学位論文要旨



No 128072
著者(漢字) 池口,弘毅
著者(英字)
著者(カナ) イケグチ,コウキ
標題(和) クロマグロのトランスグルタミナーゼに関する生化学的研究
標題(洋)
報告番号 128072
報告番号 甲28072
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3788号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 松永,茂樹
 東京大学 教授 浅川,修一
 東京大学 教授 山下,倫明
 東京大学 准教授 潮,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

マグロ類は漁獲物の中で最も重要な魚類の1つである。近年、世界的な資源量の減少が大きな問題となっているが、最近、わが国でもクロマグロThunnus orientalisの養殖生産が急速に拡大し、消費者の需要を満たしつつある。マグロ類は高鮮度のまま寿司や刺身などで生食されることから、調理加工中に多くの残渣が発生し、その有効利用が大きな課題となっている。このような調理加工中に生ずる高鮮度の残渣については、魚類筋肉タンパク質特有の加熱ゲル化能力を利用した練り製品の原料としての利用が考えられる。魚肉練り製品は弾力性のあるテクスチャーが品質を決定する要因であるが、そのテクスチャー発現には内在性トランスグルタミナーゼ (TGase) が機能することが知られている。本酵素はアミノアシル基転移反応を触媒するトランスフェラーゼで、筋肉タンパク質の主成分であるミオシンの分子内および分子間に共有結合のε-(γ-glutamyl)lysine イソペプチド結合による架橋を形成して、魚肉のゲル化特性を向上させる。したがって、マグロ類筋肉に内在すると思われるTGaseを有効に活用できれば、調理加工中に発生する筋肉残渣をねり製品原料として利用可能と考えられるが、マグロ類のTGaseの性状についてはほとんど知見がない。

本研究はこのような背景の下、マグロ類有効利用の開発研究の一環として、近年養殖が盛んなクロマグロの普通筋からTGaseを精製し、酵素化学的性状を解析した。次に、cDNAクローニングによりクロマグロTGase遺伝子を単離し、その一次構造を解析して既報の他魚種TGaseと詳細に比較したもので、得られた成果の概要は以下の通りである。

1.クロマグロ・トランスグルタミナーゼの精製

まず市販のクロマグロ普通筋200 gを細切後、氷冷下、3倍量の20 mM Tris-HCl (pH 7.5)、5 mM EDTA、1 mM dithiothreitol (DTT) および0.1 mM phenylmethylsulfonyl fluorideを含む溶液中でホモジナイズし、遠心分離(10,000g x 30分)した。この上清を粗抽出液として、monodansyl cadaverine (MDC) および1 mg N, N'-dimethylcaseinを含む反応液中、37℃で一晩反応させ、SDS-PAGE分析に供したところ、MDCのN, N'-dimethylcaseinへの取り込みがみられた。このことから、クロマグロ筋肉中にTGaseの存在が示唆されたので、次にクロマグロTGaseの精製を試みた。

先に調製した粗抽出液600 mLを種々のクロマトグラフィーに付し、得られた各画分をTGase活性測定およびSDS-PAGE分析に供した。TGase活性は、1 mg N,N-dimethylcasein、15 μM MDC、10 mM CaCl2、5 mM DTT、50 mM Tris-HCl(pH 7.5)および各画分100 μLを含む合計1 mLの反応液を調製し、37℃でインキュベートした後、励起波長を350 nmとして480 nmの蛍光強度から測定した。粗抽出液をDEAE-650M陰イオン交換クロマトグラフィーに供し、0-0.5 M NaClの直線的濃度勾配で吸着タンパク質を溶出したところ、単一ピークを示す活性画分を得た。本画分に含まれるタンパク質をSephacryl S-300ゲルろ過クロマトグラフィーに供したところ、活性は幅広い溶出画分にみられた。このうち、最も高い活性を示した画分を合一し、Mono Q 陰イオン交換クロマトグラフィーに付した。得られた活性画分をSDS-PAGE分析に供したところ、120 kDa、97 kDa、41 kDaおよび25 kDaの少なくとも4つの主要なバンドが観察された。これらの活性画分につき、Superdex 75ゲルろ過クロマトグラフィーに供し、標的タンパク質を排除限界の画分に溶出させた。得られた活性画分をSDS-PAGE分析に供したところ、分子サイズ120 kDaの単一成分を示す電気泳動パターンが観察された。

本精製法によるTGase回収効率は0.14%と非常に低かった。これまで、魚類TGaseの多くはその分子サイズが70-80 kDaと報告されており、クロマグロTGaseはそれらに比べてやや大きかった。なお、本タンパク質を含む画分をpolyvinylidene difluoride膜に転写して、Applied Biosystems 社製476A型プロテインシークエンサーに付してN末端アミノ酸配列分析を行ったが、供試量が少なかったため配列情報は読み取れなかった。

2.クロマグロ・トランスグルタミナーゼの酵素化学的性状

クロマグロTGaseの精製では、筋肉粗抽出液から当該成分の回収量が少なく、また精製途中で活性が著しく低下した。そこで酵素化学的性状を調べるため、精製TGaseでまず活性の温度依存性をみた。TGase活性は37℃で1分間に1 mg N,N-dimethylcaseinに取り込まれるMDC量で示した。その結果、本酵素の至適温度は50℃であることが明らかとなった。一方、至適pHを調べるため、pH 4.5-7.5、6.5-9.5および8.5-11.5範囲で、それぞれ50 mM 酢酸ナトリウム、Tris-HClおよびグリシン緩衝液を用いて、TGase活性を測定した。その結果、pH 8.5で27 nmol/ min・mgと最も高い比活性を示した。また、酸性域のpH 4.5および5.5では7 nmol/ min・mgと比活性が低かった。一方、アルカリ性域のpH 9.5および10.5ではそれぞれ、25および22 nmol/ min・mgと、やや比活性が高かった。このアルカリ域での高い比活性は既報のティラピアOreochromis niloticus普通筋TGaseと同様の傾向にあった。

一方、クロマグロTGaseのアイソフォームの存否を調べるため、精製酵素につき一次元目を等電点電気泳動、二次元目をSDS-PAGEとする二次元電気泳動に供した。Coomassie Brilliant Blue染色の結果、分子サイズ120 kDaで等電点7.4の主成分のほか、微量成分がわずかにアルカリ性側にみられた。これまで同一の組織由来TGaseのアイソフォームはニジマス卵巣およびマガキ閉殻筋につき、タンパク質レベルで知られている。

3.クロマグロ・トランスグルタミナーゼのcDNAクローニング

クロマグロ(体重約20 kg)の背部から1 gの普通筋を採取して5倍量のRNAlaterに浸漬し、ISOGENにより全RNAを抽出した。これをDNase処理してゲノム夾雑物を除き、Superscript IIIによる逆転写反応で1本鎖cDNAを合成した。次に、既報の魚類TGaseの保存領域を参照してプライマーを設計し、クロマグロTGase遺伝子の部分領域をPCR増幅して塩基配列を決定した。さらに、得られた配列から遺伝子特異的プライマーを設計し、rapid amplification of cDNA ends (RACE) 法により完全長cDNAを得た。完全長クロマグロTGase遺伝子は2,872 bpからなり、678アミノ酸残基をコードしていた。本アミノ酸残基から推定される分子サイズは74 kDaと、精製クロマグロTGaseに比べて著しく小さかった。一次構造の配列情報から、N型糖鎖結合部位およびO型糖鎖結合部位はそれぞれ、5つおよび1つみられ、翻訳後修飾による糖鎖付加を受けて分子サイズが大きくなったものと考えた。活性部位のCys269、His326およびAsn349は他の脊椎動物と同様にtransglutaminase/protease-like homologoue (TGc)ドメインに保存されていた。推定Ca2+結合部位は7つあり、その中、3部位は高度に保存されていた。哺乳類TGaseと比較すると、クロマグロTGaseはGTP結合部位が認められず、活性制御が哺乳類とは異なることが示唆された。前述のように、クロマグロTGaseにもCa2+結合部位が認められ、既報のTGaseと同様にCa2+が結合することで、活性部位の構造変化が起こると考えられた。

BLAST検索に供したところ、本cDNAの演繹アミノ酸配列は大西洋サケSalmo salar TGaseと75%の高いアミノ酸同一率を示したが、マダイPagrus majorのそれとは38%と低かった。哺乳類および魚類TGaseのアミノ酸配列をもとに、MEGA 4.0プログラムによる近隣接合法の分子系統樹を作成した。その結果、クロマグロTGaseは大西洋サケと最も近縁で1つのクラスターを形成した。TGaseは組織型と血漿型が知られており、組織型はさらに1-7型が報告されている。本クラスターが哺乳類TGase2と同じグループで、その他のアイソフォームから分岐していることから、クロマグロTGaseは組織型TGase2と判断した。

本cDNAの開始コドンから134アミノ酸残基までをコードする領域につき、digoxigeninでラベルしたプローブを合成し、クロマグロ普通筋から調製したゲノムDNAのPst IおよびKpn I消化産物を用いてサザンブロット解析を行った。その結果、異なるサイズの2つのバンドが観察され、クロマグロのTGase遺伝子はゲノム上、少なくとも2コピー存在していることが示された。

以上、本研究ではまず、クロマグロ普通筋からTGaseの単離を試みた。種々のクロマトグラフィーを試みて精製したところ、クロマグロTGaseは分子サイズ120 kDaと他生物種のそれに比べて大きいことが明らかとなった。一方、酵素化学的性状は他の魚類TGaseと類似した。なお、cDNAクローンの演繹アミノ酸配列から推定された分子サイズは74 kDaと、精製TGaseとは異なっていた。一次構造を解析したところ、翻訳後修飾によるO型糖鎖付加部位が1つとN型糖鎖付加部位が5つみられたことから、精製酵素とcDNAクローンから得られた分子量の差は糖鎖の存在が一因と考えられた。以上、本研究はクロマグロTGaseの生化学的性状を明らかにしたもので、比較生化学に資するとともに、廃棄未利用のマグロ類筋肉の有効利用に基礎的知見を与えることから、食品化学に資するところも大きいと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

マグロ類は高鮮度のまま寿司や刺身などで生食されることから、調理加工中に多くの残渣が発生し、その有効利用が大きな課題となっている。このような調理加工中に生ずる高鮮度の残渣については、魚類筋肉タンパク質特有の加熱ゲル化能力を利用した練り製品の原料としての利用が考えられる。魚肉練り製品は弾力性のあるテクスチャーが品質を決定する要因であるが、そのテクスチャー発現には内在性トランスグルタミナーゼ (TGase) が機能することが知られている。したがって、マグロ類筋肉に内在すると思われるTGaseを有効に活用できれば、調理加工中に発生する筋肉残渣をねり製品原料として利用可能と考えられるが、マグロ類のTGaseの性状についてはほとんど知見がない。そこで本研究は,クロマグロの普通筋からTGaseを精製し、酵素化学的性状を解析するとともに,cDNAクローニングによりTGase遺伝子を単離し、その一次構造を解析することを目的とした。

まず市販のクロマグロ普通筋200 gを細切後、氷冷下、3倍量の20 mM Tris-HCl (pH 7.5)、5 mM EDTA、1 mM dithiothreitol (DTT) および0.1 mM phenylmethylsulfonyl fluorideを含む溶液で調製した粗抽出液600 mLを種々のクロマトグラフィーに付し、得られた各画分をTGase活性測定およびSDS-PAGE分析に供した。TGase活性は、1 mg N,N-dimethylcasein、15 μM MDC、10 mM CaCl2、5 mM DTT、50 mM Tris-HCl(pH 7.5)および各画分100 μLを含む合計1 mLの反応液を調製し、37℃でインキュベートした後、励起波長を350 nmとして480 nmの蛍光強度から測定した。順次,DEAE-650M陰イオン交換クロマトグラフィー,Sephacryl S-300ゲルろ過クロマトグラフィー、Mono Q 陰イオン交換クロマトグラフィー、Superdex 75ゲルろ過クロマトグラフィーで精製したところ,SDS-PAGEで分子サイズ120 kDaの単一成分を示す精製標品が得られた。

次に,精製TGase活性の温度依存性をみた。その結果、本酵素の至適温度は50℃であることが明らかとなった。一方、至適pHを調べるため、pH 4.5-7.5、6.5-9.5および8.5-11.5範囲で、それぞれ50 mM 酢酸ナトリウム、Tris-HClおよびグリシン緩衝液を用いて、TGase活性を測定した。その結果、pH 8.5で27 nmol/ min・mgと最も高い比活性を示した。また、酸性域のpH 4.5および5.5では7 nmol/ min・mgと比活性が低かった。一方、アルカリ性域のpH 9.5および10.5ではそれぞれ、25および22 nmol/ min・mgと、やや比活性が高かった。さらに、クロマグロTGaseのアイソフォームの存否を調べるため、精製酵素につき一次元目を等電点電気泳動、二次元目をSDS-PAGEとする二次元電気泳動に供した。その結果,分子サイズ120 kDaで等電点7.4の主成分のほか、微量成分がわずかにアルカリ性側にみられた。

次に,クロマグロ(体重約20 kg)の背部から普通筋を採取して全RNAを抽出し,1本鎖cDNAを合成するとともに、既報の魚類TGase遺伝子の塩基配列を参照してプライマーを設計し、クロマグロTGase遺伝子の部分領域をPCR増幅して塩基配列を決定した。さらに、得られた配列から遺伝子特異的プライマーを設計し、rapid amplification of cDNA ends (RACE) 法により完全長cDNAを得た。完全長クロマグロTGase遺伝子は2、872 bpからなり、678アミノ酸残基をコードしていた。本アミノ酸残基から推定される分子サイズは74 kDaと、精製クロマグロTGaseに比べて著しく小さかった。一次構造の配列情報から、N型糖鎖結合部位およびO型糖鎖結合部位はそれぞれ、5つおよび1つみられ、翻訳後修飾による糖鎖付加を受けて分子サイズが大きくなったものと考えた。活性部位のCys269、His326およびAsn349は他の脊椎動物と同様にtransglutaminase/protease-like homologoue (TGc)ドメインに保存されていた。推定Ca2+結合部位は7つあり、その中、3部位は高度に保存されていた。BLAST検索に供したところ、本cDNAの演繹アミノ酸配列は大西洋サケSalmo salar TGaseと75%の高いアミノ酸同一率を示したが、マダイPagrus majorのそれとは38%と低かった。哺乳類および魚類TGaseのアミノ酸配列をもとに近隣接合法の分子系統樹を作成したところ、クロマグロTGaseは大西洋サケと最も近縁で1つのクラスターを形成した。TGaseは組織型と血漿型が知られており、組織型はさらに1-7型が報告されている。本クラスターが哺乳類TGase2と同じグループで、その他のアイソフォームから分岐していることから、クロマグロTGaseは組織型TGase2と判断した。本cDNAの開始コドンから134アミノ酸残基までをコードする領域につき、digoxigeninでラベルしたプローブを合成し、クロマグロ普通筋から調製したゲノムDNAのPst IおよびKpn I消化産物を用いてサザンブロット解析を行った。その結果、異なるサイズの2つのバンドが観察され、クロマグロのTGase遺伝子はゲノム上、少なくとも2コピー存在していることが示された。

以上、本研究ではまず、クロマグロ普通筋からTGaseの単離を試みた。種々のクロマトグラフィーを試みて精製したところ、クロマグロTGaseは分子サイズ120 kDaと他生物種のそれに比べて大きいことが明らかとなった。一方、酵素化学的性状は他の魚類TGaseと類似した。なお、cDNAクローンの演繹アミノ酸配列から推定された分子サイズは74 kDaと、精製TGaseとは異なっていた。一次構造を解析したところ、翻訳後修飾によるO型糖鎖付加部位が1つとN型糖鎖付加部位が5つみられたことから、精製酵素とcDNAクローンから得られた分子量の差は糖鎖の存在が一因と考えられた。これらの成果は学術上、応用上資するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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