学位論文要旨



No 128081
著者(漢字) 髙山,航希
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,コウキ
標題(和) 品質変化を考慮した農業資本ストックの測定 : 農業機械資本ストックを対象として
標題(洋)
報告番号 128081
報告番号 甲28081
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3797号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 泉田,洋一
 東京大学 教授 本間,正義
 東京大学 教授 木南,章
 東京大学 准教授 萬木,孝雄
 東京大学 准教授 齋藤,勝弘
内容要旨 要旨を表示する

技術変化の一部は資本に体化される。したがって、資本に体化された技術変化を反映させることができれば、資本ストック測定値は潜在的な生産能力の指標としてより適切となる。通常、技術は進歩していると考えられるため、見かけ上は同じ1台のトラクターでも、古いものは少なめに、新しいものは多めに評価した方が、潜在的な生産能力を適切に表わすことになる。その上、そのように測定された資本ストックから導出された資本サービスを生産要素の一つとして全要素生産性測定を行うと、資本に体化された技術変化と体化されない技術変化を分離することが可能となる。これは、生産要素の変化で説明できない生産量の変化を捉えるという全要素生産性測定の意義から考えて、より望ましいと言える。しかし、日本の農業経済学においては、そのような資本ストック測定は行われてこなかった。そこで、本論文は品質変化を考慮した農業資本ストックを測定することを目的とする。本来ならば農業固定資本全てを測定するべきであるが、測定に必要な統計資料が乏しいため、測定対象を農業機械に絞る。対象期間は資料が十分に存在する1960年度から現在までとする。日本においてはその年代から農業機械が普及し始めた経緯があるため、対象期間内で農業機械資本ストックの展開過程を概観することができる。

固定資本の品質変化には、資本に体化された技術の変化である体化技術変化と、設備年齢を重ねることによって生産の効率性が低下していく経齢変化がある。資本に体化された技術進歩とは、技術進歩によって、古い年代に生産された固定資本より新しく生産された固定資本の方が、生産における効率性が高いことを表わす概念である。資本に体化された技術の変化は、固定資本の機能的特性、噛み砕いて言えば、性能やスペックの変化を追っていくことで明確に捉えられる。資本に体化された技術進歩に関連する概念として、資本増加的技術進歩がある。資本増加的技術進歩とは、固定資本の量が実質的に増えたことと等価であるような技術進歩のことである。資本増加的技術進歩は資本に体化された技術進歩と重なる部分はあるが同じではない。全要素生産性測定や、一国の潜在的な生産力の指標としての資本ストックを測定しようとする立場からは、資本増加的技術進歩を資本ストック測定値に反映させるべきである。しかし、資本増加的技術進歩は捉え難いものである。そこで、資本に体化された技術進歩は資本増加的であると考え、資本に体化された技術進歩を固定資本の機能的特性から定量的に把握し、それを資本ストック測定値に反映させることが次善の策となる。また、経齢変化は、生産力の低下パターンをあてはめることで資本ストックに反映させることが一般的である。低下パターンには、固定資本の耐用年数が到来するまでは新品と同じ生産能力を保ち続け、到来後に生産能力が0となるone hoss shayや、生産能力が時点ごとに一定割合ずつ低下していくBest Geometric Approach、生産能力が一定幅で低下していく線形といったものがある。体化技術変化と経齢変化の調整は、いずれにおいても固定資本の製造年に注目して行われることになる。

体化技術変化のみを調整した資本ストックは粗資本ストック、経齢変化も調整した資本ストックは生産的資本ストック、そして固定資本の市場価値は純資本ストックと呼ばれる。本論文で測定するのは生産的資本ストックである。

ところで、資本ストックの計算方法には、大きく分けて三つある。一つ目は固定資本の賦存量に価格を乗じる物量ストック評価法、二つ目は年々の固定資本形成を耐用年数分合計する恒久棚卸法、三つ目は、基準となる年の資本ストックに、以降の固定資本形成と除却を加減していく基準年次法である。恒久棚卸法や基準年次法は固定資本形成、すなわち新規投資を利用するため、計算の過程で品質調整を行いやすいという利点がある。しかし、恒久棚卸法では耐用年数のデータの取得が難しいことが多く、その場合、耐用年数は時点に関わらず一定と仮定される。基準年次法では、除却のデータの取得が難しいため、除却率一定を仮定し、前時点の資本ストックに除却率を乗じたものが除却とされる。いずれの仮定も計算された資本ストックのバイアスの原因となる。その点、物量ストック評価法は賦存量を直接把握するためにバイアスが生じにくいが、全てのデータが揃わないと計算ができないうえに、品質調整を行いづらいという欠点がある。

生産的資本ストックを恒久棚卸法で測定するために利用可能な統計資料には、経済産業省の『機械統計年報』があり、そこでは農業機械の出荷台数や出荷額等のデータが掲載されている。農業機械が農業セクター以外で需要されることはほぼないと考えられるため、出荷台数に財務省の『日本貿易月表』で輸出入分を調整し、農林水産省『農業物価統計』の農家庭先価格を乗じると、固定資本形成が得られる。体化技術変化は、品質調整していることをうたった価格指数である日本銀行の「企業物価指数」でデフレートすることによって調整できる。経齢変化のパターンには、過去農業機械で採用されてきたone hoss shayを利用する。耐用年数は、5年おきに農業事業者の農業機械所有台数のデータを取っている農林水産省『農業センサス』の所有台数と、『機械統計年報』等から推計した年々の供給台数を比較することで計算する。この方法では時点ごとの耐用年数が得られるため、耐用年数一定を仮定することによるバイアスが生じにくい。本論文では、この方法で生産的資本ストックを測定する。なお、この方法は、年々の出荷台数で所有台数を分解し、それぞれに対して品質調整を行う物量ストック評価法とも解釈が可能である。

本論文が採用した測定方法では、品質調整が適切になされているかどうかがデフレータとして使われる企業物価指数にかかっている。そこで、企業物価指数とは別に品質調整を行った価格指数を推計し、比較することで、企業物価指数を検証することが必要になる。価格指数の推計にはヘドニック・アプローチを使用する。その手法は財の市場価格と機能的特性群との関係をモデル化し、分析して、品質調整された価格指数を得るものである。モデルは、被説明変数に市場価格の自然対数値、説明変数に機能的特性群および時点ダミーを採用した片対数の重回帰モデルとした。時点ダミーの係数の真数変換値がその時点の価格指数となる。これは一般的によく用いられるヘドニック・アプローチの実施パターンでもある。農林水産省『中古農業機械流通実態調査』による、1988年から2000年までの中古トラクター価格データを利用して分析を行い、価格指数を推計したところ、企業物価指数のトラクター価格指数に近い変動となった。この結果に従い、企業物価指数は品質調整なされているものとして、生産的資本ストック測定に使用していくこととする。また、データとして中古トラクター価格を用いており、説明変数の機能的特性に設備年齢を含めていたため、設備年齢が増加した時の市場価値の減少パターンを、設備年齢ダミーの係数として得ることができた。このパターンは純資本ストックの測定に利用できる。

以上で述べた方法に従って、まず統計資料が豊富なトラクター・耕耘機のみを対象に生産的資本ストックを測定した。同時に品質調整しない資本ストックも計算し、生産的資本ストックと比較した。その結果、生産的資本ストックは、品質調整のない資本ストックに比べて、年平均変化率が大きかった。変化率の差は1から2%ポイント程度であった。その要因は、品質調整の有無であると考えられる。年平均変化率の水準自体は、1960年代で15%強、70年代と80年代は数%程度、90年代以降はマイナス数%程度と、それほど変わらなかった。また、企業物価指数検証の副産物として得られた価値低下パターンを用い、純資本ストックの測定も行った。

この結果を踏まえて、農業機械全体に測定対象を広げた。ただし、一部品目では『農業物価統計』から価格データを得ることができないため、『機械統計年報』等から平均生産者価格を計算し、総務省『産業連関表』から計算できる運賃・マージン比率を乗じることで、農家庭先価格を得た。また、『農業センサス』に所有台数のない農業機械も多く、その場合耐用年数が計算できないため、『農業センサス』にない農業機械は「その他農業機械」として一つにまとめ、耐用年数は『農業センサス』にある農業機械の平均値を充てることとした。最終的に生産的資本ストックと品質調整のない資本ストックを測定し、比較を行った。やはり資本ストック年平均変化率の水準自体は、いずれも1960年代から70年代にかけては10%台、80年代以降は0%から5%程度、2000年代はマイナス数%程度と大きくは変わらなかった。しかし、生産的資本ストックの方が、常に1から3%ポイント程度変化率が大きかった。品質調整を行わないと、資本ストックの変化率が過小に見積もられてしまうと言える。

全要素生産性の変化率は、生産の変化率から投入の変化率を差し引くことによって求められる。投入の変化率は、要素分配率をウェイトとして生産要素ごとの変化率の加重和を取ることで計算される。変化率やウェイトの取り方にバリエーションがあるが、大きくは違わない。したがって、資本分配率のデータと、本論文で測定した生産的資本ストックと品質調整をしない資本ストックの変化率を用いることによって、固定資本の品質調整をしないことが全要素生産性変化率に与えるバイアスを概算できる。バイアスは、年平均で0.5%ポイント前後となることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、農業機械を対象にして、品質を考慮した農業資本ストックを推計するものである。

資本は、それ自体が生産された生産財として、生産のあり方や技術進歩の方向性を規定するきわめて重要な生産要素であり、従来の分析においてもその大きさを定量的に推計する試みがなされてきた。しかしこれまでの推計では、その必要性は指摘されていたものの、資本の品質を考慮した推計はなされていない。本研究は、日本経済における資本ストック推計の新たな試みを参照しながら、農業機械に限定したものであるが、品質を考慮した農業資本ストックの推計を行ったものである。

本論文では、まず問題設定を行った上で、第2章で資本ストック測定の理論について適切なレビューを行っている。資本ストックの推計と、資本形成、除却、あるいは耐用年数の推計は相互に関係していることが指摘され、ストックの推計は他の資本関係指標と一体的に推計されるべきことが述べられる。また品質を考慮した資本ストックの推計にとって、品質を固定した資本の価格指数と品質を固定しない価格指数が必要となることが指摘される。

第3章は、前章での検討を踏まえ日本銀行のCGPI(企業物価指数)トラクター価格指数が計量経済学的に検討される。その検討に際して、中古トラクターの価格データをつかって価格を説明するモデルが検討される。モデルはいわゆるヘドニック・アプローチによるものであり、そこでの検討の結果、CGPIの価格指数は品質を考慮した(つまり品質を固定した)ものであると判断されるとしている。この検討を踏まえ資本財の価格指数とCGPIの価格指数から、品質の水準変化を示す指数が得られることになる。

第4章では、品質を考慮した農業機械資本ストックの具体的な推計が行われている。日本農業における農業機械のストック量が品目別に確定されると同時に、日本農業に付加される農業機械のフロー量が確定される。その系列とふたつの価格指数から、品質を考慮した資本ストック、資本形成、除却、耐用年数の系列を、1960年度から2003年度までの43年間にわたる期間において提出している。

推計の結果、品質調整を行った生産的資本ストックと品質調整のない資本ストックを比較してみると、資本ストック年平均変化率の水準自体は、いずれも1960年代から70年代にかけては10%台、80年代以降は0%から5%程度、2000年代はマイナス数%程度と大きくは変わらなかった。しかし、生産的資本ストックの方が、常に1から3%ポイント程度変化率が大きかった。品質調整を行わないと、資本ストックの変化率が過小に見積もられてしまうことが明らかになった。

著者はこの推計を踏まえて、日本農業の技術進歩率を、全要素生産性(TFP)の変化率として計算している。TFPの成長率は、生産の変化率から投入の変化率を差し引くことによって求められるが、このことによって固定資本の品質調整をしないことによる全要素生産性変化率に与えるバイアスを概算できる。バイアスは、年平均で0.5%ポイント前後となり、品質を考慮しない数値を使った場合には農業における技術進歩をかなり過大評価することになることが分かった。

以上、本研究は日本農業の機械資本ストックを、機械の品質変化を考慮して推計したものであり、分析上あるいは応用上、学術的意義は大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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