学位論文要旨



No 128112
著者(漢字) 藤井,渉
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ワタル
標題(和) 哺乳類卵の減数分裂におけるCDC2 161番スレオニンのリン酸化に関する研究
標題(洋)
報告番号 128112
報告番号 甲28112
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3828号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 松本,芳嗣
 東京大学 准教授 田中,智
 東京大学 准教授 杉浦,幸二
内容要旨 要旨を表示する

卵成熟過程における減数分裂の進行は、分裂期促進因子(MPF)の活性とそれを制御する因子によって調節されている。MPFの触媒サブユニットであるCDC2の161番スレオニン(T161)は進化的に保存されたリン酸化修飾部位であり、CDC2-T161のリン酸化はMPFの活性化に必須であることが生化学的な検討や体細胞分裂における細胞周期進行にて報告されている。しかしながら、これまで減数分裂過程におけるCDC2-T161のリン酸化状態やその意義、またこのリン酸化を制御する機構については十分に検討されておらず、これらの詳細な解析は卵成熟の生理機構の理解に貢献すると期待される。そこで本研究では、ブタ卵母細胞の体外成熟培養系をモデルとし、哺乳類卵母細胞の成熟進行過程におけるCDC2-T161のリン酸化状態と減数分裂における意義を検討し、さらにそのリン酸化や脱リン酸化を制御する機構について検討した。

第一章 ブタ卵の減数分裂におけるCDC2-T161のリン酸化状態と機能

初めに、卵成熟過程におけるCDC2-T161のリン酸化状態を調べた結果、培養18時間からリン酸化が上昇し、これはCDC2と複合体を形成するMPF調節サブユニットのCyclin Bの発現開始時期と一致し、減数分裂の再開時期とも良く相関していた。また、Cyclin Bが分解されMPF活性が低下する培養36時間においてリン酸化の低下が認められた。この結果から、卵成熟過程において生理的なCDC2-T161リン酸化変動が明らかとなり、この変動はMPF活性と同期していることが示唆された。この変動が、CDC2-T161をリン酸化するCDK活性化キナーゼ(CAK)の活性変動によるかを調べるために、Cyclin非依存的にCAKによってリン酸化を受けるCDK2を基質に、卵成熟過程のCAK活性を測定した結果、CDC2-T161のリン酸化が見られない減数分裂再開前から減数分裂を通して卵母細胞はCAK活性を持つことが明らかとなり、卵成熟過程のCDC2-T161リン酸化はCAK活性の変動ではなく、Cyclin B合成による複合体形成に依存することが示唆された。続いて、卵成熟過程におけるCDC2-T161リン酸化の低下が脱リン酸化によるものか、またはリン酸化CDC2の分解によるものかを調べるために、脱リン酸化される直前の卵母細胞をタンパク質合成阻害下で培養し、CDC2発現量とリン酸化量の変化を調べた。その結果、CDC2量は変化せず、CDC2-T161リン酸化のみが低下したことから、分解ではなく脱リン酸化によることが示唆された。以上の卵成熟過程におけるCDC2-T161リン酸化が減数分裂の進行に必要であるかを調べるため、卵母細胞に野生型CDC2およびT161をアラニンに置換してリン酸化を抑制した変異型CDC2 (TA-CDC2)の過剰発現を行い、減数分裂進行への影響を調べた。その結果、野生型CDC2はリン酸化修飾を受け、減数分裂の再開を促進したのに対し、TA-CDC2は減数分裂の促進が見られず、むしろ減数分裂再開率および成熟率は有意に低かった。この結果は過剰発現したCDC2が減数分裂の促進に作用するにはCDC2-T161のリン酸化が必要であることを示しており、CDC2-T161のリン酸化修飾が減数分裂の進行に必要であることを強く支持している。以上より、卵成熟過程においてCDC2-T161はリン酸化修飾を受け、これは減数分裂進行やCyclin B発現と同期して変動することが明らかとなった。また、これをリン酸化するCAKは卵成熟を通して活性を持ち、一方で卵母細胞に脱リン酸化活性もあることが明らかとなった。また、このリン酸化は卵成熟過程における減数分裂の再開に必要であることが示唆された。

第二章 ブタ卵母細胞のCDK活性化キナーゼ(CAK)の同定

哺乳類をはじめとする後生生物の体細胞分裂においてはCDK7、Cyclin H、MAT1からなる複合体が広く保存されておりCAKとして機能することが明らかとなっている。しかし、哺乳類卵母細胞においては未だこれらの存在とCAKとしての作用を示した報告は無い。そこで、ブタ卵母細胞においてこれらの存在と機能の解析を試みた。初めに、ブタ卵母細胞由来cDNAよりCDK7、Cyclin H、MAT1の遺伝子をクローニングし、これらの発現と局在を検討した。その結果、これらの転写産物は卵成熟過程を通して存在し、減数分裂再開前では核内に局在し、再開後は細胞質全体に存在することが分かった。次に、これらが実際に哺乳類卵母細胞においてCAKとして機能しているかを調べるため、それぞれのアンチセンスRNAを用いて発現抑制を試みた。CDK7およびCyclin Hを抑制した結果、CDC2-T161リン酸化が低下し、減数分裂進行やMPF活性が抑制された。一方、MAT1については上記の抑制的作用は認められなかった。また、CDK7およびCyclin Hを過剰発現した場合、CDC2-T161リン酸化、減数分裂再開の促進が認められたが、MAT1の過剰発現では促進的効果は認められなかった。以上の結果から、CDK7およびCyclin Hは減数分裂期においてCAKとして積極的に機能しており、MAT1はCAKとしては機能していないことが示唆された。なお、CDC2のCyclin B結合配列に変異を導入したCyclin B非結合型CDC2を用いてT161リン酸化修飾を観察した結果、通常条件ではリン酸化は認められないのに対して、CDK7過剰発現下ではリン酸化修飾を受けることが明らかとなった。このことから、CAKの過剰発現による減数分裂の早期進行は単量体CDC2がリン酸化されたことによるものであり、CAKの適切な発現量が生理的な卵成熟進行に重要であることが明らかとなった。

第三章 CDC2-T161の脱リン酸化酵素の検討

続いて哺乳類卵母細胞のCDC2-T161脱リン酸化酵素の同定を試みた。哺乳類体細胞を用いた報告から、PP2Cα/βと、CDKN3を候補遺伝子として、初めにブタ卵母細胞由来cDNAよりPP2Cα、PP2CβおよびCDKN3のクローニング行い、これらの転写産物の卵成熟を通した存在を確認した。次に、これらの卵成熟過程における生理機能を調べるためにアンチセンスRNAによる発現抑制を行った。その結果、いずれを抑制した場合でも早期にCDC2-T161のリン酸化が認められ、減数分裂の再開が促進された。この結果はこれらがブタ卵母細胞のCDC2-T161脱リン酸化に機能していることと矛盾しないが、同時にCyclin B合成も早期に起こっており、CDC2/Cyclin B複合体を早期に形成したことによる2次的な作用とも考えられた。そこで次にCyclin B合成の抑制を期待して、既報に基づきMPF活性阻害剤であるVanadateまたはRoscovitineを添加して影響を観察した。その結果、非注入区ではCyclin B合成が抑制され、CDC2-T161のリン酸化が認められなかったのに対し、PP2CまたはCDKN3を抑制した区では、阻害剤存在下においてもCDC2-T161のリン酸化のみならずCyclin Bの合成が認められた。この結果は、これらの因子がCyclin Bの合成制御に関与していることを示唆するが、CDC2-T161の脱リン酸化酵素として機能しているか結論付けることはできない。そこで、Cyclin B非結合型CDC2を用い、Cyclin Bの存在に影響されない条件でのCDC2-T161脱リン酸化機能解析を試みた。その結果、第二章と同様に非結合型CDC2に対するリン酸化は抑制されていたが、この時PP2CまたはCDKN3を発現抑制しても対照区との間に差は認められなかった。非結合型CDC2をリン酸化するCak1を共発現しても結果は同様であった。以上の結果から、卵母細胞におけるPP2CおよびCDKN3の発現抑制によるCDC2-T161の早期リン酸化は、Cyclin Bの早期発現による二次的なものであり、CDC2-T161脱リン酸化機能の低下によるものではないことが示唆された。以上は、減数分裂再開が起こる培養24時間での検討であるが、第一章で生理的なCDC2-T161の脱リン酸化は培養36時間に観察されている。そこで、これらの因子が生理的な脱リン酸化時期に機能しているかを検討するために、脱リン酸化が起こる直前の第一減数分裂中期の卵母細胞を回収し、同期的なCyclin Bの低下に伴うCDC2-T161脱リン酸化への影響を観察した。その結果、対照区と比較しPP2CまたはCDKN3を抑制した卵母細胞に脱リン酸化の遅延は認められず、非注入区と同様のCDC2-T161脱リン酸化が観察された。以上の結果から、卵成熟過程においてPP2CやCDKN3はCDC2-T161の脱リン酸化には働いていないと考えられた。

以上、本実験の結果から、卵成熟過程においてCDC2-T161がリン酸化修飾を受け、減数分裂と同期的に変動することが明らかとなり、このリン酸化は減数分裂の再開に必要であると考えられた。卵成熟においてCDC2-T161はCDK7およびCyclin HからなるCAKによってリン酸化され、MAT1は不要であることが示唆された。また、CDC2-T161は卵成熟過程において生理的な脱リン酸化を受けるが、PP2CやCDKN3は脱リン酸化には機能しておらず、これらはCyclin Bの合成に関与している可能性が示唆された。以上の知見は卵成熟過程におけるMPF活性制御に新たな知見を提供し、卵成熟の生理機構の理解に貢献すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

減数分裂の進行は、分裂期促進因子(MPF)の活性とそれを制御する因子によって調節されている。MPFの触媒サブユニットであるCDC2の161番スレオニン(T161)のリン酸化はMPFの活性化に必須であることが生化学的な検討や体細胞分裂において報告されている。しかし、哺乳類卵子の減数分裂過程におけるT161のリン酸化状態やその意義、および制御機構については報告がない。本研究は、ブタ卵子の体外成熟培養系をモデルとし、哺乳類卵子の成熟進行過程において、これらについて検討したものである。

第一章では減数分裂におけるCDC2のT161リン酸化状態と機能について調べた。その結果、培養18時間からリン酸化が上昇し、これはCDC2と複合体を形成するMPF調節サブユニットのCyclin Bの発現開始時期と一致し、減数分裂の再開時期とも良く相関していた。Cyclin Bが分解されMPF活性が低下する培養36時間には脱リン酸化も確認された。すなわち、卵成熟過程における生理的なT161リン酸化変動が明らかとなり、この変動がMPF活性と同期していることが示唆された。また、このリン酸化の変動はT161をリン酸化するCDK活性化キナーゼ(CAK)の活性変動ではなく、Cyclin B合成によるCDC2の複合体形成に依存することが示唆された。次に、減数分裂進行への必要性を調べるため、T161をアラニンに置換した非リン酸化型CDC2 (TA-CDC2)の過剰発現を行った結果、TA-CDC2は減数分裂の進行を有意に阻害したことから、減数分裂の促進にはT161のリン酸化が必要であることが強く示唆された。以上より、卵の減数分裂においてCDC2はT161のリン酸化修飾を受け、これは減数分裂進行やCyclin B発現と同期して変動すること、また、このリン酸化は卵の減数分裂進行に必要であることが示唆された。

第二章ではT161をリン酸化するCAKの同定を行った。哺乳類の体細胞分裂ではCDK7、Cyclin H、MAT1からなる複合体がCAKとして機能するが、哺乳類卵子においては未だこれらの存在とCAK作用を示した報告は無い。そこで、先ずブタ卵子由来cDNAよりこれらの遺伝子をクローニングし、卵成熟過程を通して転写産物の存在と、翻訳産物の細胞内局在を明らかにした。次に、これらの機能を調べるため、それぞれのmRNAによる過剰発現とアンチセンスRNAによる発現抑制を試みた。その結果、CDK7およびCyclin Hは減数分裂期においてCAKとして積極的に機能しており、MAT1はCAKとしては機能していないことが示唆された。また、CDK7過剰発現下では単量体CDC2もT161のリン酸化を受けることが示され、CAKの適切な発現量が生理的な卵成熟進行に重要であることも明らかとなった。

第三章ではT161を脱リン酸化する因子を検討した。体細胞の報告から、PP2Cα/βと、CDKN3を候補遺伝子として、先ずこれらの遺伝子をクローニングし、転写産物の卵成熟過程を通した存在を確認した。次に、生理機能を調べるためにアンチセンスRNAによる発現抑制を行った結果、いずれの抑制においても早期にT161のリン酸化と減数分裂の再開が促進され、これらがT161を脱リン酸化することと矛盾しなかった。しかし、同時にCyclin B合成も早期に起こり、CDC2が早期に複合体形成することによる2次的な作用とも考えられた。そこで次にCyclin B合成を阻害した結果、PP2CまたはCDKN3を抑制した区では、阻害剤存在下においてもCyclin Bの合成が認められ、これらの因子のCyclin B合成制御への関与が示唆され、T161脱リン酸化への機能は結論付けられなかった。そこで、Cyclin B非結合型CDC2を用いた機能解析、および、生理的脱リン酸化時の同期的Cyclin B低下に伴うT161脱リン酸化を解析した。その結果、PP2CまたはCDKN3を抑制した卵子に脱リン酸化の遅延は認められなかった。以上の結果から、卵成熟過程においてPP2CやCDKN3はT161の脱リン酸化には働いていないと考えられた。

以上、本研究では哺乳類卵母細胞の減数分裂過程において、これまで報告が無かったCDC2のT161リン酸化修飾の状態変化やその意義、およびそのリン酸化と脱リン酸化の制御機構について詳細な解析を行ってきた。本研究の成果は哺乳類卵母細胞の減数分裂過程におけるMPF活性制御に新たな知見を提供し、卵成熟の生理機構の理解に貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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