学位論文要旨



No 128060
著者(漢字) 牧野,拓也
著者(英字)
著者(カナ) マキノ,タクヤ
標題(和) 放線菌Streptomyces griseus由来P450の網羅的機能解析
標題(洋)
報告番号 128060
報告番号 甲28060
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3776号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
 東京大学 准教授 伏信,進矢
内容要旨 要旨を表示する

シトクローム P450モノオキシゲナーゼ(P450)は、低分子化合物の炭素原子に立体・位置選択的に水酸基を導入する反応を触媒するが、同様の反応を化学合成で行うとすると多工程が必要であり、大変困難であることが多い。そのためP450は医薬品や化成品原料の微生物変換製造プロセスに有用な酵素として注目されている。P450を利用した微生物変換技術の実用化には、目的の反応を触媒するP450の探索が重要である。この際、大腸菌を宿主にした遺伝子発現系が有用であるが、異種生物由来P450を高い活性をもつ形で発現させる系を構築することも非常に重要である。

抗生物質をはじめとする多種多様な生理活性物質の生産菌として知られる放線菌は、他の細菌と比べて多くのP450遺伝子を有している。本研究の対象であるストレプトマイシン生産放線菌Streptomyces griseusゲノムには27個のP450遺伝子がコードされているが、これらの遺伝子産物の触媒機能は1,4,6,7,9,12-hexahydroxy-perylene-3,10-quinone (HPQ)-melanin の生合成に関与するP450melを除き不明である。本研究の第一の目的は、S. griseus由来P450の網羅的機能解析により、新たな基質特異性・反応特異性をもつP450を見出すことである。

放線菌由来のP450が機能を発揮するためには、P450へ電子を渡す電子伝達タンパク質(フェレドキシン [Fdx] あるいはフラボドキシン[Fldx] )とNAD(P)H由来の電子を電子伝達タンパク質へ渡す電子伝達タンパク質還元酵素(フェレドキシン還元酵素 [FdR] あるいはチオレドキシン還元酵素 [TdR] )が必要である。S. griseusのゲノムには、6種類の電子伝達タンパク質と5種類の電子伝達タンパク質還元酵素がコードされている(図1)。S. griseus由来の複数のP450に対して、電子伝達タンパク質と電子伝達タンパク質還元酵素がどのような組み合わせで利用され得るかを調べ、これらのタンパク質を用いて高い基質変換率を達成するP450異種発現系を新たに構築することが本研究の第二の目的である。

1. pREDシステムを利用した基質スクリーニング

pREDシステムは大腸菌を宿主としてP450をP450還元酵素ドメイン(Rhodococcus sp.由来)との融合タンパク質として発現させ、休止菌体を基質化合物のバイオコンバージョンに利用する系である。S. griseus由来の27種のP450遺伝子をpREDベクターにクローニングし、組換え大腸菌によるバイオコンバージョン系を用いて、57種類の基質候補化合物に対してスクリーニングを行った。その結果、3つのP450(CYP105D2、CYP107CA1、CYP154C3)の基質候補を見出した。

CYP154C3は基質候補化合物のうち、testosterone、β-estradiol、progesteroneの3種類のsteroid化合物を変換した(変換率はそれぞれ81.2%、4.3%、73.7%)。testosteroneとprogesteroneの変換産物を大量調製し、NMR、高分解能MSによって構造解析した結果、いずれもsteroid骨格D環の16α位が立体・位置選択的に水酸化されていることが明らかになった。

CYP105D2は非ステロイド性抗炎症薬の一種であるdiclofenac sodium(DFNa)を基質としてただ1つの変換産物を生成した(変換率7.5%)。紫外可視光吸収スペクトルが大きく変化したことから、変換産物では共役系に水酸基が導入されていることが示唆された。基質変換効率が低いことから、pREDシステムによる変換物の詳細な構造解析は行わなかったが、希少放線菌Nonomuraea recticatena由来のCYP105(P450moxA)がDFNaの4'位に水酸基を導入することが報告されているため、CYP105D2によるDFNaの変換も同様である可能性が高いと考えた(第5章でこれを確認した)。

CYP107CA1はindoleを基質として変換効率14.3%で変換産物を生成した。紫外可視光吸収スペクトルがそれほど変化しないことから、ピロール環に水酸基が導入されていると考えられた。CYP107CAサブファミリーの触媒反応に関しては、これまで全く知見がない。

2. CYP154C3の酵素諸性質の解析

CYP154C3の詳細な基質特異性を解析するため、26種類のsteroid化合物を用いた二次スクリーニングを行ったところ、17種類のsteroidに対して変換産物が検出された。特に高い変換効率 (99.9%~76.6%)を示した6種類のsteroidに対する変換産物の構造解析を行い、全ての変換産物がsteroid骨格のD環16α位に水酸基が導入されたものであることを明らかにした。変換率が高い値(99.9%~82.1%)を示した化合物では、D環17位がカルボニル基であると同時にD環16位に置換基がないという共通点が見いだされた。一方、provitamin D3、(+)-4-cholesten-3-one、cholesterol benzoateのようなsteroid骨格D環の17位にC2以上の置換基を有する化合物は変換されなかった。なお、構造決定した8種類の変換産物のうち、4種類は化学合成困難な新規化合物であった。また、Nocardia farcinica由来のCYP154が0.1 mMのtestosteroneを50%程度変換した例が報告されているが、CYP154C3は1 mMのtestosteroneを80%程度変換できたことから、本P450を用いた変換系は、N. farcinica由来の酵素を用いた系より変換率が10倍以上も高く、工業生産レベルでの利用に適したものであった。

次に、CYP154C3の酵素活性がP450還元酵素と融合させた状態での特異な活性でないことを示すため、CYP154C3を融合タンパク質ではなく、単独の酵素として大腸菌で生産し、精製酵素を用いてin vitro基質変換試験および酵素反応速度論解析を行った。ホウレンソウ由来のP450還元酵素を用いたin vitro基質変換試験を行い、精製酵素を用いた場合もpREDシステムと同様の変換産物を生産することを確認した。次にΔ4-androstene-3,17-dioneを基質として酵素反応速度論解析を行い、Km値(10.2 μM)、kcat値(17.9 sec-1)、kcat/Km(1.7 μM-1sec-1)を算出した。CYP154C3のkcat/Km値を、同様にホウレンソウ由来のP450還元酵素を用いて測定した他のStreptomyces属由来P450のものと比較すると、S. platensis由来のP450terf(CYP107L)の8.1倍、S. avermitilis由来のCYP105D7の175.8倍であり、CYP154C3の触媒活性が大変高いことが示された。

3. 宿主由来のP450電子伝達タンパク質/電子伝達タンパク質還元酵素を用いた変換系

第三章において基質が判明した各P450について、S. griseusが保有する6種の電子伝達タンパク質と5種の電子伝達タンパク質還元酵素を全30通りの組み合わせで共発現させた大腸菌を作製し、バイオコンバージョン実験に供した。その結果、各P450に対して、図2に示した電子伝達タンパク質と電子伝達タンパク質還元酵素の効果的な組み合わせを確認できた。

各P450について、最も効果的な組み合わせを見てみると、CYP154C3に対してはFdx3-FdR1(変換率88.2%)、CYP107CA1ついてはFdx1-FdR3(変換率73.9%と)、CYP105D2に対してはFdx1-FdR1(変換率31.5%)であり、pREDシステムと比較して変換率がそれぞれ、1.07倍、5.2倍、4.7倍に向上した。この結果は、放線菌由来の電子伝達タンパク質および電子伝達タンパク質還元酵素を用いる本システムの有用性を示すものである。

さらに、各P450に共通した4つの新たな知見を得た。

第1にCYP154C3、CYP105D2、CYP107CA1を単独で発現させた場合においても高い基質変換率を示した(変換率はそれぞれ62.4%、5.9%、53.0%)。過去の研究において大腸菌内在性のFldxとフラボドキシン還元酵素(FldR)がP450へ電子を供給することは知られていたが、このように高い変換率を示した事例は無かった。

第2にP450と電子伝達タンパク質還元酵素のみを発現させるとP450単独で発現させた場合と比較して活性が落ちた。この結果は2種類の遺伝子を発現させた事によるP450の発現量の低下したことが考えられた。

第3にP450と電子伝達タンパク質のみを発現させると変換率が向上する場合がある。電子伝達タンパク質を発現させることでP450の発現量は落ちているはずだが、それにもかかわらず変換率が上昇した理由はS. griseus由来の電子伝達タンパク質とP450の相性が良いことが原因であると推測した。つまり、大腸菌由来FldRを経由してS. griseus由来の電子伝達タンパク質からP450への電子の受け渡しが行われたことが推測された。

第4にP450に加えS. griseus由来の電子伝達タンパク質と電子伝達タンパク質還元酵素を発現させると、P450の発現量は落ちているのにもかかわらず基質変換率を上昇させる組合せがあった。この結果からP450と相性の良い電子伝達タンパク質と電子伝達タンパク質に相性の良い電子伝達タンパク質還元酵素の組合わせが示唆された。

4. CYP105D2によるdiclofenac sodium変換産物の構造決定

CYP105D2-Fdx1-FdR1共発現系を用いて、培養液1 L当たり25.9 mgのDFNa変換産物を精製し、4'位が水酸化された構造であると決定した。

図1.S.griseusのP450電子伝達システム候補遺伝子

カラムの中の線はゲノム上のP450の位置を示している。

図2.宿主由来のP450電子伝達タンパク質/電子伝達タンパク質還元酵素を用いた変更系

審査要旨 要旨を表示する

低分子化合物の炭素原子に立体・位置選択的に水酸基を導入する反応を触媒するシトクロムP450モノオキシゲナーゼ(P450、CYP)は医薬品や化成品原料の微生物変換製造プロセスに有用な酵素として注目されている。放線菌Streptomyces griseusのゲノムには、6種類の電子伝達タンパク質と5種類の電子伝達タンパク質還元酵素(両者をレドックスパートナータンパク質と呼ぶ)、27種類のP450がコードされている。本論文は、S. griseus由来の27種類のP450の基質探索およびS. griseus由来のレドックスパートナータンパク質を利用した新たなP450機能発現系の構築に向けた研究をまとめたものであり、7章より構成される。

第一章では、P450の諸性質およびその応用に関するこれまでの知見をまとめている。

第二章では、S. griseus由来の27種のP450について、細菌由来P450の汎用的機能解析システムであるpREDベクターを利用した組換え大腸菌によるバイオコンバージョン系を構築し、57種類の化合物を用いた基質スクリーニングを行った結果について述べている。3種のP450(CYP105D2、CYP107CA1、CYP154C3)の基質が見出された。CYP154C3は、testosterone、β-estradiol、progesteroneの3種類のsteroid化合物を変換した。testosteroneとprogesteroneの変換産物を大量調製・構造解析し、いずれもsteroid骨格D環の16α位が水酸化されていることを明らかにした。CYP105D2はdiclofenac sodium(DFNa)を基質としてただ1つの変換産物を生成した。CYP107CA1はindoleを基質として変換産物を生成した。紫外可視光吸収スペクトルより、ピロール環に水酸基が導入されていると考えられた。

第三章では、CYP154C3の酵素学的解析について述べている。26種類のsteroid化合物を用いて二次基質スクリーニングを行った結果、17種類のsteroidに対して変換産物が検出されたが、6種類の変換産物の構造を決定し、全てsteroid骨格のD環16α位に水酸基が導入されたものであることを明らかにした。次に、精製酵素を用いたin vitro反応でも、バイオコンバージョン系と同様の変換産物が生成することを確認した。さらに、酵素反応速度論解析の結果、他のStreptomyces属由来P450と比較して酵素触媒活性が極めて高いことを示した。

第四章では、基質が判明した3種のP450について、S. griseusが保有するレドックスパートナータンパク質と共発現した株(全30通りの組み合わせ x 3種のP450 = 90株)を用いた実験について述べている。組換え大腸菌をバイオコンバージョン実験に供した結果、各P450に対して、効果的なレドックスパートナータンパク質の組み合わせがあることがわかった。最も効果的な組み合わせによる変換試験結果をpREDシステムと比較すると変換率がそれぞれ、1.07倍、5.2倍、4.7倍に向上した。さらに、各P450に共通した次の3つの知見を得た。第1にP450を単独で発現させた場合においても高い基質変換率を示した。過去の研究において大腸菌内在性のフラボドキシンとフラボドキシン還元酵素がP450へ電子を供給することは知られていたが、このように高い変換率を示した例はなかった。第2にP450と電子伝達タンパク質還元酵素のみを発現させるとP450単独で発現させた場合より活性が落ちた。この結果は2種類の遺伝子を発現させたことによってP450の発現量が低下したためであると考えられた。第3にP450と電子伝達タンパク質のみを発現させると変換率が向上する場合があった。電子伝達タンパク質を発現させることでP450の発現量は落ちているはずだが、それにもかかわらず変換率が上昇したのはS. griseus由来の電子伝達タンパク質とP450の相性が良いためであると推測した。

第五章では、CYP105D2によるDFNa変換産物の構造解析について述べている。CYP105D2に対して最適なレドックスパートナータンパク質を共発現させた大腸菌を宿主としたバイオコンバージョン系を用いて、培養液1 L当たり25.9 mgのDFNa変換産物を精製し、4'位が水酸化された構造であることを明らかにした。

第六章では、レドックスパートナータンパク質とP450の再構築系を利用した、医薬品や化成品原料の微生物変換製造プロセスの今後の展望について論じている。

以上、本論文は、放線菌S. griseus由来P450の網羅的基質探索を通して、新しい反応を触媒するP450を見出すとともに、放線菌由来レドックスパートナータンパク質を利用した新たなP450異種発現系の有用性を示したものであり、学術上貢献するところが少なくない。また、本成果は応用研究にも貢献する可能性が高い。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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