学位論文要旨



No 128101
著者(漢字) 緒方,悠香
著者(英字)
著者(カナ) オガタ,ユカ
標題(和) 淡水魚の種苗生産におけるワムシBrachionus angularis ラオス株利用の可能性
標題(洋) Use of Brachionus angularis UTAC-Lao as a Live Food in Freshwater Larval Rearing
報告番号 128101
報告番号 甲28101
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3817号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒倉,寿
 東京大学 教授 佐野,光彦
 東京大学 准教授 松本,安喜
 東京大学 准教授 八木,信行
 長崎大学 教授 萩原,篤志
内容要旨 要旨を表示する

ワムシは多様な水環境に広く分布する動物プランクトンで、海産増養殖では仔魚の初期餌料として欠かせない生物である。淡水魚に対する商業的利用は今のところ無く、これは一般的に養殖される淡水魚がワムシよりも大型の餌を初期餌料として利用している為である。東南アジア地域で養殖される淡水魚は、主にコイやティラピアといった外来種であるが、現在は、生態系の保全の観点から在来種を用いた養殖をもっと積極的に行うべきであるという声が高まっている。淡水魚養殖にワムシが導入されれば、仔魚期に小型のプランクトンを餌とする在来魚の種苗生産が可能になると考えられる。このような背景から、本研究では近年ラオスの淡水域から単離されたワムシBrachionus anguralisラオス株を用い、その生物学的特性を調べるとともに、大量培養に必要な最適培養条件の探索を行った。また、東南アジア在来魚種に対するB. anguralisラオス株の実際の給餌効果を調べるため、コイ科在来魚Hypsibarbus malcolmiとベタBetta splendensを使って実験した。H. malcolmiは、タイ、ラオスで食用として商業的価値の高い魚種である。その生産は主に漁労によるもので、資源量の減少が危惧されている。またB. splendensは観賞魚として世界的に人気の高い在来種である。

淡水ワムシB. angularis ラオス株の生物学的特性と培養方法

形態観察から、B. anguralisは被甲長86.0±4.9μm・被甲幅75.6±5.7μmと、海産魚の種苗生産で利用されているシオミズツボワムシと比較しても非常に小型であることがわかった。実験により、最適培養環境は温度24~27℃、給餌量は淡水クロレラ密度度1000万細胞/mLであることがわかった。この条件で大量培養(10L)を行ったところ、小規模培養と比較しても遜色ない個体群増殖が見られた(最大密度約3300個体/mL)。さらに、個体群は大きく変動すること無く安定して増殖し、生物餌料としての必須条件である大量培養が可能であることが明らかになった。

コイ科魚Hypsibarbus malcolmi仔魚に対する淡水ワムシB. angularis ラオス株の初期餌料としての有効性

淡水ワムシB. angularisラオス株とアルテミアを用いて、H. malcolmiの仔魚に対する給餌効果の比較を行った。対象実験区として用意した無給餌区の仔魚が孵化後6日目ですべて斃死したのに対し、B. anguralisラオス株を給餌した場合では10日目の生残率は100%であった。また、仔魚の体長も孵化直後の約2.8mmから10日後では平均5.7mmと約2倍に成長した。実験により、B. anguralis ラオス株はプンティウスの初期餌料として有用な生物餌料であることが明らかになった。

ベタ Betta splendens 仔魚に対する淡水ワムシB. angularis ラオス株の初期餌料としての有効性

淡水ワムシB. angularisラオス株、パラメシアParamecia sp.、アルテミアを用いて、B. splendensの仔魚に対する給餌効果の比較を行った。実験対照区として無給餌で飼育した仔魚は孵化後12日までに全個体が斃死したのに対し、各生物餌料を与えた仔魚は孵化後18日で生残率97.5-100%と全体的に高い値を示した。ワムシを給餌した仔魚はParamecia sp.を与えた仔魚より成長が早かった。最も成長が早かったのは、初期にワムシ、その後アルテミアを与えた実験区で、孵化後18日で体長11.3±1.2mmに成長し、孵化後3日目に比べて282%の成長が見られた。次に成長が早かったのはワムシのみを給餌した仔魚で、孵化後18日目で158%(7.6 ± 0.5 mm)の成長が見られた。一方、Paramecia sp.を与えた仔魚は同期間に54.3% (4.6 ± 0.1 mm)しか成長しなかった。

本研究により、淡水ワムシの大量培養法が確立され、小型の仔魚期を持つ在来種の育成に成功した。これにより、東南アジア地域のより安定した淡水魚養殖に一歩近づいたといえる。

図1.B.anguralis UTAC-Lao

表1.異なる個別培養環境におけるB.anguralis UTAC-Lao の生活史特性値(mean±SD)

図2.温度25℃、餌密度1000万クロレラ細胞におけるB.anguralis UTAC-Laoの個体群増殖(10L)

審査要旨 要旨を表示する

多くの途上国では、コイやティラピアといった外来の淡水魚が主として養殖されているが、近年、種の多様性保全という観点から、在来の淡水魚の養殖をより積極的に行うべきであるという声が高まっている。しかし、現在の技術では体長が小さく未熟な発達段階で孵化してくる淡水魚の種苗を生産することはできない。海産魚の種苗生産では、当初、Brachonus plicatilis が主として用いられていたが、小型のB.rotundiformisが餌料生物として導入されることにより、口径の小さいハタ類のような海産魚種苗の大量生産が可能になった。すなわち、淡水魚の養殖に小型のワムシを用いた種苗生産技術が導入されれば、従来、困難であった多くの在来の淡水魚の養殖が可能になる。本研究ではラオスの淡水域から単離された小型の淡水ワムシBrachionus angularisラオス株について、その生物学的特性を調べ、大量培養に必要な最適培養条件の検討を行った。また、大量培養したB. angularisを用いて、孵化仔魚の口径が小さい東南アジアの在来魚の種苗生産を行いその有効性を確認した。

序章に続いて第2章では、淡水ワムシB. angularis ラオス株の生物学的特性を調べた。B. angularisは被甲長86.0±4.9μm・被甲幅75.6±5.7μmと、海産魚の種苗生産で利用されているシオミズツボワムシと比較しても非常に小型であった。水温28℃でChlorella vulgarisを餌として培養した場合、餌密度の増加に伴って、摂餌速度が上昇し、濾水速度は一定であったが、1x107Cell/ml以上の餌密度になると、摂餌速度は一定となり、濾水速度が低下した。また、この餌密度では、個体密度が2x103ind/mlに達したのち、その個体密度で培養が安定したが、これ以上の餌密度では、より高い個体密度に達するものの、その後個体密度が急速に低下した。1x107Cell/mlの餌密度で、個体別に飼育した場合、水温20℃では、産卵後22時間で孵化し、48時間で最初の卵を産卵、その後20時間ごとに1個の卵を産卵した。これらの時間は、水温上昇とともに短縮し、水温30℃では、孵化までの時間、14時間、最初の産卵までの時間20時間、その後の産卵間隔12時間となり、水温上昇とともに増殖速度が速まることが示された。しかし、バッチカルチャーでは、水温30℃では、24℃、27℃に比べて、増殖速度が低下した。このことから、バッチカルチャーでは、30℃付近の高温になると、環境が劣化し、増殖速度が低下するものと推測された。以上のことから、このワムシの培養は、水温24℃前後で、餌料密度1x107Cell/mlで、短い間隔で植え次を行いながら培養することが適当であると結論された。

第3章ではラオスの在来種であるHypsibarbus malcolmi仔魚に対する淡水ワムシB. angularis ラオス株の給餌試験を行った。無給餌状態では、孵化後6日目までにすべての仔魚が斃死したが、B. angularisラオス株を給餌した仔魚はすべての個体が生き残り、体長は平均2.8mmから平均5.7mmまで成長した。次に、従来用いられていたミジンコなどの天然プランクトンとB. angularisラオス株の初期餌料としての有効性の比較を行った。孵化後2日目から12日までB. angularis ラオス株を給餌し、6日目以後アルテミア(Artemia sp.)、天然動物プランクトンなどを給餌して飼育した場合、孵化後28日の生残率は94%、平均体長は15.2mmであったが、天然動物プランクトンのみを与えて飼育した場合には、孵化後28日の生残率は6%、平均体長は12.2mmであった。このことから、孵化後数日間の餌の摂取がその後の成長生残に大きく影響することが明らかになった。

第4章ではより小型の餌料生物との有効性の比較を行った。実験に用いた魚はB. splendensである。B. angularisラオス株より小型の餌料生物としてはパラメシアParamecia sp.を用いた。比較した餌料系列は以下のとおりである。1)無給餌、2) パラメシア.(10ind/ml 孵化後3-7日20ind/ml 8日以後)。3) B. angularis(10ind/ml 孵化後3-7日20ind/ml 8日以後)、 4) B. angularis(10ind/ml 孵化後3-7日)、アルテミア(1ind/ml 8日以後)。その結果1)の無給餌区を除くと、孵化後18日目まですべての区で高い生残率(97.5-100%)であった。しかし成長には顕著な差がみられた。ワムシとアルテミアを給餌した区では、18日目までに平均体長11.3mmに達した。ワムシのみを給餌した区は7.6mmに達した。これに対してパラメシアのみを給餌した区は4.6mmにしか達しなかった。18日目のパラメシア給餌区はアルテミアの接餌が可能なサイズに達していない。以上のことから、初期にB. angularisラオス株を給餌し、早期に十分な大きさに成長させアルテミアあるいはその他の比較的大型の動物プランクトンを給餌することにより、種苗生産期間を短縮させ、安定的な生産が可能になることが示された。

第5章では、以上の結果に基づいて、本技術を、広い土地を持たない、高額な資本投資が難しい途上国の貧困層の副収入源としての種苗生産に応用することを提案した。

以上、本研究は、開発途上国での在来魚の種苗生産の可能性を、初期餌料としての微小動物プランクトンの利用によって広げるものであり、淡水養殖のブレークスルーとなりうるものである。よって審査委員一同は本研究を博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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