学位論文要旨



No 128090
著者(漢字) 加部,泰三
著者(英字)
著者(カナ) カベ,タイゾウ
標題(和) 微生物産生ポリエステルを用いた高強度フィルムおよび繊維の作製と大型放射光による高次構造解析
標題(洋)
報告番号 128090
報告番号 甲28090
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3806号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 竹村,彰夫
 東京大学 准教授 和田,昌久
 東京大学 准教授 江前,敏晴
 理化学研究所 チームリーダー 阿部,英喜
内容要旨 要旨を表示する

現在、プラスチックは生活に欠かすことのできない材料であるが、石油価格の高騰による原料調達問題、埋め立てや焼却などの最終処分が環境に与える負荷、コスト等から、再生可能資源であるバイオマス由来の材料で代替することが望まれている。

ポリ[(R)-3-ヒドロキシブチレート](P(3HB))は微生物が糖や植物油からエネルギー貯蔵物質として生体内で生合成し、熱可塑性を有する結晶性プラスチックである(図1)。さらに、P(3HB)は自然環境中の微生物によって分解されるため、環境循環型材料として注目を集めている。しかしながら、近年までP(3HB)は硬くて脆い性質を示すため、材料として注目されていなかった。しかし、超高分子量P(3HB)の発明と延伸法の開発により、P(3HB)の物性は劇的に上昇し、P(3HB)は材料として注目を浴びるようになった。しかしながら、超高分子量P(3HB)は高密度培養することが難しい。したがって、今後P(3HB)を材料として普及させることを考えると、優れた性質を有する超高分子量P(3HB)を効率的に使用し、生産性の高い野生株産生P(3HB)を主体とする高強度フィルムおよび繊維の開発が求められる。一方、高強度化がなされたP(3HB)材料は二つの結晶構造が存在することが知られている(図2)。一つは、溶融結晶化や冷結晶化など通常の結晶化手法で形成される21ヘリックス構造(α構造)であり、もう一方は、延伸したP(3HB)中でのみ検出される平面ジグザグ構造(β構造)である。β構造は、X線回折測定を除く、分析機器で検出することが難しく、β構造と物性の量的関係や熱的挙動などついての報告は非常に少ない。

本論文では、野生株産生P(3HB)を主体とし、生産性と高物性を兼ね備えたP(3HB)材料の作製を目的とした。また、高次構造にβ構造を含む材料の、物性と熱的な挙動に対して、大型放射光X線を主体とする分析を行い、詳細な分析を試みた。

野生株産生P(3HB)フィルムにおける超高分子量P(3HB)の添加効果

野生株産生P(3HB)に少量の超高分子量P(3HB)を添加し、高強度なフィルムの作製を試みた。超高分子量P(3HB)が熱的特性、結晶化挙動に与える影響を調べた結果、超高分子量を添加しても球晶成長速度に影響はないが、半結晶化時間が上昇しており、このことから、超高分子量P(3HB)は核剤の様に振る舞うことが分かった。その後、P(3HB)フィルム、P(3HB)/超高分子量P(3HB)=5/95ブレンドフィルム、10/90ブレンドフィルムおよび超高分子量P(3HB)フィルムに対して冷延伸法を適用し、高強度フィルムの作製を検討した。冷延伸を適用したところ、超高分子量P(3HB)フィルムを除くサンプルは12倍まで延伸することが出来たが、超高分子量P(3HB)は10倍までしか延伸することができなかった。これは超高分子量P(3HB)が有する、絡まり合いの多さが原因だと考えられる。各サンプルの最大強度は、P(3HB)、5/95ブレンド、10/90ブレンド、超高分子量P(3HB)の順にそれぞれ161、242、211、191 MPaであり、特に5/95ブレンドはP(3HB)の1.5倍、超高分子量P(3HB)の1.3倍の引張強度を有していた(図3)。大型放射光X線を用いた高次構造解析を行った結果、ブレンドフィルムは一段階延伸にもかかわらずβ構造が発現していた。さらにβ構造の相対量と引張強度の間には相関がみられた。高次構造解析の結果から、高次構造モデルを構築した(図4)。

P(3HB)繊維における紡糸条件の最適化と超高分子量P(3HB)の添加効果

超高分子量P(3HB)と野生株産生P(3HB)を5:95の割合でブレンドし、紡糸を行った。180、190、200 °Cの三種類の溶融温度を選択し、0-10 分までの熱分解を測定し、熱分解定数を調べた(図5)。この結果、超高分子量の添加は分解初期で分解を抑制することが分かった。これは絡み合いなどによって、熱による分子運動の伝達を遅延させるためだと考えられる。その後、溶融温度、溶融時間等の最適条件を精査した(表1)。最適条件を使用し、一段階延伸および二段階冷延伸を適用し、ブレンドおよびP(3HB)を使用した高強度繊維の作製を試みた。二段延伸の適用によってP(3HB)および5/95ブレンドの引張強度はそれぞれ631 MPaおよび740 MPaまで上昇した。特にブレンド繊維の強度は、野生株産生P(3HB)繊維の中で最も高い値を示した(図6)。作製した繊維について大型放射光X線を用いた高次構造解析を行った。

P(3HB)のβ構造における熱的性質と溶融過程の詳細な高次構造解析

β構造が存在するフィルム(βフィルム)に対して、大型放射光を用いた昇温リアルタイムX線測定を行い、β構造の昇温過程での高次構造変化について詳細な分析を行った。昇温リアルタイム広角X線解析の結果から、β構造は110 °C付近から減少し始め、130 °Cで完全に消失した。α構造のみで形成されるフィルム(αフィルム)が温度の上昇と共に結晶由来のピークの減少を伴うのに対して、β構造を含んだフィルムは結晶由来のピークが上昇し、120 °C付近から急激な結晶化を示した(図7)。昇温リアルタイム小角X線散乱図において、αフィルムは120 °C付近から温度の上昇と共に長周期の上昇をおこしていた。これはラメラ結晶の再結晶化によるものである。一方、βフィルムは120 °C付近で長周期が一度減少しており、その後140 °Cにおいて増加することが分かった(図8)。これはβ構造が溶融後α構造に転移し、その時の収縮力によりラメラ結晶が動いているためであると考えられる。DSC測定の結果と合わせて、β構造を含むP(3HB)延伸フィルムの溶融モデルを構築した。

微生物産生ポリエステルを用いたゲルフィルムの作製、物性および高次構造

高強度フィルムおよび高強度高柔軟性フィルムを作製することを目的として、新規の延伸法であるゲル延伸法を超高分子量P(3HB)およびP(3HB-co-3HH)に適用した。それぞれの貧溶媒を検討したところ、超高分子量P(3HB)にはp-xylene、P(3HB-co-3HH)には1,2-dichloromethanが最適であった。貧溶媒とポリマーを加熱することで溶解させ、急冷することでゲルを作製した。このゲルを乾燥させてゲルフィルムとし、延伸を施すことで高強度化を試みた。超高分子量P(3HB)ゲルフィルムは非常に脆く、延伸することが難しかった。P(3HB-co-3HH)は室温での延伸が可能であった。P(3HB-co-3HH)延伸ゲルフィルムおよびP(3HB-co-3HH)延伸キャストフィルムの強度は151MPaと103MPaであり、高強度化することが出来た。また、延伸前、延伸後、延伸熱処理後のフィルムに対して大型放射光X線測定を行い、延伸過程の高次構造変化について詳細な分析を行った(図9)。この結果、延伸されたP(3HB-co-3HH)ゲルフィルム内でラメラ結晶は回転していることが分かった。

以上、本論文「微生物産生ポリエステルを用いた高強度フィルムおよび繊維の作製と大型放射光による高次構造解析」では、超高分子量P(3HB)をP(3HB)に少量添加することで超高分子量P(3HB)単体に匹敵するフィルムおよび繊維の作製に成功した。また、大型放射光X線を使用した高次構造を解析することでβ構造と物性関係、および昇温時の高次構造変化を観察することが出来た。

図1 PHAを蓄積した微生物のTEM写真とP(3HB)の化学構造

図2 P(3HB)が採る二つの分子鎖構造

図3 冷延伸ブレンドフィルムの引張強度

図4 広角および小角X線測定結果から構築した冷延伸ブレンドフィルムの高次構造モデル

図5 ブレンドの溶融時間と分子量の変化

図6 二段階冷延伸を施したP(3HB)およびブレンド繊維の引張強度

図7 昇温にともなうα(020)、α(110)、およびβ反射比強度の変化A: αフィルム、B:βフィルム

図8 昇温によるラメラ結晶長周期の変化。黒:αフィルム、赤:βフィルム

図9 広角および小角X線回折測定によるP(3HB-co-3HH)ゲルフィルムの高次構造解析 A:キャストフィルム、B:ゲルフィルム、C:延伸ゲルフィルム

審査要旨 要旨を表示する

現在、石油資源の枯渇、難分解性プラスチックによる環境破壊など、プラスチックに関する環境問題が地球規模で取り上げられています。本研究で対象としたポリ[(R)-3-ヒドロキシブチレート](P(3HB))は、糖や植物油などのバイオマスから微生物により生合成されるバイオマスプラスチックであると共に、自然環境中の微生物によって分解される生分解性プラスチックでもあることから、環境にやさしいプラスチックとして期待されています。しかし、これまでP(3HB)は硬くて脆い性質を示すため、材料として利用できませんでした。本論文では、新たに生合成した超高分子量P(3HB)を用い、P(3HB)の高機能材料化を試みると共に、その構造と物性に関する基礎的知見を得ることを目的としています。具体的には、通常の野生株が合成する低分子量のP(3HB)に少量の超高分子量P(3HB)を添加し、冷延伸を施すことで高強度フィルムおよび繊維の作製を試みました。超高分子量P(3HB)は絡まり合いが多く、このため少量添加であっても物性、結晶化挙動および高次構造に影響を与える可能性があります。また、高強度化がなされたフィルムおよび繊維に対して、大型放射光を用いた高次構造解析を行い、その構造と物性の相関解明を行いました。

第1章の序論に引き続き、第2章では、遺伝子組換え大腸菌を用いて生合成した超高分子量P(3HB)の分子量、熱的性質などの諸性質について詳細に解析しました。さらに、野生株産生P(3HB)に少量の超高分子量P(3HB)を添加し、結晶化挙動の解析と高強度なフィルムの作製を試みました。超高分子量P(3HB)が熱的特性、結晶化挙動に与える影響を調べた結果、超高分子量P(3HB)を添加しても結晶の成長速度に影響はないが、結晶化時間が速くなることから、超高分子量P(3HB)は結晶核剤の様に振る舞うことがわかりました。野生株産生P(3HB)に少量の超高分子量P(3HB)を添加して作製したフィルムに対して冷延伸法を適用したところ、引張強度が242 MPaまで増加しました。このフィルム物性は、汎用高分子フィルムであるポリエチレンテレフタレートフィルム(PETフィルム)と同等な強度を有していることがわかり、P(3HB)から汎用高分子並みのフィルムを作製することに成功しました。大型放射光を用いて高次構造解析を行った結果、高強度フィルムにはP(3HB)の通常の分子鎖構造である2回らせん構造のほかに、新たな平面ジグザグ構造が発現していることがわかりました。

第3章では、野生株産生P(3HB)に少量の超高分子量P(3HB)を添加し、溶融紡糸条件の最適化と一段階および二段階冷延伸を適用することで、汎用高分子繊維に匹敵する高強度繊維の作製を試みました。溶融紡糸後の分子量測定の結果から、超高分子量P(3HB)の添加によって熱分解速度が抑制されることが分かりました。溶融紡糸繊維に冷延伸を施した結果、超高分子量P(3HB)を添加したブレンド繊維の強度は740 MPaまで増加し、ポリプロピレンやPET繊維並みの強度を有する高強度繊維を作製することに成功しました。大型放射光によるX線回折測定より、高強度繊維中にも高強度フィルムと同様に高強度化に起因すると考えられる平面ジグザグ構造の存在を確認することができ、構造解析により、回折強度と物性の相関を明らかにすることに成功しました。

第4章では、第2章及び第3章で高強度フィルム及び繊維に存在する高強度化の要因である平面ジグザグ構造の発現および溶融過程について、高速示差走査熱量測定(高速DSC測定)と大型放射光を用いた昇温リアルタイムX線測定を用いて詳細な解析を行いました。高速DSC測定を行った結果、世界で初めて平面ジグザグ構造の溶融挙動の検出に成功しました。また、昇温リアルタイムX線測定により、平面ジグザグ構造の発現および溶融過程をリアルタイムで追跡することに成功しました。これらの成果は、高強度フィルムや繊維の実用化に向けた、物性および熱的安定性に対する非常に有意義な基礎的知見であると考えられます。

以上、本論文では、生分解性バイオマスプラスチックの一つである微生物産生ポリエステルから汎用高分子に匹敵する強度を有するフィルムおよび繊維の作製に成功すると共に、大型放射光を用いて、高強度化に寄与する平面ジグザグ構造の発現機構や物性との相関を解明しました。よって、審査委員一同は博士(農学)の学位論文に値するとの結論に至りました。

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