学位論文要旨



No 128062
著者(漢字) 宮本,皓司
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,コウジ
標題(和) イネのbZIP型転写因子OsTGAP1の機能解析
標題(洋)
報告番号 128062
報告番号 甲28062
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3778号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 柳澤,修一
 東京大学 准教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

植物は病原体の表層由来の物質(キチンエリシターなど)が細胞膜上のレセプターに結合することで、病原体の感染を認識する。そして、これが引き金となって、様々な二次シグナル物質を介したシグナル伝達が起こり、エリシター応答性転写因子の発現が誘導される。発現した転写因子は、下流の標的遺伝子の発現を誘導し、最終的に抗菌性タンパク質の生産や抗菌性二次代謝産物であるファイトアレキシンの生産などの一連の防御応答が誘導される。イネにおいては、15種類のファイトアレキシンが同定されている。このうちフラボノイド型のsakuranetinを除いた14種類はジテルペン型の構造を持つ。ジテルペン型では、momilactoneおよびphytocassaneが主要なファイトアレキシンであることが知られている。また、momilactoneおよびphytocassaneの生合成酵素遺伝子は、イネ染色体上においてそれぞれ遺伝子クラスターを形成していることが明らかになっている。高等植物において二次代謝産物の生合成に関与する一連の酵素遺伝子が遺伝子クラスターを形成している例は、数例しか報告例がなく、その発現制御機構に興味が持たれた。これまでに我々の研究グループにより、キチンエリシター応答性bZIP型転写因子OsTGAP1がmomilactone生合成酵素遺伝子の1つであるOsKSL4の上流域に存在するキチンエリシター応答性シスエレメントに結合し、OsKSL4の転写制御を行う転写因子として同定されていた。さらに、その後のOsTGAP1過剰発現株を用いた解析から、OsTGAP1はOsKSL4以外のmomilactone生合成酵素遺伝子の転写制御にも関与していることが明らかになり、OsTGAP1がmomilactone生産を制御する鍵転写因子として機能することが明らかになっていた。しかしながら、momilactone生合成酵素遺伝子以外のジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子の発現制御へのOsTGAP1の関与やOsTGAP1によるmomilactone生合成酵素遺伝子クラスターの転写制御機構などについては未解明であった。

そこで、本研究においては、OsTGAP1の機能解明を目的として、OsTGAP1過剰発現株におけるファイトアレキシン生産能の解析やトランスクリプトーム解析を行うとともに、クロマチン免疫沈降法 (ChIP)と次世代シークエンサーによる高速シークエンシングを組み合わせたChIP-seq解析によりOsTGAP1の標的遺伝子の網羅的同定を行った。また、OsTGAP1と相互作用するタンパク質の探索も行った。

ジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子の発現制御へのOsTGAP1の関与

まず、OsTGAP1がphytocassane生産に関与するかを検討するため、OsTGAP1過剰発現株におけるphytocassaneの蓄積量を解析したところ、momilactoneと同様にエリシター処理後のphytocassaneの蓄積量が、野生型株と比較してOsTGAP1過剰発現株において顕著に増加した。このことから、OsTGAP1がmomilactone生産だけでなくphytocassane生産の制御にも関わっていることが示された。次に、ファイトカサン生合成酵素遺伝子の1つであるOsKSL7のOsTGAP1過剰発現株における発現量を定量的RT-PCRにより解析した。その結果、エリシター処理後にOsTGAP1過剰発現株において野生型株と比較して、OsKSL7の発現量が顕著に増加していた。また、さらに上流の生合成段階であるmethylerythritol phosphate (MEP)経路の酵素遺伝子であるOsDXS3についても同様に、OsTGAP1過剰発現株における発現量を定量的RT-PCRにより解析したところ、エリシター処理後ではOsTGAP1過剰発現株において野生型株と比較して、OsDXS3の発現量が顕著に増加していた。また、OsTGAP1過剰発現株を用いてトランスクリプトーム解析を行ったところ、エリシター処理後ではOsTGAP1過剰発現株において野生型株と比較して、すべてのphytocassane生合成酵素遺伝子・MEP経路遺伝子の発現量が上昇していた。これらのことからOsTGAP1がイネのジテルペン型ファイトアレキシン生産を制御するマスター転写因子であることが明らかになった。

OsTGAP1の結合領域の網羅的同定

イネゲノム中におけるOsTGAP1の結合領域を網羅的に同定するため、キチンエリシター未処理および処理後6時間のOsTGAP1過剰発現株培養細胞を用いて、抗OsTGAP1抗体によるChIP-seq解析を行い、OsTGAP1の結合領域の網羅的同定を行った。その結果、エリシター未処理時において2,763箇所を、エリシター処理後6時間において2,777箇所を、それぞれOsTGAP1の結合領域として同定した。さらに、先に行ったトランスクリプトーム解析の結果と合わせることで、OsTGAP1が転写開始点上流2 kbp以内に結合していて、かつOsTGAP1過剰発現株において発現量が上昇する遺伝子が161遺伝子、OsTGAP1が転写開始点上流2 kbp以内に結合していて、かつOsTGAP1過剰発現株において発現量が低下する遺伝子が88遺伝子存在していることを見出した。これらがOsTGAP1の標的候補遺伝子と考えられる。

次に、ジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子近傍におけるOsTGAP1の結合位置を解析した。まず、MEP経路遺伝子については、OsDXS3の転写開始点近傍にエリシター未処理時・処理時のどちらにおいてもOsTGAP1の結合領域が見出された。このことから、OsTGAP1がOsDXS3の上流域に結合し、直接転写制御を行っていると考えられる。その一方で、他のMEP経路遺伝子については遺伝子領域近傍へのOsTGAP1の結合は見出されなかった。次にmomilactone生合成酵素遺伝子クラスターについては、CYP99A2, OsKSL4, CYP99A2については上流域へのOsTGAP1の結合が確認された。しかし、CYP99A3, OsMASの上流域にはOsTGAP1の結合領域は認められなかった。さらに、phytocassane生合成酵素遺伝子クラスターにおいても、phytocassane生合成酵素遺伝子の上流域にOsTGAP1の結合は見出されず、遺伝子間領域やクラスター領域の外側においてOsTGAP1の結合が認められた。このことから、OsTGAP1は全てのジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子の上流域それぞれに結合して転写制御を行っているのではなく、未知の制御機構が存在することが示唆された。また、遺伝子間領域やクラスター領域の外側におけるOsTGAP1の結合がこれらの遺伝子の転写制御においてどのような意味を持つのかは興味深く、今後解析していく必要がある。

また、OsTGAP1が上流域に結合しているジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子についてはエリシター未処理時・処理時どちらにおいてもOsTGAP1の結合が認められた。しかし、OsTGAP1過剰発現株において、エリシター未処理時にはジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子の発現は微弱にしか誘導されず、エリシター処理によりその発現が顕著に誘導されることがわかっている。このことから、これらの遺伝子の発現誘導にはOsTGAP1の結合以外にOsTGAP1の翻訳後修飾やOsTGAP1と相互作用するタンパク質などの他の因子が関与していると予想される。

OsTGAP1と相互作用するタンパク質の探索

細胞質におけるGTP結合タンパク質の活性化を指標としたyeast two-hybrid法を用いて、OsTGAP1と相互作用するタンパク質を探索した。エリシター未処理時および処理後6時間の野生型株培養細胞からcDNAライブラリーを作製し、スクリーニングを行った。スクリーニングにより得られた陽性クローンのシークエンスを解析したところ、10個の候補遺伝子を得た。その中には、トウモロコシにおいてヒストン修飾に関与することが報告されているENT-domain containing proteinのホモログ遺伝子が含まれていた。これをTIF1 (OsTGAP1 Interacting Factor 1)と名付け、以後の解析対象とした。まず、pull-down assayによりTIF1とOsTGAP1との相互作用を確認した。さらに、ヒストン抗体を用いたChIP解析により、OsKSL4の遺伝子領域および上流域のヒストン修飾を解析したところ、翻訳開始点付近の領域においてキチンエリシター処理により、ヒストンH3のK9/14のアセチル化およびヒストンH3のK4のトリメチル化が誘導されることが示唆された。さらに、他のmomilactone生合成酵素遺伝子におけるヒストン修飾を解析したところ、OsCPS4についても、翻訳開始点付近の領域においてヒストンH3のK9/14のアセチル化およびヒストンH3のK4のトリメチル化が誘導されることが示唆された。CYP99A2, CYP99A3, OsMASについては、翻訳開始点付近の領域においてヒストンH3のK4のトリメチル化が誘導された。また、MEP経路遺伝子であるOsDXS3については、転写開始点付近の領域において、エリシター処理によりヒストンH3のK4のトリメチル化が誘導された。これらのことから、OsKSL4, OsCPS4の転写制御にヒストンH3のK9/14のアセチル化およびヒストンH3のK4のトリメチル化が関与していることが考えられた。また、CYP99A2, CYP99A3, OsMAS, OsDXS3の転写制御についても、ヒストンH3のK4のトリメチル化が関与していることが示唆された。今後ChIP-seq解析やChIP-chip解析により、OsTGAP1下流遺伝子の遺伝子領域近傍におけるヒストン修飾を網羅的に解析していくとともに、これらのヒストン修飾にOsTGAP1やTIF1が関係しているかを解析することが必要であると考えられる。

総括

本研究においては、イネのbZIP型転写因子OsTGAP1の機能解析を行い、OsTGAP1がジテルペン型ファイトアレキシン生合成を制御するマスター転写因子であることを示すとともに、OsTGAP1の標的候補遺伝子の網羅的同定を行った。さらに、OsTGAP1によるジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子の転写制御機構については、生合成酵素遺伝子の上流域それぞれに結合して転写制御を行っているのではなく、未知の制御機構が存在する可能性を示した。今後は、遺伝子間領域やクラスター領域の外側におけるOsTGAP1の結合の意義の解明も含め、さらなる解析を行っていくことが必要である。また、momilactione生合成酵素遺伝子クラスターおよびOsDXS3の転写制御にはヒストンH3K9/14のアセチル化とヒストンH3K4のトリメチル化の両方またはいずれか一方が関与していることが示唆された。今後はOsTGAP1やTIF1を介したこれらの遺伝子の転写制御とヒストン修飾の関係を明らかにしていくことで、OsTGAP1によるジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子の転写制御機構が明らかになると考えられる。

A. Okada, K. Okada, K. Miyamoto, J. Koga, N. Shibuya, H. Nojiri, and H. Yamane: OsTGAP1, a bZIP transcription factor, coordinately regulates the inductive production of diterpenoid phytoalexins in rice. J Biol Chem (2009) 284:26510-8
審査要旨 要旨を表示する

本研究は、イネにおけるジテルペン型ファイトアレキシン(momilactoneやphytocassaneを主要とする)の生産制御機構を明らかにすることを目的として、それらの生合成に関与することが示唆されているエリシター応答性bZIP型転写因子OsTGAP1の機能解析を行ったものである。

本研究の背景と目的を述べた第1章に続き、第2章においては、エリシター処理したOsTGAP1過剰発現株培養細胞におけるファイトアレキシンの定量分析やトランスクリプトーム解析を行い、OsTGAP1が、それぞれクラスターを形成しているmomilactone生合成酵素遺伝子やphytocassane生合成酵素遺伝子、及びそれらの上流の生合成段階であるmethylerythritol phosphate (MEP) 経路遺伝子の転写制御にも関与していることを示した。このことから、OsTGAP1がイネにおけるジテルペン型ファイトアレキシン生合成全体を制御するマスター転写因子として機能することが明らかになった。また、OsTGAP1過剰発現株培養細胞においては、エリシター処理によりファイトアレキシン生産が劇的に増大することも示した。

第3章においては抗OsTGAP1抗体を用いてChIP-seq解析を行い、イネゲノム中におけるOsTGAP1の結合領域の網羅的同定を行った。ChIP-seq解析およびその後のChIP-PCRの結果から、MEP経路遺伝子については、その初発酵素遺伝子であるOsDXS3のみがその上流域にOsTGAP1結合サイトを有することが示された。さらに、momilactone生合成酵素遺伝子クラスターにおいては、OsKSL4, OsCPS4, CYP99A2の上流域にOsTGAP1の結合が見出されたものの、CYP99A3, OsMASの上流域にはOsTGAP1の結合サイトは認められなかった。また、クラスター領域の外側において、OsTGAP1の強い結合が認められた。Phytocassane生合成酵素遺伝子クラスターにおいても、それぞれの生合成酵素遺伝子の上流域にOsTGAP1の結合は見出されず、遺伝子間領域やクラスター領域の外側においてOsTGAP1の結合が見出された。これらのことから、OsTGAP1はジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子の上流域それぞれに結合して転写制御を行っているのではなく、クラスターレベルの制御機構が存在することが示唆された。また、第2章で行ったトランスクリプトーム解析の結果を考えあわせることにより、OsTGAP1標的候補遺伝子の同定も行った。

第4章においては、OsTGAP1と相互作用するタンパク質の探索を行い、その結果、10種の候補遺伝子を得た。本論文では、これらのうち、ヒストン修飾に関与すると考えられるENT-domain containing proteinをコードする遺伝子TIF1に注目した。まず、TIF1とOsTGAP1との相互作用をpull-down assayにより確認した。さらに、各種ヒストン抗体を用いたChIP-PCRを行うことにより、少なくともOsKSL4, OsCPS4の翻訳開始点付近の領域においてもヒストンH3のK9/14のアセチル化およびヒストンH3のK4のトリメチル化が誘導されることが明らかになった。CYP99A2, CYP99A3, OsMASについては、翻訳開始点付近の領域においてヒストンH3のK4のトリメチル化が誘導された。一方、OsDXS3についても、転写開始点付近の領域において、エリシター処理によるヒストンH3のK4のトリメチル化の誘導が認められた。これらのことから、OsKSL4, OsCPS4の転写制御にヒストンH3のK9/14のアセチル化およびヒストンH3のK4のトリメチル化が、CYP99A2, CYP99A3, OsMAS, OsDXS3の転写制御にヒストンH3のK4のトリメチル化が関与していることが示唆された。そして、以上の知見から、ジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子クラスターの転写制御機構として、OsTGAP1およびTIF1が遺伝子クラスター領域に結合し、ヒストン修飾が変化し、その結果クロマチン構造が緩み、クラスター内の遺伝子の転写が誘導されるという仮説を提唱した。

以上、本研究は、OsTGAP1がイネにおけるジテルペン型ファイトアレキシン生合成を制御するマスター転写因子として機能することを示すとともに、OsTGAP1が有する、クラスタースケールでの特異なファイトアレキシン生合成遺伝子転写活性化機構の解明に貢献する重要な知見を提供するもので、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク