学位論文要旨



No 128099
著者(漢字) 藤田,克則
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,カツノリ
標題(和) 伝統的木造における構造要素の力学特性の解明と構造設計法への適用
標題(洋)
報告番号 128099
報告番号 甲28099
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3815号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 特任教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
 東京大学 教授 藤田,香織
内容要旨 要旨を表示する

本論では伝統的な木造建築とは、木と木を組み合わせて外力に抵抗するものと捉える。継手・仕口などの伝統的な構造要素は剛性や耐力は低いが、靱性に富むとされる。一方伝統的な木造建築に利用できる構造設計法の中で、簡易法と限界耐力計算は設計の自由度が少ないため、本論では、伝統的な構造要素の特徴や力学特性、あるいは課題や問題点を明らかにし、接合部等の寸法や仕様の変化に追随できる設計法の提案(許容応力度設計法への適用条件等の明示)を目的とする。

第1章では、伝統的な接合部をその基本形と、接合する行為によって分類し、引張・圧縮・曲げ・せん断など、各接合部の6自由度における構造評価を行った。また、(本論で対象とする)仕口はT字型と十字型に分解できるとした。

第2章では、通常は上下いずれかにしか期待できない引張抵抗要素を接合部の上下に有する5種類の通し柱-横架材十字型接合部を設計し(図2-1)、接合部試験を行った。各タイプの上下仕口は、引きボルト、長ほぞ差し込栓打ち、雇いほぞ車知栓締め、雇い鎌継の組み合わせで構成した。せん断長さを確保した場合の引きボルトの靱性、剛性・耐力は低いが長ほぞ差しの終局時までの粘り、堅木栓類の横圧縮やたて圧縮によって軸力を伝達する雇い車知・鎌継の剛性の高さを、また上下仕口各々に抵抗要素を配することで、モーメント抵抗性能の増大と共に、終局時の接合部の崩壊防止にも期待できることなどを明らかにした。中央に柱を介した左右横架材(梁)は、回転に対して独立ではないため、図2-2に示すように片側の梁を短い片持梁とする「片持ち梁」モデルによって、接合部のモーメント抵抗性能を推定した。弾性域において算定値は各タイプとも試験結果とよく符合したが、各要素の剛性を初期の1/6として求めた塑性域におけるM-θ関係の算定値は、接合部挙動の傾向は把握できたが、「めり込みで長く粘る」との仮定に反し脆性破壊したタイプがあり、むしろ接合部の寸法仕様を見直すべきであるとした。すなわち簡便な推定を可能にするためには、脆性破壊を回避する、という前提条件を満足させる設計とすべきである。

第3章では、柱-横架材等のT字型接合部に用いられる伝統的な仕口の引張性能を明らかにするため、図3-1に示す4タイプの引張試験を行った。ほぞ込栓を除く3タイプには男木が台形状断面を持つという共通点があるが、接触面における繊維の方向が異なる。ほぞ割楔は女木剛体仮定、男木等変位めり込み仮定に基づく力学モデルからP-δ関係を算定し、寄蟻では試験の観察から相対的に女木の損傷が多かったため、女木の早材部のみがめり込むとするモデルによって求めた。兜蟻はめり込み変形だけでは説明がつかないため、男木・女木のせん断変形を考慮に入れたモデルとする必要があるとした。最大耐力は、割楔ではくさび外側の男木ほぞ両端の残りの断面の引張強度で、兜蟻・寄蟻では女木の割裂強度で決定すると判断した。したがって割楔ではくさび打込み位置が、兜蟻・寄蟻では女木の割裂防止対策が重要になる。

第4章では、最も基本的な接合要素である「ほぞ」単体の、一般的なもの(厚さ30mm)に比して、ほぞを厚く(60,75mm)長くした場合の曲げ性能について検証した。一般的な仕口に比べ3倍強の曲げ性能が期待できる一方、ほぞ穴間隔を狭くすると脆性破壊の危険性が生ずる。「掘立モデル」を援用して接合部の三角形変位めり込み抵抗によるM-θ関係を算定し、塑性域に関しては簡便な推定法を提案した(図4-1)。提案した方法によって求めた塑性域のM-θ関係は試験結果とよく一致したが、1/30rad以降では曲げ抵抗における摩擦の割合が増大することが示唆され、その評価法の確立が課題として残った。

第5章では、7つの伝統要素で構成した耐力壁のせん断性能を確認した。150mm角のヒノキ柱を含むフレームに、60×180の6段貫(ヒノキ)、その直交方向にたて貫3本(タモ)、貫を含む横架材間にダボ(ヒノキ)で補剛した厚さ30の板(ヒノキ)を挿入し、さらに回転拘束を図るために貫/たて貫交点をダブル込栓(φ24:カシ)としたものである。要素毎に算定し並列バネとして加算し壁全体のM-θ関係を推定した。実施した3体の個体差はほとんどなく、短期基準せん断耐力は特定変形角時の耐力で決まり、短期許容せん断耐力は25.47kNと決定した。伝統要素によりながら、寸法仕様を吟味し節点数を増やすことで、粘り強く剛性・耐力の高い壁が実現できることを示した。

第6章では、伝統的な継手・仕口の接合具材として用いられることの多い、4種の国産広葉樹材のめり込み(全面圧縮・部分圧縮)試験を行った。供試材は、シラカシ(放射孔材)、イタヤカエデ(散孔材)、ケヤキ、ナラ(環孔材)である。各樹種とも年輪傾角毎のめり込み性能にはLR>LTR≧LTの明確な傾向が見られ、年輪傾角LTの場合のめり込み性能を明らかにすることで、各樹種における性能を安全側で簡便に推定できるとした。環孔材とその他ではめり込み性能が異なること、めり込み性能と最も相関の高い物性は密度であり、密度と目視、加えて平均年輪幅を基準とする材料の選別によってばらつきを減らすことができ、現行告示におけるめり込み基準強度を1.5倍程度に引き上げられる可能性があることなどを明らかにした。例えば本論で得られた広葉樹材の密度ρと降伏応力 関係の下限値は、 =25.82ρ-6.62であった。さらに針葉樹が適用範囲の既存のめり込み算定式による計算値と試験結果の比較検討を行い、既存式を広葉樹材に適用するには、めり込みにおける特性値の見直しが必要であり、そのための具体的な既存式中の特性値を示した。

第7章では、前章までに得られた知見を、実際に構造設計法に落とし込む際の方向性や方法についての考察や提案を行い、あわせて適用範囲や適用の際の課題を示した。例えば伝統的な要素を用いた建築物の水平力に対する性能を評価するため、接合部周辺の脆性破壊の防止、大地震時における鉛直荷重支持能力の確保、修繕の容易性を条件に、安全限界変形角を現行の1/30から1/15radにすることを提案した。また、接合部の短期基準耐力を求める基本的な方法を、min.{ 〓}とし、いくつかのケースを想定し具体的な特性値の評価方法を示した。さらに許容応力度設計法への適用の前提条件や課題として、脆性破壊の防止のための木取りや加工、設計における基本的なタブーの周知徹底や、大きな断面の製材における乾燥や材料流通の問題、伝統要素を用いた接合部等の経年変化の問題等を示し、他方最も着手のしやすい課題として、製材に許容応力度を与える方策の試案を提示した。最後に、本論で試験を行い構造性能の推定を行った接合部や要素を用いて構成した、具体的な木造住宅の構造解析を行い、建物に作用する地震力に対し、終局層せん断耐力や許容層せん断耐力が上回っていることを確認し、伝統要素を用いた木造建築物の設計法への適用の現実性を示し、あわせて伝統要素を用いた構造デザインの可能性を明らかにした。

図2-1 5種類の接合部

図2-2 片持ち梁モデル

図3-1試験仕様、女木の繊維の方向と男木

図4-1降伏後のM-θ関係の簡易算定法

図5-1 抵抗要素(左)と試験風景(右)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、伝統的木造における接合部や耐力壁など構造要素の特徴や力学特性、あるいは力学性能推定の際の課題や特徴的な破壊性状等の問題点を明らかにし、接合部等の寸法や仕様の変化に追随できる設計法についての提案を行ったものであり、7章構成である。

1章(序論)では、伝統的木造の構造評価における現行設計法の問題点と本研究の位置づけを述べた。そして伝統的な接合部の力学特性を概観するため、代表的な接合部をその基本形と、接合する行為によって分類し、引張・圧縮・曲げ・せん断など、各接合部の6自由度における構造評価を行った。また、それら接合部はT字型と十字型に分解できるとし、各章で検証する構造要素と具体的な建物(想定プラン)部位との対照を示した。

2章では中目材を用いた伝統要素によるラーメンの可能性を探る視点を持ちながら、引きボルト、長ほぞ込栓、雇いほぞ車知栓、雇い鎌継を接合部上下の抵抗要素とする、5種類の通し柱-横架材十字型接合部の曲げ性能を検証した。試験より、せん断長さを確保した引きボルトの靱性、長ほぞ差しの粘り、堅木栓類の横圧縮やたて圧縮で軸力を伝達する雇い車知・鎌継の剛性の高さを、また上下仕口の抵抗による曲げ性能の増大や終局時の崩壊防止効果等を示した。柱を介した左右横架材(梁)は、回転に対し独立ではないため、片側の梁を短い片持梁とする「片持ち梁モデル」により接合部の曲げ性能を推定した。弾性域では算定値は各タイプとも試験結果と符合し、各要素の剛性を初期の1/6とした塑性域のM-θ関係推定値は、接合部挙動の傾向を把握できた。

3章では、柱-横架材等のT字型接合部における伝統的な、ほぞ込栓、ほぞ割楔、兜蟻、寄蟻の引張性能を検証した。試験の観察から以下のような各接合部の力学モデルを提案した。すなわちほぞ割楔は女木剛体仮定、男木等変位めり込み仮定に基づく力学モデルから、相対的に女木の損傷が多かった寄蟻では女木の早材部のみがめり込むとするモデルによってP-δ関係を算定した。他方兜蟻はめり込み変形だけでは説明がつかないため、男木・女木のせん断変形を考慮したモデルとする必要があるとした。各接合部の最大耐力は、割楔ではくさび外側の男木ほぞ両端部の引張強度で、兜蟻・寄蟻では女木の割裂強度で決定すると判断し、割楔ではくさび打込み位置が、兜蟻・寄蟻では女木の割裂防止対策が、引張性能を発揮するための鍵となることを示した。

4章では120mm角以下の小径材だけで建物を構成することを前提に、基本的な接合要素である「ほぞ」単体の、一般的な場合に比して、ほぞを厚く長くした場合の曲げ性能を検証した。一般的な場合に比べ3倍強の曲げ性能が期待できる一方、ほぞ穴間隔を狭くし過ぎると脆性破壊が生ずる。「掘立モデル」を援用して接合部の三角形変位めり込み抵抗によるM-θ関係を算定し、塑性域に関しては簡便な推定法を提案した。その方法で求めた塑性域のM-θ関係は試験結果とよく一致したが、1/30rad以降では曲げ抵抗における摩擦の割合が増大することが示唆された。

5章では、ヒノキ柱(150mm)を含むフレームに、60×180の6段貫、その直交方向にたて貫3本 (タモ)、貫を含む横架材間にダボで補剛した厚板を挿入し、さらに回転拘束を図るために貫/たて貫交点をダブル込栓(φ24:カシ)打ちとする等、7つの伝統的な構造要素から成る耐力壁のせん断性能を検証した。要素毎に曲げ性能を算定し、並列バネとして加算し壁全体のM-θ関係を推定した。算定値は試験結果とよく符合し、短期許容せん断耐力25.47kN(壁倍率:7倍相当)を達成した。伝統要素によりながらも寸法仕様を吟味し節点数を増やすことで、粘り強く剛性・耐力の高い壁が実現できること、接合具材以外への広葉樹材利用による構造性能増大の可能性を示した。

6章では、伝統的な接合部の接合具材に用いられる、国産広葉樹材のめり込み性能を検証した。供試材はシラカシ(放射孔材)、イタヤカエデ(散孔材)、ケヤキ、ミズナラ(環孔材)の4種であり、各樹種とも年輪傾角毎のめり込み性能にはLR>LTR≧LTの明確な傾向が見られ、年輪傾角LTの値によって各樹種のめり込み性能を安全側で簡便に代表できるとした。環孔材とその他では特性が異なること、めり込み性能と最も相関の高い物性は密度であり、密度と目視、加えて年輪幅を基準とする選別によりばらつきが低減でき、基準強度を現行告示の1.5倍程度に引き上げられる可能性があること等を示した。4種を通し密度ρと降伏応力σ_yの関係について、σ_y=25.82ρ-6.62の回帰式を得、さらに針葉樹が適用範囲の既存のめり込み算定式による計算値と試験結果を比較検討し、既存式を広葉樹材に適用するための具体的なめり込み特性値を提案する等、既往研究の少ない広葉樹材のめり込み性能について明らかにした。

7章では6章までの知見に基づき、構造設計法に適用する際の方向性や方法についての考察や提案を行い、併せて適用範囲や適用の際の課題を示した。伝統的な要素による建築物の水平力に対する性能評価のため、接合部の脆性破壊の防止、大地震時における鉛直荷重支持能力の確保、修繕の容易性を条件に、安全限界変形角を現行の1/30から1/15radにすることを提案し、接合部の短期基準耐力を求める方法をmin.{Py,Pu 0.2√(2μ-1)}とする等、具体的な特性値の評価法を示した。最後に、本研究で試験を行い構造性能を推定した接合部や耐力壁によって構成した想定プランの構造解析を行い、伝統的な構造要素を用いた木造建築物の、許容応力度設計法への適用の現実性と、構造デザインの可能性を明示した。

以上、本研究は伝統的木造建築における主要な構造要素について実験と理論解析の両面から力学特性の解明を行い構造設計法に適用する方法の提案まで行ったものであり、伝統木構造分野に新たな知見を加えたものであり、学術上、応用上の貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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