学位論文要旨



No 128121
著者(漢字) 上田,直也
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,ナオヤ
標題(和) コウモリの外来異物代謝酵素の特性
標題(洋) The characterization of bat xenobiotic metabolizing enzymes
報告番号 128121
報告番号 甲28121
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3837号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久和,茂
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 准教授 堀,正敏
内容要旨 要旨を表示する

コウモリは、哺乳類の中で唯一飛翔能力を有する。それに加えて、コウモリは他の哺乳類と比べてエネルギー消費が大きいにも関わらず、同じ大きさの他の哺乳類と比較して、平均寿命が長い。このようにコウモリは、独特な生態を持つ動物であるが、超音波に関する知見を除けば、その生理学的特性は、あまり知られていない。本研究では、コウモリが外界からどのように物質を取り込み、代謝していくのかを明らかにするため、コウモリの外来異物代謝系に注目し研究を行った。

哺乳類の外来異物代謝において最も重要な臓器は肝臓である。経口摂取された化合物の多くは、腸管から吸収されたのち、全身の血液循環に入る前に肝臓を通過する。その際、多くの化合物は肝臓に発現する代謝酵素により代謝を受ける。これを初回通過効果といい、外来異物の解毒ならびに排出において極めて重要な作用である。哺乳類の肝臓において、外来異物代謝は主に第1相酵素と呼ばれるチトクロームP450(以下、CYP)ならびに第2相酵素と呼ばれるグルクロンサン抱合酵素(以下、UGT)などにより代謝を受けることが知られている。本研究では、コウモリにおいて外来異物代謝の特性を解明すべく、その主体を担うCYPならびにUGTを対象にして研究を行った。

第1章 コウモリの肝臓に発現する外来異物代謝酵素の酵素活性について

コウモリの肝臓におけるCYPの酵素活性の特性を調べるために、フィリピンで捕獲した10種のコウモリを用いて検索を行い、ヒトおよび薬物代謝研究に頻繁に用いられるラットとの種差を検討するとともに、コウモリ種間においても比較検討を行った。本研究では、ヒトの肝臓に発現の高いCYP1A、CYP2A、CYP2B、CYP2C、CYP2D、CYP2EならびにCYP3Aの7つのサブファミリーを認識する8つの酵素反応を指標に実験を行った。コウモリの肝臓からCYPやUGTを多く含むミクロソーム分画を抽出し、各CYPアイソフォームに特異的な基質と反応させ、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により生成物の量を測定した。その結果、コウモリ種間でばらつきはみられるものの、CYP1A、CYP2BおよびCYP2Dに対する特異的な酵素反応系においてヒトの活性よりも高い種が多い傾向にあった。このうちCYP1Aは、ヒトの肝ミクロソームにおいても比較的発現が高いことが知られており、コウモリの肝臓では相対的に重要な位置を占めていると推察された。特にココウモリでは、オオコウモリに比べて総じて高い活性を示す傾向がみられた。一方で、ヒトの肝臓において発現が高いCYP3AおよびCYP2C9は、総じてコウモリにおいては活性が低く、これらの酵素に対する依存度はヒトと比べて低いと考えられた。ヒトのCYP2C19に選択的であるS-メフェニトイン水酸化活性やヒトのCYP2A6選択的であるクマリン水酸化活性は、コウモリの肝ミクロソームで検出できないか、極めて低い活性であった。

さらに、CYPと外来異物との相互関係をより詳細に検討するために、コウモリの肝ミクロソームと反応性が高かった4つの測定系を用いて、反応速度パラメータであるミカエリス定数(Km)ならびに最大反応速度(V(max))を求め、酵素反応の評価を行った。本学で飼養しているデマレルーセットオオコウモリならびに和歌山県で捕獲したユビナガコウモリを実験に用いた。デマレルーセットオオコウモリ5匹およびユビナガコウモリ5匹の肝臓を用いてpooled microsomeを作成し、様々な濃度の基質と反応させHPLCにより生成物の定量を行った。CYP1A特異的なエトキシレゾルフィン脱アルキル化活性(EROD)では、フィリピンのコウモリでみられた傾向と同様、ココウモリであるユビナガコウモリが他種と比較してV(max)が大きく、ココウモリの肝臓ではCYP1Aが高い活性を持つことが示唆された。一方、テストステロン6β水酸化反応(CYP3A)およびクロロゾキサゾン水酸化活性(CYP2E)は、いずれもイヌやヒトと比べてV(max)が小さかった。また、コウモリでは、V(max)が小さいにもかかわらずKm値が高く、イヌやヒトのCYP2E1とは酵素活性の異なる酵素がこの反応の担い手である可能性が示唆された。コウモリ間では、デマレルーセットオオコウモリは、ユビナガコウモリより顕著に酵素活性が高いことも、pooled microsomeおよび個別のミクロソームの両者で明らかになった。CYP2Dによるブフラロール水酸化活性では、デマレルーッセットオオコウモリはイヌやヒト同様Km値が大きかったのに対し、ユビナガコウモリは既報のラットやブタ同様Km値が小さかった。

また、UGTの選択的基質を用いて、コウモリの肝ミクロソームにおけるUGTの酵素活性の検索を行った。本研究では、UGT1Aによる代謝が行われるスコポレチンならびにUGT2B7の選択的基質として知られるアジトチミジンを用いた。スコポレチングルクロン酸抱合活性は、ユビナガコウモリで顕著に低い値を示した。一方で、またアジトチミジンの抱合活性もヒトに比べ著しく低いことが明らかになった。

第2章 コウモリに発現する代謝酵素の同定ならびにその臓器別発現の解析

コウモリの肝臓に発現する外来異物代謝酵素を同定し、主要臓器における発現を明らかにすべく、デマレルーセットオオコウモリおよびユビナガコウモリの肝臓からcDNAライブラリを作成した。GenBankのデータを基に動物種間で相同性の高い部位に各アイソフォーム特異的プライマーを作成し、RT-PCRにより目的の遺伝子断片を増幅した。増幅した断片のシークエンス解析を行い、得られた塩基配列をもとに推定アミノ酸配列を決定した。さらに、GenBankに登録されている他の哺乳動物と系統解析を行った。本研究では、CYP1A、CYP3A、CYP2DならびにUGT1Aの塩基配列の決定を試み、タンパク質コード領域の全長あるいは大部分を明らかにした。

第3章 コウモリCYP1Aの転写調節因子に関する研究

第1章で述べたように、コウモリの肝臓ではCYP1Aの酵素活性が他の動物種と比べて大きく、相対的に重要なアイソフォームであることが示唆された。CYP1Aは外来異物の中でもTCDDを筆頭にするダイオキシン類やPCBなどの環境汚染物質の代謝に関与し、それらによる発がんや免疫異常の発症に深く関わっている。環境汚染物質による生態へのこのような作用の多くは、ダイオキシンのレセプターであり、CYP1Aの直接的な制御因子でもあるAhRを介することが知られている。そこで、本章ではコウモリに発現するAhRならびにその補助因子であるARNTの同定を試みた。さらに、コウモリにおけるAhRの発現を検索したところ、肝臓において発現が高いものの、腸管、腎臓、肺、脾臓でも一様に発現が確認された。CYP1Aはダイオキシン類などの環境汚染物質に暴露されると、AhRの活性化を通じて転写誘導がおきることが知られており、CYP1Aの発現ならびに酵素活性は、ダイオキシン類のバイオマーカーとして用いられることが報告されている。コウモリにおける酵素誘導を評価するために、合成フラボノイドであるβ-naphthoflavon (BNF)の投与を行った。実験に用いたエジプトルーセットオオコウモリでは、BNF濃度依存的に酵素活性が増加し、肝臓におけるCYP1Aのタンパク質発現ならびにmRNA発現がみられた。

本研究を通じて、コウモリの外来異物代謝の特性の一端が明らかになった。コウモリは、主要なCYPアイソフォームの中で、他の哺乳類と比べてCYP1Aへの依存度が高く、一方でヒトにおいて発現の多いCYP3Aおよび2Cなどの酵素の活性は低かった。また、UGTの活性は、検索を範囲ではいずれも低かった。今後、コウモリの外来異物代謝活性を担う分子機構が明かになっていけば、哺乳類の中にあって異質な生態を維持できる秘密を、分子生物学的に説明できることが可能になるかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

コウモリは哺乳類の中で唯一飛翔能力を有する。また、他の哺乳類と比べてエネルギー消費が大きいにも関わらず、同じ大きさの他の哺乳類と比較して平均寿命が長い。このようにコウモリは独特な生理・生態を持つ動物であるが、超音波に関する知見を除けば、その生理学的特性はあまり知られていない。本研究では、コウモリが外界からどのように物質を取り込み代謝するのかを明らかにするため、コウモリの外来異物代謝系に注目し研究を行った。

外来異物代謝において最も重要な臓器は肝臓であり、チトクロームP450(以下、CYP) などの第1相酵素およびグルクロン酸抱合酵素(以下、UGT)などの第2相酵素により代謝を受ける。そのような背景から、CYPおよびUGTを主な研究対象としてコウモリの外来異物代謝系の特性を解析した。

第1章では、フィリピンで捕獲した10種のコウモリを用いて、ヒトの肝臓において発現の高いCYP1A、CYP2A、CYP2B、CYP2C、CYP2D、CYP2EならびにCYP3Aの7つのサブファミリーを認識する8つの酵素反応を指標にコウモリのCYPの検索を行った。その結果、CYP1A、CYP2BおよびCYP2Dに対する特異的な酵素反応系においてヒトの活性よりも高いコウモリ種が多かった。このうちCYP1Aは、コウモリ、特にココウモリの肝臓では主要な酵素の1つであろうと推察された。一方で、CYP3AおよびCYP2C9は活性が低く、これらの酵素に対する依存度はヒトと比べて低いと考えられた。ヒトのCYP2C19に選択的であるS-メフェニトイン水酸化活性やヒトのCYP2A6選択的であるクマリン水酸化活性はコウモリの肝ミクロソームで検出できないか、極めて低い活性であった。

コウモリのCYPの特性をさらに詳細に検討するために、ミカエリス定数(Km)ならびに最大反応速度(V(max))を求めた。本実験ではデマレルーセットオオコウモリおよびユビナガコウモリの肝臓を用いた。CYP1A特異的なエトキシレゾルフィン脱アルキル化活性(EROD)では、ユビナガコウモリが他種と比較してV(max)が大きく、ココウモリの肝臓ではCYP1Aが高い活性を持つことが示唆された。一方、テストステロン6β水酸化反応(CYP3A)およびクロロゾキサゾン水酸化活性(CYP2E)は、いずれもイヌやヒトと比べてV(max)が小さかった。CYP2Dによるブフラロール水酸化活性では、デマレルーセットオオコウモリはイヌやヒト同様Km値が大きかったのに対し、ユビナガコウモリはラットやブタ同様Km値が小さかった。

第2章ではデマレルーセットオオコウモリおよびユビナガコウモリの肝臓からcDNAライブラリを作成し、コウモリの肝臓に発現する外来異物代謝酵素遺伝子を同定した。動物種間で相同性の高い部位に各アイソフォーム特異的プライマーを作成し、RT-PCR法により目的の遺伝子断片を増幅した。常法に従い、各遺伝子の塩基配列の解析を行い、それをもとに推定アミノ酸配列を決定した。さらに、他の哺乳動物と系統解析を行った。本研究でCYP1A、CYP3A、CYP2DならびにUGT1Aのタンパク質コード領域の全長あるいは大部分を明らかにした。

コウモリの肝臓ではCYP1Aの酵素活性が他の動物種と比べて大きく、相対的に重要なアイソフォームであることが示唆された。CYP1Aは外来異物の中でもTCDDを筆頭にするダイオキシン類やPCBなどの環境汚染物質の代謝に関与し、それらによる発がんや免疫異常の発症に深く関わっている。環境汚染物質による生体へのこのような作用の多くは、ダイオキシンのレセプターであり、CYP1Aの直接的な制御因子でもあるアリルヒドロカーボン受容体(AhR)を介することが知られている。第3章ではコウモリに発現するAhRならびにその補助因子であるAhR核移送体(ARNT)の同定を試みた。その結果、コウモリのAhRは特徴的な遺伝子構造をしていることが明らかになった。また、コウモリの肝臓においてAhRの高い発現が確認され、腸管、腎臓、肺、脾臓でも一様に発現が確認された。コウモリにおけるCYP1Aの酵素誘導を評価するために、合成フラボノイドであるβ-naphthoflavon (BNF)の投与を行った。実験に用いたエジプトルーセットオオコウモリでBNF濃度依存的にCYP1A酵素活性が増加し、CYP1Aのタンパク質ならびにmRNAの発現が誘導され、コウモリにおいてもCYP1Aの発現誘導が起こることが示された。CYP1Aはダイオキシン類のバイオマーカーとして用いられることが報告されているが、コウモリはその候補であると考えられる。

以上の結果より、コウモリは他の哺乳類と比べてCYP1Aへの依存度が高く、一方でヒトにおいて発現の多いCYP3Aおよび2Cなどの酵素の活性は低いなど、独特の外来異物代謝酵素の発現パターンを示すことが明らかとなった。これらの研究成果は獣医学学術上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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