学位論文要旨



No 128115
著者(漢字) 朴,春香
著者(英字) PIAO,CHUNXIANG
著者(カナ) ピャオ,チュンジアン
標題(和) 新規な好気性超高温発酵堆肥の特性に関する研究
標題(洋) The characteristics of novel aerobic ultra high temperature fermented compost
報告番号 128115
報告番号 甲28115
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3831号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 関崎,勉
内容要旨 要旨を表示する

我国では肉用牛と乳牛が各々約270と160万頭、豚が約980万頭、肉用鶏と産卵鶏が各々約1.2億と1.8億羽飼養され、輸入品も含めて多量の畜産物が消費され、家畜からの廃棄物は年に9億トンにも達している。膨大な家畜の廃棄物は河川、地下水そして近海など環境への影響は大きく、家畜廃棄物の堆肥化、堆肥化効率の改善、堆肥化産物病原体の不活化、堆肥化産物の有効利用等を含む課題が多い。従来の家畜の排泄物は野外に野積みにして約一年近く放置すると自然に嫌気性発酵が進み未熟な堆肥化が進められた。野外に野積みされると雨水に病原体を含む汚水が河川と地下水を汚染し、未熟な堆肥を畑に撒くと野菜と果物に汚染が及ぶ。やがて人の健康と生命を脅かす。畜産は、腸管を介して感染する疾病(腸管感染症)による家畜の経済的損失、環境汚染および食中毒病原微生物による食品汚染を介した人の健康危害の二大問題を内包しており、これら問題克服は家畜の衛生飼養管理における本質的課題である。近年、堆肥の好気性発酵法が開発され(発酵温度60~70℃)、幅広く使われるようになって、発酵効率は大きく改善されたが、病原体の不活化には限定的である。腸管感染症においては、糞口感染を阻止することが、感染症の暴露と増幅の循環を絶つ最も有効な方法である。

本研究の目的は、当牧場で採用されている斬新な好気性超高温発酵法(100~110℃)を用いて家畜廃棄物の堆肥化効率改善と有効性を検討している。好気性菌叢の増殖に最適な状態を検討し、空気調整による超高温状態を維持し、発酵効率と菌叢関係を調べる事と超高温状態で家畜糞尿や農場残渣に含まれる腸管感染症の病原微生物を不活化する事を目的である。

第一章では、好気性超高温発酵菌が、発酵槽内で有酸素状態で100℃以上の高温で発酵できるための最適発酵条件の検討を行った。東京大学附属牧場(以下牧場)で飼養している牛、山羊および馬が排泄する糞尿、飼料残渣、畜舎の敷料廃棄物および腐敗したヘイレージなどの牧草等の農場廃棄物を混合した材料を床面に2本の送気パイプを設置した4面コンクリート製(床面、奥面および両側面・横400cm、縦220cm、奥行700cm)の発酵槽内に積み込んで、発酵処理しながら、最適な発酵条件を探った。糞尿や農場残渣が混合した原料と発酵終了産物を概ね等容量混合して水分含量を約60%に調製したものを発酵槽内に積み込み、発酵槽背面に設置したブロアーを用いて底面送風を開始した。送風量は、送風量ゼロの無送風群、低送風量群(0.4-0.6 m3/時間)、高送風量群(1.2-1.8 m3/時間)と調整型送風群(二日間間高送風量、二日間低送風、二日間調整型送風と一日無送風)設定し研究を進めた。送風量を含む最適な発酵条件下では、最高発酵温度は117℃に達した。外気温が0℃以下になる厳冬期でも発酵温度は110℃以上を維持した。1週間に1回ホイールローダーを用いて槽内の全ての発酵物を他の空の発酵槽に移し替えるオールアウト・オールイン法で攪拌し、これを水分含量が35%以下、重量が発酵開始時の30%以下になるまで繰り返した。最適な発酵条件下では、4週間で発酵が終了し、発酵最終産物は1/10容以下にまで減少し、敷料中の藁なども全て分解されてパウダー状になった。これまで全尿が混じるために水分含量が多く、飼料中に抗菌物質が含まれることが多いために発酵処理が容易でなかった豚糞、エネルギー源が少なくて発酵が困難であると考えられていた廃棄牧草、通常の堆肥過程で腐敗してしまったものなどを原料として用いても、100℃以上の高温発酵を行うことができ、4から6週間で水分含量が35%以下の発酵最終産物を生産できた。

第二章では、110℃以上の発酵温度を維持できる最適発酵条件における発酵槽内と高温発酵に失敗した発酵槽内の菌叢解析を行い、高温発酵を担う細菌叢を同定した。菌叢解析は細菌の16S rDNAを変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(denaturing gradient gel electrophoresis:DGGE)にて解析し、主要な菌種については塩基配列解析を行うことで進めた。6門(Actinobacteria、 Bacteroidetes、Firmicutes、Proteobacteria、ChloroflexiおよびDeinococcus -Thermus)に属する17種の特異的な菌種が同定され、それらのうちのAcidimicrobiaceae bacterium、Planifilum fimeticola、Planifilum yunnanense、Thermaerobacter compostiおよびThermus thermophilesが高温発酵の維持に重要であることが分かった。これらの主要な菌種が適切に増殖できない発酵条件の場合には、発酵温度があがらない。

第三章では、最適発酵条件を保って110℃以上の発酵温度を維持して生産した発酵最終産物の安全性評価と実用性評価を行った。雌雄成マウスに発酵最終産物を飲料水に懸濁して28日間給与すること、およびケージ床に敷料として用いて体重、摂餌量と摂水量の推移、各種臓器の病理組織学的評価、血液生化学検査成績などを指標として毒性を調べた結果、特段の毒性を検出できず、発酵最終産物は安全であると考えられた。次いで発酵最終産物を等量の大鋸屑と混合したものを牛の敷料として供し、敷料中の大腸菌レベルを調べたところ、すみやかに減少したことから、敷料における微生物の統御に有効であると考えられた。発酵最終産物を肥料として供した場合の有効性を評価するために牧草(イタリアンライグラス)、稲、玉蜀黍、隠元豆、葱、茄子、甘藍などの19種の作物に対する施肥試験を牧場および近隣農家で実施した。発酵最終産物を施肥することで、牧草、稲、隠元豆、葱などにおいて初期生育に優れて化学肥料以上の効果が認められたが、玉蜀黍に対しては有効でないことが分かった。発酵最終産物は作物の種類や施肥方法の最適化などを行うことで、肥料として有効に利用できると考えられた。このように、 110℃以上の高温発酵を1月以上継続することで生産された発酵最終産物は好気性超高温発酵菌叢以外の微生物をほとんど含まないもので、安全性が高く、敷料や肥料としても有効であることが確認できた。

本研究によって創出された好気性超高温発酵堆肥では、110℃以上の熱を介した殺菌効果によって病原性微生物が死滅しており、本法を農場で実用することで腸管感染症における糞口感染を阻止することが可能となる。さらに糞尿などの原料を約10分の1以下に減量できるので、農場環境の統御にも有効である。

審査要旨 要旨を表示する

我国では肉用牛と乳牛が各々約290と150万頭、豚が約990万頭、肉用鶏と産卵鶏が各々約1億と1.7億羽飼養され、輸入品も含めて多量の畜産物が消費されている。畜産は、腸管を介して感染する疾病(腸管感染症)による家畜の経済的損失、環境汚染および食中毒病原微生物による食品汚染を介した人の健康危害の三大問題を内包しており、これらの克服は家畜の衛生飼養管理における本質的課題である。腸管感染症においては、糞口感染を阻止することが、感染症の暴露と増幅の循環を絶つ最も有効な方法である。本研究の目的は、家畜糞尿や農場残渣に含まれる腸管感染症病原微生物を好気性超高温発酵菌を活用することで不活化することである。

申請者は、好気性超高温発酵菌が、発酵槽内で有酸素状態で100℃以上の高温で発酵できるための最適発酵条件の検討を行った。東京大学附属牧場(以下牧場)で飼養している牛、山羊および馬が排泄する糞尿、飼料残渣、畜舎の敷料廃棄物および腐敗したヘイレージなどの牧草等の農場廃棄物を混合した原料を、床面送風式発酵槽を用いて好気性超高温発酵を行うための最適条件を探った。糞尿や農場残渣が混合した原料と発酵終了産物を等容量混合して水分含量約60%に調製した原料を発酵槽内に積み込み、上面中央部の表面から100cm直下の部位の発酵温度を指標に底面からの送風量を調節した。送風量が少ないと嫌気発酵が進み悪臭が立ち込めて発酵温度は低く、逆に多すぎると発酵槽底面が乾燥してしまって発酵が停止するので発酵温度が上がらなくなる。申請者が見出した最適発酵条件下では発酵温度は117℃に達し、厳冬期でも発酵温度は110℃以上を維持でき、4週間で発酵が終了し、発酵最終産物は1/10容以下にまで減少し、敷料中の藁なども全て分解されて粉末になった。尿が混じるために水分含量が多く飼料中に抗菌物質が含まれるために微生物発酵が困難であった豚糞、エネルギー源が少なくて発酵が困難であった廃棄牧草、通常の堆肥過程で腐敗してしまったものなどでも100℃以上の超高温発酵を行って4週間で水分含量が35%以下の発酵最終産物にできた。次いで申請者は、最適発酵条件における発酵槽内と高温発酵に失敗した発酵槽内の菌叢を比較解析し、超高温発酵を担う細菌叢を同定した。すなわち6門(Actinobacteria、 Bacteroidetes、Firmicutes、Proteobacteria、ChloroflexiおよびDeinococcus -Thermus)に属する17種の特異的な菌種が同定され、そのうちのAcidimicrobiaceae bacterium、Planifilum fimeticola、Planifilum yunnanense、Thermaerobacter compostiおよびThermus thermophilesが超高温発酵に重要であることを明らかにした。最後に発酵最終産物の安全性評価と実用性評価を行った。実験動物に4週間給与して体重、摂餌量と摂水量の推移、各種臓器の病理組織学的評価、血液生化学検査成績などを指標として毒性を調べた結果、特段の毒性を検出できず、発酵最終産物は安全であると考えられた。発酵最終産物は等量の大鋸屑と混合して牛の敷料とした場合に敷料中大腸菌がすみやかに減少することを実証し、敷料の微生物統御に有効であることを示した。さらに発酵最終産物は牧草(イタリアンライグラス)、稲、隠元豆、葱、茄子、甘藍などの19種の作物に対して化学肥料以上の施肥効果をもつことを示し、肥料として有効に利用できることが分かった。

以上のように、本研究によって創出された好気性超高温発酵による堆肥では110℃以上の熱を介した殺菌効果によって病原性微生物が死滅しており、本法を農場で実用することで腸管感染症における糞口感染を阻止することが可能となり、社会的に有意義な博士(農学)の学位を受けるに相応しい研究成果である。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク