学位論文要旨



No 128098
著者(漢字) 小林,良洋
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヨシヒロ
標題(和) 追掛け継ぎの回転剛性と曲げ耐力に関する研究
標題(洋)
報告番号 128098
報告番号 甲28098
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3814号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 特任教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 井上,雅文
内容要旨 要旨を表示する

第1章では、我が国の軸組式伝統木造構法の力学的性能が、剛性を木材の面圧性能に、最大耐力を木材の割裂やせん断、曲げ、めり込みの強度によっていることを述べ、設計法の確立が等閑にされてきたことを問題点として挙げた。

これに対して本論文では、曲げモーメント、引張力に対する抵抗性能の高い追掛継を取り上げて、弾性域の回転剛性評価式と既往の研究から割裂発生後の力学モデルを作り、塑性域の回転剛性評価式を導き、継手各部の任意の寸法が曲げ剛性や耐力にどのような影響を及ぼすのかを検証することを目標に掲げ、他の伝統構法の継手・仕口の力学性能評価式を構築する手法の導きとなる立場を明らかにしている。

第2章では、弾性域の回転剛性評価式の提案をするため、4点曲げ試験による変形と破壊の経過と弾性域の範囲について述べ、接合部の胴付に割裂が発生する前までの接合部の回転剛性評価式を誘導するに当たり、検討した力学モデル図1~3を提案した。これにより中立軸の上側の合力と下側の合力が等しいことから中立軸の位置を求め、次に接合部の抵抗モーメントを「中立軸より下側の顎の部分の三角形分布圧縮力によるモーメント」と「中立軸より上側の胴付の三角形分布圧縮力によるモーメント」と「継手片側部分の摩擦力と継手長さの積」の和として求めた。

ここで図4のように顎または胴付の両側の木材が等しく潰れ、面圧剛性が半分になることから変形と応力と面圧剛性の関係式を導き、同式を変形角との関係式に変換し、応力度と面圧剛性と変形角の関係式を導き、同式を接合部の抵抗モーメント関係式に代入することにより、弾性域における接合部の抵抗モーメント:Mpと変形角:θpとの関係式を導き、回転剛性評価式を提案した。

第3章では、追掛継の胴付に発生する割裂の終局耐力の推定に関して、既往の研究を踏まえて、木口面同士の摩擦応力を考慮した割裂試験について、割裂を発生させる位置に曲げ応力が発生しないように逆対称4点割裂試験としたことや試験体情報の他、割裂終局耐力:Vf といくつかのパラメータについての相関関係の検証結果について述べている。試験結果では、ベイマツの場合Vfと最も相関関係の高かったものは、〓スギに関してはheであった。また両樹種における割裂破壊機構係数:Cfと比重の関係に有意差は認められなかった。これにより同一樹種内の比重とVfの相関関係が認められないことを裏付けた。

第4章では、追掛継の胴付に発生する割裂位置の推定から塑性域の回転剛性評価式の提案をした。まず胴付に割裂が生じる時の割裂位置を算定するにあたり、図5の力学モデルを作成した。第3章3.3.3より、破壊力学との対応を考えてVfと〓の関係について検討を進め、木口面同士の摩擦応力により割裂が片側のみに生じる場合のVfを求めた。

追掛継の場合、胴付の摩擦力によって、胴付に割裂が発生する。この時、中立軸からXの位置に割裂が生じるものとすると「Xより上側部分を持ち上げようとする力」と前出の「木口面同士が摩擦応力により割裂が片側のみに生じる場合の割裂終局耐力」が等しいことから、最小仕事の原理より、圧縮応力度:Δσf が最小になる時のXが割裂の位置となる。ここで理論上のhe/Hは、材背に対して凡そ1/6~1/4の位置に割裂が発生すものと推定された。そして胴付が割裂した後から顎の下端が支圧強度に達するまでの接合部の回転剛性評価式の誘導にあたり、図6、7の力学モデルを作成した。

図1、6、7より、割裂より上側の圧縮力は台形分布になるものとして、台形の中央の圧縮応力を求め、以下、第2章と同様の手順で割裂より上側の合力と下側の合力が等しいことから、割裂後の継手の引張側縁から中立軸までの距離を求めた。同時に接合部の「抵抗モーメント」は「中立軸より下側の顎部分の三角形分布圧縮力によるモーメント」と「割裂より上側の継手両端部分の台形分布圧縮力によるモーメント」と「継手片側部分の摩擦力×継手長さ」の和として求めた。

次に顎または胴付の両側の木材が等しく潰れ、面圧剛性が半分になることから変形と応力と面圧剛性の関係式を導き、同式を変形角との関係式に変換し、応力度と面圧剛性と変形角の関係式を導き、接合部の抵抗モーメント関係式に応力度と面圧剛性と変形角の関係式を代入することにより、塑性域における接合部の抵抗モーメント:Mfと変形角:θfとの関係式を導き、回転剛性評価式を提案した。また割裂発生時の面圧応力度を用いて、接合部の塑性域における抵抗モーメントより、割裂発生時の抵抗モーメントの理論値を求めた。

顎の下端が支圧強度に達した後は、追掛継の破壊は胴付に微細な割裂が発生し、割裂が進展した後、顎の引張側縁に圧壊が生じ、終局は顎のせん断破壊、または継手の曲げ破壊、あるいは顎の繊維方向のめり込みによる圧壊によっている。この顎の引張側縁に圧壊が生じるときの支圧強度を木質構造設計規準・同解説(602.1.1)式より求め、顎の下端が降伏強度に達する時の木材の繊維方向の支圧応力度を木材の繊維方向の基準支圧強度と継手下端から中立軸までの距離から求めた。そして顎の下端が降伏強度に達する時の降伏変形角を応力度と面圧剛性から導き、これを先に求めたMf に代入し、顎の下端が支圧強度に達した時の降伏モーメント:Myを求めた。

次に図8より、顎の下端が支圧強度に達した後は、その圧縮応力のまま一定で変位のみ進む塑性状態になるものとすると、顎の中立軸から弾性範囲までの距離は、割裂の上側の合力と中立軸より下側の合力が等しくなることから、引張側縁から中立軸までの距離を導き、応力度と面圧剛性と変形角の関係式より、変形角が与えられると顎の下端が支圧強度に達した後の顎の引張側縁から中立軸までの距離が定まる。そして、第2章と同様の手順で接合部の「抵抗モーメント」は「中立軸より下側の顎部分の台形分布圧縮力によるモーメント」と「割裂より上側の継手両端部分の台形分布圧縮力によるモーメント」と「継手片側部分の摩擦力×継手長さ」の和となる。これに と支圧強度と面圧応力度を代入し、さらに引張側縁から中立軸までの距離yqとMqそれぞれに と面圧剛性と変形角の関係式を代入すると、顎の下端が支圧強度:Fe∥に達した後、塑性域が少しずつ上昇する時のθqとyq、θqとMqの関係式を導くことができる。

第5章では、追掛継の4点曲げ試験による追掛継の曲げ性能の予測と試験結果の解析について述べている。破壊モードは、両樹種ともに胴付の割裂と顎のせん断破壊が最大耐力を決定する主な要因になっていることが判った。

割裂終局耐力の理論値と実験値はよく一致、若しくは安全側で推定できた。胴付に発生した割裂高さについて、ベイマツでは全試験体平均で1/6、スギでは全試験体平均で1/5であった。

弾性域の回転剛性の実験値と理論値はよく一致していた。また材背別、顎幅別、継手長さ別の変化に対する弾性域の回転剛性の増減傾向についても実験値と理論値は概ねよく一致した。顎の下端が支圧強度に達した時の抵抗モーメントの理論値と実験値は、いずれのパラメータでもよく一致している、若しくは安全側で評価できた。しかし、顎幅別のパラメータにおいて、両樹種とも顎幅15mm以外は、顎の下端が支圧強度に達する前に顎のせん断破壊、若しくは継手の曲げ破壊によって終局を迎えていることから、理論値が実験値を推定できなかった。よって、追掛継の顎のせん断強度の評価が今後の課題の一つとなった。

接合部の抵抗モーメントと曲げに対する接合効率は、材背別においては両樹種とも材背が高くなるほど接合部の抵抗モーメントは上昇するが、接合効率は低下した。また継手長さ別では、継手が長くなるほど接合部の抵抗モーメントは上昇し、接合効率も上昇した。尚、顎幅別では、両樹種とも顎幅の変化による接合部の抵抗モーメントと接合効率の影響は見られなかった。

塑性率は、両樹種ともに総じて材背が高いほど、また継手長さが長いほど塑性率が高く、顎幅による影響は見られなかった。

継手のめり込みと曲げ変形は、総じて顎の変形角に対し、両胴付の変形角は僅かに大きいが、本理論式の精度に対する影響は無いものと考えられた。胴付のせん断変形は、全ての試験体において胴付の木口面同士の摩擦応力による拘束効果により割裂まで変位は見られなかった。

第6章では、本論文で得た追掛継の曲げ性能理論式について、その成果と残された課題について述べている。合計108体の追掛継の曲げ試験及び合計192体の木口面同士の摩擦応力を考慮した割裂試験の実験データと既往の研究を基に導かれた本論文の追掛継の曲げ性能理論式は、弾性域から塑性域までを含むM-θ曲線を計算によって求めることを可能にした。

具体的には、材幅が120mmの時、ベイマツは顎幅30mmで、スギは45mmで理論的にも実験においても最も剛性が高く、耐力は材背と継手長さで、靭性は継手長さで確保することにより、最も効率的な追掛継の設計が可能となることが判った。

また木口面同士の摩擦応力を考慮した割裂試験では、同一樹種の比重と割裂終局耐力に相関関係が無いということを明らかにするという成果を得た。

今後の課題として、顎が支圧強度に達する前のせん断耐力評価式の誘導について、図9、10の力学モデルを作成し、図7、9、10より、中立軸からxの位置で顎がせん断破壊する時の顎のせん断面積:Scを求め、以下、第4章4.1と同様の手順で、顎の終局せん断応力:Vcsは、顎の圧縮応力:Vcfが等しいことから、最小仕事の原理より、せん断応力度が最小になる時のXの位置を求め、Vcsを推定する提案を行った。

図1 上面から見た接合部の各部寸法と力学モデル

図2 側面から見た接合部の各部寸法と力学モデル(割裂前)

図3 接合部に働く摩擦力

図4 顎の圧縮応力と変形

図5 胴付の割裂箇所の応力分布

図6 側面から見た継手の接合部割裂後から顎の下端が支圧強度に達するまでの応力状態と各部寸法

図7 割裂後の接合部に働く摩擦力

図8 側面から見た継手の顎の降伏後の応力状態と各部寸法

図9 上面から見た割裂後から顎の下端が支圧強度に達する前の応力状態と各部寸法

図10 側面から見た割裂後から顎の下端が支圧強度に達する前の応力状態と各部寸法

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、在来木造建築の軸組部材同士の接合方法として古くから用いられてきた追掛け継ぎを対象とし、鉛直荷重が加わった際の曲げモーメントに対する回転剛性と曲げ耐力について力学特性を明らかにしたうえで、力学モデルによる理論式を構築し、樹種や断面寸法などを変化させた追掛け継ぎ試験体の曲げ試験を行って理論式の検証を行ったものであり、6章構成である。

1章(序論)では、伝統的木造の構造評価における現行設計法の問題点と既往の研究について整理し、本研究の位置づけを述べている。

2章では、曲げモーメント作用下における追掛け継ぎの弾性域における回転剛性理論式を提案している。

3章では、追掛け継ぎの目違部分に摩擦力によって発生する割裂の終局耐力について、要素試験を行い、割裂終局耐力と割裂高さなどとの相関関係を分析し、割裂破壊係数を導いている。

4章では、割裂後における追掛け継ぎの塑性域の回転剛性と曲げ耐力の理論式を提案している。

5章では、追掛け継ぎの断面の成、継手長さ、顎幅をパラメータとして変化させたスギとベイマツの試験体について4点曲げ試験を実施し、実験で得られた接合部のモーメント-変形角グラフと理論式による回転剛性や曲げ耐力との比較検証を行い、提案した理論式がよく一致し妥当であることを裏付けた。

6章は、本論文の結論であり、本論文で提案した追掛け継ぎの回転剛性と曲げ耐力の理論式が実験によっても検証されたことを示し、今後の検討課題について述べている。

以上、本研究は伝統的継手のひとつである追掛け継ぎについて、曲げモーメントに対する回転剛性と曲げ耐力についての理論式を構築し、曲げ試験を行って理論式の検証を行ったものであり、伝統木構造の接合部の分野に新たな知見を加えたものであり、学術上、応用上の貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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