学位論文要旨



No 128063
著者(漢字) 于,太永
著者(英字)
著者(カナ) ユウ,タイヨン
標題(和) ダイオキシン受容体(AhR)の骨代謝制御機構における高次機能解析
標題(洋)
報告番号 128063
報告番号 甲28063
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3779号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 特任教授 加藤,久典
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

脂溶性生理活性物質は、生体内において様々な器官や組織を標的として、幅広い恒常性の維持において非常に重要な役割を担っている。これら脂溶性生理活性物質は多種多様であり、生体内で合成されるステロイドホルモン類や、体外より食物から摂取されるビタミン類などが含まれる。中でも、ステロイドホルモンの一種である性ホルモンは、性腺を中心とした生殖器官の発生や成熟を調節するのみならず、複雑なネットワーク制御を介し、直接的および間接的に骨量維持作用を示す。一方、脂溶性ビタミンの一つであるビタミンDは小腸や腎臓へ作用し、カルシウム代謝調節を介し、骨代謝を制御することが明らかになっている。

これら様々な脂溶性生理活性物質の骨代謝への作用メカニズムの1つは、リガンドとして結合する核内受容体を介する事が証明されている。核内受容体は受容体型転写因子として機能し、リガンド依存的に標的遺伝子の転写を制御する。核内受容体の骨代謝制御機構における生理的重要性については、実際、核内受容体遺伝子欠損マウスの骨表現型解析により徐々に明らかになりつつある。

一方で、脂溶性生理活性物質の中には核内受容体とは種類の異なる受容体であるダイオキシン受容体(AhR)を介し、作用を発揮するものも知られている。AhRは全身に広く発現する。近年のAhR遺伝子欠損マウスの解析から、AhRは肝臓や血管の発達や、免疫系の活性化制御、癌の発症や増大など、様々な恒常性の維持や病態に寄与していることが明らかになりつつある。しかしながら、AhR遺伝子欠損マウスの骨表現型解析は未だ報告がなく、骨代謝制御機構におけるAhRの生体内高次機能は、その大部分が不明である。

そこで、本研究では、全細胞種および骨細胞種特異的AhR遺伝子欠損マウスの作出とその変異を解析することで、骨代謝制御機構におけるAhRの生体内高次機能を解明することを目的とした。

第二章 全身性AhR KOマウスの骨解析

AhRの骨代謝での生理的意義を解析するため、全身性AhR遺伝子欠損マウス(AhR-/-)(埼玉県立がんセンターより分与)を、骨表現型を中心に解析した。同腹野生型(WT)と比べてAhR-/-では、雌雄ともうに出生後早期から、体重低下などの発育不全が認められた。12週齢において、軟X線撮影及びDual energy X-ray Absorptiometry (DXA)法による骨密度測定を用いた骨解析を行ったところ、WTと比較してAhR-/-では有意な骨密度の増加が認められた。

さらに、この骨量増加の原因を検索するため、骨形態計測を行ったところ、AhR-/-雄マウス(12週齢)では骨吸収パラメータの減少が見られた。一方、AhR-/-雌マウス(12週齢)では、骨吸収および骨形成パラメータ双方の減少を認めた。これらの結果より、AhRが骨代謝機構において生理的作用を発揮していると推察した。

しかしながら、AhR-/-は、肝臓の発達異常、免疫不全、生殖能力低下などの様々な表現型を呈することが既に報告されている。そのため、これらAhR-/-の骨量増加が、骨組織における直接的なAhR機能欠損によるものであるのか、あるいは他の組織におけるAhR欠損の結果生じた二次的な影響によるものなのかを明らかにすることが出来なかった。そこで、骨組織特異的なAhR遺伝子欠損マウスを作出し、解析することとした。

第三章、組織特異的AhR KOマウスの作出と骨解析

1.骨芽細胞特異的AhR KOマウス(AhRΔOb/ΔOb)の作出と骨解析

骨組織において、骨芽細胞が骨形成を担っている。そこで、骨芽細胞における直接的なAhRの機能を明らかにするため、骨芽細胞特異的にCre recombinaseを発現するCol1a1-Cre TgマウスとAhR floxマウスとの交配により、骨芽細胞特異的AhR KOマウス(AhRΔOb/ΔOb :Col1a1-CreTg/0;AhRflox/flox)を作出した。この変異体の各組織のゲノムDNAを抽出し、各組織におけるAhR遺伝子座の欠失を検索したところ、骨組織でのみ欠失が確認された。また、経時的な体重増加を計測したところ、対照群(AhR flox/flox)と比較して雌雄ともに、明らかな差を認めなかった。これら結果から、他臓器での変異による二次的な影響を受けないAhRΔOb/ΔObの作出に成功したことと判断し、骨変異解析を行った。その結果、DXA法による骨密度測定では明らかな骨密度変化を認めず、骨形態計測においても各種パラメータで有意な変化を認めなかった。

以上の結果より、骨芽細胞におけるAhR機能は骨代謝制御において顕著でないと判断した。

2.破骨細胞特異的AhR KOマウス(AhRΔOc/ΔOc)の作出と骨解析

次に、骨吸収を担う破骨細胞における直接的なAhRの機能を解明するために、成熟破骨細胞特異的にCre recombinaseを発現するCtsk-CreマウスとAhR floxマウスとの交配により、破骨細胞特異的AhR KOマウス(AhRΔOc/ΔOc: Ctskcre/+;AhRflox/flox)を作出し、解析を進めた。AhRΔOb/ΔObと同様に、骨組織でのみAhR遺伝子座欠失が確認され、AhRΔOc/ΔOcの作出に成功したと判断した。AhRΔOc/ΔOc雌マウスでは、体重変化は認められなかったものの、対照群(Ctskcre/+)と比較して、 AhRΔOc/ΔOc雄マウスでは、6週齢から12週齢にかけて体重増加が認められた。

続いて、軟X線撮影及びDXA法による骨密度測定を行ったところ、対照群と比べてAhRΔOc/ΔOcでは、雌雄ともにAhR-/-と同様に大腿骨、脛骨及び頭蓋冠における骨密度の増加を認めた。そこで、骨量増加の原因を調べるために、骨形態計測を行った。その結果、AhRΔOc/ΔOc(12週齢)では、雌雄ともに海綿骨量の増加、破骨細胞数と破骨細胞面の減少が示された。骨形成パラメータである骨芽細胞数と骨芽細胞面に変化は認められなかった。更に、週齢による影響を考慮し、24週齢においても骨解析したところ、雌雄ともに同様の表現型が観察された。以上の結果より、AhRΔOc/ΔOcの骨量増加は、破骨細胞の減少による骨吸収低下が原因であると考えられた。

全身性及び組織特異的AhR KOの骨変異解析により、破骨細胞内のAhRが直接的に破骨細胞の増加に作用することで、生理的状態での骨代謝制御機構における役割を担っていることが明らかとなった。

第四章 性ホルモン欠乏条件下でのAhRの機能解析

生理的状態におけるAhRの破骨細胞での生理機能は明らかとなったが、性ホルモン欠乏により引き起こされる骨粗鬆症などの病態における生体内機能は未だ不明であった。そこで、性ホルモン欠乏により誘導される骨吸収亢進を伴う骨量減少におけるAhRの機能を明らかにする目的でAhRΔOc/ΔOcマウスおよび対照群に精巣摘出術(ORX)あるいは卵巣摘出術(OVX)を行った後に、骨解析を行った。

6週齢にてORXあるいはOVXを行い、12週齢において、骨密度測定及び骨形態計測を行った。対照群と同様にAhRΔOc/ΔOcにおいてもORXあるいはOVXにより、破骨細胞数と破骨細胞面の上昇に伴う長管骨の骨密度低下を同程度に認めた。しかしながら、ORXあるいはOVXを行った状態でもAhRΔOc/ΔOcの骨密度は対照群と比較して有意に高値を示した。これらの結果により、性ホルモン欠乏下においても、破骨細胞内AhRの欠損により破骨細胞増加抑制による骨密度低下制御が認められたことから、破骨細胞内AhRは骨量減少に寄与する可能性が明らかとなった。

第五章、総合討論

本研究では、全細胞種及び骨細胞種特異的なAhR遺伝子欠損マウスの作出および骨変異解析を行うことで、AhRの骨代謝制御機構における生体内高次機構の解明を試みた。

1.AhRは骨量維持機構において負の制御因子である

AhR-/-雌マウスでは、骨吸収および骨形成パラメータの減少に伴う、骨量増加を認めた。この結果から、AhRの欠損が骨量増加を誘導することから、AhRは骨量を負に調節していることが明らかとなった。しかしながら、骨芽細胞特異的AhR欠損では、骨量変化が認められなかったことから、AhR機能は骨形成においては有意ではないと結論した。

2.AhRは骨吸収を正に制御する

全身性及び破骨細胞特異的AhR KOマウスでは、AhRの欠損による骨吸収パラメータの低下に伴う骨量増加が認められた。この骨変異は、性ホルモン欠乏により誘導された骨量低下状態でも同様に観察された。これらの成果から、骨代謝制御機構において、AhRは様々のホルモンやサイトカイン等のシグナルと協調的に作用し、骨吸収を正に調節していることが推察された。

3. AhRによる破骨細胞数制御の分子基盤

本研究の成果から、破骨細胞内のAhRが破骨細胞数を正に制御することが推察された。破骨細胞はマクロファージ系細胞の融合により形成される多核巨細胞である。このため、破骨細胞の細胞数は、アポトーシスと破骨細胞分化とにより制御されると考えられる。

当研究室の先行研究結果から、破骨細胞内エストロゲン受容体α(ERα)を介した女性ホルモン作用により、破骨細胞のアポトーシスが誘導される事を明らかにした。一方、AhRは転写因子として標的遺伝子の発現調節を介した経路とユビキチン依存的蛋白分解作用を介する2つの経路により、性ホルモン作用を制御することを報告している。しかしながら、本研究の結果から、性ホルモン欠乏下においても、AhR遺伝子欠損による骨吸収低下を伴う骨量増加が認められた。このことから、破骨細胞内では、AhRは性ホルモンとは独立した分子経路により、破骨細胞数を制御している可能性が考えられる。

一方で、破骨細胞分化制御は複雑なネットワークにより制御されていることが明らかになりつつある。中でも、破骨細胞分化主要因子であるRANKLシグナルの下流で作用しているStat1の機能を、AhRが制御することが、最近明らかになっている。本研究の結果およびこれらの報告を考え合わせると、生理的状態におけるAhRは、内因性リガンドにより活性化され、破骨細胞内シグナル伝達とのクロストークによりその作用を発揮していることが推察される。今後、初代培養破骨細胞を用いた解析を行うことで更なる詳細な分子メカニズムが明らかになると考えられる。

以上、本研究では全身性及び組織特異的AhR遺伝子欠損マウスの骨変異を解析することにより、骨代謝制御機構におけるAhRの生体内高次機能の一部が、破骨細胞が担う骨吸収を正に制御することによる骨量調節への寄与であることを解明することが出来た。詳細な分子メカニズムの解明により、本研究の成果を発展させることが出来れば、骨代謝制御機構におけるAhRの更なる分子基盤が明らかになることが期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

脂溶性生理活性物質は、生体内において様々な器官や組織を標的とし、幅広い恒常性の維持に重要な役割を担っている。脂溶性生理活性物質の骨代謝への作用メカニズムの1つは、リガンドとして結合する核内受容体を介する事が証明されている。核内受容体は受容体型転写因子として機能し、リガンド依存的に標的遺伝子の転写を制御する。核内受容体の骨代謝制御機構における生理的重要性については、実際、核内受容体遺伝子欠損マウスの骨表現型解析により徐々に明らかになりつつある。一方で、脂溶性生理活性物質の中には核内受容体とは種類の異なる受容体であるダイオキシン受容体(AhR)を介し、作用を発揮するものも知られている。AhRは全身に広く発現し、近年のAhR遺伝子欠損マウスの解析から、肝臓や血管の発達や、免疫系の活性化制御など、様々な恒常性の維持や病態に寄与していることが明らかになりつつある。しかしながら、AhR遺伝子欠損マウスの骨表現型解析は未だ報告がなく、骨代謝制御機構におけるAhRの生体内高次機能は、その大部分が不明である。

そこで、本研究では、全細胞種および骨細胞種特異的AhR遺伝子欠損マウスの作出とその変異を解析することで、骨代謝制御機構におけるAhRの生体内高次機能を解明することを試みた。

第二章では、全身性AhR遺伝子欠損マウス(AhR-/-)の骨表現型を解析した。WTと比較してAhR-/-では有意な骨密度の増加が認められた。さらに、骨形態計測を行ったところ、AhR-/-雄マウスでは骨吸収パラメータの低下が見られた。これらの結果より、AhRが骨代謝機構において生理的作用を発揮していると推察した。しかしながら、AhR-/-は、肝臓の発達異常、免疫不全どの様々な表現型を呈することが既に報告されている。そのため、これらAhR-/-の骨量増加が、骨組織における直接的なAhR機能欠損によるものなのか、あるいは他の組織におけるAhR欠損による二次的な影響ものなのかは不明である。そこで、骨組織特異的なAhR遺伝子欠損マウスを作出し、解析することとした。

第三章では、まず、骨芽細胞における直接的なAhRの機能を明らかにするため、Col1a1-Cre TgマウスとAhR floxマウスとの交配により、骨芽細胞特異的AhR KOマウス(AhRΔOb/ΔOb)を作出した。骨解析を行ったところ、AhRΔOb/ΔObでは明らかな骨密度変化を認めず、各種パラメータにおいても有意な変化を認めなかった。以上の結果より、骨芽細胞におけるAhRの機能は、骨代謝制御において顕著ではないことが明らかとなった。次に、骨吸収を担う破骨細胞における直接的なAhRの機能を解明するために、Ctsk-CreマウスとAhR floxマウスとの交配により、破骨細胞特異的AhR KOマウス(AhRΔOc/ΔOc)を作出し、解析を進めた。骨密度測定を行ったところ、対照群と比べてAhRΔOc/ΔOcでは、雌雄ともにAhR-/-と同様に骨密度の増加を認めた。骨形態計測を行ったところ、AhRΔOc/ΔOcでは、雌雄ともに海綿骨量の増加、破骨細胞数と破骨細胞面の減少を示した。骨形成パラメータ全てに変化は認められなかった。以上の結果より、AhRΔOc/ΔOcの骨量増加は、破骨細胞の減少による骨吸収低下が原因であることが示唆された。

第四章では、性ホルモン欠乏により誘導される、骨吸収亢進を伴う骨量減少におけるAhRの機能を明らかにする目的で、AhRΔOc/ΔOcマウスおよび対照群に精巣摘出術(ORX)あるいは卵巣摘出術(OVX)を行った後に、骨解析を行った。対照群と同様にAhRΔOc/ΔOcにおいてもORXあるいはOVXにより、破骨細胞数と破骨細胞面の上昇に伴う長管骨の骨密度低下を同程度に認めた。しかしながら、ORXあるいはOVXを行った状態でもAhRΔOc/ΔOcの骨密度は対照群と比較して有意に高値を示した。このことから、生理的条件下と同様、エストロゲンあるいはアンドロゲン欠乏により誘発された病理状態においても、AhRは破骨細胞による骨吸収を促進して、骨代謝を負に制御することが示唆されました。

本論文では、全身性及び組織特異的AhR遺伝子欠損マウスの骨解析により、骨代謝制御機構において、AhRは破骨細胞による骨吸収を促進し、骨量を負に調節することを明らかにした。これにより、これまで殆ど不明であった骨代謝制御機構におけるAhRの高次機能についての新たな知見を得た。今後の詳細な分子メカニズムの解明により、破骨細胞におけるAhRの分子基盤が明らかになることが期待される。以上より、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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