学位論文要旨



No 128094
著者(漢字) 福住,早花
著者(英字)
著者(カナ) フクズミ,ハヤカ
標題(和) TEMPO酸化セルロースナノフィブリルフィルムの構造と特性に関する研究
標題(洋) Studies on structures and properties of TEMPO-oxidized cellulose nanofibril films
報告番号 128094
報告番号 甲28094
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3810号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 准教授 竹村,彰夫
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 江前,敏晴
 東京工業大学 教授 鞠谷,雄士
内容要旨 要旨を表示する

直径100 nm以下の繊維はナノファイバーと呼ばれ、ナノテクノロジーの分野で幅広く研究されている。ナノファイバーは、光の波長よりも小さい直径、高い比表面積、異方性を有しているため、従来の材料とはしばしば異なる材料特性を示すことが知られている。セルロースミクロフィブリルおよびミクロフィブリルの束は自然界に存在するナノファイバーであり、環境調和型の機能材料として近年では精力的に研究が進められている。

中でも、天然セルロースを水中でTEMPO(2,2,6,6-tetramethylpiperidine-1-oxyl)触媒酸化し、軽微な機械処理を施すことで調製されるTEMPO酸化セルロースナノフィブリル(TOCN)は幅数nmの高結晶性ナノファイバーであり、生物生産性、低環境負荷な製造プロセスといった利点も兼ね備えていることから、様々な分野での応用が期待されている。

本研究の目的はTOCN材料の基礎的知見を得るためにTOCN水分散液からフィルムを調製し、その構造と特性を解析することである。また、TOCNフィルムの表面親水性、耐湿性、耐熱性を改善するためTOCNの表面改質や既存材料との複合化等の手法を用いて検討した。

TOCNフィルムの調製と構造解析

漂白クラフトパルプにTEMPO触媒酸化および軽微な機械処理を施し、TOCN水分散液を調製した。このTOCNは幅3-4 nm、長さ 200 nm以上を有しており、この長さは機械処理条件を変化させることで制御可能である。そしてTOCNの表面にはナトリウム塩型のカルボキシル基がグルコース2残基に約1個の割合で存在している。

0.1%TOCN水分散液をキャストまたはフィルターでろ過し、40 ℃で乾燥させるとによりTOCN自立フィルムを作製した(図1写真)。また親水化処理を施したPET(polyethylene terephthalate)やPLA(polylactic acid)等の市販フィルムにTOCN水分散液を塗布し、室温で乾燥させることでTOCNコートフィルムを作製した。本研究ではTOCNコートフィルムをガス透過試験に用いた。

TOCN自立フィルムは、フィルムの厚さ方向にナノフィブリルが密に積層している一方、フィルム表面ではナノフィブリルがランダムに配向した構造であった(図2)。結晶構造はセルロースI型を保持していた。TOCN自立フィルムの密度は1.40-1.45 g cm-3であり、セロファン等の高分子フィルムに似た高密度の値を示した。陽電子消滅法により、真空下でのTOCN自立フィルムの空隙サイズと分布を測定したところ、直径約0.47 nmの微小な空隙がフィルム表面から内部にわたって均一な分布で存在することが明らかになった。またフィルムの厚さ方向に貫通する空隙の存在は認められなかった。この空隙サイズはナノフィブリル間の空隙を示している。そして、この値はあらゆる高分子の空隙サイズと比較しても極めて小さい値であり、酸素バリア膜として知られるポリビニルアルコール(PVA)と同程度であった。

TOCNフィルムの特性解析および表面改質や複合化による特性変化

TOCNフィルム(TOCN-COONa)は、(1)高い透明性、(2)200 ℃程度の熱安定性、(3)熱寸法安定性、(4)柔軟で高強度、(5)酸素バリア性、(6)水蒸気高透過性、(7)表面親水性を示した。以下にTOCNの特性、また表面改質や複合化をした場合の特性変化について詳細に述べる。

(1) TOCN自立フィルムは高い透明度を有しており、TOCNをPETやPLAに塗布したコートフィルムも同様であった。しかしTOCN自立フィルムの光透過率は、樹種間で10%程度の差が認められる(図1)。この差はTOCN水分散液中のナノフィブリルの分散性の違いによると考えられる。

(2) TOCNフィルムの熱分解温度は元のセルロースに比べ約100℃低下した。この現象は、機械処理前のTEMPO酸化パルプ(TOC)や、酸型のTOC(TOC-COOH)でも同様であり、TOCN表面のカルボキシル基により熱分解が促進されていることが示された。そこでトリメチルシリルジアゾメタンを用いてカルボキシル基をメチルエステル化したところ、熱分解温度が約50 ℃向上し、TOCNの表面化学改質により熱安定性が向上することが明らかになった(図3)。また、TOCNの表面カルボキシル基の対イオンをカルシウム等の2価のイオンに交換することで、熱安定性がある程度向上することも示された。

(3) TOCNフィルムの熱膨張率は2.7 ppm K-1であり、ガラス(9 ppm K-1)よりも低い。これはTOCNの高結晶性とナノフィブリル同士の強固なネットワーク構造によるものと考えられる。

(4) TOCNフィルムの引張特性は、高分子フィルムと同様に密度に影響される。密度が同程度のフィルムでは、ナノフィブリルの分散性、重合度、平均長さ、長さ分布などが影響し、これらの違いによって引張弾性率、引張強度、破断伸びに差を生むことが確認された。更に、TOCNをPVAに2:8の重量比で混合し、製膜したコンポジットフィルムでは、TOCNによる繊維補強効果が認められた。

(5) あらゆるセルロース系フィルムの酸素透過量を比較したところ、木材由来のTOCN-COONaが最も低い値を示した(図4)。これは、フィルムの空隙直径が0.47 nmと、酸素分子の速度論的直径0.346 nmよりもわずかに大きいだけであることに加え、フィルムの厚さ方向にナノフィブリルが密に積層しており、酸素分子の拡散を遅らせる構造を有しているためと考えられる。一方、湿度50%以上ではTOCN-COONaフィルムの酸素バリア性は著しく低下することが示された(図4)。

(6) TOCN自立フィルムの水蒸気透過量は、セロファンに比べ高い値を示した。これは、TOCN表面のナトリウム塩型カルボキシル基が親水性を高めているからと考えられる。またTOCNコートフィルムの水蒸気透過量は、基材のフィルムと同程度であった。従って、TOCNをコーティングにより疎水性の他材料と複合化することで、耐湿性を付与できることが確認された。

(7) TOCNフィルムの水の初期接触角は55°と、セロファンの値と同様であり、時間経過に従って液滴がフィルム内部に浸透した。紙の撥水剤として用いられるアルキルケテンダイマー(AKD)の分散液にTOCNフィルムを浸漬し、再乾燥させた複合フィルムは、初期接触角約100°を示し、測定時間10秒間にわたって液滴の浸透は見られなかった。また、同様の傾向はTOCN水分散液に対してAKDをセルロース重量比0.5%加え、フィルム化した場合でも確認された。

図1 針葉樹、広葉樹クラフトパルプ由来のTOCNフィルムの光透過率(写真は針葉樹由来のTOCNフィルム)

図2 針葉樹由来のTOCNフィルムの原子間力顕微鏡像(左)、および走査型電子顕微鏡像(右)

図3 元のセルロース、TEMPO酸化セルロース(TOC)、メチルエステル化TOCの熱重量曲線(上)および対応する微分曲線(下)

図4 湿度0%における各種セルロース系フィルム、市販PETフィルム、および湿度50%における木材由来TOCNフィルム等の酸素透過係数

審査要旨 要旨を表示する

セルロースは自然界に豊富に存在し持続的生産が可能なバイオマスであり、植物中ではミクロフィブリルと定義される高結晶性でナノサイズ幅のセルロース分子の束をセルロース分子に次ぐ最小構成エレメントとしている。近年このセルロースミクロフィブリルを新規の機能材料に利用するための基礎および応用研究が盛んに行われている。2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)触媒酸化を天然セルロースに適用した場合、元の繊維形状を維持しながらミクロフィブリル表面にカルボキシル基が高密度で導入できる。このTEMPO酸化セルロースを水中で解繊処理することでミクロフィブリル単位への完全ナノ分散が可能となる。得られたTEMPO酸化セルロースナノフィブリル(TOCN)は数nmの均一幅で高結晶性のナノファイバーであり、再生産可能な資源から環境負荷が少ない改質プロセスで得られる新規バイオ系ナノ材料である。一般に、ナノファイバー(直径100 nm以下の繊維)は光の波長よりも小さい直径、高い比表面積、異方性を有しているため、従来の材料とは異なる材料特性を示すことが期待される。

そこで本研究では、TOCN材料の基礎的知見を得るために木材由来のTOCN水分散液からフィルムを調製し、その構造と特性について詳細な解析を行った。まず、木材漂白クラフトパルプから調製されたTOCN水分散液をシャ-レにキャストまたはフィルタ-でろ過し、乾燥させることによりTOCN自立フィルムを作製し、その構造解析を行った。SEMやAFM等の顕微鏡観察からはTOCN表面ではナノフィブリルの配向はランダムであり、厚さ方向では結晶性ナノフィブリルが密に積層した構造を有することが明らかになった。フィルムの密度は1.40-1.45 g cm-3であり、セロファン等の高分子フィルムに似た高密度の値を示した。

幅が3-4 nmの結晶性ナノフィブリルが密に積層した木材由来のTOCNフィルムは、以下の特性を示した。フィルム中での光散乱が低減されたことによる高い透明度(光透過率80-90%)、紙やセロファンの倍以上の高い引張強度(200-300 MPa)と弾性率(6-10 GPa)、ガラスよりも優れた熱寸法安定性(熱膨張率2.7 ppm K-1)、そして高い酸素バリア性(酸素透過係数0.0008 mL μm m-2 day-1 kPa-1)である。一方、TOCN表面のカルボキシル基に由来する熱分解温度の低下や高い水蒸気透過性、表面親水性といったフィルム特性も見出されたが、これらはTOCN表面の化学改質や他材料との複合化により改質することが可能である。以上の結果により、透明性、高強度、熱寸法安定性、ガスバリア性を備えたTOCNは高機能食品・医薬品包装や電子部材などへ応用が可能な素材であることが明らかとなった。

TOCNフィルムは酸素バリア性を示すが、表面のAFM画像によるとナノフィブリル間には酸素分子が通過可能なサイズの空隙が存在しているように見える。そこでTOCNフィルムのガスバリア性発現機構を解明するため、陽電子消滅法によりTOCN自立フィルムの空隙サイズの測定を行った。その結果、直径約0.47 nmの微小な空隙がフィルム表面から内部にわたって均一なサイズで存在することが明らかになった。空隙の分布も表面から内部にわたって一定であり、フィルムの厚さ方向に貫通する空隙の存在は認められなかった。この空隙サイズはナノフィブリル間の空隙を示しており、同フィルムを150℃で30分間加熱しても変化しなかった。空隙サイズは酸素分子の速度論的直径(0.346 nm)に近い値であることから、このような微小の空隙がフィルム内部での酸素分子の拡散を遅らせていると考えられる。また、TOCNに類似した様々なセルロ-ス系フィルムの酸素透過係数を比較したところ、分子分散したセロウロン酸、天然セルロ-スを機械処理のみで微細化したミクロフィブリル化セルロ-ス、繊維幅が10 nm以上で剛直なホヤ由来のTOCNでは木材由来のTOCN-COONaに比べて酸素バリア性の著しい低下が確認された。これにより、木材由来TOCNの極細の繊維幅、表面に高密度で存在するカルボキシル基(COONa)、高結晶性がフィルム中でのナノフィブリルの最密充填構造をもたらし、その結果微小な空隙サイズの構造をもたらすと考えられる。

TEMPO酸化セルロ-ス(TOC)はH型、Na型、ナノファイバ-化処理の有無に関わらず、総じて元のセルロ-スに比べて約100 ℃熱分解開始温度の低下がみられ、TEMPO酸化により結晶表面に導入されたカルボキシル基がその原因であることが示された。この耐熱性の低下を向上させるためにトリメチルシリルジアゾメタンによるカルボキシル基のメチル化を行ったところ、TOCの結晶表面に存在するほぼすべてのカルボキシル基がメチルエステル化され、熱分解温度はTOCに比べて約50℃向上した。また、TOC中に含まれるカルボキシル基の対イオンをさまざまな金属カチオンでイオン交換したところ、特にCaなどのアルカリ土類金属に耐熱性向上効果が認められた。

TOCNは機械処理条件を変化させることにより、幅を変化させることなくナノフィブリル長を変えることができる。3種の機械処理条件によって得られるTOCNの諸特性を調べたところ、ナノフィブリル長と重合度に正の相関性が見られた。TOCNの水中での分散性はナノフィブリル長が短い程高く、結果としてTOCNフィルムの透明性もわずかに高いことが明らかになった。しかし逆にフィルムの強度、酸素バリア性に関しては、ナノフィブリル長が長く、長さ分布が広いTOCN程優位であることが示された。

以上のように申請者はTOCNフィルムの様々な特性、ガスバリア性発現機構について明らかにし、他材料との複合化、表面化学改質、ナノフィブリル長さによるフィルム物性変化について詳細な検討を行い、TOCNが新規ガスバリア材・電子部材として期待される新規バイオ系素材であることを明らかにした。これらの研究成果はセルロ-スの基礎化学はもとより、新規バイオ系ナノ材料開発分野の観点から高く評価される。従って、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク