学位論文要旨



No 128061
著者(漢字) 松岡,真生
著者(英字)
著者(カナ) マツオカ,マサキ
標題(和) 廃水処理場で発生する温室効果ガスであるN2O発生抑止に関する研究
標題(洋)
報告番号 128061
報告番号 甲28061
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3777号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若木,高善
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 准教授 伏信,進矢
内容要旨 要旨を表示する

序論

窒素サイクルは、炭素サイクルと同様に地球環境において重要な物質循環系である。この窒素サイクルを形成する過程の中に、脱窒が存在する。脱窒とは、硝酸や亜硝酸を還元し、亜酸化窒素(N2O)や二原子窒素(N2)のようなガス状窒素化合物に変換する生物的反応であり、窒素固定や硝化と共に窒素サイクルを維持する上で重要な位置を占めている。脱窒の中間産物であるN2Oは、温室効果ガスとしての能力が極めて高く、オゾン層破壊の最大要因とも言われている。廃水処理場では、主に微生物の活性汚泥を用いた硝化脱窒法により窒素処理を行っているが、近年、廃水処理場における窒素除去過程からN2Oの発生が報告されている。脱窒工程由来のN2Oの発生は、亜酸化窒素還元酵素(N2Or)が酸素によって阻害されることや、亜硝酸の蓄積、低いC/N比であること(電子供与体基質の不足)などが原因であると考えられている。特に養豚糞尿廃水処理場では、廃水が高濃度のアンモニアを含んでいるために大量のN2Oが放出されていることが報告されており、早急に対策を講じる必要性に迫られている。

この問題の解決策として、養豚糞尿廃水処理場の活性汚泥からN2O抑止効果をもたらす有用脱窒菌を単離し、N2O発生抑止を目的としたバイオオーギュメンテーションに利用するという手法が考えられた。現場での巨大なスケールでのバイオオーギュメンテーションを成功させるには、外部から添加する微生物が内在している微生物群との生存競争に駆逐されずに定着できるかが大きな鍵を握るとされるが、活性汚泥内の微生物を用いればその問題をクリアできるのではないかと考えた。

1.養豚糞尿廃水処理場の活性汚泥からの微生物の単離

N2O発生抑止効果をもたらす有用脱窒菌を単離する条件として、硝化脱窒槽の環境に適応でき、その環境下で脱窒の最終過程であるN2OからN2への強い還元能力を示すことが大切であると考え、以下のような手法をとった。まず、硝化脱窒槽の環境に似たPM(Pig Manure)培地を用い、気相をN2Oで置換した条件で5回集積培養を行った。そして、この1次スクリーニングにより得られたサンプルをPMゲランガムプレートに塗布し、気相をN2Oに置換して2次スクリーニングを行った。その結果、5株の微生物の単離(M-01株、M-07株、M-08株、M-11株、M-13株)に成功した。これらの単離株は、N2Oで呼吸することにより生育する可能性が非常に高いと考えられる。16S rRNA遺伝子に基づく系統学的解析から、M-01株とM-11株がGammaproteobacteria綱のPseudomonas属、M-07株がBetaproteobacteria綱のAdvenella属、M-13株がAlphaproteobacteria綱のParacoccus属に属していた。また、M-08株はGammaproteobacteria綱のPseudomonadaceae科の新属である可能性が示唆された。

2.単離株のN2O還元能・脱窒特性の解析

PM培地を用いて単離株のN2O還元能と脱窒特性を調べ、廃水処理のN2O発生抑止に有用な微生物を探した。まず、気相をN2Oに置換した条件における培養では、5株のうちM-07株以外は、強いN2O還元能を有することが判明した。次に、脱窒基質や気相の条件を変えて脱窒特性を調べた。M-13株は硝酸・亜硝酸からの脱窒能を有していたが、亜硝酸からの脱窒の際に大量のN2Oが放出された。M-07株・M-08株・M-11株は亜硝酸からの脱窒能は有していたが、硝酸からは脱窒を行わなかった。M-07株とM-08株は亜硝酸からの脱窒でN2Oの放出が観察されたが、M-11株は全くN2Oを放出しなかった。残りのM-01株は、N2O還元能は強いものの、硝酸及び亜硝酸からの脱窒能が非常に弱いという変わった特徴を有していた。そのうえ、どの条件下においてもN2Oの放出は観察されなかった。

酸素によるN2Orの不活性化が廃水処理場でのN2O発生要因であることを受けて、N2O還元に対する酸素の影響をみたところ、M-01株とM-11株が他の単離株に比べ、N2O還元に酸素耐性があることが分かった。さらに、脱窒基質として亜硝酸とN2Oが共存下にある培養では、M-01株とM-11株は亜硝酸よりもN2Oを優先的に消費した。特に、M-11株に関しては、亜硝酸脱窒がおきているところにN2Oを添加すると、亜硝酸からの脱窒が阻害されN2O還元が優先されるという、今までにない現象が観察された。この、亜硝酸よりもN2Oを優先的に利用する脱窒特性は、廃水処理場のN2O抑止に重要な役割を示すのではないかと考えた。

以上の結果を踏まえ、M-01株とM-11株はN2O発生抑止を目的としたバイオオーギュメンテーションに利用する有用脱窒菌に適していると判断した。

3.活性汚泥へのバイオオーギュメンテーションによるN2O抑止効果の検証

まず、試験管レベルで、単離株をバイオオーギュメンテーションに利用し、N2O発生抑止効果の検証を行った。脱窒基質として亜硝酸を用いた。その結果、M-01株とM-11株で高いN2O抑止効果が認められた。それ以外の単離株ではN2O抑止効果が確認されなかった。

続いて、廃水処理場への添加を想定し、嫌気的な脱窒槽の運転に倣ったメスシリンダーでの連続培養において、長期間でM-01株とM-11株のN2O抑止効果を検証した。脱窒基質として亜硝酸を用いた。両株とも長期にわたって高いN2O抑止効果が実証された。さらに、M-01株とM-11株の16S rRNA遺伝子を特異的に増幅するプライマーを作成し、連続培養中の動向をモニタリングしたところ、M-11株は培養終盤で占有率が少し低下したのに対し、M-01株は培養を通して生残性を維持していた。つまりM-01株の方がより廃水環境に適応できることを表しており、長期に渡って廃水処理場でN2O抑止に貢献できる可能性が示唆された。

4.単離株の脱窒遺伝子構造

ゲノムウォーキング法により、M-01株とM-11株の脱窒酵素の触媒サブユニットをコードする脱窒遺伝子の同定と塩基配列全長を決定し、そして脱窒遺伝子構造を部分的に決定した。両株とも、亜硝酸還元酵素(Nir)遺伝子nirS、一酸化窒素還元酵素(Nor)遺伝子norCB、亜酸化窒素還元酵素(N2Or)遺伝子nosZを1種類ずつ有しており、アミノ酸配列に基づいた分子系統樹では両株のNirS・NosZともにPseudomonas属のNirS・NosZと同一のクラスターを形成していた。また、両株とも一般的な脱窒細菌に見られるようなnosクラスター(nosRZDFYL)を有していた。

同時並行してM-08株も脱窒遺伝子構造の解析を進めたところ、この菌は、nirSとnosZを2種類ずつ持っていることが判明した。これら2種類のNirSとNosZは、それぞれお互いに52%、76%のアミノ酸配列同一性を示していた。また、2種類のnosZの近傍にはいずれもnosクラスター(nosRZDFYL)が形成されていることが分かり、両方ともnosZが機能的に働くであろうと予想された。現時点で、複数のnosZが機能的に働くという報告は今までされていない。一方、nirSに関しては、1つの大きなnirクラスター(約20 kbp)の中にnirSが2つ存在した。このクラスター内でNirに関わる他のコンポーネントは1種類ずつしか持ち合わせていないことを考えれば、この事実は非常に奇異である。この2種類のnirSがどう働くのか、興味深い。

5.単離株の系統分類学的研究

M-07株は、Alcaligenaceae科のAdvenella mimigardefordensisと97.3%の16S rRNA遺伝子塩基配列同一性を示し、既知種とのDNA-DNA相同値が10%以下であることやGC含量の違いなどからM-07株をtype strainとしたAdvenella属の新種として提案した。また、M-08株は、Pseudomonadaceae科のPseudomonas caeniと93.6%の16S rRNA遺伝子塩基配列類似度を示し、Pseudomonas属とは異なるクラスターに位置していることやイソプレノイドキノン組成の違いなどから、M-08株をtype strainとしたPseudomonadaceae科の新属新種として提案した。

6.総括

N2Oによる集積培養という手法を用いて活性汚泥から単離したM-01株とM-11株は、ラボスケールでN2O抑止効果をもたらすことが判明し、廃水処理のN2O発生抑止に大きな期待が持てる結果となった。

近年、亜硝酸型硝化脱窒処理といった新たな処理方法が考案されている。これは、硝化工程で廃水中のアンモニアからの硝化を亜硝酸の状態までにとどめ、蓄積した亜硝酸から脱窒工程で窒素除去を行う方法で、省エネルギーかつ低コストといった利点が挙げられる。特に、この方法は、養豚糞尿廃水のような、高濃度のアンモニアを含む廃水や低いC/N比の廃水を処理するのには好都合である。一方、N2O発生が増大するという欠点も存在する。しかし、M-01株とM-11株の、N2O還元の酸素耐性が高く亜硝酸よりもN2Oを優先的に利用する脱窒特性を利用すれば、この問題もクリアできる可能性がある。実際の廃水処理場でのバイオオーギュメンテーションによるN2O発生抑止の成功例がないことからも、本実験結果は地球環境の保全に向けたN2O発生抑止への大きな一歩となるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

脱窒の中間産物であるN2Oは、温室効果ガスとしての能力が極めて高く、オゾン層破壊の最大要因物質と言われている。廃水処理場では、主に微生物の活性汚泥を用いた硝化脱窒法により窒素除去を行っているが、近年、廃水処理場における窒素除去過程からN2Oの放出が問題となっている。その中でも、脱窒工程由来のN2Oの発生は、亜酸化窒素還元酵素(N2Or)が酸素によって阻害されることや、亜硝酸の蓄積、低いC/N比であること(電子供与体基質の不足)などが原因であると考えられている。特に養豚糞尿廃水処理場では、廃水が高濃度のアンモニアを含んでいるために大量のN2Oが放出されていることが報告されており、早急な解決が迫られている。

この問題の解決策として、養豚糞尿廃水処理場の活性汚泥からN2O発生抑止効果をもたらす有用脱窒菌を単離し、N2O発生抑止を目的としたバイオオーギュメンテーションに利用するという手法が考えられた。現場での巨大なスケールでのバイオオーギュメンテーションを成功させるには、外部から添加する微生物が内在している微生物群との生存競争に駆逐されずに定着できるかが大きな鍵を握るとされるが、活性汚泥内の微生物を用いればその問題をクリアでき、廃水処理への応用に大きな期待が持てると考えられる。本論文は、バイオオーギュメンテーションによる、廃水処理場から放出される温室効果ガスN2Oの発生抑止を目的とした。

まず、序章では本論文に関連する分野の既知の知見や事実、そして研究背景について述べている。

第1章では、廃水処理環境に似たPM(Pig Manure)培地を用いたN2O集積培養により、養豚糞尿廃水処理場の活性汚泥からN2O発生抑止効果をもたらす有用脱窒菌の単離を遂行した。その結果、5株の微生物の獲得(M-01株、M-07株、M-08株、M-11株、M-13株)に至った。

第2章では、PM培地を用いて単離株のN2O還元能と脱窒特性を調べ、その結果、M-01株とM-11株が廃水処理場のN2O発生抑止を目的としたバイオオーギュメンテーションに利用する有用脱窒菌に適している可能性を示した。これら両株は、N2O還元能が強く、そして、N2Oが放出されやすい条件であるとされる酸素や亜硝酸存在下においてN2Oを全く放出しないという特徴を有していることが示された。さらには、これら両株は、N2O還元に酸素耐性があり、亜硝酸よりもN2Oを優先的に消費する脱窒特性を有していることも明らかになり、これらの脱窒特性が廃水処理場のN2O発生抑止に貢献できるものと考えられた。

第3章では、M-01株とM-11株をラボスケールでのバイオオーギュメンテーションに利用し、両株のN2O発生抑止の有用性を示した。特に、廃水処理場への添加を想定し、嫌気的な脱窒槽の運転に倣ったメスシリンダーでの連続運転では、長期にわたって両株の高いN2O発生抑止効果が実証され、廃水処理場でのN2O発生抑止に大きな期待を抱かせるものであった。また、16S rRNA遺伝子を特異的に増幅するプライマーを用いた両株の生残性に関する実験から、M-01株の方がより廃水処理環境に適応できることが示された。

第4章では、M-01株とM-11株、新属であるM-08株の脱窒酵素の触媒サブユニットをコードする脱窒遺伝子を同定し、その塩基配列全長と脱窒遺伝子構造を決定した。そのなかでM-08株は亜硝酸還元酵素(Nir)遺伝子nirS、亜酸化窒素還元酵素(N2Or)遺伝子nosZを2種類ずつ有しているという珍しい事実が明らかになった。

第5章では、第1章でN2O集積培養により獲得した単離株のうち、M-07株をAdvenella属の新種として、M-08株をPseudomonadaceae科の新属新種として提案した。

以上、N2O集積培養という手法を用いて活性汚泥から単離したM-01株とM-11株は、ラボスケールにおけるバイオオーギュメンテーションでN2O発生抑止効果をもたらすことが実証された。実際の廃水処理場でのバイオオーギュメンテーションによるN2O発生抑止の成功例がいまだないことからも、本研究結果は廃水処理場でのN2O発生抑止の新たな可能性を示すものと言える。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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