学位論文要旨



No 128051
著者(漢字) 梅田,隆志
著者(英字)
著者(カナ) ウメダ,タカシ
標題(和) 芳香環二水酸化酵素の電子伝達機構の解明
標題(洋)
報告番号 128051
報告番号 甲28051
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3767号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 若木,高善
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

Carbazole 1,9a-dioxygenase (CARDO)は, 細菌によるカルバゾール(CAR)分解の初発酸化酵素であり, CARの1位及び9a位の炭素に対する二原子酸素添加反応を触媒する. CARDOは実際に水酸化反応を触媒するoxygenase (Oxy)と, NADHからの電子をOxyに伝達するferredoxin reductase (Red), ferredoxin (Fd)の三つのコンポーネントから構成される (図1).

CARDOはOxyが非ヘム鉄及びRieske型[2Fe-2S]クラスタを持つことから, Rieske non-heme iron oxygenase (RO)という酸化酵素群に属する. ROは電子伝達系の数と種類の違いにより, IA, IB, IIA, IIB, IIIの5つのクラスに分類される. 当研究室では, CAR資化菌としてNovosphingobium sp. KA1株, Nocardioides aromaticivorans IC177株, Pseudomonas resinovorans CA10株を単離しているが, それらに由来するCARDOは, Oxyが互いに高い相同性を示し (一次配列で>44% identity, >75% similarity), かつ同一の化合物を主要な基質としているにも関わらず, FdとRedの特徴の違いからそれぞれクラスIIA, IIB, IIIに分類される. 主要な基質が同一なROにおいて電子伝達系に多様性がある例は他になく, CARDOはROの電子伝達機構を明らかにする上で格好の材料であると言える.

また, 以前の電子伝達系の互換性の解析から, CARDOにおいては, Oxy-Fd間の認識は厳密で異なるクラスの組み合わせだと電子が伝達されない一方, Fd-Red間の選択性が低くクラスの異なる組み合わせでも電子が伝達されることが明らかになったが, これは他のROと同様の傾向であった. しかし興味深いことに, KA1株由来Fdは特異的に他のクラスのRedからは電子を受け取ることが出来ない. すなわち, クラスIIA型Fdは電子伝達のカウンターパートとの認識が厳密であるという他にない特徴を持つことが明らかとなっていた (図1).

本研究では, CARDOコンポーネントの結晶構造解析, コンポーネント間相互作用の親和性の解析を行うことにより, ROに普遍的なコンポーネント間相互作用の分子メカニズムを明らかすること, また, クラスIIA CARDOの例外的な相互作用メカニズムを詳らかにすることを目的とした.

クラスIIA型Fdの結晶構造解析

PEG MME550を用いて嫌気条件下においてFd(IIA) (以降, CARDOが属するクラスに基づき各々の株由来各コンポーネントをFd(IIA)のように表す)の結晶を取得し, 分解能1.9 Aで構造を決定した (図1破線四角).

Fd(IIA)の主鎖全体構造は, 過去に報告がある, Fd(IIA)と同じタイプであるProteo-type ferredoxinと類似していたが, Fd(IIA)においてのみ[2Fe-2S]クラスタとクラスタ結合ループの間に水分子が存在していた(図2). Fd(IIA)では, この水分子の存在により[2Fe-2S]クラスタ周辺に他とは異なる水素結合ネットワークが形成されていた. さらに, 水分子が[2Fe-2S]クラスタのリガンドであるCysの硫黄原子と水素結合を形成していた.

クラスIIB型Redの結晶構造解析

酒石酸カリウムナトリウムを用いてRed(IIB)の結晶を取得し, 分解能3.54 Aで構造を決定した (図1実線四角). 分解能が低いため, アミノ酸側鎖の詳細な議論は出来ないが, 主鎖構造をRed(IIA)と比較した. Red(IIB)はRed(IIA)と比べて, 推定相互作用領域に存在するループが内側にシフトしていた (図3). Fd(IIB)はFd(IIA)と比べて矢じりのような形に近く、相互作用領域が狭い(図1). Red(IIB)は当該ループをシフトさせて相互作用領域を狭めることでFd(IIB)と適切な複合体形成が行えると考えられる.

電子伝達複合体のドッキングシミュレーション

前任者によりOxy(IIA), Red(IIA)の結晶構造が明らかとされているため, Oxy(IIA), Fd(IIA), Red(IIA)の単体構造を基にZDOCKによる Oxy(IIA):Fd(IIA), Fd(IIA):Red(IIA)複合体のドッキングシミュレーションを行った.

推定相互作用領域ではOxy(IIA)の窪んだ領域に対してFd(IIA)がはまり込むように結合しており, 鍵と鍵穴のように両者の形状が相補的になっていた. 加えて, Oxy(IIA)の正に帯電している領域とFd(IIA)の負に帯電している領域が接近するように結合しており局所的な電荷の対が形成されていた (図4上). この領域において, 水素結合や塩橋を形成しているアミノ酸残基が特に多く存在しており, 相補的な形状に加えて表面電荷の相補性が, Oxy(IIA):Fd(IIA)複合体形成に重要な役割を果たすと考えられた.

また, OxyとFdの結合表面は, 各クラスのもので異なる形状と異なる電荷分布を持つ. このため, CARDOIIAについて本研究で示したような両者の相補性が各クラス特異的な複合体形成 (各クラスのOxy-Fd間での厳密な相互認識)を引き起こす原因であり, 異なるクラス間での電子伝達を不可能にする要因と言える.

一方, Fd(IIA):Red(IIA)複合体の推定相互作用領域ではOxy(IIA):Fd(IIA)複合体と同様に形状が一致するように結合していた. しかし, 表面電荷の相補性はOxy(IIA):Fd(IIA)と比べてそれほど観察されなかった (図4下). Red(IIA)は他のクラスのFdへ電子を渡すことが可能であることを考え合わせると, Fd:Red複合体形成の可否には表面電荷の相補性は主要な要因ではなく形状の一致の有無に大きく依存する可能性が示唆された. Fd(IIA)は他のクラスのFdと比べて相互作用領域が嵩高い形状をしており, これに対応するようにRed(IIA)の窪み (相互作用領域)が, 構造が報告されているクラスIIBに属するreductaseよりもすり鉢状に広くなっている. すなわち, Fd(IIA)が他のクラスのRedから電子を受け取ることが出来ない理由は, 他のクラスRedの結合領域(窪み)が小さいために結合自体が起こらず電子伝達中心同士が接近出来ないからであると予想された (図5).

コンポーネント間相互作用の親和性の測定

上で、電子伝達選択性の可否を決定する要因をタンパク質の立体構造の面から予測したが, "電子が伝達されない"ことが"複合体を形成しないから"なのか, あるいは"複合体は形成されても電子伝達が起こらないから"なのかは, 実験的に証明されていない. そこで, 等温滴定型熱量計 (ITC:Isothermal Titration Calorimetry)を用いてコンポーネント間の解離定数などを求めることで結合状態を物理パラメーターを用いて評価した.

OxyとFdの本来のクラス間の組み合わせでは滴定に伴い吸熱反応が起きていることが確認され, 解離定数はIIA型, IIB型, III型でそれぞれ74.1 μM, 465 μM, 224 μMと弱い親和力をもち, 相互作用の主な駆動力は疎水性相互作用であることが示された. 一方, 異なるクラス間のOxyとFdの組み合わせでは滴定に伴う明確な熱量変化が観測されず, 複合体自体が形成されないことが明らかとなった. FdとRedの本来の組み合わせでは, Oxy-Fdと同様に吸熱反応が観察され, 解離定数はIIA型, IIB型, III型でそれぞれ53.6 μM, 125 μM, 296 μMであった. Fd-Redの異なるクラスの組み合わせでは, Fd(IIB)-Red(IIA)の組み合わせでのみ熱量変化が観察され, 解離定数は516 μMであった. 他の組み合わせでは, 相互作用はかなり弱いためか, 電子が伝達されるものであっても解離定数を決定するには至らなかった. 先述のように, 複合体構造予測や親和性の測定結果からFd-Red間の相互作用は疎水性相互作用を駆動力とすることが示唆されたが, 疎水性相互作用は非特異的に起こる場合が多い. このため, FdとRedのクラスの異なる組み合わせでの電子伝達は電子伝達中心が接近しうる場合に偶発的に起こる可能性が考えられた.

クラスIIA型Fdの酸化還元電位の測定

Cyclic voltammetryを行った結果, Fd(IIA)は+107 mVという酸化還元電位を示した. Fd(IIA)のように鉄硫黄クラスタがCysのみで配位されるferredoxinでは, 一部の[4Fe-4S]型ferredoxinが高い酸化還元電位を示し, high potential iron-sulfur protein (HiPIP)と呼ばれているが, [2Fe-2S]型では類似の報告は知る限りなく, Fd(IIA)は初めての[2Fe-2S]型HiPIPの例であることが明らかとなった. この高い酸化還元電位は, Fd(IIA)が特異的に水分子を[2Fe-2S]クラスタ近傍に有することに起因すると考えられる. クラスタ近傍の水素結合ネットワークはferredoxinの酸化還元電位を決定するのに重要な因子であると考えられているが, Fd(IIA)は水分子の存在により他のProteo-type ferredoxinと比べて異なる水素結合ネットワークを有し, かつ水分子が[2Fe-2S]クラスタと直接水素結合を形成しており, 還元型[2Fe-2S]クラスタの安定化に寄与するためであると推測される.

また, 水分子がFd(IIA)の酸化還元電位が高い要因であるということは, 水分子のプロトン化状態の違いにより酸化還元電位が変化する可能性が考えられた. 事実, [2Fe-2S]クラスタが二つのHisと二つのCysにより配位されるRieske-type ferredoxinでは酸化還元電位のpH依存性が見られる. 一方, [2Fe-2S]クラスタがCysのみで配位されるferredoxinでは酸化還元電位にpH依存性は見られないが, Fd(IIA)はpHが1上昇すると酸化還元電位が約60 mV低下するという結果が得られた. このことから, 水分子がFd(IIA)の高い酸化還元電位の要因になっていることが明らかとなった.

総括

本研究では, 今まで構造解析が完了していなかったCARDOコンポーネントの結晶構造を明らかにし, ROのコンポーネント間相互作用をシミュレーションとITCを用いて解析することで電子伝達選択性の要因を提唱した. また, Fd(IIA)が世界で初めての[2Fe-2S]型HiPIPであることを発見し, その高い酸化還元電位の理由を提唱した. P450の電子伝達系はROと共通するものもあるが, 電子伝達選択性は異なり, 酸化酵素-ferredoxin間でも電子が伝達されるものも多い. このため, ROとP450のコンポーネント間相互作用様式の違いを見出すことで, ROのみならず, より包括的な, 電子伝達タンパク質間相互作用のメカニズムに迫ることが期待される.

Umeda et al., Crystallization and preliminary X-ray diffraction studies of a novel ferredoxin involved in the dioxygenation of carbazole by Novosphingobium sp. KA1. Acta Crystallogr. Sect. F 64:632-635 (2008).

図1 CARDOの多様性と電子伝達互換性

図2 Fd(IIA)の水分子

図3 Red(IIB)とRed(IIA)の重ね合わせ

図4 複合体における相互作用領域

図5 Fd(IIA)の選択性の要因

審査要旨 要旨を表示する

Carbazole 1,9a-dioxygenase(CARDO)は細菌によるカルバゾール(CAR)分解の初発酸化酵素であり、oxygenase(Oxy)と電子伝達タンパク質であるferredoxin(Fd)、Fd reductase(Red)の三つのコンポーネントから構成されるRieske non-heme iron oxygenase(RO)の一種である。現在までに由来の異なる3種のCARDOが得られているが、それらは電子伝達様式の違いからクラスIIA、IIB、IIIに分類されている。これらを用いたコンポーネント互換性の解析から、Oxy-Fd間の認識は厳密で異なるクラスの組み合わせでは電子が伝達されない一方、Fd-Red間の選択性は低くクラスの異なっても電子が伝達されることが明らかになっている。これは、他のROと同様の傾向である。なお、クラスIIA型Fdは例外的に他のクラスのRedからは電子を受け取れず、カウンターパートとの認識が厳密であるという他にない特徴を持つことも合わせて明らかとなっていた。このような背景に引き続き、本博士論文研究は、ROに普遍的なコンポーネント間相互作用の分子機構を明らかすることと、クラスIIA型Fdの例外的な相互作用様式を詳らかにすることを目的として行われた。

本論文は3章からなり、第1章では序論として電子伝達に関するRO研究の現状を、構造生物学的・生化学的観点から述べている。

第2章ではクラスIIA型Fdが他と比べて著しく高い酸化還元電位を取ることを示し、クラスIIA型FdがCys配位型[2Fe-2S] ferredoxinとして世界で初めての高電位鉄硫黄タンパク質であることを明らかにした。次に、結晶構造解析とアミノ酸置換体の解析に基づいて高い酸化還元電位をとる構造的要因が、[2Fe-2S]クラスタ近傍に存在する水分子であることを明らかにした。また、クラスIIB型Redの結晶構造解析にも成功し、電子伝達選択性に構造的考察を加えている。

第3章ではクラスIIA型のCARDOにおけるOxy:Fd、Fd:Red複合体の構造予測を行い、コンポーネント間相互作用様式を推定した。OxyとFdの推定相互作用領域では、Oxyの窪んだ領域に対してFdがはまり込むように結合しており、鍵と鍵穴のように両者の形状が相補されていること、Oxyの正に帯電している領域とFdの負に帯電している領域が近接しており、局所的な電荷の対が形成されていることを示した。このことから、OxyとFdの特異的相互作用には形状が一致することと表面電荷が相補されることの双方が重要であることが明らかになった。FdとRedの推定相互作用領域では、OxyとFdの場合と同様に形状が一致する様子が見られたが表面電荷はあまり相補的ではなく、形状が一致することで電子伝達中心どうしが近づけることが最も重要であることも示された。一方、クラスIIA型Fdは他と比べてかさ高い相互作用領域を持ち、それに対応するようにそのカウンターパートは幅の広い相互作用領域を持っていた。クラスを組み替えた場合、かさの小さいFdは幅の広い相互作用領域をもつRedと幅の狭い相互作用領域を持つRedの両方へと近づくことは可能であるが、かさ高いクラスIIA型Fdは狭い相互作用領域をもつRedへは近づくことが出来ないために電子を受け取ることが出来ないという、クラスIIA型Fdに特異な電子伝達選択性の原因も明らかにした。

本論文では、さらに"電子が伝達されない"ことが"複合体を形成しないから"なのかを実験的に検証するため、コンポーネント間の結合状態を等温滴定型カロリメトリーを用いて評価した。OxyとFdの本来のクラス間の組み合わせでは滴定に伴い吸熱反応が起きていることが確認され、弱い親和力を持つことが示された。また、異なるクラス間のOxyとFdの組み合わせでは複合体自体が形成されないと思われる結果が得られた。一方、FdとRedの本来の組み合わせでは、Oxy-Fdと同様に弱い親和力を持つことが示され、異なるクラスの組み合わせでは、クラスIIB型Fd-クラスIIA型Redの組み合わせでのみ親和性が観察され、他の組み合わせでは相互作用の検出には至らなかった。このため、FdとRedのクラスの異なる組み合わせでの電子伝達は電子伝達中心が接近しうる場合に偶発的に起こる可能性が支持された。

以上、本研究は、難分解性物質の分解系によく見られる芳香環水酸化ジオキシゲナーゼのモデルとしてCARDOを用い、これまでに明らかとされていなかったROの電子伝達選択性の要因を提唱したもので、産業上、応用上重要なものである。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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