学位論文要旨



No 128050
著者(漢字) 金,昭昤
著者(英字)
著者(カナ) キム,ソヨン
標題(和) 希少放線菌Actinoplanes missouriensisの走化性センサーに関する研究
標題(洋)
報告番号 128050
報告番号 甲28050
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3766号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 若木,高善
 東京大学 准教授 足立,博之
 東京大学 准教授 有岡,学
内容要旨 要旨を表示する

希少放線菌Actinoplanes missouriensisは、多数の胞子を内包した胞子嚢を、短い胞子嚢柄を介して基底菌糸上に形成する。湿潤した環境におかれると胞子嚢外皮が破れ、べん毛をもった運動性胞子が泳ぎ出す。運動性胞子は生育に適した場所まで移動した後、出芽して菌糸状の生育を始めるが、この際、運動性胞子が示す走化性が重要な役割を果たしている。A. missouriensisの運動性胞子は、アミノ酸や糖だけでなく、vanillinやγ-collidineといった芳香族化合物にも走化性を示すことが報告されているが、走化性に関わるタンパク質に関してはこれまで研究が行われてこなかった。近年、A. missouriensisの全ゲノム配列が明らかになったことにより、A. missouriensisにも、一般の細菌と同様の走化性システムが存在することが示唆され、研究が開始された。A. missouriensisは走化性に必要なタンパク質(CheA, CheB, CheR, CheW, CheY)をコードする走化性遺伝子クラスター(cheクラスター)を3つもっており、そのうちの2つが運動性胞子の走化性に関与していることが遺伝子破壊実験により示された。一方、化学物質を感知するセンサータンパク質(methyl-accepting chemotaxis protein (MCP)、chemoreceptorとも呼ばれる)はゲノム上に21個コードされているが、その機能については解析されていなかった。本研究においては、運動性胞子という特殊な微生物細胞のMCPについて解析を行うことで、一般の細菌での走化性研究では見えてこなかった走化性の分子機構を明らかにすることができるのではないかと考えた。近年、細胞膜上のMCPが桿菌細胞の極に局在化(クラスタリング)することが示され、これがMCPの機能に重要であることが明らかにされているが、球状のA. missouriensis運動性胞子細胞におけるMCPの局在には特に興味がもたれた。運動性胞子はやがて出芽するが、出芽時も含めて、胞子細胞に極性があるかどうかは全く不明であったからである。また、運動性胞子が出芽し菌糸状の生育をしている時にも、何らかの形でMCPが機能している可能性も考えられ、これまでに知られていなかったMCPの機能を明らかにできるかもしれないと期待した。

MCPのアミノ酸配列のin silico解析

21種のMCPのアミノ酸配列についてin silico解析を行った。MCPの細胞質にあるシグナル伝達に関与するドメインは細菌において種を超えて高度に保存されており、7種類の異なる配列パターンがあることが報告されている。A. missouriensisのMCP遺伝子の配列パターンを解析した結果、すべて38Hに分類される配列であった。この種類のMCPを持っている細菌としては、アクチノバクテリアであるKineococcus radiotoleransやシアノバクテリアであるTrichodesmium erythraeumが知られている。また、21種のMCPのアミノ酸配列の膜貫通ドメインについて、膜貫通ドメイン解析ソフト(Phobius, TMHMM2.0, HMMTOP3)を用いて解析したところ、MCP4だけは1つの膜貫通ドメインを持ち、残りの20個は2つの膜貫通ドメインを持つことが分かった。また、膜貫通ドメインと細胞質領域を除いた保存性の低い領域が、細胞外で誘因物質(あるいは忌避物質)と結合するセンシングドメインである。センシングドメインについて、Blast検索を行った結果、MCP2とMCP3には、センサータンパク質によく見られるPASドメインと相同性のある配列が見出されたが、残りの19種のMCPでは機能が示されている配列との相同性は見られず、アミノ酸配列からだけでは、A. missouriensisのMCPの機能(感知する化合物)についての情報は得られないことがわかった。また、センシングドメイン間の類似性について系統樹を作製し、MCPの多重遺伝子破壊株作製において参考にした。

A. missouriensisのMCP遺伝子の転写解析

21種のMCP遺伝子がA. missouriensisの生活環上、どの時期で転写されているかについて調べた。(i) 運動中の胞子、(ii)胞子嚢形成固体培地で培養し胞子嚢を形成している菌体(基底菌糸および胞子嚢中の胞子が含まれる)、(iii) 液体培養した菌糸、の3つの菌体からRNAを抽出し、半定量RT-PCRを行った結果、21個のMCP遺伝子のうち17個(mcp4, mcp5, mcp6, mcp13以外)が運動中の胞子で発現していることが示された。また、胞子嚢形成固体培地で培養し胞子嚢を形成している菌体では、mcp10の以外のすべてのMCP遺伝子の転写が確認された。両者の転写量の比較により、運動性胞子でより強く転写が見られるものとして、mcp1, mcp2, mcp9, mcp10, mcp12, mcp17, mcp18, mcp19, mcp21の9遺伝子があげられる。べん毛遺伝子もすでに胞子嚢形成時に転写が起こっていることが示されているため、多くのMCPは胞子形成の時点ですでに生産されているものと考えられるが、これら9種のMCPは運動中にさらにその発現が強化されていると思われる。一方、液体培養した菌糸においても、mcp8とmcp15だけは転写が見られた。さらに詳しく調べたところ、mcp8は静止期で強く発現しているのに対して、mcp15はどの培養時期でも発現していた。通常、液体培養では運動性胞子の形成は起こらないため、これら2つのMCPは運動性胞子の走化性とは異なった機能をもつ可能性がある。なお、mcp8遺伝子破壊株の菌糸生長や胞子嚢および胞子形成には異常は見られなかった。

MCPタンパク質の胞子細胞内における局在解析

21個のMCP遺伝子すべてについて、C末端にGFPが融合したタンパク質として発現するようにGFP遺伝子と融合させた。自身のプロモーターを使って転写が起こる形で、mcp-gfp融合遺伝子を、染色体組み込み型ベクターを用いて、染色体上に1コピー挿入した。その結果、9つのmcp-gfp組換え株(MCP1, MCP2, MCP3, MCP5, MCP9, MCP12, MCP16, MCP17, MCP18のGFP融合タンパク質を生産する株)の運動性胞子において、GFP由来の蛍光シグナルが観察された。MCP-GFPの局在パターンは、いずれの株でも同様であり、2個から6個の蛍光スポットが胞子細胞膜上に観察された。そこで、MCP17-GFP融合タンパク質およびMCP18-RFP融合タンパク質をコードする遺伝子を同時に染色体に挿入した株を作製し、GFPとRFPの蛍光シグナルを観察した。その結果、両者は同一の部位に共局在することが示された。さらに同様の実験により、MCP18と5つのMCP(MCP1, MCP2, MCP3, MCP5, MCP9)の共局在が示された。以上の結果より、A. missouriensis運動性胞子細胞内では、一般の細菌と同様、複数のMCPがクラスターを形成することで、走化性シグナルの増幅がなされている可能性が示された。

一方、走化性に関与するcheオペロン1とcheオペロン2の単独破壊株および二重破壊株でMCP17-GFPの局在パターンを観察した。cheオペロン1の単独破壊株では、クラスターの形成率が低下した。cheオペロン2の単独破壊株では、この傾向がより顕著であり、ほとんどクラスターが形成されず、膜全体に蛍光シグナルが観察された。一方、二重破壊株では蛍光シグナルが全く観察されなかった。MCP18-GFPを用いて同様の実験を行ったところ、MCP18-GFPはMCP17-GFPより安定性の低下が顕著であり、cheオペロン2の単独破壊株でも蛍光シグナルがほとんど見られなくなった。以上の結果より、走化性に機能をしているcheオペロンの発現がMCPタンパク質の局在およびMCPタンパク質の安定性に寄与していることが強く示唆された。Cheオペロンの破壊株において、MCPがクラスターを形成できなくなるという結果は、Rhodobacter sphaeroidesやAzospirillum brasilenseで報告されているが、Cheオペロンの発現がMCPの安定性にも大きく寄与していることを示した報告はこれまでになされていない。

MCPタンパク質の局在パターンの詳細な解析

MCPの局在について、球菌ではこれまでに報告がないため、MCP18-GFPの局在パターンについて詳細な解析を行った。まず、共焦点顕微鏡でZ軸に沿って0.15 μmの厚さで蛍光シグナルを撮影し、画像処理ソフトウェアによって3次元に復元した。94個の胞子について観察した結果、MCP18-GFPの2-6個の蛍光スポットが胞子の細胞膜上のランダムな位置に局在していることがわかった。また、蛍光スポットの大きさや輝度が異なって観察されたことから、画像解析ソフトImage Jを利用してクラスターのサイズや輝度を調べた。その結果、1つの胞子細胞には、サイズの大きい蛍光スポットはほとんどの場合、1つか2つであり、これに加えて小さな蛍光スポットが0-4個含まれていることが明らかになった。以上の解析結果より、MCPのクラスター形成には、その部位や数を厳密に制御する機構は存在しないと推測された。

MCP遺伝子の破壊株作製

A. missouriensisの運動性胞子の走化性に関わるMCPの機能解析には、MCP遺伝子破壊株の作製が必須であると考えられたため、各MCP遺伝子の破壊を試み、15種のMCP遺伝子の単独破壊株を作製した。一般的な細菌では、1つの誘因(忌避)物質を感知するMCPが複数存在することも多いので、さらに多重破壊株の作製を試みた。この際、転写量の多いMCP遺伝子を同時に破壊することや、センシングドメインの相同性が高いMCP遺伝子を同時に破壊することにした。その結果、二重破壊株を5種類、3破壊株を4種類、4重破壊株を4種類取得できた。さらに多くの遺伝子破壊株を作製する必要があるが、本研究で作製したMCP遺伝子破壊株ライブラリーは、今後のMCPの機能解析に極めて重要であると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

希少放線菌Actinoplanes missouriensisは、多数の胞子を内包した胞子嚢を、短い胞子嚢柄を介して基底菌糸上に形成する。湿潤した環境におかれると胞子嚢外皮が破れ、べん毛をもった運動性胞子が泳ぎ出す。運動性胞子は生育に適した場所まで移動した後、出芽して菌糸状の生育を始めるが、この際、運動性胞子が示す走化性が重要な役割を果たしている。本論文は、A. missouriensisの走化性に関わるタンパク質のうち、化学物質を感知するセンサータンパク質(methyl-accepting chemotaxis protein (MCP)、chemoreceptorとも呼ばれる)の機能解析を行った結果についてまとめたものであり、序論、5章からなる本論および総括により構成される。

序論においては、本研究の背景として、A. missouriensisに関するこれまでの研究、バクテリアの走化性及び運動性、走化性関連タンパク質の機能と細胞内局在などについて述べられている。

本論第1章では、A. missouriensisのゲノムにコードされる21種のMCPのアミノ酸配列に関して、種々のin silico解析を行った結果について述べられている。

本論第2章では、MCP遺伝子の転写解析について述べられている。21個のMCP遺伝子のうち17個(mcp4, mcp5, mcp6, mcp13以外)が運動中の胞子で転写されていることが示された。また、胞子嚢形成固体培地で培養し胞子嚢を形成している菌体では、mcp10の以外のすべてのMCP遺伝子の転写が確認され、多くのMCPは胞子形成の時点ですでに生産されているものと考えられた。以上の結果より、21種全てのMCPは運動性胞子で実際に生産されていることが強く示唆された。一方、液体培養した菌糸においても、mcp8とmcp15だけは転写が見られ、これら2つのMCPは運動性胞子の走化性とは異なった機能をもつ可能性が示唆された。

本論第3章では、MCPタンパク質の胞子細胞内における局在解析について述べられている。C末端にGFPが融合したタンパク質となるように設計したmcp-gfp融合遺伝子を、染色体組み込み型ベクターを用いて、自身のプロモーターを使って転写が起こる形で染色体に1コピー挿入した株を作製したところ、9つのmcp-gfp組換え株(MCP1, MCP2, MCP3, MCP5, MCP9, MCP12, MCP16, MCP17, MCP18のGFP融合タンパク質を生産する株)の運動性胞子において、GFP由来の蛍光シグナルが観察された。MCP-GFPの局在パターンは、いずれの株でも同様であり、2個から6個の蛍光スポットが胞子細胞膜上に観察された。さらに、MCP18-RFP融合タンパク質をコードする遺伝子との共発現により、MCP18と6つのMCP(MCP1, MCP2, MCP3, MCP5, MCP9、MCP17)の共局在が示された。以上の結果より、A. missouriensis運動性胞子細胞内では、一般の細菌と同様、複数のMCPがクラスターを形成することで、走化性シグナルの増幅がなされている可能性が示された。また、走化性に関わるche遺伝子群の破壊株においては、MCPのクラスター形成が正常に起こらず、MCPのクラスター形成にCheタンパク質が関与することが示唆された。

本論第4章では、MCPタンパク質の局在パターンの詳細な解析について述べられている。94個の胞子について、MCP18-GFPの局在部位を3次元で解析した結果、2-6個の蛍光スポットが胞子の細胞膜上のランダムな位置に局在していることがわかった。また、1つの胞子細胞には、サイズの大きい蛍光スポットはほとんどの場合、1つか2つであり、これに加えて小さな蛍光スポットが0-4個含まれていることが明らかになった。以上の解析結果より、MCPのクラスター形成には、その部位や数を厳密に制御する機構は存在しないと推測された。

本論第5章では、MCP遺伝子破壊株の作製について述べられている。15種のMCP遺伝子の単独破壊株に加えて、二重破壊株を5種類、3重破壊株を4種類、4重破壊株を4種類取得した。本研究で作製したMCP遺伝子破壊株ライブラリーは、今後のMCPの機能解析に重要である。

総括においては、本研究の総括と今後の展望が述べられている。

以上、本論文は、さまざまな角度からA. missouriensisのMCPの機能解析を行ったものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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