学位論文要旨



No 128095
著者(漢字) 堀,千明
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,チアキ
標題(和) 担子菌Phanerochaete chrysosporiumのセルロース分解関連酵素生産に及ぼすキシランの影響に関する研究
標題(洋) Effects of xylan on production of cellulolytic enzymes by the basidiomycete Phanerochaete chrysosporium
報告番号 128095
報告番号 甲28095
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3811号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鮫島,正浩
 東京大学 教授 松本,雄二
 東京大学 准教授 五十嵐,圭日子
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 有岡,学
内容要旨 要旨を表示する

第1章序論

担子菌類には植物が生産するセルロースおよびヘミセルロースなどの多様な多糖類および難分解性高分子化合物のリグニンを単独で完全分解できる白色木材腐朽菌が存在する。その中でも担子菌Phanerochaete chrysosporiumはこれらの分解能力の高さから幅広く研究されているモデル菌であり、菌体外に多様な分解関連酵素を分泌することが知られている。本菌は、セルロースを分解する際に、セルラーゼと総称される加水分解酵素に加え、セロビオース脱水素酵素(CDH)を生産している。セルラーゼによって生成したセロオリゴ糖がCDHによって酸化されることから、セルロース代謝において本酸化還元酵素が重要であることが示唆される一方本酵素の生理学的役割は未だに不明である。これまでの研究で、固体であるセルロースを分解する際には、その分解物である可溶性のグルコースおよびセロオリゴ糖がこれらセルロース分解関連酵素の生産に影響を与えることが明らかとなっている。一方、木材中ではセルロースは主要なヘミセルロース成分であるキシランと共存しているが、これまで、キシランの存在が本菌におけるセルロース分解関連酵素の生産に与える影響について研究している例はない。そこで、本研究では、担子菌P. chrysosporiumにおいて、キシランがセルロース分解系に与える影響を明らかにすることを目的として、網羅的解析およびセルロース分解関連酵素遺伝子の発現応答解析を行った。

第2章 キシランが菌の成長および菌体外酵素生産に与える影響

本章ではキシランが、セルロース培地で培養した菌体の成長量や菌体外酵素生産量に与える影響を検証した。キシランを単独の基質とした場合に本菌は成長しないにもかかわらず、セルロース培地に少量のキシランを添加すると菌体の初期成長速度を増加させるのと同時に菌体外タンパク質生産が促進された。このときキシラン分解酵素生産だけでなく、セルロース分解酵素生産も促進することが明らかとなった。さらに、キシランはCDH生産も顕著に促進させた。また、キシランは、キシロースがβ-1,4結合した主鎖にアラビノースやグルクロン酸などの側鎖が付加されたヘテロ多糖である。側鎖構造が違うアラビノキシランおよびグルクロノキシランを添加した場合にも、同様の効果を示したことから、キシラン添加による効果は側鎖よりも主鎖構造に由来するという着想を得た。

第3章キシラン添加培養系において生産される菌体外酵素の網羅的解析

本章では、セルロース培地にキシランを添加することが個々のセルロース分解酵素生産にどのような影響を与えるかを明らかにするために、二次元電気泳動法ならびに担子菌P. chrysosporiumのゲノム配列データベースを利用した検索により網羅的解析を実施した。セルロース単独の場合とキシランを添加した場合において生産されたタンパク質のうち、対応する各遺伝子情報によって帰属された47個のタンパク質スポットの蛍光強度について比較定量解析をおこなった。その結果、キシランを添加すると、構成タンパク質のなかに強度が2倍以上に増加しているスポットが12個あった。それらのうち7個のスポットが、糖質加水分解酵素(GH)ファミリー10推定エンドキシラナーゼまたは糖エステラーゼファミリー15推定グルクロノイルエステラーゼなどのキシラン分解関連酵素であった。興味深いことに、セルロース代謝の中で位置づけられているセロビオース脱水素酵素(CDH)およびセルロースを酸化的に分解することが最近の研究によって示されているGHファミリー61に属するタンパク質(GH61C)についても同時にスポット強度が増加されることが明らかとなった。

第4章キシロオリゴ糖が各セルロース分解関連酵素の遺伝子発現に与える影響

前章までの結果により、キシランの存在が担子菌P. chrysosporiumによるセルロース分解を促進すること、特にその関連酵素の中でもCDHやGH61タンパク質などの酸化還元酵素に与える影響が大きいことが明らかとなった。そこで、本章では、このような現象を遺伝子レベルで明らかにすることを目的とした。これまでの研究で、GH61タンパク質は、CDHの電子受容体としての候補であること、および、CDHの電子供与体のセロオリゴ糖を生産する酵素である主要なセルラーゼはCDHに深く関与していることも示唆されている。そこで、本章ではCDHに加え、それに関与すると推測される酵素であるGH61アイソザイム(gh61A-D)および主要なセルラーゼ(Cel6A、Cel7CおよびCel7D; 対応遺伝子cel6A, cel7C, cel7D )の発現挙動を調べた。

キシロースおよび重合度(DP)2-4のキシロオリゴ糖(X1,X2, X3, X4)を添加した培地で担子菌P. chrysosporiumの培養を行い、経時的に菌体をサンプリングし、各セルロース分解関連酵素遺伝子の発現応答を定量PCR法によりモニタリングした。その結果、X2以上のキシロオリゴ糖により添加1時間後にcdhとともに、gh61B、gh61C、cel7Cおよび cel7Dの転写産物が増加することが明らかとなった。また、cel6Aおよびその他gh61Aおよびgh61Dについては明確な発現応答の変化を示さなかった。ただし、キシロオリゴ糖によるこれらの遺伝子発現応答は、対照としたセロオリゴ糖による発現量の増加に比べると一般的には小さかったが、その中でcel7Cだけはキシロオリゴ糖により高い発現応答をすることが特徴であった。一方、セロオリゴ糖による応答については、セルラーゼ遺伝子と同様に、これらCDHおよびGH61遺伝子全ての発現も誘導されることも明らかとなった。それら発現パターンを比較すると、CDHは、gh61Bおよびcel7Cがcdhと非常に似たパターンを示した。

第5章総括

キシランをセルロース培地に添加すると菌体の初期成長を速め、それと同時にタンパク質生産およびセルラーゼ生産を促進することが明らかとなった。また、この現象にキシラン側鎖よりも主鎖構造が関与している可能性が示唆された。さらに、分泌タンパク質の網羅的解析によって、キシランがセルロース分解関連酵素のなかでもCDHおよびGH61タンパク質といった酸化還元酵素の生産を顕著に促進する可能性が示された。したがって、このことを確認するために、CDHならびにGH61タンパク質、さらにセルラーゼ遺伝子の発現挙動にキシロオリゴ糖およびセロオリゴ糖が与える影響について精査した。その結果、CDHと同様の遺伝子発現応答パターンを示す遺伝子として、cel7Cおよびgh61Bが挙げられた。このことは、これら遺伝子に対応する酵素がCDHの電子供与体の生成酵素と電子受容体である可能性が示唆された。また、セルロース分解培養系にキシランを添加したことによって観察された本菌の成長促進は、キシラン分解によって生成されたキシロオリゴ糖によってCel7C等の一部のセルロース分解酵素生産の誘導が促進されることに起因すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

担子菌Phanerochaete chrysosporiumは、植物細胞壁の主要な構成成分であるセルロース、ヘミセルロースおよびリグニン等の分解機構について幅広く研究されている木材腐朽菌である。本菌はセルロースを分解する際に、セルラーゼ等の加水分解酵素群を生産するが、これに加えてセロオリゴ糖を酸化するセロビオース脱水素酵素(CDH)と呼ばれる酸化還元酵素を生産することが知られている。一方、植物細胞壁中において、セルロースはキシラン等のヘミセルロースに覆われる形で存在するため、本来、セルロースとキシランの分解は切り離して考えることはできないが、本菌においては相互の関係を調べた研究例はほとんどない。そこで、本研究では、担子菌P. chrysosporiumによるセルロース分解関連酵素生産に及ぼすキシランの影響について明らかにすることを目的として、菌体外酵素の網羅的解析および関連酵素遺伝子の発現応答解析を行った。

まず、キシランの存在がセルロース分解培養系での菌体の成長量、菌体外タンパク質生産量、さらにセルロースおよびキシラン分解に関連する酵素活性に与える影響を調べた。セルロース培地に少量のキシランを添加すると菌体の初期成長速度を著しく増加させるのと同時に菌体外タンパク質生産が促進された。また、この際、菌体外液のキシラナーゼ活性が著しく増加するが、同時にセルロース分解酵素の生産においても増加する傾向が認められた。さらに、キシランの存在はCDH活性を顕著に増大させた。このような現象は、イネ科草本植物由来のアラビノキシランおよび広葉樹由来のグルクロノキシランどちらを添加した場合にも認められた。このことから、これらの効果はキシランの側鎖構造よりも共通に存在する主鎖構造に由来する現象であると考察した。

次に、セルロース培地にキシランを添加することが個々の菌体外酵素生産にどのような影響を与えるかを明らかにするために、セルロース分解培養系から得た菌体外液について二次元電気泳動法による分泌タンパク質の網羅的な解析を行った。具体的には、二次元電気泳動上で分離された47個の菌体外タンパク質スポットについて、担子菌P. chrysosporiumのゲノム配列データベースを用いたLC-MS/MS解析によって遺伝子座の帰属を行い、さらにスポットの蛍光強度に基づく定量解析を行った。キシランの添加により強度が2倍以上に増加しているスポットが12個検出されたが、それらのうち、7個のスポットはキシラン分解関連酵素に対応するものであることが確認された。しかしながら、同時にセルロース分解関連酵素として位置づけられているCDH、また最近の研究によってセルロース分解を促進する菌体外酸化還元酵素として位置づけられるようになったGHファミリー61に属するタンパク質GH61Cについても、キシラン添加によりスポット強度が増加することが明らかとなった。

そこで、これらに対応するセルロース分解関連酵素遺伝子の発現応答について解析を試みた。ここでは、本菌における主要なセルラーゼであるCel6A、Cel7CおよびCel7D、また菌体外タンパク質の網羅的解析によりキシラン添加により分泌が促進されたと考えられるCDHおよびGH61タンパク質の遺伝子を対象とした。実験としては、レスティング状態にあるP. chrysosporium菌体を含む培養系にキシラン主鎖の構成糖であるキシロースおよび重合度(DP)2-4のキシロオリゴ糖を添加した後、各セルロース分解関連酵素遺伝子の発現応答を定量PCR法により経時的にモニタリングした。また、対照としてセロオリゴ糖を添加した場合の発現応答についても情報を取得した。その結果、キシロオリゴ糖添加後、cel7C、cel7D 、cdh、gh61B、gh61C等の遺伝子の転写レベルが増加することが明らかとなった。また、キシロオリゴ糖添加によるこれらの遺伝子発現応答は、対照としたセロオリゴ糖添加による遺伝子発現量の増加に比べると一般的にはオーダーレベルで小さかったが、その中でcel7Cだけはキシロオリゴ糖によっても際だった発現応答をすることが明らかとなった。また、セロオリゴ糖による発現誘導については、セルラーゼ遺伝子と同様に、cdhおよびGH61酵素遺伝子においても顕著に認められた。さらに、キシロオリゴ糖ならびにセロオリゴ糖添加による発現パターンを比較すると、cel7C、cdh、gh61Bが非常に共通なパターンを示すことが明らかとなった。

以上、本研究では、担子菌P. chrysosporiumにおいては、キシランの存在がセルロース分解に関与するいくつかのセルラーゼならびにCDHならびにGH61ファミリーに分類される酸化還元酵素等の生産を促進することを明らかにした。さらに、これらの促進については、キシラン主鎖構造を構成するキシロオリゴ糖による酵素遺伝子の発現誘導が関与することを示した。一方、キシロオリゴ糖による誘導はセロオリゴ糖による誘導に比べると転写レベルが低かったことから、キシロオリゴ糖によって誘導されたCel7Cn等によるセルロース分解の促進によって生成したセロオリゴ糖が、さらに他のセルロース分解関連酵素の発現を強く誘導するといったカスケード的な発現誘導機構が存在することも示唆された。以上、本研究で得られた成果によって、セルロース分解関連酵素系におけるキシランならびにその分解生成物であるキシロオリゴ糖の影響について分子生物学的な立場から考察するための道筋が得られ、このことは担子菌によるセルロース分解酵素系の発現制御機構の解明に向けた今後の展開において、学術上、貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文を博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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