学位論文要旨



No 128068
著者(漢字) 寺本,宗正
著者(英字)
著者(カナ) テラモト,ムネマサ
標題(和) 経時的オートラジオグラフィーを用いた外生菌根共生系における炭素転流の解析
標題(洋)
報告番号 128068
報告番号 甲28068
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3784号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 小島,克己
 東京大学 准教授 奈良,一秀
 東京大学 准教授 松下,範久
内容要旨 要旨を表示する

外生菌根菌は森林生態系において大きなバイオマスを占めるとともに、宿主樹木の細根に菌鞘を有する菌根を形成する共生菌である。菌根からは根外菌糸体が土壌中に発達し、リン酸や窒素を吸収して宿主に供給する。栄養供給によって樹木の成長が促進されるが、このような共生機能を通して、菌根菌は森林の発達に大きく寄与している。一方、宿主樹木からは外生菌根菌に多量の光合成産物が転流される。宿主樹木から外生菌根菌に転流する炭素量は純一次生産量の15 %とも推定されているが、その後それらの多くは土壌へと供給される。従って、樹木から土壌への炭素の流れを介する事で、外生菌根菌は森林生態系の炭素循環においても重要な役割を果たしている。しかし、外生菌根共生系の重要な機能を支える炭素転流の詳細は不明な点が多く、依然今後の研究課題として残されている。

外生菌根共生系における炭素転流を理解する上で、先ずは、根外菌糸体内の転流を経時的に追跡し、その一般的特徴を明らかにすることが必要である。そして、外生菌根菌は根外菌糸体内に子実体を形成するが、森林生態系におけるそのバイオマスは非常に大きなものである。そのため、子実体への炭素転流についても検討する必要があろう。また、根外菌糸体は隣り合う樹木の根に感染することにより、地下に菌糸体のネットワークを形成するが、それらは断片化と再結合をくり返し、ダイナミックに変動していると考えられる。従って、これらの変動に応じて炭素転流がどのように変化するかも明らかにする必要がある。さらに、ネットワーク内の炭素転流は、様々な要因によって影響を受けると考えられるが、それらの影響要因の研究も進んでいない。一方、外生菌根菌は炭素源として、宿主樹木からの光合成産物だけでなく、土壌から吸収したアミノ酸等の有機物も利用することが知られている。従って、外生菌根共生系全体の炭素転流を理解するためには、土壌から吸収した有機物の転流も合わせて明らかにする必要がある。

共生系内における詳細な栄養転流過程をとらえるためには、同一サンプルを用いた直接的かつ経時的、定量的実験が必要である。直接的な解析手法としては、古くから放射性同位体(RI)によるトレーサー実験が行われてきたが、従来のX線フィルムによるオートラジオグラフィーを用いる方法は、経時的かつ定量的な解析には不向きなものであった。しかし現在では、表面に輝尽性蛍光体を塗布したイメージグプレートが開発され、それを用いたオートラジオグラフィーによって、サンプル内のRIの分布を経時的かつ定量的に追跡する事が可能になっている。

そこで本研究では、樹木-外生菌根共生系における炭素転流に焦点を合わせ、(1)根外菌糸体内の炭素転流の基本的特徴、(2)根外菌糸体中に発生する子実体への炭素転流の特徴、(3)菌糸体の再結合後の炭素転流の変化、(4)宿主の光環境が根外菌糸体内における炭素転流へ及ぼす影響、(5)根外菌糸体が吸収したアミノ酸の転流の特徴を、経時的定量オートラジオグラフィーを根箱実験系に適用して明らかにした。

まず二章では、根外菌糸体内における炭素転流に関し、方向による転流能に違いがあるのかを検討した。コツブタケ属菌(Pisolithus sp.)に感染したクロマツ(Pinus thunbergii)を根箱内のプレート上で栽培し、プレート一面に成長した根外菌糸体を部分的に切断する事で、菌根から放射方向への菌糸体の接続を遮断した。その上で宿主地上部から14CO2を光合成によって取り込ませ、各部への14C転流量を経時的に解析した。結果、切断の有無に関わらず、14Cは根外菌糸体全体にラベル後1日で転流し、いずれの部分においても、放射線量には有意な切断の影響は認められなかった。このことは、根外菌糸体内では方向に関わらず、宿主から供給された炭素源が比較的抵抗なく転流する事を示している。

十分に発達した根外菌糸体内には子実体が形成される。そこで三章においては、子実体の形成過程における炭素シンク能を検討した。ウラムラサキ(Laccaria amethystina)を接種したアカマツ(Pinus densiflora)を根箱中で栽培し、子実体を形成した根箱について、宿主地上部を14CO2でラベルした。根箱には紫色を保った子実体と、白色、灰色、茶色に変色したものが存在したが、大きさに関わらず、紫色を保った子実体のみに14Cの蓄積が見られた。また、蓄積は3日で頭打ちになった。一方、ラベルした後も子実体が成長を続けた二つの苗については、二度目のラベルを行った。結果、最初のラベル後頭打ちになった14Cの蓄積は、二度目のラベル後再び増加し、全体として階段状に上昇した。これらの事から、生理活性が高い紫色の子実体のみ炭素シンク能を示すこと、子実体に供給される光合成産物は、宿主が直近に固定したものが主であることが分かった。

次に四章では、一度切断された根外菌糸体が再結合する際の炭素転流能の回復過程を検討した。コツブタケ属菌に感染したクロマツ苗二本を根箱内で栽培し、両苗を繋ぐ菌糸ネットワークを形成させた上で中央部から両断した後、左右の根外菌糸体を再び部分的に接触させた。接触当日、もしくは接触後3日、6日、9日、12日に片方の宿主を14CO2でラベルし、接触部を経て非ラベル側菌糸体へ転流した14C量を経時的に解析した。結果、接触処理当日にラベルしたサンプルにおける非ラベル側菌糸体への14C転流量はラベル後3日から緩やかに上昇し、7日までは他処理と比して低かったものの、ラベル後14日には接触処理後3-9日にラベルしたサンプルと同じ水準になった。一方、接触処理後3日以降にラベルしたサンプルでは、非ラベル側菌糸体への14C転流量は、ラベル直後から上昇した。接触処理後12日にラベルしたサンプルにおける非ラベル側菌糸体への14C転流量は、実験期間を通して最も高かった(ラベル後14日において他処理の2.0-2.4倍)。以上の事から、接触後3日程度で菌糸体は再結合し、炭素転流能も回復することが分かった。

五章では、根外菌糸体の再結合後、形成されたネットワーク内における炭素転流への光の影響をつかむべく実験を行った。菌糸ネットワーク内の炭素転流については、各宿主樹木の光合成が、根外菌糸体内の炭素転流量に影響を与えることが知られている。そこでまず第一節においては、菌糸成長に対する遮光の影響を把握するため、コツブタケ属菌に感染した宿主(クロマツ)に対して異なる強度(0 %、50 %、80 %、100 %)の遮光処理を行い、根外菌糸体の成長を経時観察した(処理後28日まで)。結果、80 %以上の遮光によって根外菌糸体の成長は著しく阻害された。第二節においては、菌糸ネットワーク(コツブタケ属菌)で繋がった二本の宿主(クロマツ)の片方に14CO2を固定させた後、両者をそれぞれ異なる光条件に置いた(14CO2ラベルに関してはラベル苗/非ラベル苗とし、遮光処理に関しては非遮光/非遮光:L/L、非遮光/遮光:L/D、遮光/非遮光:D/L、遮光/遮光:D/Dとする)。14CO2ラベル後14日まで解析した結果、いずれのサンプルにおいても14Cは非ラベル側菌糸体へ転流したものの、その転流量はD/Lにおいて最も低く、次いでL/L、D/D、L/Dの順に多くなった。このことは、14CO2ラベル苗の光合成量が減少すると菌糸体への14C転流量が減少すること、および非ラベル苗からの炭素供給量が減少するとラベル苗からの14C転流量が増加することを示唆している。

土壌中にはアミノ酸が含まれており、外生菌根菌はアミノ酸を炭素源として吸収、利用できる事が示されているが、その詳細な転流、代謝過程は明らかにされていない。六章においてはそれらの点を解明すべく実験を行った。第一節では、コツブタケ属菌に感染したクロマツ苗を根箱内で栽培し、発達した根外菌糸体に対し、14C-アラニン(Ala)もしくは14C-グルタミン(Gln)を添加してその転流を追った。結果、添加部と最寄りの菌根を繋ぐ帯状の根外菌糸体領域と菌根に、14Cが著しく蓄積した。このことは、外生菌根がアミノ酸に対して高いシンク能を持つことを示唆している。そこで第二節では、アミノ酸に対する菌根のシンク能を確認するために、片方の苗を除去する実験を行った。コツブタケ属菌に感染したクロマツ苗二本を根箱内で栽培し、菌糸ネットワークを形成させた後、片方の苗のみ根外菌糸体を残して除去した。菌糸ネットワークの中央部に14C-Alaを添加し、転流過程を経時的に解析したところ、片側の苗を除去したサンプルにおいては、苗がある側の根外菌糸体にのみ菌根と添加部を結ぶ高放射線帯が形成され、苗除去側の根外菌糸体には形成されなかった。苗を除去しない対照では、両側の苗における菌根までの高放射線帯が形成された。この事は、菌根が根外菌糸体内のアミノ酸転流のシンクになっている事を示している。

次にアミノ酸がどの様に代謝されるのかを調べるため、第三節では、第一節と同様の手法でラベルした菌根および根外菌糸体を70 %アルコール抽出し、薄層クロマトグラフィーにかけた。14C-Ala、14C-Glnいずれの場合も、添加後1日目の根外菌糸体からは多数の放射性スポットが確認されたが、添加後7日には数スポットに減少した。いずれのアミノ酸の場合も強い放射活性を示すスポットは、LC/MS解析により分子量188と同定された同一の物質であった。

以上本研究により、根外菌糸体内における光合成産物の転流は、菌糸のつながりがあれば方向を問わず一様であること、子実体には主に光合成直後の産物が転流すること、根外菌糸体は一旦分断されても数日で再結合し、両者間の炭素転流も同時に回復すること、これらの転流量が宿主の光合成量に依存することが明らかになった。一方根外菌糸体内におけるアミノ酸の転流に関しては、菌根が特に強いシンク能を示すことが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

外生菌根菌は森林生態系において大きなバイオマスを占めるとともに、宿主樹木の根に菌根を形成する共生菌である。菌根からは根外菌糸体が土壌中に発達し、土壌中のリン酸や窒素を吸収して宿主に供給する。栄養供給によって樹木の成長が促進されるが、このような共生機能を通して、菌根菌は森林の発達に大きく寄与していると考えられている。一方、宿主樹木からは外生菌根菌に多量の光合成産物が転流される。宿主樹木から外生菌根菌に転流する炭素量は純一次生産量の15 %とも推定されているが、その後それらの多くは土壌や大気へと還元される。従って、樹木から土壌への炭素の流れを介する事で、外生菌根菌は森林生態系の炭素循環においても重要な役割を果たしている。しかし、外生菌根共生系の重要な機能を支える根外菌糸体内での有機物転流の詳細は不明な点が多く、依然今後の研究課題として残されている。こうした背景のもとで、本研究では樹木-外生菌根共生系における炭素転流に焦点を合わせ、(1)根外菌糸体内の炭素転流の基本的特徴、(2)根外菌糸体中に発生する子実体への炭素転流の特徴、(3)分断された菌糸体の再結合後の炭素転流の変化、(4)根外菌糸体が吸収したアミノ酸の転流の特徴を、根箱実験系において経時的定量オートラジオグラフィーを用いて検討している。

まず二章では、コツブタケ属菌(Pisolithus sp.)を接種したクロマツ(Pinus thunbergii)を根箱内のプレート上で栽培し、プレート一面に成長した根外菌糸体を部分的に切断したのち、根外菌糸体内における光合成産物の転流に関し、方向による転流能に違いがあるかないかを検討している。その結果、根外菌糸体内では方向に関わらず、宿主から供給された炭素源が比較的抵抗なく転流する事が明らかになった。また、シンク能は、根外菌糸体の特定部位に局在するのではなく、菌糸体のどの部位にもそれぞれ一定のシンク能があることが分かった。

三章では、ウラムラサキ(Laccaria amethystina)子実体の形成過程における炭素シンク能を検討している。その結果、生理活性が高い紫色の子実体のみ炭素シンク能を示すこと、成長が止まっても炭素シンク能は維持されること、さらに子実体に供給される光合成産物は宿主が直近に固定したものが主であること、が明らかになった。

四章では、一度切断された根外菌糸体が再結合する際の炭素転流能の回復過程を検討している。その結果、菌糸体は一旦分断されても再び接触すると数日以内に再結合し、炭素転流能も回復することが明らかになった。

五章では、二本の苗間で形成されたネットワーク内における炭素転流への光の影響を調べている。その結果、宿主の置かれた光環境が根外菌糸体内での転流に影響を与えること、また個々の宿主からの炭素転流は、その宿主の生理条件のみで決まるのではなく、その菌糸体ネットワークに繋がる他の宿主からの炭素転流とのバランスによって決まることが明らかになった。

さらに六章では、根外菌糸体によるアミノ酸の吸収、転流、代謝過程を調べている。その結果、アミノ酸は、主に添加部と最寄りの菌根を繋ぐ最短経路を通って菌根へと転流すること、即ち外生菌根が極めて高いシンク能を持つことが明らかになった。また、菌糸体に吸収されたアミノ酸の代謝についても薄層クロマトグラフィーを用いて、経時的に調べている。その結果、アミノ酸は、時間とともに分解され、アミノ基とそれ以外の部分が別々に代謝されることが明らかになった。

以上本研究では、根外菌糸体内における光合成産物等の有機物転流の様々な特徴が明らかになっている。とりわけ、トレーサー実験によって、根外菌糸体内の転流の方向性、子実体への転流、アミノ酸の転流を解析した例はこれまでなく、極めて独創的な視点からの新たな知見が得られたと言って良い。これらの実験的知見は、今後実際の森林における根外菌糸体の有機物転流を考える上で、重要な手がかりを与えるものと言える。

以上のように本研究では、森林内での外生菌根共生を理解する上でも、また、それを森林保全に利用していく上でも貴重な知見が多数得られており、審査委員一同は、本研究が、独創的、先駆的でありかつまた学術上、応用上の意義も大きく、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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