学位論文要旨



No 128093
著者(漢字) 田村,直之
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ナオユキ
標題(和) (1→3)-β-グルカンのTEMPO触媒酸化に関する研究
標題(洋)
報告番号 128093
報告番号 甲28093
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3809号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 准教授 和田,昌久
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 江前,敏晴
 宇都宮大学 教授 羽生,直人
内容要旨 要旨を表示する

(1→3)-β-グルカンは天然に広く存在し、抗ガン作用や抗ウィルス作用といった生理活性や、三重らせん構造という特徴的な構造を持つ多糖として知られている。直鎖状(1→3)-β-グルカンとしてカードランやパラミロンが挙げられるが、水不溶性のため化学改質により水溶性を付与することが必要となる。そこで、多糖の化学改質法として2,2,6,6テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)を触媒量用いた1級水酸基の酸化法に着目した。TEMPO触媒酸化の特徴としては、水系かつ温和な反応条件で1級水酸基をアルデヒド基を経て、最終的にカルボキシル基へと選択的に酸化可能な点である。この反応を多糖類に適用すると、多糖の1級水酸基であるC6位の水酸基のみが選択的に酸化されることが報告されている。

一方、これまでのTEMPO触媒酸化は得られる反応生成物が著しく低分子化してしまうことが課題として報告されている。これは、弱アルカリ条件において反応が進むため、再生セルロースやデンプン等の多糖類に適用した場合には、反応中間体として生成するアルデヒド基によるβ脱離反応などの副反応によって、グリコシド結合の開裂が起こるためと考えられている。これまでにも、低分子化を抑えるために様々な反応条件が検討されてきたが、いずれも低分子化の抑制には成功していない。このことから、反応条件である弱アルカリ条件が低分子化の主原因であると考えた。

そこで本研究では、近年有機溶剤系で報告された弱酸性下でのTEMPO触媒酸化反応を水系で適用した(図1)。反応条件を中性から弱酸性とすることで、弱アルカリ条件による副反応が抑制されることが期待される。これまでTEMPOを用いた多糖類の酸化において、分子量が100000を超えるような高分子量のポリグルクロン酸を調製した報告例はない。本研究において、弱酸性下でのTEMPO触媒酸化を完全水系で(1→3)-β-グルカンに適用し、得られた生成物の分析を行うことにより、反応条件と生成物の分子量や化学構造との関連について、従来の弱アルカリ下での反応と比較検討を行った。

弱アルカリ性条件における(1→3)-β-グルカンのTEMPO触媒酸化

水不溶性のパラミロン及びカードランから、TEMPO/NaBr/NaClOシステムによって水系、pH 10の条件で水溶性の生成物を得ることできた。主酸化剤である次亜塩素酸ナトリウム15 mmol/gの添加条件で、ほぼすべてのC6位の1級水酸基が酸化され、カルボキシル基へと酸化された(図2)。このように、β-1,3結合のほぼ均一な構造を持つポリグルクロン酸ナトリウム塩が、TEMPO触媒酸化により化学量論的に調製することができた。一方、反応中にβ-1,3グリコシド結合の開裂によって、著しい低分子化が起こり、元のパラミロン及びカードランが1670、6790であったのに対し、得られた水可溶性生成物の重合度はパラミロン及びカードランでそれぞれ、68、86となってしまった。

弱酸性TEMPO触媒酸化を用いた高分子量ポリグルクロン酸調製の検討

弱酸性TEMPO触媒酸化(4-アセトアミド-TEMPO/NaClO/NaClO2;pH 4.7;35℃;24時間)によって、低分子化を抑制しつつ、C6-OHが選択的にカルボキシル基へと酸化されたカードランを調製することができた。反応時間を4-24時間とすることで、酸化カードランのカルボキシル基量を2.27-4.85 mmol/g(C6-OHの酸化度;40-95%)と制御することができた。また、カードランの場合ではカルボキシル基量が2 mmol/gを超えると、水可溶化することが分かった。酸化中の低分子化を完全に抑制することはできなかったが、C6-OHの酸化度95%、重合度1000を超える酸化カードランを調製することができた(表2)。各種デンプンやアミロース、プルランに適用した場合では、導入されたカルボキシル基量は同じ反応条件でもカードランと比べて少なかった。このことから、(1→4)-α-グルカンのC6-OHは(1→3)-β-グルカンと比べ、酸化を受けにくく、また、α -1,6結合近傍のC6-OHもまた、TEMPOにより酸化されにくいことが明らかになった(表1)。

カーデュロン酸水溶液の粘弾性特性に関する検討

弱酸性TEMPO触媒酸化によりカードランから得られた高重合度のポリグルクロン酸(カーデュロン酸)の溶液物性を調べるため、カーデュロン酸水溶液の粘弾性測定を行った。濃度依存性を調べたところ、濃度が増加するにつれ粘度増加が見られたが、濃度20wt%においても、ゲル化せずに溶解状態を保っていたことが分かった。また、濃度の増加に伴い降伏応力が増加していることから、濃度増加に伴う粘度上昇は分子鎖の絡み合いによるものであることが分かった(図3)。貯蔵弾性率の周波数依存性から、低周波数領域に平坦部が見られ、絡み合い点間重合度を算出したところ、試料の重合度よりも遥かに大きな値であったことから、カーデュロン酸分子は、水中において比較的大きな分子会合体を形成していることが示された。

カーデュロン酸と化学構造の似た物質であるアルギン酸ナトリウムやCMCと比較すると、同濃度においてカーデュロン酸水溶液は1ケタ以上、低粘度であることが分かった(図3)。測定に供した試料の重合度は、カーデュロン酸が最も大きいことから、水溶液中での溶解状態がアルギン酸ナトリウムやCMCとは異なることが明らかになった。

20wt%カーデュロン酸水溶液に各種金属塩化物水溶液を添加すると、アルカリ土類金属塩の添加によってゲルが形成された。塩化カルシウム水溶液の添加についてより詳細に検討を行ったところ、カルボキシル基量に対して、モル等量で1/50程度のカルシウム塩を添加することでゲル化することが分かった。以上から、カーデュロン酸水溶液は高濃度においても低粘度であり、希薄な金属イオン添加によってゲル化することから、ドラッグデリバリー等で用いられる新規内包剤としての応用が期待される。

弱酸性TEMPO触媒酸化を用いたパラミロンナノフィブリルの調製

パラミロンに弱酸性TEMPO触媒酸化を適用すると、低結晶性のカードランと異なり、完全には水可溶化せず、168時間後においても水不溶性分が約20%存在した。X線回折から、水不溶性分は各結晶面のピークが低角側へシフトしていることから、カルボキシル基の導入により、面間隔が増加していることが分かった(図8)。TEMPO触媒酸化後では結晶サイズの減少が見られたものの、元のパラミロンと似たX線回折パターンが得られたことから、三重らせん構造は維持されていた。

パラミロンに弱酸性TEMPO触媒酸化を適用し、超音波による微細化処理を行うことによりTEMPO触媒酸化パラミロンナノフィブリル(TOPN)を調製することができた。TOPNの形状観察を透過型電子顕微鏡(TEM)及び原子間力顕微鏡を用いて行ったところ、長さ380 nm、幅1.98 nmであった。X線回折により明らかになっている三重らせん構造の直径1.556 nmと、重合度より算出した三重らせん構造の長軸方向の長さ560 nmを併せて考えると、調製したTOPNは長軸方向にグリコシド結合の開裂が見られるものの、三重らせん構造を維持していることが予想される。

図1.弱酸性下でのTEMPO酸化の反応モデル

図2.元のパラミロン及びカードラン(DMSO-(d6)、TEMPO触媒酸化パラミロン及びカードランの13C-NMRスペクトル

表1. 4-アセトアミド-TEMPo/NaCIo/NaCIo2システム(pH4.7,35℃,24時間)を用いて調製したTEMPO触媒酸化カードラン、各種スターチ、アミロース及びプルランのカルボキシル基量及び収率

表2.元のカードラン、TEMPO/NaBr/NaClOシステム(pH10)及び4-アセトアミド-TEMPO/NaCIO/NaCIO2システム(pH4.7,35℃,24時間)を用いて調製したTEMPO触媒酸化カードランの重量平均及び数平均分子量(Mw,Mn)及び重合度(DPw,DPn)

図3. 2.5-20wt%カーデュロン酸水溶液の◆及び◆のせん断速度依存性(左)、及びG',G"の周波数依存性(中央)、5.Owt%におけるカーデュロン酸、アルギン酸ナトリウム、CMC水溶液の◆及び◆のせん断速度依存性(右)

図8.元のパラミロン及び、4-アセトアミド-TEMPO/NaCIO/NaCIO2システム(pH4.7,35℃,24-168h)システムを用いて調製したTEMPO触媒酸化パラミロンの水不溶性分のX線回折パターン

図9.0.01%TOPN水分散液のTEM観察像

審査要旨 要旨を表示する

(1→3)-β-グルカンは天然に広く存在し、抗ガン作用や抗ウィルス作用等の生理活性や、結晶では三重らせんという特徴的な構造を持つ多糖として知られている。そのため、医薬品などへの応用が期待される物質として研究が行われている。直鎖状(1→3)-β-グルカンとしてカードラン(低結晶性)やパラミロン(高結晶性)が挙げられるが、水不溶性のため化学改質により水溶性を付与することが必要となる。そこで、多糖の化学改質法として2,2,6,6テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)を触媒量用いた1級水酸基の酸化法に着目した。TEMPO触媒酸化の特徴として、水系かつ温和な反応条件で、1級水酸基を位置選択的にカルボキシル基へと酸化可能であることが挙げられる。この反応を多糖類に適用すると、多糖の1級水酸基であるC6位の水酸基のみが選択的に酸化されることが報告されている。

一方、これまでのTEMPO触媒酸化は得られる反応生成物が著しく低分子化してしまうことが課題であった。これは、弱アルカリ性条件での酸化反応であるため、再生セルロースやデンプン等の多糖類に適用した場合には、反応中間体として生成するアルデヒド基によるβ脱離反応や反応中に生成する活性ラジカル種などの副反応により、グリコシド結合の開裂が起こるためと考えられている。これまでにも、低分子化を抑えるために様々な酸化反応条件を検討されたが、いずれも多糖の低分子化の抑制には成功していない。このことから、弱アルカリ性条件が低分子化の主原因であると考えた。

そこで本研究では、近年有機溶剤系で報告された弱酸性下でのTEMPO触媒酸化反応を水系で適用した。反応条件を中性から弱酸性とすることで、弱アルカリ性条件による副反応が抑制されることが期待される。これまでTEMPOを用いた多糖類の酸化において、分子量が100000を超えるような高分子量のポリグルクロン酸を調製した報告例はない。本研究においては、弱酸性下でのTEMPO触媒酸化を完全水系で(1→3)-β-グルカンに適用し、得られた生成物の分析を行うことにより、反応条件と生成物の分子量や化学構造との関連について、従来の弱アルカリ下での反応と比較検討した。また、(1→3)-β-グルカンの三重らせん構造に着目し、高結晶性のパラミロンから三重らせん構造を有した構造体の単離を検討した。

弱アルカリ性TEMPO触媒酸化を水不溶性のパラミロン及びカードランに適用し、得られた生成物の13C-NMRスペクトル及び重合度測定を行った。その結果、C6位の1級水酸基がほぼすべてカルボキシル基へと酸化された水可溶性のポリグルクロン酸を得ることができた。また、重合度測定から、元のパラミロン及びカードランの重合度1670、6790に対し、酸化後では、68、86となってしまった。

続いて、低結晶性のカードランに弱酸性TEMPO触媒酸化を適用し、得られた生成物の化学構造及び重合度測定から反応最適条件の検討を行った。その結果、C6位の1級水酸基がほぼすべてカルボキシル基へと酸化され、かつ重合度が1000を超えるポリグルクロン酸(カーデュロン酸)を調製可能な条件を見出した。

弱酸性TEMPO触媒酸化をカードランに適用することで調製されたカーデュロン酸は、これまでTEMPO触媒酸化を用いて調製されたポリグルクロン酸の中で最も高重合度であった。カーデュロン酸と類似した化学構造を持つアルギン酸ナトリウムやカルボキシメチルセルロース(CMC)が一般に増粘剤として用いられていることを踏まえ、カーデュロン酸水溶液の粘弾性を検討した。その結果、カーデュロン酸水溶液は、アルギン酸ナトリウムやCMC水溶液と比較すると、同濃度において低粘度であり、高濃度までゲル化せずに分子分散状態を保つことが明らかになった。また、二価金属イオンを少量添加することで、効率的に分子間架橋を形成しゲル化することが示された。

高結晶性のパラミロンに弱酸性TEMPO触媒酸化を適用し、三重らせん構造体の単離を検討した。その結果、パラミロンでは72時間の反応においてもTEMPO酸化パラミロンの水不溶成分が約80%存在していた。また、水不溶成分の回収率は、反応に用いる緩衝液の濃度を高くすることで向上可能なことが示された。TEMPO酸化パラミロンの水不溶成分を水中で超音波処理を行うことで、ナノフィブリルに分散可能なことが見出された。調製したTEMPO酸化パラミロンナノフィブリルの幅を評価したところ、X線回折により得られた三重らせん構造の直径と同程度の幅であったことから、TEMPO酸化パラミロンナノフィブリルはパラミロンの三重らせん構造体を単離したものであることが示唆された。

以上のように、弱酸性TEMPO触媒酸化という手法を用いることにより、高重合度ポリグルクロン酸の調製と水溶液中での金属イオンとの複合材料化、パラミロンの三重らせん構造体の単離などを明らかにすることができ、学術的にも応用技術としても貴重な成果を得ることができた。これらの研究成果は、(1→3)-β-グルカンの基礎科学はもとより、新規バイオ系材料開発分野の観点からも高く評価される。従って、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク