学位論文要旨



No 128097
著者(漢字) 植松,武彦
著者(英字)
著者(カナ) ウエマツ,タケヒコ
標題(和) 二成分高分子系により調製される機能性セルロースシートに関する研究
標題(洋) Studies on functional cellulose sheets prepared by dual polymer systems
報告番号 128097
報告番号 甲28097
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3813号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 特任教授 木村,実
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 江前,敏晴
 東京農工大学 教授 岡山,隆之
内容要旨 要旨を表示する

地球上で最も豊富に生産される有機高分子であり、且つバイオマスであるセルロースは古来より衣服や紙に利用されてきたが、今日では電子機器や医療・薬品分野にも応用展開されている。セルロースが最も多く利用される紙の用途は様々であり、印刷用紙、包装紙、衛生紙、および家庭紙などが代表例として挙げられる。家庭紙分野では、水解性機能を利用した清掃用シート製品が開発されてきた。本シートは、対象面を清拭する際にはウェットワイパーとしての充分な強度を有する一方、清拭終了後に水洗トイレに流して廃棄する際には、水流によって容易に崩壊する「水解性」を有している。その特徴としては、アニオン性高分子であるカルボキシメチルセルロース(CMC)が約4%程度紙中に含有されている点、および含浸洗浄液に含水アルコール系有機溶剤を用いている点にある。CMCを紙に導入するためには、内部添加抄紙法(内添法)を用い、カチオン性高分子を併用添加し、パルプ表面電荷をプラスにした上でCMCを添加して定着させる「デュアルポリマーシステム」を用いる必要がある。本法における各々高分子の定着挙動についてはこれまで多くの研究がなされてきたが、高分子成分の紙中含有量からの推測の範囲内であり多くの未解明な点があった。また、上述の清拭中の湿潤強度の発現機構についても不明であった。

本研究では、デュアルポリマーシステムを用いてCMCをセルロースシートに導入する際の、各高分子のセルロース繊維への定着機構、および湿潤強度の発現機構について新しい分析法を利用して解析を行った。また、CMC以外のアニオン性多糖類を用いてセルロースシートを作製し、その多糖類成分のシート中での化学構造とシート物性の関係についても検討した。

CMC含有シートの湿潤強度および水解性発現機構

内添法においてデュアルポリマーシステムを用い、カチオン性高分子であるpoly[N,N,N-trimethyl-N-(2-methacryloxyethyl)ammonium chloride] (PTMMAC)とCMCを各々対セルロース重量当たり5%添加することによってCMC含有シートを作製した。このCMC含有シートをエタノール・水・塩化カルシウム混合液(EtOH/H2O/CaCl2液)またはEtOH/H2O液中に30分浸漬した後、湿潤引張強度を測定した。浸漬液中のエタノール含有率が高いほど湿潤強度は増加し、水含有率が高いほど強度は低下する傾向を示す。EtOH/H2O/CaCl2液中に浸漬した場合では、40~80%の水含有率の液体に浸漬した際の湿潤強度はEtOH/H2O液に浸漬した場合に比べ著しく向上することが確認された。また、エタノールを含有しない場合においては塩化カルシウムの有無に関係なく強度は完全に消失することが併せて確認された(図1)。

一方、対照シートにおいては浸漬液中の塩化カルシウムの有無に関係なく同様な湿潤強度を示したことから、CMC含有シート中のCMCとCa2+の間で相互作用が湿潤強度の発現に寄与していることが示された。元素分析による浸漬後のCMC含有シート中のPTMMAC含有量(水含有率が70%以上のEtOH/H2O/CaCl2液に浸漬した場合にはほとんど全てのPTMMACはシートから脱離する)や蛍光X線分析によるCa2+およびCl-含有量測定の結果(図2)から、CMCがCMC-COO-Ca2+Cl-型構造を形成すること、すなわち分子間架橋構造がこの条件では、ほとんど形成されないことが判明した。含浸液中のエタノールによってCMC塩の解離が抑制されて湿潤強度を発現し、一方、水中においてはCMCの塩構造が解離して水解性が発現すると結論づけた。また、本結果に基づきシート中のCMC含有量を定量する手法を確立した。

CMC高含有シート作製における、CMC-PTMMACポリイオン錯体のシート定着挙動解析

カチオンとアニオンのデュアルポリマーシステムを用いてCMC高含有シートを調製する際、カチオン性高分子(PTMMAC)とアニオン性高分子(CMC)は水不溶性のイオン錯体を形成してシート中に定着する。その定着挙動は、各成分の電荷バランスに依存することが明らかになった(図3および4)。

アニオン性多糖類の化学構造によるシートの湿潤強度への影響(1):CMCの置換度(DS)による影響

CMC高含有シートを、水分含有率の比較的高いEtOH/H2O/CaCl2溶液に含浸した場合はCMCの置換度が高いほど湿潤強度が高くなった。この結果は、シート中の-COO-Ca2+Cl-含有量が多いほど湿潤強度が高くなることと対応していた (図5および6)。

アニオン性多糖類の化学構造によるシートの湿潤強度への影響(2):カルボキシル基が位置選択的に導入されたポリウロン酸含有シートとの比較

単糖のC6位が全てカルボキシル基であるポリウロン酸類(アルギン酸・セロウロン酸)をCMCの代替として含有するシートでは、EtOH/H2O/CaCl2溶液含浸時は湿潤強度を発現するが、一方で一度含浸したシートは水中では水解性が発現しない(図7および8)。蛍光X線分析および元素分析の結果、シート中のポリウロン酸類は-COO-Ca2+Cl-塩型構造だけでなく、水中でも安定な (-COO-)2Ca2+等の水中で解離しない分子間架橋型構造の比率が高いことが示された。

図1.CMC含有シートの湿潤強度に対する含浸液組成の影響

図2.EtOH/H2O/CaCl2液含浸後のCMC含有シートに関するSEM-EDXパターン:含浸液組成の影響

図3.PTMMAC添加量に伴うCMCの定着量の変化(CMC添加量は対パルプ5wt%に固定)

図4.PTMMAC添加量に伴うパルプ表面およびスラリー液中のポリイオンコンプレックス粒子のゼータ電位の変化

図5.CMC含有シートの湿潤強度に対する浸漬液組成の影響:CMCのDSの影響

図6.EtOH/H2O/CaCl2=25:74:1浸漬後のシート湿潤強度とCa含有量

図7. アニオン性多糖含有シートの湿潤強度に対する浸漬液組成の影響:ALG含有シートとCMC含有シートの比較

図8. 各シートの水解性比較: CMC含有シートとポリウロン酸含有シートとの比較 A:水中投入前、B:投入15秒後、C:投入1分後

審査要旨 要旨を表示する

地球上で最も豊富に生産されるバイオマス系有機高分子であるセルロースは古来より衣服や紙に利用されてきたが、今日では電子機器や医療・薬品分野にも応用展開されている。セルロースが最も多く利用される紙の用途は様々であり、印刷用紙、包装紙、衛生紙、および家庭紙などが代表例として挙げられる。家庭紙分野では、水解性機能を利用した清掃用シート製品が開発されてきた。本シートは、対象面を清拭する際にはウェットワイパーとしての充分な強度を有する一方、清拭終了後に水洗トイレに流して廃棄する際には、水流によって容易に崩壊する「水解性」という紙の物性としては相反する2つの特性を有している。これら特性は、アニオン性高分子であるカルボキシメチルセルロース(CMC)が約4%程度含有された紙に、2価金属塩を含む含水アルコール系有機溶剤が洗浄液として含浸されることによって達成されている。CMCを紙に導入するためには、内部添加抄紙法(内添法)を用い、パルプスラリー中にカチオン性ポリマー(poly[N,N,N-trimethyl-N- (2-methacryloxyethyl)ammonium chloride](PTMMAC))を併用添加し、パルプ表面電荷をプラスにした上でCMCを添加して定着させる「デュアルポリマーシステム」を用いる必要がある。本法における各々高分子の定着挙動についてはこれまで多くの研究がなされてきたが、高分子成分の紙中含有量からの推測の範囲内であり多くの未解明な点があった。また、上述の清拭中の湿潤強度の発現機構についても不明なままであった。

そこで本研究では、デュアルポリマーシステムを用いてCMCが導入されたパルプシート(CMC含有シート)について、エタノール・水・塩化カルシウム混合液(EtOH/H2O/CaCl2液)中で浸漬処理後の湿潤強度および水解性の発現機構について解析を行った。浸漬液中のEtOH含有率が高いほど湿潤強度は増加し、水含有率が高いほど低下する傾向を示すが、EtOH/H2O/CaCl2液中に浸漬した場合では、40~80%の水含有率の液体に浸漬した際の強度はEtOH/H2O液に浸漬した場合に比べ著しく向上することが確認された。また、EtOHを含有しない場合ではCaCl2の有無に関係なく強度は完全に消失することが併せて確認された。

以上の結果から、CMC含有シート中のCMCとCa2+間の相互作用が湿潤強度の発現に寄与することが示された。元素分析による浸漬処理後のCMC含有シート中のPTMMAC含有量(水含有率が70%以上のEtOH/H2O/CaCl2液に浸漬した場合には殆ど全てのPTMMACはシートから脱離する)や蛍光X線分析によるCa2+およびCl-含有量測定の結果、CMCがCMC-COO-Ca2+Cl-型構造を形成すること、すなわちCMCのCaイオンによる分子間架橋構造がこの条件では殆ど形成されないことが判明した。従って、含浸液中のEtOHによってCMC塩の解離が抑制されてCMCが不溶化することが湿潤強度の発現に繋がる一方、水中においてはCMCの塩構造が解離して水解性が発現すると結論づけた。また、本結果に基づきシート中のCMC含有量を定量する手法を確立した。

続いて、CMC含有シート作製時における、CMC-PTMMACポリイオン錯体のシート定着挙動解析を行った。作製したシート中のカチオン性高分子(PTMMAC)およびアニオン性高分子(CMC)含有量と、シート作製時の排水の外観観察を行った結果、各ポリマーはパルプ表面および水中で水不溶性のイオン錯体を形成してシート中に定着することが確認された。また、パルプ表面のゼータ電位および排水中に存在するポリイオン錯体微粒子のゼータ電位を測定した結果、両ポリマーの定着挙動は、セルロースを含めた各成分の電荷バランスに依存することが明らかになった。尚、両ポリマーの定着挙動においてPTMMACの重合度は殆ど影響しないことが併せて確認された。

更に、アニオン性多糖類の化学構造によるシート物性への影響を調べた。先ずCMCの置換度(DS)による影響であるが、CMC含有シートを水分含有率の比較的高いEtOH/H2O/CaCl2溶液に浸漬した場合、CMCのDSが高いほど湿潤強度が高くなった。一方、蛍光分析の結果、CMCのDSが高いほどシート中に取り込まれるCa2+量は増加していることが確認された。このことから、シート中の-COO-Ca2+Cl-含有量が多いほど湿潤強度が高くなると結論づけた。次に、アニオン性多糖類のカルボキシル基分布によるシート物性への影響を調べた。単糖のC6位が全てカルボキシル基であるポリウロン酸類(アルギン酸、セロウロン酸)を含有するシートでは、EtOH/H2O/CaCl2溶液含浸時はCMC含有シート同様に湿潤強度を発現するが、一度含浸したシートは水中では水解性が発現しない。蛍光X線分析および元素分析の結果、シート中のポリウロン酸類は-COO-Ca2+Cl-塩型構造だけでなく、(-COO-)2Ca2+等の水中で解離しない分子間架橋型構造の比率が高いことが示された。また、この結果から、CMCのように不均一なカルボキシル基分布を持つアニオン性多糖を含有したシートにおいて、湿潤強度と水解性を両立できることが確認された。

以上のように、CMC含有シートの湿潤強度および水解性の発現機構が、蛍光X線分析をはじめとする精密な元素分析を用いることによって解明されるとともに、これら特性はCMCが不均一なカルボキシル基分布を持つアニオン性多糖であることによって発現していることが解明された。また、ゼータ電位測定を用いたコロイド化学的解析手法を用いることにより、デュアルポリマーシステムを用いたCMC含有シート作製におけるカチオン性ポリマー(PTMMAC)およびアニオン性ポリマーであるCMCのシートへの定着挙動が詳細に解明された。これらの成果は、セルロースの基礎科学や製紙科学はもとより、環境応答型材料の観点からも高く評価される。従って、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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