学位論文要旨



No 128120
著者(漢字) 伊藤,強
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ツヨシ
標題(和) マウスにおける1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP)の神経毒性発現に関するmonoamine oxidase-B (MAO-B)の役割
標題(洋) Roles of monoamine oxidase-B (MAO-B) in the neurotoxicity of 1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP) in mice
報告番号 128120
報告番号 甲28120
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3836号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京農工大学 准教授 渋谷,淳
内容要旨 要旨を表示する

パーキンソン病(PD)のモデル作製に用いられる1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP) は腹腔内 (ip) あるいは皮下 (sc) 投与によりドパミンニューロンの選択的欠失を起し、ヒトPDの病態を良好に再現しているとされる。投与されたMPTPはまず肝臓など、脳実質外のmonoamine oxidase-B (MAO-B) により1-methyl-4-phenylpyridinium (MPP+) へと代謝される。MPP+は血液脳関門を通過できないため、代謝を免れたMPTPのみが脳実質内に侵入する。MPTPはグリア細胞内のMAO-BによりMPP+となる。MPP+はドパミントランスポーター (DAT) を介してドパミンニューロンに侵入し、神経細胞死を起す。

MPTPはマウスにおいて、その感受性に系統差が認められる。その原因因子は明らかになっていないが、とくにMPTP代謝に重要なMAO-Bの関与が疑われている。また近年、MPP+の直接的な作用に加え、一酸化窒素合成酵素 (NOS) により合成される一酸化窒素 (NO) がMPTP毒性発現に関与していることが明らかになっている。したがって、NOS発現の系統差がMPTP感受性に影響する可能性も考えられる。本研究の第一章、第二章では、高感受性系統C57BL/6マウスおよび低感受性系統BALB/cマウスを用い、MPTP感受性の系統差について、関与が疑われる因子を検討した。

また、当研究室のこれまでの研究から、MPTPをip投与したC57BL/6マウスでは、脳室下帯 (SVZ) におけるdoublecortin (Dcx) 陽性神経芽細胞(migrating neuroblast, A cell)のアポトーシスが誘導されることが明らかにされている。このアポトーシスにも、MPTPから生成されるMPP+が関与すると考えられている。本研究の第三章では、SVZアポトーシス発現へのMAO-Bの関与を調べた。

第一章では、MPTP感受性のマウス系統差についてMAO-Bの関与を調べるため、感受性が異なる2系統のマウスにMPTPあるいはMPP+を側脳室内 (icv) 投与した。すなわち、(1) 8週齢のC57BL/6(高感受性)およびBALB/c(低感受性)雄マウスにMPP+(0.8 mg/kg)をicv投与し、1、3および7日後に脳を採材、線条体および黒質を含む中脳組織についてtyrosine hydroxylase (TH) 免疫染色を行った。MPP+ 投与C57BL/6マウスの線条体のTH陽性領域は投与3日後から、黒質TH陽性細胞数は投与1日後から、対照群と比較し有意な減少を認めた。また、MPP+ 投与BALB/cマウスの線条体TH陽性領域は投与1および3日後、黒質TH陽性細胞数は投与3日後に対照群と比較し、有意な減少を認めた。しかし、BALB/cマウスの減少率はC57BL/6マウスと比較し、有意に低かった。(2) 8週齢のC57BL/6マウスにMPTP 1.54mg/kgあるいは7.14 mg/kgをicv投与し、1および7日後に脳を採材、同様の染色を行った。しかし、MPTP投与C57BL/6マウスでは投与1および7日後にTH陽性領域およびTH陽性細胞数の減少は観察されなかった。以上の結果から、MPP+ をicv投与してもMPTP投与と同様に、C57BL/6マウスは高感受性、BALB/cマウスは低感受性であることが示された。このことから、MPTP感受性の系統差に関与する因子はMPTPからMPP+ への代謝後に作用すること、すなわちMAO-Bは関与しないことが示唆された。

第二章では、MPTP感受性を規定する具体的な因子の発現を調べるため、C57BL/6およびBALB/cマウスについて、MAO-B、DAT、神経型NOS (nNOS) および誘導型NOS (iNOS) の発現量を調べた。(1) 8週齢のC57BL/6およびBALB/c雄マウスにMPTP(20 mg/kg)を2時間毎に4回ip投与し、1および7日後に脳を採材、線条体および黒質を含む中脳組織についてTH免疫染色を行った。MPTP投与C57BL/6マウスの線条体TH陽性領域および黒質TH陽性細胞数は投与1および7日後に対照群と比較し、有意に少なかった。一方、MPTP投与BALB/cマウスでは有意な変化は見られなかった。(2) 無処置の8週齢C57BL/6およびBALB/c雄マウスの脳を採材、線条体および黒質を含む中脳組織についてWestern blot法を用いて、MAO-B、DAT、nNOS、iNOS発現量を比較した。2系統間でMAO-Bの発現量に差は認めなかった。しかし、BALB/cマウスの線条体DATおよび中脳TH発現量は、C57BL/6マウスと比較し有意に高かった。(3) 8週齢C57BL/6およびBALB/c雄マウスにMPTP(20 mg/kg)を2時間毎に4回ip投与し、6、12時間、1および2日後に脳を採材、線条体および黒質を含む中脳組織についてWestern blot法を用いて、MAO-B、nNOS、iNOS発現量を比較した。MAO-B発現量は、MPTP投与BALB/cマウスの線条体において投与12時間後にMPTP投与C57BL/6マウスと比較し、有意に高かった。また、MPTP投与BALB/cマウスのnNOSおよびiNOS発現量は線条体および黒質において12時間後、2日後に、MPTP投与C57BL/6マウスと比較し、有意に高かった。以上の結果から、MAO-B、DAT、nNOSおよびiNOSの発現量はMPTP感受性の系統差に関与しないことが示唆された。

第三章では、MPTPによって誘導されるSVZアポトーシスに注目した。このアポトーシスが、MAO-Bにより代謝されたMPP+の直接的作用によるかを検討した。(1) 8週齢のC57BL/6雄マウスにMPTP(36または162 μg/head)あるいはMPP+(18 μg/head)をicv投与した。1および3日後、採取したSVZを含む脳組織についてTUNEL染色を行った。MPTP、MPP+投与群いずれも投与1日後に、SVZでTUNEL陽性細胞の有意な増加を認めた。(2) 8週齢のC57BL/6雄マウスにMPTP(36または162 μg/head)あるいはMPP+(18 μg/head)をicv投与し、1日および3日後にSVZを含む脳組織を採取し、Dcxあるいは epidermal growth factor receptor (EGFR) 免疫染色を行った。MPTP投与群(1日後)、MPP+投与群(3日後)いずれもDcx陽性細胞の有意な減少を認めた。(3) 8週齢のC57BL/6雄マウスにMAO-B阻害剤(R(-)-deprenyl:18 μg/head)をicv投与後、MPTP(36または162 μg/head)あるいはMPP+(18 μg/head)をicv投与し、1日後、SVZを含む脳組織についてTUNEL染色を行った。deprenylの前投与によりMPTPによるアポトーシスは抑制されたが、MPP+によるアポトーシスは抑制されなかった。(4) 8週齢のC57BL/6雄マウスにMPTP(36または162 μg/head)あるいはMPP+(18 μg/head)をicv投与した。1日後、採取したSVZを含む脳組織について、抗MAO-Bおよび抗GFAP抗体を用いた蛍光二重免疫染色を行った。すべてのマウスの上衣およびSVZにGFAPとMAO-Bの共陽性細胞を認めた。以上の結果から、MPTPをicv投与すると、その代謝産物MPP+によりSVZのA cellアポトーシスが誘導されることが明らかになった。さらに、MPTPからMPP+への変換には、上衣およびSVZのGFAP陽性細胞に存在するMAO-Bが関与することが示された。

第一章および第二章から、MPTP投与後のMAO-Bの発現量について、系統差は認めたもののMPTP感受性の系統差には関与していないことが明らかとなった。また、DAT、nNOS、iNOSも感受性の系統差には関与しないことが示された。残念ながら、MPTP感受性の系統差に関与する因子はいまだ不明であるが、第一章の結果より、MPTPからMPP+への変換後に作用する因子である可能性が高いと考えられた。また、第三章からは、SVZ神経芽細胞のアポトーシスにはMAO-BによるMPTPからMPP+への代謝が必須であり、MPP+の直接作用でアポトーシスが誘導されることが分かった。今回の一連の研究により、MPTPの神経細胞傷害メカニズムにおけるMAO-Bの役割について新たな知見を得ることができた。また、PD発症には遺伝的要因を含め、様々な要因が関与することから、その発症機序解明にも寄与すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

MPTPをマウスに腹腔内 (ip) あるいは皮下 (sc) 投与すると、ドパミン神経が傷害されヒトパーキンソン病 (PD) の病態を良好に再現する。投与されたMPTPは脳でグリア細胞内のMAO-B により1-methyl-4-phenylpyridinium (MPP+) となる。MPP+はDATを介してドパミン神経に侵入し、神経細胞死を起す。MPTP投与マウスでは感受性に系統差が認められるが、その原因因子は明らかになっていない。本研究の第一章および第二章ではMPTP感受性の系統差について、関与が疑われる因子をMAO-Bを中心に検討した。一方で、MPTPをip投与したC57BL/6マウスでは、脳室下帯 (SVZ) におけるDcx陽性神経芽細胞(A cell)のアポトーシスが誘導されることが明らかにされている。第三章では、SVZアポトーシス誘導におけるMAO-Bの関与を調べた。

第一章

1)C57BL/6(MPTP高感受性)およびBALB/c(MPTP低感受性)マウスにMPP+を側脳室内 (icv)投与し、脳組織についてチロシン水酸化酵素(TH)免疫染色を行った。MPP+ 投与BALB/cのTH減少率はMPP+ 投与C57BL/6と比較し、有意に低かった。2) C57BL/6にMPTPをicv投与し、脳組織についてTH免疫染色を行った。 C57BL/6およびBALB/cの両系統でTHの減少は観察されなかった。MPP+ をicv投与しても、C57BL/6は高感受性、BALB/cは低感受性を示したことから、MPTP感受性の系統差に関与する因子はMPTPからMPP+ への代謝後に作用しており、MAO-Bは関与しないことが示唆された。

第二章

1)C57BL/6およびBALB/cマウスにMPTPを ip投与し、脳組織についてTH免疫染色を行ったところ、C57BL/6の方が高感受性であることが確認された。2) 無処置の2系統の脳組織についてWestern blot法を用いて、上記因子の発現量を比較したところ、BALB/cの線条体DATおよび中脳TH発現量は、C57BL/6と比較し有意に高かった。3) 2系統にMPTPをip投与し、2) と同様の解析を行った。MPTP投与BALB/cのMAO-B、nNOS、iNOS発現量はMPTP投与C57BL/6と比較し、有意に高くなる傾向が見られた。MAO-B、DAT、nNOS、iNOSの発現量はMPTP感受性の系統差に関与しないことが示唆された。

第三章

1) C57BL/6マウスにMPTPあるいはMPP+をicv投与し、SVZを含む脳組織についてTUNEL染色を行ったところ、MPTP、MPP+投与群いずれもSVZでTUNEL陽性細胞の有意な増加を認めた。2) 1)と同様の処置を行った後、Dcxあるいは EGFRについて免疫染色を行ったところ、MPTP投与群、MPP+投与群いずれもDcx陽性細胞の有意な減少を認めた。3) C57BL/6にMAO-B阻害剤である(R(-)-deprenyl)をicv投与後、MPTPあるいはMPP+をicv投与し、SVZを含む脳組織についてTUNEL染色を行ったところ、deprenylの前投与によりMPTPによるアポトーシスは抑制されたが、MPP+によるアポトーシスは抑制されなかった。4) 1)と同様の処置を行った後、抗MAO-Bおよび抗GFAP抗体を用いた蛍光二重免疫染色を行ったところ、すべてのマウスの上衣およびSVZにGFAPとMAO-Bの共陽性細胞を認めた。以上の結果から、MPTPをicv投与するとその代謝産物MPP+によりSVZのA cellアポトーシスが誘導されること、さらに、MPTPからMPP+への変換には、上衣およびSVZのGFAP陽性細胞のMAO-Bが関与することが示された。

第一章および第二章から、MAO-B、DAT、nNOS、iNOSはMPTP感受性の系統差に関与しないことが示された。また、この系統差はMPTPからMPP+への変換後に作用する因子であると考えられた。第三章から、SVZ神経芽細胞のアポトーシスにはMAO-BによるMPTPからMPP+への代謝が必須であり、MPP+の直接作用でアポトーシスが誘導されることが分かった。

今回の一連の研究から、MPTPの神経細胞傷害機序におけるMAO-Bの役割について新たな知見を得ることができた。本研究はPDの発症機序解明に大いに寄与すると考えられた。よって審査委員一同は申請者が博士(獣医学)の学位を授与するに値すると認めた。

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