナン、アセトゲニン、ポリエーテルイオノホア、マクロジオライドなどが知られている。これらの化合物は抗癌、抗マラリア、抗菌、抗原虫活性など様々な生物活性を有しているので、構造確認や生物活性試験に用いる試料を供与するために多くの合成研究が行われてきた。天然有機化合物には分子内に多くの不斉炭素が存在するが、不斉炭素上の立体化学が生物活性に大きな影響を与えることは周知の事象である。そのため、不斉点の立体制御は有機合成化学において非常に重要な意味を持つ。例示した上記の化合物群を天然物合成という観点から見ると、特異かつ立体選択的に配置されたTHF環をいかに構築するかが重要な課題となる。そこで、THF環を立体選択的に構築する手法を開発することにより、THF環を有する天然有機化合物の新たな合成法を提示したいと考え研究を行うこととした。特にTHF環同士の結合様式に着目し、特徴的な二つの化合物群、すなわち「二つのTHF環が縮環した構造を有するフロフランリグナン類」と「直結する二つのTHF環を基本骨格とするアセトゲニン類」に焦点を当てて合成研究を行った。

1. 電解酸化を用いたけい皮酸誘導体の不斉二量化反応によるフロフランリグナン類の新規合成法

フロフランリグナン類は二つのTHF環が縮環した構造を有している化合物群であり、抗癌・抗酸化・抗高血圧などの重要な生物活性を有することが知られている。この特異な骨格と重要な生物活性に対する興味から、これまでに多くのフロフランリグナン類の不斉合成研究が行われてきた。特に当研究室では、生合成経路に習ったフロフランリグナン類の効率的な合成を目指し、けい皮酸誘導体1a に対して二酸化鉛を用いた酸化的二量化を行うことにより、高収率かつ高鏡像体純度で光学活性なビスラクトン2a を得る不斉反応を開発している。この不斉二量化反応を利用して、フロフランリグナンである(+)-yangambin (3a) や、(+)-caruilignan A (4) の不斉合成も達成している(Scheme 1)。

しかし、本手法は3,4,5-トリメトキシけい皮酸1aにおいては有効であったが、1aよりもベンゼン環上の酸素官能基が少ない基質については低収率に留まった。また、酸化剤として用いる二酸化鉛は有害である。一方、有機電解反応は電流や電圧を制御することにより種々の酸化力を容易に制御することが可能である。さらに、電気エネルギーを用いるため環境に対する負荷が少ない。そこで、けい皮酸誘導体の不斉二量化反応に電解酸化を用いることにより、種々のけい皮酸誘導体に適用可能で、かつ環境に対する負荷の少ない反応を開発しようと考えた。

種々のけい皮酸誘導体に対してCH2Cl2とTFAの混合溶媒中、白金電極と、支持電解質としてn-Bu4NBF4 を用いた電解酸化を行った。まず、得られるビスラクトンの収率と光学純度の温度依存性について検討した(Table 1)。

すると、トリメトキシ体1aでは低温にするほど収率・光学純度が向上し、- 40℃において収率52%で91% e.e.のビスラクトン2aを得ることに成功した(Entry 4)。また、3,4-メチレンジオキシ体1bにおいては若干ではあるが低温にするほど収率、光学純度共に向上し、- 20℃において収率24%で83% e.e.のビスラクトン2bが得られた(Entry 5,6)。また、3,4-ジメトキシ体1cでは温度依存性が観測されず、収率は10%程度であったが、ビスラクトン2cの光学純度は87% e.e.と高い値を示した(Entry 7,8)。また4-メトキシ体1dでは収率8%で40% e.e.のビスラクトン2dが得られ、収率、光学純度共に低かった(Entry 9,10)。以上の様に、ベンゼン環上の酸素官能基が少なくなるにつれて収率・光学純度が共に低下することがわかった。

また、得られたビスラクトン2a-dから二工程でフロフランリグナン類3a-d (3a: (+)-yangambin, 3b: (+)-sesamin, 3c : (+)-eudesmin)の合成を達成した (Scheme 2)。

以上の様に、電解酸化を用いたけい皮酸誘導体の不斉二量化反応によるフロフランリグナン類の新規合成法に関する研究を行い、種々の置換基を有するけい皮酸誘導体1a~dに適用可能でかつ環境に対する負荷の少ない反応を開発することに成功した。さらに、得られたビスラクトン2a~dから種々のフロフランリグナン類3a~d (3a: (+)-yangambin, 3b: (+)- sesamin, 3c : (+)-eudesmin)を合成することに成功した。本合成法は、けい皮酸から5工程でフロフランリグナン類3を合成することができ、総工程数が短い。また、他の芳香環を有するけい皮酸を用いることにより、他のフロフランリグナン類を合成できる可能性を有している。

2. アセトゲニン類におけるbis-THF骨格の立体選択的な新規構築法の開発

直結する二つのTHF環を基本骨格とするアセトゲニン類は、二つのTHF環が直接結合した特異な構造を有している点、また抗癌活性など多様な生物活性を有している点から多くの合成研究が行われてきた。種々のアセトゲニン類や類縁体の効率的な合成法として、THF二量体を立体選択的に構築し、後から側鎖を導入する方法が考えられる。THF二量体の立体選択的構築法としては、分子内の水酸基を足がかりとする環化反応を用いる例などが知られている。一方で、THFユニットの立体選択的二量化により効率的に構築する手法はこれまでに報告されていない。

そこで本研究では、THF環を有するカルボン酸のKolbe電解反応を用いたTHF二量体の合成法を立案し、新たなTHF二量体の構築法の開発に着手した。Kolbe電解では、カルボン酸Aに塩基を作用させて生じるカルボキシラートBが一電子酸化され、さらに脱炭酸を起こして炭素ラジカルDが生成する。このラジカルが、置換基Rの立体障害が少ない方向から二量化すれば、trans, trans型のTHF二量体Eが選択的に得られるのではないかと考えた(Scheme 3)。

立体選択性の発現を期待して、嵩高いTIPS基を有するカルボン酸6を調製し、このカルボン酸6に対して電解反応を行った。電流密度・塩基・溶媒について種々の条件を検討したが、いずれの場合もtrans, trans型THF二量体7は得られず、反応溶媒や水などが求核付加して生成したアセタール8が得られた。これは、THF環の酸素原子のα位のラジカルがさらなる酸化を受けやすく、電解酸化時にラジカルカップリングよりもカチオン生成が優先するためであると考えられる(Scheme 4)。

そこで、異なる手法によるTHF二量体の構築法について検討することとした。これまでに、不斉配位子を有するPd触媒を用いたジオールの環化反応により、種々の立体化学を有するTHF二量体を作り分ける手法が報告されている。上記の方法では生成物であるTHF二量体の立体化学は、基質の中央にある2つの水酸基の立体化学に依存している。これに対し、同一の前駆体からcis, cis、trans, trans、cis, transの三種類のTHF二量体を作り分けることができれば、さらに簡便かつ効率的なTHF二量体の立体選択的構築法となりうる。そこで、ジヒドロフラン二量体の二重結合の立体選択的還元反応を用いる手法を考案した。すなわち、Scheme 5に示す様なジヒドロフランの二量体Aに対して、側鎖のアルコキシ基に対する立体障害を避ける方向から水素添加反応を行えばcis, cis型THF二量体Bが、水酸基からの隣接基関与を受ける方向から水素添加反応を行えばtrans, trans型THF二量体Cが選択的に得られることが期待される。さらに、一方は側鎖のアルコキシ基の立体障害を利用し、一方は水酸基からの隣接機関与を利用することによりcis, trans型THF二量体Dも得られることが期待される。得られた三種類のTHF二量体は、各立体化学を有するアセトゲニン類へと誘導可能であるため、本法は種々の立体化学を有するアセトゲニン類の効率的合成法となりうると考えた(Scheme 5)。

TBDPSオキシメチル基を有する光学活性なラクトン12をトリフラート13へと変換後、Pd触媒を用いてトリフラート13の二量化を行いジヒドロフラン二量体14とした(Scheme 6)。このジヒドロフラン二量体14を用いてcis, cis型THF二量体15の合成を試みた。種々触媒を検討した結果、Rh/Al2O3を用いることにより側鎖の立体障害を避ける方向から水素添加反応が進行して、cis, cis体 15とcis, trans体16が6:1の比で生成し、cis, cis体15を選択的に得ることに成功した。続いて、ジヒドロフラン二量体14からシリル基を除去してジオール17を調製し、この17を用いてtrans, trans体18の合成を試みた。ヒドロキシメチル基からの隣接基関与を受ける方向から水素添加反応を行おうと考え、Crabtree触媒を用いて水素添加反応を検討したところ、trans, trans体18とcis, trans体19が1:1.3の比で得られることがわかった(Scheme 7)。今後はtrans, trans体とcis, trans体を選択的に得る手法の検討と、得られたcis, cis型THF二量体15を用いて天然物である(+)-rolliniastatin-1 (10)の合成検討を行う予定である。

以上まとめると、電解酸化を用いたけい皮酸誘導体の不斉二量化反応を開発し、二つのTHF環が縮環した構造を有する種々のフロフランリグナン類を立体選択的に合成することに成功した。また、ジヒドロフラン二量体からcis,cis型THF二量体を立体選択的に構築する手法を開発した。今後、他の立体化学を有するTHF二量体の構築法を確立すると同時に、得られたTHF二量体から直結する二つのTHF環を基本骨格とするアセトゲニン類の合成を達成したいと考えている。

Scheme 1

a () : based on recovery

b Decomposition of the product was observed when more than 0.7 F/mol passed.

c 6 equiv. of n-Bu4NBF4 were added.

d Determined by HPLC analysis after conversion to 3

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

Scheme 6

Scheme 7

審査要旨 要旨を表示する

テトラヒドロフラン(THF)環を有する天然有機化合物は、リグナンやアセトゲニンをはじめとして数多く存在する。これらは抗酸化、抗癌、抗菌など様々な生物活性を有するので、生物活性試験への試料供与を目的に合成研究が盛んに行われてきた。一方、天然有機化合物が有する不斉炭素の立体化学は生物活性に影響を与えることが多く、不斉点の立体制御は有機合成化学において非常に重要な意味を持つ。従って、上記の化合物群を天然物合成という観点からみると、立体選択的に配置されたTHF環をいかに構築するかが重要な課題となる。本論文は、THF環同士の結合様式に着目し、「縮環した二つのTHF環」および「直結した二つのTHF環」の立体選択的構築法の開発、ならびに各構造を有する天然有機化合物の新規合成法の確立に関するもので、二章より構成されている。

第一章では「縮環した二つのTHF環」に焦点を当て、電解酸化を用いたけい皮酸誘導体の不斉二量化反応によるフロフランリグナン類の新規合成法の開発を行なっている。申請者の研究室では二酸化鉛を用いたけい皮酸誘導体の不斉二量化反応を開発し、フロフランリグナンの全合成にも利用しているが、適用できる基質に制限がある点、二酸化鉛が有毒である点が問題であった。そこで、電解酸化を用いたけい皮酸誘導体の不斉二量化反応の開発を試みたところ、高い光学純度でビスラクトンを得ることに成功した。環境に対する負荷の少ない本手法は、種々の置換基を有するけい皮酸誘導体にも適用可能であった。この電解酸化で得られた種々のビスラクトンを用いて、「縮環した二つのTHF環」を有する(+)-yangambin, (+)-sesamin, (+)-eudesminの合成を短工程で達成した。

第二章では「直結した二つのTHF環」に焦点を当て、アセトゲニン類におけるbis-THF骨格の立体選択的新規構築法に関する研究を行っている。第一節ではTHF環を有するカルボン酸にKolbe電解反応を適用することにより、これまでに例のない効率的なTHFユニットの立体選択的二量化を試みた。しかしTHF環を有するカルボン酸においてはKolbe電解が進行せず、望むTHF二量体は得られないことがわかった。そこで第二節では、側鎖に水酸基を有するジヒドロフラン二量体の立体選択的水素添加反応を用いて、同一前駆体から種々の立体化学を有するTHF二量体を得る新規手法の開発を試みた。種々の触媒を検討した結果、二つの水酸基を保護したジヒドロフラン二量体に対してRh/Al2O3を用いた水素添加を行うことにより、側鎖の立体障害を避ける方向から水素添加が進行し、cis, cis型THF二量体を選択的に得ることに成功した。これに対し、水酸基の一方のみを保護したモノオールに対してCrabtree触媒を用いた水素添加を行うことにより、一方は側鎖の立体障害、一方は水酸基からの隣接機関与を受け、cis, trans型THF二量体を選択的に得ることに成功した。trans, trans型THF二量体の選択的合成に関しては検討中であるが、本手法により得られた各種THF二量体は「直結した二つのTHF環」を有する多くのアセトゲニン類の合成に適用可能である。

以上本論文は、二つのTHF環の結合様式に着目し、電解酸化を用いたけい皮酸誘導体の不斉二量化反応によるフロフランリグナン類の合成研究と、アセトゲニン類におけるbis-THF骨格の立体選択的新規構築法に関する研究をまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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