学位論文要旨



No 128058
著者(漢字) 手塚,武揚
著者(英字)
著者(カナ) テヅカ,タケアキ
標題(和) 放線菌Streptomyces griseusにおけるsmall non-coding RNAに関する研究
標題(洋)
報告番号 128058
報告番号 甲28058
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3774号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 堀内,裕之
 東京大学 准教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

small non-coding RNA (sRNA) はタンパク質に翻訳されることなく機能するRNA分子である。原核生物における遺伝子発現制御は主に転写制御因子 (タンパク質) が担うものと考えられてきたが、近年になってDNAからRNAへの転写後に行われる発現制御機構においてsRNAが大きな役割を果たしていることが明らかになってきた。sRNAは塩基配列の相補性を利用して標的となるmessenger RNA (mRNA) と結合し、mRNAの翻訳効率や安定性を調節することで遺伝子の発現を制御している。また、sRNAはRNA結合タンパク質と結合してRNA-タンパク質複合体を形成し、この複合体が転写や翻訳、翻訳後のタンパク質の輸送などに関与していることが明らかにされている。sRNAの機能は原核生物の正常な生命活動の維持に不可欠のものであると予想されるが、これまでのsRNA研究はゲノム塩基配列が解読されたproteobacteriaなど一部の細菌に解析対象が限定されてきた。Streptomyces属放線菌は複雑な形態分化と多様な二次代謝産物生産を特徴とするが、これらの現象を担う遺伝子群やその発現制御機構については不明な点が多く残されており、特にsRNAについての解析は全く報告されていなかった。本研究では、Streptomyces griseusにおいてsRNAが形態分化や二次代謝の新たな制御因子として機能していると予想し、これまで報告のないsRNAの同定および機能解明を目的とした。

1. 通常の培養条件において発現しているS. griseus sRNAの同定と機能解析 1)

これまでに報告されているsRNAのほとんどがORFとORFの境界領域(intergenic region, IGR)から発見されていることから、まずIGRに対象を絞りStreptomyces属放線菌において高度に保存されている配列を探索した。S. griseusのゲノム配列からORF領域を除いたIGRの配列を全て抽出し、Streptomyces coelicolor A3(2) およびStreptomyces avermitilisのゲノム配列に対してBLAST検索を行った。20 bp以上配列が一致し、かつE-valueが1×10-10以下の保存性を示す321領域をsRNA遺伝子の候補領域とした。この中からsRNAではないと個別に判断できるもの(複製起点、偽遺伝子、transfer RNA、ribosomal RNAなど)を除いた。また、抽出された保存領域が隣接するORFのコード配列と非常に近い位置(10 bp以内)に存在する場合、その隣接ORFのプロモーターやターミネーターが保存されている可能性が高いと考えて除外した。最終的に、遺伝子間であるにもかかわらずStreptomyces属放線菌において高度に保存されている129の領域をsRNA候補とした。次に、保存された配列の全長が80 bp以上の54領域について以下に述べる転写解析を行った。

S. griseus野生株を栄養豊富な固体培地で生育させ、回収した菌体からRNAを抽出した。このRNAに対して、それぞれの保存領域をカバーするDNAプローブを作製してノーザンブロット解析を行い、54領域のうち17領域において400 nt以下の短い転写産物を検出した。この17領域についてS1マッピング解析を行い、転写の向きやおおよその転写開始点を決定した。これらの転写産物はいずれも生育時期特異的に発現量が変動しており、形態分化や二次代謝が起こらない変異株 (adpA破壊株) ではこのうち6領域からの転写がほぼなくなっていた。同定したsRNA遺伝子すべてを個々に欠失させた破壊株を作製したところ、形態分化に遅延が見られるものが1株、最少培地で生育が阻害されるものが1株、グリシンを炭素源として資化できないものが2株得られた。その後の解析により、最少培地で生育が阻害された1株とグリシンを資化できない2株はいずれも下流に隣接する遺伝子の発現が抑制されており、短い転写産物が検出された領域はこれらの隣接遺伝子の発現を調節する5'非翻訳領域 (untranslated region, UTR) にあたることが判明した。下流の遺伝子では転写減衰機構による発現調節機構が存在し、5'-UTRで転写が終結してしまうために短いRNAが検出されたと考えられる。破壊株において形態分化に遅延が見られたsRNAは、走査型電子顕微鏡 (SEM) による観察により気中菌糸の形態に異常が見られた。また、野生株に高コピー数ベクターで導入することで形態分化が促進された。S. coelicolor A3(2) およびS. lividansでは、高コピー数ベクターで導入することにより生育の遅延が生じた。その他の破壊株では形態分化、二次代謝とも野生株との間に顕著な差異は見られなかった。

上記の解析に続いて、次世代シーケンサーを用いたS. griseus転写産物の網羅的シークエンス解析を行った。S. griseus野生株を栄養豊富な固体培地または液体培地で培養した菌体からそれぞれtotal RNAを抽出し、rRNAを除去した後シークエンス解析を行った。cDNAライブラリーはRNAをランダムに断片化して作製したもの、およびRNAの5'末端25 ntのみを高度に濃縮して作製したものの2種類を用意し、それぞれシークエンス解析した。その結果、ゲノム上の転写領域とその転写開始点および転写の向きが高解像度で明らかになったことから、遺伝子間領域に検出された転写領域に注目し、配列の保存性からは見出されなかった領域の解析を行った。

遺伝子間において、(i) 転写領域の全長が40 nt以上、(ii) 全長にわたる平均read数が1.6以上、(iii) 隣接する転写領域との距離が10 nt以上、の3条件を満たすものを選抜したところ、固体培養と液体培養を合わせて1493領域からsRNA候補となる転写が見られた。このうち発現量の多い21領域についてノーザンブロット解析を行い、8領域から400 nt以下の短い転写産物を検出した。これら8領域についてS1マッピング解析を行ったところ、いずれの転写開始点もシークエンス解析で予想された転写開始点とよく一致し、また4領域についてはadpA破壊株において転写が見られなかった。ノーザンブロット解析で転写が検出されなかった残りの13領域についてもS1マッピング解析を行ったところ、すべての領域で転写産物が検出できることを確認した。adpA破壊株で転写が見られなかった4領域についてそれぞれの遺伝子破壊株を作製したが、形態分化および二次代謝に顕著な変化は認められなかった。

2. DNA結合活性およびRNase活性を持つタンパク質SGR6054の解析

sRNAの機能発現においてRNAシャペロンタンパク質Hfqが重要な機能を担っていることが明らかにされている。HfqはsRNAと標的mRNAに結合して両者の相補的塩基対の形成を促進する一方、多くのsRNAの細胞内における安定性に不可欠の因子であると報告されている。したがって、sRNAの機能発現においてこのようなRNA結合性タンパク質の存在が不可欠であると考えられるが、S. griseusを含めこれまでにゲノム塩基配列が解読されている放線菌にはHfqと明確な相同性を示すタンパク質をコードする遺伝子は存在しないことから、放線菌においてはHfqとは異なるRNAシャペロンタンパク質が存在すると予想される。そこで、Hfqとごく部分的な配列の類似性を示すタンパク質SGR6054に注目し解析を行った。

SGR6054は過去に報告されているタンパク質mIHF (mycobacterial integration host factor) と高い相同性 (Identity 58%) を有しており、mIHFは生育に必須な非特異的なDNA結合活性を持つタンパク質であると報告されている。薬剤耐性遺伝子の挿入によりSGR6054破壊株の作製を試みたところ、S. griseusにおいては本遺伝子の破壊株は生育可能であったが野生株と比較して顕著な生育遅延を示した。S1マッピング法による転写解析では生育時期に依存しない恒常的な発現が見られ、またadpA破壊株では転写産物量が大幅に減少していた。C末端にHisタグを付加した組換えタンパク質を精製してin vitroで解析したところ、SGR6054タンパク質は非特異的なDNA結合活性に加えてRNase活性を持つことが明らかになった。所属研究室で解明されたSGR6054の立体構造を基に活性に重要と予想される残基をAla置換した変異型タンパク質を作製して解析した結果、DNA結合活性やRNase活性を完全に消失した変異型タンパク質は得られなかったものの活性に重要ないくつかの残基を同定できた。また、蛍光顕微鏡観察による局在解析を目的として赤色蛍光タンパク質をコードするDsRedとの融合遺伝子を作製した。この融合遺伝子をS. griseus野生株に導入した上でSGR6054遺伝子を破壊した株では生育の遅延が見られなかった。In vitroでの解析においてSGR6054-DsRed融合タンパク質はRNase活性を失っておりDNAとRNAの両方に結合したことから、in vivoでの通常の生育にはSGR6054の非特異的DNA結合活性が重要であることが示唆された。そこで、本タンパク質が核様体タンパク質として機能している可能性を考え検討を行ったが、明確な結論は得られなかった。

3. ストレプトマイシン生産に関与するタンパク質EshAの解析 2)

上述のように、Streptomyces属放線菌のゲノム配列にはRNAシャペロンHfqと明確な相同性を示すタンパク質をコードする遺伝子は存在しない。しかし、sRNAと標的mRNAとの結合やsRNAの安定性にはこのようなRNA結合性タンパク質の存在が不可欠であると予想される。そこで、sRNAの機能に関与する未知タンパク質の同定を目的として、S. griseusよりRNA結合タンパク質の精製を行った。

液体培養したS. griseus野生株の粗抽出液から、in vitroでのRNA結合活性を指標として疎水性カラム、イオン交換カラム、ヘパリンカラムを用いたクロマトグラフィーにより活性画分を精製した。TOF-MS解析により活性画分に含まれる8つのタンパク質を同定し、そのうちnucleotide-binding domainを持つEshAに注目した。大腸菌で発現させたEshAタンパク質は不溶性であったため可溶化およびリフォールディングを行って精製したタンパク質はin vitroでRNA結合活性を示した一方、S. lividansでは可溶性タンパク質として発現し、精製タンパク質はRNA結合活性を示さなかった。また、eshA破壊株を作製し粗抽出液のRNA結合活性を調べたところ、野生株と変化がなかったことから、EshAはRNA結合活性を持たないと結論した。

所属研究室で行われた野生株とadpA破壊株の転写産物を比較するDNAマイクロアレイ解析からeshAがS. griseusの形態分化と二次代謝を制御する転写因子AdpAの制御下にあることが示唆されたことから、eshAについてさらに解析を行ったところ、eshA破壊株では特定の培地条件下においてストレプトマイシン生産量の減少が見られたことから、ある条件ではEshAがストレプトマイシン生産に関与していると考えられた。

1) Tezuka, T., Hara, H., Ohnishi, Y., Horinouchi, S. (2009) J. Bacteriol. 191, 4896-4904.2) Tezuka, T., Ohnishi, Y., Horinouchi, S. (2010) Actinomycetologica 24, 45-50.
審査要旨 要旨を表示する

放線菌Streptomyces griseusは複雑な形態分化と多様な二次代謝産物生産を二大特徴とし、これらの現象は多数の遺伝子の複雑な発現制御機構により成り立っている。本論文では、原核生物においてsmall non-coding RNA (sRNA) が果たす役割の重要性に着目し、放線菌S. griseusが行う形態分化や二次代謝産物生産において機能するsRNAを見いだし、遺伝子発現制御因子としての機能を解析することを目的としている。本論文は全七章より構成される。

第一章では、原核生物におけるsRNA発見の経緯と機能解析の進展について、これまでの知見をまとめている。sRNAはタンパク質に結合するものとメッセンジャーRNA (mRNA) に結合するものに大別され、mRNAに結合するsRNAはさらにcis型とtrans型に分類されるが、本論文ではこれらすべてのタイプのsRNAを研究対象としている。

第二章では、S. griseusで発現しているsRNAの同定とこれらのsRNAと形態分化および二次代謝との関連の解析について述べている。バイオインフォマティクス的手法によるin silico解析と転写解析を組み合わせて実験を行い、通常の培養条件で発現する13のsRNAを同定した。このうち1つは、遺伝子破壊株と過剰発現株を用いた解析から形態分化に関与するsRNAであることを示した。また、次世代シーケンサーを用いた転写産物の網羅的検出により、1,000を超える遺伝子間領域からsRNAと推測される転写があることを明らかにした。

第三章では、sRNAの解析を行う過程で見いだされた転写減衰による遺伝子発現制御機構の解析について述べている。転写減衰にはリーダーペプチド型、リボスイッチ型、リボザイム型など複数のタイプが存在する。S. griseusでは少なくとも4つの遺伝子 (SGR2045、SGR3965、SGR6089、SGR6151) が転写減衰により発現が制御されていることを示した。グリシン分解酵素遺伝子SGR2045およびSGR6151についての解析から、これらの遺伝子がグリシン結合性リボスイッチの制御下にあり、遺伝子産物がグリシンの資化に必須であることを明らかにした。

第四章では、sRNAの機能発現においてRNA結合タンパク質が必須の役割を果たしていることに注目し、RNA結合能を持つと予想されるタンパク質の解析について述べている。解析を行ったSGR6054はRNA結合能を持たないものの、非特異的なDNA結合能とRNA分解活性を持つことを見いだした。立体構造をもとに作製した変異型タンパク質によるin vitro解析により活性に重要なアミノ酸を明らかにした。また、遺伝子破壊株を用いた解析から、このタンパク質が生育に重要な因子であることを示した。

第五章では、S. griseus細胞抽出液からRNA結合タンパク質を探索した解析について述べている。RNA結合タンパク質を精製する過程で注目したタンパク質EshAの機能解析を行い、S. griseusの生産する代表的な二次代謝産物であるストレプトマイシンの生産にEshAが関与することを示した。

第六章では、sRNA同定の過程で行った次世代シーケンサーによる転写産物の網羅的検出の結果をもとに、S. griseusのトランスクリプトームの特徴に関する解析について述べている。液体培地と固体培地それぞれの培養条件における遺伝子の発現量、転写開始点、転写単位を高解像度で明らかにした。これらの情報は、S. griseusの遺伝子発現制御機構を解析する上で基盤となるものである。

第七章では、本論文で同定されたsRNAの多様性と機能について考察し、放線菌におけるsRNA研究の今後の展望を述べて本研究を総括している。

以上、本論文は放線菌S. griseusより見いだされたsRNAに関する研究成果をまとめたものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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