学位論文要旨



No 128053
著者(漢字) 近田,裕美
著者(英字)
著者(カナ) チカダ,ヒロミ
標題(和) 新たなオキシステロール受容体相互作用因子の生化学的解析
標題(洋)
報告番号 128053
報告番号 甲28053
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3769号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 特任教授 加藤,久典
 東京大学 教授 後藤,由季子
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

ステロイドホルモンや脂溶性ビタミンなどの低分子量脂溶性生理活性物質は、性分化や代謝調節など様々な生命現象において重要な役割を担う。これらの脂溶性生理活性物質の生理作用の多くは、リガンド依存的な転写因子である核内受容体を介して発揮される。核内受容体は、ホモダイマーあるいはRXRとのヘテロダイマーとして、標的遺伝子プロモーター上流の物理的認識配列に結合する。リガンド非存在下では、転写抑制化因子複合体とともに標的遺伝子の発現を抑制している。核内受容体にリガンドが結合すると、転写抑制化因子複合体が解離する一方、転写活性化因子複合体がリクルートされ、結果として標的遺伝子の転写が活性化される。

オキシステロール受容体 (LXR; Liver X Receptor) はコレステロールの酸化物であるオキシステロールをリガンドとして活性化する核内受容体であり、コレステロールホメオスタシスに重要な役割を担うことが知られている。LXRはコレステロール濃度に応じて、末梢マクロファージから肝臓へのコレステロール逆転送 (RCT; Reverse cholesterol transport) とそれに続く糞中へのコレステロールの排泄を制御する。また、LXRはコレステロール代謝と相互に関連し、脂肪酸合成制御や抗炎症作用を有することが知られている。

一方近年、転写因子とユビキチン・プロテアソームシステムの関連性が示唆されている。ユビキチン・プロテアソームシステムとは、選択的なタンパク質分解システムである。ユビキチン付加反応はE1、E2、E3の連鎖的な反応により引き起こされる。このうち、E3はE2との結合と標的基質の認識という2つの機能を発揮することで、標的タンパク質に対するユビキチン付加反応を仲介する。最近、当研究室においてbHLH型転写因子であるダイオキシン受容 (AhR) がリガンド依存的なE3 ligase複合体を構成し、基質のユビキチン化を促進すると報告された (Ohtake et al., Nature 2007) 。

以上のことから、LXRリガンドが重要なシグナルとなって、コレステロール濃度に応答した核内複合体を形成または解離し、転写制御または他の制御機構により、LXRの生理機能が発揮される可能性が考えられる。しかしながら、コレステロール濃度に応答してLXRの生理機能を制御するリガンド依存的な相互作用因子はほとんど明らかではない。そこで本研究では、RCTにおいて重要な細胞種であるマクロファージに着目し、リガンド依存性の新たなLXR相互作用因子を生化学的に同定することで、LXR生理機能を解明することを目的とした。

第二章 オキシステロール受容体LXRのリガンド依存性新規相互作用因子の同定

本章では、マクロファージのLXRに着目して、LXRの生理機能の分子基盤を理解するために、核内相互作用因子の生化学的同定を試みた。そのための材料として、マクロファージへの分化能を有するマウス白血病由来単球Raw264.7細胞、baitとしてGST融合LXRα(DEF)及びGST融合LXRβ(DEF)再構築タンパク質を用いた。Raw264.7細胞核抽出液を調整し、GST融合LXRα(DEF)及びGST融合LXRβ(DEF)と混合することで、多数のLXR相互作用因子を精製した。また、これらの多くはLXRリガンド依存性に相互作用していた。

質量分析測定とデータベース検索により、転写共役活性化が報告されているTRRAP、Crebbp、SRCや転写開始に必要なMediator complexの複数の構成因子が同定されたことから、本精製系の妥当性が確認できた。さらに最もスコアの高いShkbp1を機能未知因子として同定した。Shkbp1は分子量75 kDaのタンパク質で、BTBドメインとWD40リピートを有する。また、スコアは低かったものの、Shkbp1と同じBTBスーパーファミリーに属する機能未知因子KCTD3も同定された。293T細胞における共免疫沈降法においても、Shkbp1はLXRαとLXRβの両者の相互作用が見られた。一方、この相互作用は細胞質と核の両画分で認められた。また相互作用のLXRリガンド依存性は、LXRβにおいてLXRαに比べて顕著であった。これ以降、リガンド依存性の強く認められたLXRβを中心に検討を進めることとした。

第三章 Shkbp1の機能解析

Shkbp1のLXR転写制御に与える影響の検討

まず、Shkbp1のLXRへのリガンド依存的転写共役活性をluciferase assayによるLXRへの転写共役活性化能とreal-time PCRによるLXR標的遺伝子発現量測定により検討した。その結果、Shkbp1はLXRのリガンド依存性転写制御には影響しなかった。

Shkbp1複合体の同定

そこで、LXR/Shkbp1の機能を明らかにするために、Shkbp1の相互作用因子の生化学的同定を試みた。FLAG融合Shkbp1をbaitとして用い、アフィニティ精製を実施した。その結果、BTBスーパーファミリーに属するKCTD3が高いスコアで同定された。このKCTD3はLXRの精製においても同定された因子である。これらのことから、LXR/Shkbp1/KCTD3は複合体を形成していることが推測された。さらに、E3 ligase複合体として機能することが知られているCullin3が同定された。このCullin3はBTBドメインを欠損させたFLAG融合ΔBTBでは精製されなかった。

293T細胞を用いた免疫沈降により、Shkbp1のBTBドメインを介してCullin3が相互作用することが確認された。以上より、Shkbp1はCullin3を基盤とするE3 ligase複合体の構成因子であることが明らかとなった。以降、このE3 ligase複合体をCRL3(Shkbp1)と表記することとした。

次にCRL3(Shkbp1)の会合および活性におけるLXRリガンドの役割を検討した。まず複合体形成を検討した結果、Cullin3はLXRリガンドにより解離することが明らかとなった。続いて、CRL3(Shkbp1)の自己ユビキチン化活性をin vivo、in vitroの両方で検討した。一般的にE3 ligase複合体の構成因子はそれ自身がユビキチン化されることが知られているため、自己ユビキチン化活性はユビキチン化活性の指標とすることができる。in vivoにおいて、Shkbp1はユビキチン化されており、このユビキチン化はLXRリガンド依存的に減少した。さらにin vitro ubiquitination assayにより、CRL3(Shkbp1)は自己ユビキチン化活性を有しており、それはLXRリガンドにより消失することが明らかとなった。これらのことから、CRL3(Shkbp1)はLXRリガンド非存在下ではユビキチン化活性を発揮するが、LXRリガンド存在下ではCullin3が解離することによりユビキチン化活性は消失することが示唆された。

Shkbp1複合体の基質候補群の探索

CRL3(Shkbp1)の生理的役割を明らかにするためには、基質の同定が必要不可欠である。そこで、まずLXRβ自身が基質候補となるかを検討した。その結果、LXRβはわずかにユビキチン化されていたものの、そのユビキチンがLXRリガンドにより著しく消失しなかったことから、LXRβ自身は基質候補ではないことが示唆された。続いて、LXRβ相互作用因子群が基質候補となるかについて、LXRβ相互作用因子群のユビキチン化を免疫沈降法により検討した。LXRβ相互作用因子群はLXRリガンド非存在下ではユビキチン化されており、LXRリガンド添加によりそのユビキチン化は減少した。このLXRリガンドによるLXRβ相互作用因子群のユビキチン化制御はShkbp1のノックダウンにより消失した。このことから、CRL3(Shkbp1)はLXRβ相互作用因子群のユビキチン化をLXRリガンド逆依存性に制御することが明らかとなり、LXRβ相互作用因子群の中に基質が存在することが示唆された。

そこで、FLAG融合LXRβをbaitに用いた生化学的精製により、基質候補群を網羅的に探索した。その結果、基質候補群として、(1)転写抑制化因子複合体の分解と転写活性化因子複合体のリクルートに必要とされるTBL1XR1、(2)LXRを含む核内受容体の転写制御に関与するRXR、(3)ヒストンのリン酸化を認識して転写活性化に必要とされる14-3-3タンパク質、(4)NuRD complexの構成因子であるRBBP4など転写制御に関与する因子、が同定された。このことから、これら転写関連因子群がLXRリガンド非存在下ではCRL3(Shkbp1)により分解され、LXRリガンド存在下では分解が抑制される可能性が考えられた。このことは、LXRリガンド依存性間接的遺伝子発現調節機構の存在を示唆するものであった。

第四章 総合討論

本研究では、マウス白血病単球由来細胞株を用いた生化学的同定系を確立し、機能未知のLXRリガンド依存的相互作用因子としてShkbp1を同定した。さらにShkbp1はCullin3を基盤とするE3 ligase複合体の構成因子であることを見出した。また、このE3 ligase複合体(以下、CRL3(Shkbp1))はLXRリガンド非存在下で形成され、LXRリガンド存在下ではCullin3の解離により活性が消失することが示唆された。

LXRリガンドによりCRL3(Shkbp1)のCullin3が解離する機構は不明であるが、リガンドによるLXRの構造変換を介する可能性が考えられる。これまでに脂溶性低分子化合物がユビキチン化活性を制御するという報告は少ない。哺乳類においては、ダイオキシン受容体 (AhR) がリガンド依存性にE3 ligase複合体を形成すること、また植物ホルモンのオーキシンがE3 ligaseであるTIR1に直接結合し基質の認識を促進することのみである。これらのことから、本研究はE3 ligase活性の抑制的制御という脂溶性低分子化合物の新規シグナル伝達経路を明らかにした。

さらにLXRリガンドはCRL3(Shkbp1)の活性を制御することにより、LXRリガンド依存性に転写関連因子群の分解を抑制し、コレステロール濃度に応じた遺伝子発現調節を行う可能性が考えられた。今後は、この分解機構のLXRの生理作用における重要性を検討する必要がある。これにより、LXRリガンド依存性のE3 ligase複合体がLXRの生理作用を制御するという新たな経路を示すことができると期待される。

以上、本研究ではLXRリガンドにより抑制的に制御される新たなE3 ligase複合体を生化学的に同定し、その分子機能の一端を明らかにすることができた。

審査要旨 要旨を表示する

ステロイドホルモンや脂溶性ビタミンなどの低分子量脂溶性生理活性物質は、性分化や代謝調節など様々な生命現象において重要な役割を担う。これらの脂溶性生理活性物質の生理作用の多くは、リガンド依存的な転写因子である核内受容体を介して発揮される。一方、低分子脂溶性化合物は転写制御の他、様々な分子機構を制御することが明らかとなりつつある。例えば、標的タンパク質の分解制御が挙げられ2007年には低分子脂溶性化合物であるダイオキシンが転写因子AhRに結合し、タンパク質分解におけるE3 ligase複合体を形成させることが報告されている。これらの報告から、低分子脂溶性化合物は受容体を介して、複合体の形成を制御し、多岐に渡る作用を発揮すると予想される。

本研究では、低分子脂溶性化合物のうち、コレステロール酸化物であるオキシステロールに着目した。オキシステロールは核内受容体LXRのリガンドとして、コレステロール輸送を制御することが知られている。オキシステロールは血中や細胞においてコレステロールが酸化されて産生され、LXRを介して生理作用を発揮する。生体内で余剰のコレステロールは酸化LDLの形態で末梢マクロファージに取り込まれた後、HDLの形態で肝臓へ逆転送される。肝臓ではコレステロールは胆汁酸に変換され、小腸を経て体外へ排泄される。マクロファージにおける余剰コレステロールの蓄積を防ぐために、LXRの活性化によるコレステロール排泄は重要な経路である。

このようなコレステロール排泄はLXRのリガンド依存的な遺伝子発現調節を介する。LXRはリガンド非存在下では、転写抑制化因子複合体とともに標的遺伝子発現を抑制する。LXRがリガンドと結合すると、転写活性化因子複合体のリクルートにより標的遺伝子発現が亢進する。マクロファージにおける標的遺伝子はコレステロールトランスポーターのABCA1やABCG1が挙げられる。しかしながら、これまでに明らかとなっているLXRによる遺伝子発現調節のみでは、マクロファージにおけるコレステロール排泄制御の全てを説明することはできない。また、マクロファージにおけるコレステロール排泄に重要なLXR複合体群の性状は不明であった。

そこで本研究では、マクロファージにおけるリガンド依存性の新たなLXR相互作用因子を生化学的に同定し、機能を解析することを目的としている。

第二章では、LXRの核内相互作用因子の生化学的同定を試みた。大腸菌より調整したGST融合LXRα(DEF)及びGST融合LXRβ(DEF)再構築タンパク質をbaitとするアフィニティ精製を行った。同時に、マクロファージへの分化能を有するマウス白血病由来単球Raw264.7細胞からの核抽出法を確立した。この核抽出液と調製した精製用のbaitを混合し、GST sepharose beadsにて回収することで、LXR相互作用因子群を単離した。質量分析測定とデータベース検索により、転写開始や転写活性化に必要な複数の因子が同定され、本精製系の妥当性を確認した。さらに最もスコアの高いShkbp1をLXRの新規相互作用因子として同定した。

第三章では、Shkbp1の機能解析を行った。その結果、Shkbp1はCullin3を基盤とするE3 ligase複合体の構成因子であることが明らかとなった。さらにLXRリガンドはこのE3 ligase複合体のE3 ligase活性を抑制的に制御していた。このE3 ligase複合体の生理的役割を明らかにするために、基質の同定を試みた。その結果、基質候補群として、複数の転写因子および転写共役因子が同定された。このことは、LXRリガンド依存的に遺伝子発現を間接的に調節する機構の存在を示唆するものであった。

本論文では、LXRの核内相互作用因子の精製系を確立し、この精製系において同定したShkbp1がCullin3を基盤とするE3 ligase複合体の構成因子であることを見出した。さらにLXRリガンドがこのE3 ligase複合体のE3 ligase活性を抑制的に制御することを明らかにした。これは、LXR複合体として新たなE3 ligase複合体の存在を示唆するものである。また、LXRリガンドの新たな作用経路の存在を明らかにしたものであり、LXR生理作用の新たな分子基盤の解明へつながると期待される。以上より、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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