学位論文要旨



No 128048
著者(漢字) 本田,貴史
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,タカシ
標題(和) 分裂期染色体インナーセントロメアの形成機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 128048
報告番号 甲28048
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3764号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 白髭,克彦
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

全ての生物にとって染色体を正しく分配することは遺伝情報を次世代に正確に伝える上で非常に重要である。ヒトでは、体細胞分裂での染色体分配の誤りは細胞の癌化の、また減数分裂での誤りは先天性遺伝疾患の原因となることが知られている。したがって、染色体分配の分子メカニズムの理解は医学的見地からも大きな意味を持つ。

細胞周期のS期に複製された染色体は、コヒーシンと呼ばれるタンパク質複合体によって接着される。分裂期に進行すると、染色体腕部のコヒーシンはPlk1キナーゼによるリン酸化に依存して除かれ、姉妹染色分体はセントロメア(染色体の長腕と短腕が交差する部位)に残存したコヒーシンによって接着を維持される。この接着により、細胞が姉妹染色分体を分配すべきペアとして認識することが可能になる。シュゴシンは分裂期に姉妹動原体の間のインナーセントロメアと呼ばれる領域に局在して、コヒーシンの解離を防ぐ因子として知られている。分裂中期になるとスピンドル微小管が姉妹動原体を反対方向から捕らえること(二方向性結合)で染色体が整列する。この二方向性結合の達成には、頻繁に起きる間違った結合を修正する必要があり、この修正の過程にAurora Bキナーゼ、INCENP、Borealin、Survivinから構成される複合体(CPC)が重要な役割を果たしている。CPCはシュゴシンと相互作用することでインナーセントロメアに局在することが示唆されている。

このようにインナーセントロメアは染色体分配に必須の「姉妹染色分体接着の制御」および「微小管-動原体結合の修正」が行われる非常に重要な染色体ドメインであるが、それがいかにして形成されるのか明らかにされていない。本研究はシュゴシンおよびCPCのインナーセントロメアへの局在化機構を明らかにすることで、インナーセントロメアを規定する分子メカニズムを解明することを目的とした。

2.Bub1によるH2A-T120のリン酸化はシュゴシンのインナーセントロメア局在を促進する

シュゴシンのインナーセントロメア局在は動原体に局在するキナーゼBub1に依存することが知られており、当研究室の川島により分裂酵母Bub1がヒストンH2A(Ser121残基)を基質とすることが示された。私はヒト細胞におけるこのリン酸化の保存性と生理的意義について解析を行った。

まず、in vitroでヒトにおいてもBub1がH2Aの分裂酵母Ser121残基に相当するThr120残基をリン酸化することを確認した。このリン酸化の細胞周期を通じた制御を調べたところ、H2A-T120のリン酸化はBub1の局在に依存して分裂期特異的にセントロメア領域で起きていることが明らかになった。次に、このH2Aのリン酸化がシュゴシンの局在を制御する可能性を検討するために、H2A-T120のリン酸化を特異的に認識する抗体を分裂期細胞にインジェクションしたところ、シュゴシンのインナーセントロメアへの集積が失われた。したがって、ヒトの細胞においてもBub1がH2A-T120のリン酸化を介してシュゴシンの局在を制御することが明らかになった。また、Bub1とヒストンH2Bの融合タンパク質を発現させたところ、この融合タンパク質は染色体全体に取り込まれ、本来セントロメアでのみ起こるH2A-T120のリン酸化が染色体全体で起きた。それに従い、シュゴシンも染色体全長にわたって局在したことから、H2A-T120のリン酸化がシュゴシンの局在を制御することが確認された。次に、H2A-T120のリン酸化によるシュゴシンの局在制御の分子機構を明らかにするために、in vitro pull-downアッセイによりヒストンとシュゴシンの相互作用を検討したところ、シュゴシンは保存されたSGOモチーフと呼ばれる部分で、H2A-T120のリン酸化に依存してヌクレオソームと直接結合することが明らかになった。このリン酸化による相互作用の促進はH2Aタンパク質単独では観察されなかったことから、シュゴシンはリン酸化H2Aを含むクロマチンとヌクレオソーム単位で相互作用していることが示唆された。

3.HaspinによるH3-T3のリン酸化はCPCのインナーセントロメア局在を促進する

CPCの機能を阻害した細胞では間違った微小管-動原体結合が修正されずに残るため、染色体の整列異常が観察される。分裂期キナーゼHaspinはヒストンH3のThr3残基をリン酸化するキナーゼであり、HaspinのRNAiによってもCPC阻害細胞と類似した染色体の整列異常が起こることが報告されていた。この表現型の類似性からHaspinがCPCの局在制御因子である可能性を疑い検証した。

まず、HaspinのRNAiを行いCPCの局在を観察すると、期待通りインナーセントロメアへの局在が失われていた。HaspinによるH3-T3のリン酸化は分裂前中期にインナーセントロメアで強く見られ、CPCと共局在することから、Thr3残基をリン酸化されたH3がCPCと相互作用することによりCPCの局在を制御する可能性が考えられた。そこで、in vitro pull-downアッセイによりH3とCPCの相互作用を調べたところ、CPCサブユニットの一つSurvivinがHaspinによるH3-T3のリン酸化に依存してH3と結合することが明らかになった。CPCのインナーセントロメア局在に必要なSurvivinのBIRドメインに変異を導入することによりリン酸化H3との相互作用が失われたことから、BIRドメインがリン酸化H3の認識を行うと考えられる。重要なことに、in vitroでリン酸化H3と結合できない変異型Survivinは、細胞内でインナーセントロメアに局在できなかった。さらに、Haspinの過剰発現により染色体全体でH3-T3のリン酸化が起こる状況を作り出すと、CPCも染色体全体に広がった。以上の結果から、HaspinによるH3-T3のリン酸化がH3とSurvivinの相互作用を促進することで、CPCをインナーセントロメアへ局在化させることが明らかになった。

また、解析の過程でHaspinによるH3-T3のリン酸化がコヒーシンに依存していることを見出した。実際、H3-T3のリン酸化は、コヒーシンが染色体全長に存在する分裂前期には染色体全長で見られ、コヒーシンがセントロメアにのみ存在する分裂前中期にはセントロメアに限定される。CPCは分裂前期には染色体全体に局在し、分裂中期にかけてインナーセントロメアへと局在を変化させることが知られている。本研究結果によって、CPCのインナーセントロメアへの局在化機構のみならず、前期から中期にかけての局在変化の分子機構を明らかにすることができた。

4.インナーセントロメアはH2A-T120とH3-T3のリン酸化が同時に起こる染色体領域に形成される

CPCのインナーセントロメア局在はシュゴシンとの相互作用に依存することが知られていることから、CPCとシュゴシンは複合体としてインナーセントロメアに局在していると考えられる。Bub1によるH2Aリン酸化がシュゴシンに認識され、HaspinによるH3のリン酸化がCPCに認識されるというここまでの解析結果を併せて考えると、CPCのインナーセントロメアへの局在(インナーセントロメアの形成)は2種類のヒストンのリン酸化修飾によって制御されると考えることができる。2つのヒストン修飾がインナーセントロメアを規定する分子機構を明らかにするために、リン酸化H2A-T120、リン酸化H3-T3およびCPCの局在位置を詳細に比較した。リン酸化H2A-T120が姉妹動原体ペアを繋ぐように伸びたシグナルとして観察されたのに対し、リン酸化H3-T3はリン酸化H2A-T120と直交するように姉妹染色分体間に観察された。興味深いことにCPCは2つのリン酸化が同時に起こる染色体領域に局在していた。これは、シュゴシンとCPCが複合体として2つのリン酸化ヒストンを同時に認識しているために、両リン酸化が起きた領域だけに局在化したと考えることができる。以上より、H2A-T120およびH3-T3のリン酸化が同時に起こる染色体領域にインナーセントロメアが形成されることが示唆された。

5.総括

本研究では、Bub1がヒストンH2AのThr120残基をリン酸化することを見出し、リン酸化を受けたH2Aがシュゴシンと相互作用することでシュゴシンのインナーセントロメア局在を促進することを明らかにした。また、HaspinによってThr3残基をリン酸化されたH3が、CPCサブユニットの一つSurvivinと相互作用することでCPCをインナーセントロメアへ局在化させることが明らかになった。さらにCPCがH2A-T120とH3-T3のリン酸化が同時に起こる染色体領域に局在するという観察から、インナーセントロメアがこれら2つのリン酸化ヒストンによって規定されていることを提唱した。

本研究は染色体分配という極めて根本的な生命現象の分子レベルでの理解に貢献するものであり、癌など染色体分配の異常に起因する疾患の発生機序の理解にも繋がることが期待される。

Kawashima, S.A., Yamagishi, Y.*, Honda. T.*, Ishiguro, K., and Watanabe, Y. (2010). Phosphorylation of H2A by Bub1 prevents chromosomal instability through localizing shugoshin. Science 327, 172-177. (*同等貢献)Yamagishi, Y.*, Honda, T.*, Tanno, Y., and Watanabe, Y. (2010).Two histone marks establish the inner centromere and chromosome bi-orientation.Science 330, 239-243. (*同等貢献)
審査要旨 要旨を表示する

全ての真核細胞は自身の染色体を複製することで遺伝情報を倍加し、細胞分裂の際にそれを均等に分配することによって娘細胞に遺伝情報を継承する。染色体分配の誤りによって細胞死や癌化などが引き起こされることから、染色体分配の分子メカニズムを理解することは基礎生物学とともに医学的な見地からも重要な意味をもつといえる。本研究は染色体分配の制御において重要な役割を担う、染色体のインナーセントロメア領域を規定する分子メカニズムを明らかにすることを目的とした。

本論文は5章で構成される。第1章では体細胞分裂における染色体の動態およびその制御機構について概説し、インナーセントロメアの主要な機能が姉妹染色分体接着の保護および誤った微小管-動原体微小管結合の修正であることから、これらの機能に直接関与するタンパク質、シュゴシンおよびAurora B複合体(CPC)のインナーセントロメアへの局在化機構が機能的インナーセントロメア形成の分子機構であると定義した。

第2章ではシュゴシンSgo1がBub1キナーゼによるヒストンH2A-Thr120のリン酸化を直接認識することでインナーセントロメアへ局在することを明らかにした。まず、分裂酵母における先行研究で明らかにされていたBub1によるヒストンH2Aのリン酸化が、ヒトにおいても保存されていることを明らかにし、このリン酸化が分裂期にセントロメア領域で特異的に見られることを示した。次に、H2Aのリン酸化を特異的に認識する抗体を細胞にインジェクションすることでリン酸化H2Aの機能を阻害すると、Sgo1のインナーセントロメア局在が失われることを明らかにした。次に、H2Aのリン酸化を人工的に染色体腕部で誘導する系を構築し、染色体腕部のH2Aリン酸化にともないSgo1の異所的な局在化が引き起こされることを示した。さらに、Bub1によるヌクレオソーム中のH2Aのリン酸化がシュゴシンとヌクレオソームの結合を促進することを示し、シュゴシンがリン酸化H2Aとの相互作用を介してインナーセントロメアへ局在化することを明らかにした。

第3章ではCPCがHaspinキナーゼによるヒストンH3-Thr3のリン酸化を直接認識することでインナーセントロメアへ局在することを明らかにした。まず、Haspin遺伝子をノックダウンした細胞でCPCのインナーセントロメア局在が失われることを明らかにした。Haspinは分裂期にセントロメア領域のH3-Thr3残基をリン酸化することが報告されていたが、申請者はこのリン酸化がCPCのサブユニットの1つSurvivinとH3の相互作用を促進することを明らかにした。さらに、この相互作用がSurvivinのBIRドメインへの変異によって失われることを見出し、リン酸化H3との結合能を失った変異型Survivinは細胞内でインナーセントロメアへ局在できないことを明らかにした。最後に、細胞にHaspinを過剰発現させることで、染色体腕部でH3のリン酸化を引き起こすと、CPCもそれにつられて染色体腕部に局在したことから、CPCはSurvivinとリン酸化H3の相互作用を介してインナーセントロメアへ局在すると結論した。また、姉妹染色分体接着因子コヒーシンがHaspinの局在を制御することでH3のリン酸化を介してCPCの局在を制御することを明らかにした。

第5章ではリン酸化H2A-Thr120、リン酸化H3-Thr3およびインナーセントロメアタンパク質(Sgo1、CPC)の局在を詳細に比較し、インナーセントロメアが2つのヒストンのリン酸化が同時に起こる染色体領域に形成されることを明らかにした。また、シュゴシンとCPCが相互作用するという知見から、シュゴシンとCPCが複合体を形成して2つのリン酸化ヒストンを同時に認識することで、2つのヒストンのリン酸化が同時に起こる染色体領域に局在化するというインナーセントロメア形成の分子機構を提唱した。

以上、本研究は機能的インナーセントロメア形成の分子機構を明らかにすることで、染色体分配という極めて根本的な生命現象の分子レベルでの理解に貢献するものであり、学術的に大きな意義を持つ。同時に、癌など染色体分配の異常に起因する疾患の発生機序の理解にも繋がることが期待される。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものであることを認めた。

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