学位論文要旨



No 128122
著者(漢字) 上田,綾子
著者(英字)
著者(カナ) カミダ,アヤコ
標題(和) イヌ骨肉腫におけるRANK/RANKL 発現と骨病変との関連ならびに移植マウスモデルにおける抗RANKL中和抗体の抗腫瘍効果に関する研究
標題(洋) Studies on the role of RANK/RANKL expression for the skeletal lesions and the effect of anti-RANKL neutralizing antibody in a canine osteosarcoma xenograft model
報告番号 128122
報告番号 甲28122
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3838号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 西村,亮平
 東京大学 准教授 望月,学
内容要旨 要旨を表示する

骨肉腫(OSA)は,骨原発性腫瘍の中で最も発生頻度が高く,転移性の高い予後不良の腫瘍である.ヒトでは化学療法と外科療法の併用により,5年生存率も飛躍的に改善されたが,その一方で,過去20年間の生存率はプラトーに達しており,新たな治療法の開発が必要とされている.また獣医療では,徹底的な術前化学療法は副作用の面から困難であり,新たなる集学的治療法は確立されていない.

近年ヒトOSA細胞ならびに病態において,破骨細胞 (OC)の役割が注目を集めており,OCを標的とした新規治療の可能性が検討されている.OCの分化,成熟は,M-CSFならびに骨髄間質細胞や骨芽細胞が産生するreceptor activator of nuclear factor -kB ligand (RANKL) とreceptor activator of nuclear factor kB(RANK)によって制御されている.また,OCは骨吸収により骨に含まれる種々の成長因子を放出させ、かつ腫瘍細胞の増殖に必要なスペースを提供する形で、骨転移機構および腫瘍増殖に大きく関与していると考えられている.しかしイヌにおけるOCと腫瘍増殖や骨破壊との関連は不明である.

そこで本研究では,イヌOSAの腫瘍増殖および骨吸収におけるRANK/RANKLの役割を明らかにするとともに,移植マウスモデルにおいて抗RANKL中和抗体の効果についても検討した.

第1章では、まずイヌの自然発症OSAの26症例の原発巣組織ならびにイヌOSA細胞株4株(HMPOS, POS, OOS, CHOS)における,RANK/RANKLの発現を免疫細胞化学およびウェスタンブロット法(WB)により検討した.

RANKとRANKLの発現は,それぞれ26症例中23 頭(88.4%)と20頭(84.6%)と高率に認められた.RANKL発現と組織中のOC数には有意な相関を認めた一方で,症例数が少ないこともあり,いずれの発現も各症例の臨床所見(年齢,性別,品種,病理学的分類など)や生存曲線との間には統計学的な相関関係が認められなかった.

イヌOSA細胞株では,RANKとRANKLの発現が細胞質と細胞膜に認められ,WBの結果ではそれぞれPOS(>OOS> HMPOS>CHOS), CHOS (>OOS>POS>HMPOS)に強い発現が確認された.

次に、これら細胞株のうちRANKL低発現細胞株(HMPOS)と高発現細胞株(CHOS)を選択し,移植マウスモデルにおける腫瘍動態とRANK/RANKL発現の関連を検討した。Balbc nu/nuマウス(n=5)の脛骨に細胞株を移植し、マウスモデルを作製した.これらのマウスを用い,病理組織学ならびにμ-CTを用いて評価した.

HMPOS移植モデルでは,軟部組織への浸潤を伴った顕著な腫瘍増大と肺転移が認められた.しかし、骨病変部にはOCは認められなかった.一方CHOS移植モデルでは、骨に限局した骨融解性病変を呈し、腫瘍と皮質骨の境界部で明瞭なOCの増加が確認された.以上より,RANKL低発現のHMPOSではより激しい腫瘍増殖が見られること,RANKL高発現のCHOSでは強い骨吸収が見られることが明らかとなり,これはRANKLが誘導するOCの活性化により骨融解型病変が出現している可能性を示唆するものと考えられた.

第2章では,これらの2つの細胞株におけるRANK発現の意義を検討する目的で,RANKL(100ng/ml)刺激後の細胞移動能/浸潤能の解析を行うと同時に,RANK下流シグナル(NFkB, ERK1/2, p-38, JNK,c-Fos)をWBにより解析した.さらに,腫瘍細胞の浸潤転移能に関与しているmatrix metalloproteinases (MMPs)のmRNA発現を定量的リアルタイムPCR法にて測定した.

RANKL刺激後,細胞の移動能はHMPOSで有意に亢進し,CHOSでは変動がなかった.浸潤能はHMPOSで有意に亢進し,CHOSでは逆に有意な抑制効果が認められた.RANKL刺激下で,HMPOSでは経時的にIkBαおよびERK1/2のリン酸化の増加が認められた.CHOSでも同様にIkBαの経時的なリン酸化が認められた一方,ERK1/2の脱リン酸化が刺激後速やかに生じた.p-38,JNKのリン酸化およびc-Fosの発現レベルは刺激前/後で差を認めなかった.さらに,RANKL刺激後のMMPs発現は,MMP 2の発現上昇,ならびにHMPOSにおけるMMP 7の発現上昇が認められた.以上から,イヌOSA細胞株においては機能的なRANK発現があり,これらの細胞の浸潤、移動能は主にMMP 2と7が関与している可能性が示唆された.

第3章では,OSA細胞株に発現するRANKLの破骨細胞分化誘導ならびにマウスモデルにおける抗RANKL中和抗体の腫瘍増殖ならびに骨病変に対する効果を検討した.

まず,In vitroで腫瘍性RANKLのOC分化誘導能を検討することを目的とし,イヌの骨髄間質細胞 (BMCs)からのOC分化誘導系の確立を試みた.OCの証明はTRAP染色, Actin Ring形成評価,pit formation assayならびにOC特異的マーカーのmRNA発現 (NFATc1, Calcitonin-R, RANK, MMP9)を評価した。

イヌBMCsにM-CSF(100ng/ml)およびRANKL(10ng/ml)を添加すると2日目より多核巨細胞が出現した.これらの分化した細胞は,典型的なOCの特徴を有していた.一方RANKL非刺激下では,分化した細胞はOCの特徴的な性質を示さず、イヌOCs分化誘導においてもM-CSFとRANKLが必須因子であると考えられた。

さらに第1章の結果を基に,RANKL発現の異なるHMPOSとCHOSの培養上清を用い,イヌBMCsからのOC分化誘導能を検討した.いずれの培養上清も単独では,OC分化誘導が認めず,微量のRANKLとCHOS培養上清を添加したBMCsで最も多くのOCが誘導され,さらにRANKL濃度依存性により多くのOC形成が認められた。一方,HMPOS培養上清を添加したBMCsで最もOCの誘導数が少なかった。以上より,CHOS腫瘍細胞が産生するRANKLは,OC分化能を有することが示唆された.

次に,高RANKL発現株であるCHOS移植マウスモデルを用い,抗RANKL中和抗体(OYC1)の効果を検討した.OYC1 (5mg/kg)を腫瘍細胞移植後2週目に,マウスに皮下投与(単回)した.その結果,抗体投与マウスでは腫瘍増殖が有意に抑制され,また,骨融解も抑制された.さらに,腫瘍形成部位の組織において,腫瘍と皮質骨との境界部のOC誘導も有意に低下していた.またOYC1はin vitroの細胞培養下では腫瘍細胞増殖抑制がないことから,腫瘍抑制効果は骨環境中のOC誘導を抑制して骨吸収を減少させた結果,腫瘍の増殖,進展を防止したものと示唆された.

以上から,イヌOSA細胞に発現するRANK/RANKLは,NFkBとERK1/2のリン酸化を介し,MMP 2および7の発現を通して腫瘍細胞の移動能,浸潤能に影響を与えると同時に,破骨細胞の分化に関与し,OSAの増殖ならびに骨病変に関与することが示された。今後抗RANKL抗体治療の開発が強く望まれる.

審査要旨 要旨を表示する

骨肉腫(OSA)は、骨原発性腫瘍の中で最も発生頻度が高く、転移性の高い予後不良の腫瘍である。近年ヒトOSAの病態において、破骨細胞 (OC)の役割が注目を集めている。OCの分化、成熟にはマクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)ならびに骨髄間質細胞や骨芽細胞が産生するreceptor activator of nuclear factor -kB ligand (RANKL) とreceptor activator of nuclear factor kB(RANK)によって制御されている。OCは骨吸収により骨に含まれる種々の成長因子を放出させ、かつ腫瘍細胞の増殖に必要なスペースを提供する形で、骨転移機構および腫瘍増殖に大きく関与していると考えられている。しかしイヌにおけるOCないしRANK, RANKLと腫瘍増殖や骨破壊との関連は不明である。

そこで本研究では、イヌOSAの腫瘍増殖および骨吸収におけるRANK/RANKLの役割を明らかにするとともに、移植マウスモデルにおいて抗RANKL中和抗体の効果についても検討した。

第1章では、イヌの自然発症OSA 26症例の原発巣組織ならびにイヌOSA細胞株4株(HMPOS、POS、OOS、CHOS)における、RANK/RANKLの発現を免疫細胞化学およびウェスタンブロット法(WB)により検討した。その結果、RANKとRANKLは、それぞれ26症例中23 頭(88.4%)と20頭(84.6%)と高率に発現した。またRANKL発現と組織中のOC数には有意な相関を認めた。イヌOSA細胞株では、 RANKとRANKLの発現が細胞質と細胞膜に認められ、WBの結果から、その発現レベルは細胞間で異なっていた。

次に、これら細胞株のうちRANKL低発現細胞株(HMPOS)と高発現細胞株(CHOS)を選択し、ヌードマウスの脛骨に移植した。その結果、HMPOS移植モデルでは、軟部組織への浸潤を伴った顕著な腫瘍増大と肺転移が認められ、CHOS移植モデルでは、骨融解性病変を呈し、かつ腫瘍と皮質骨の境界部に明瞭なOCの増加が確認された。このことは、RANKL高発現のCHOSでは、RANKLが誘導するOCの活性化により骨融解型病変が出現していることを示唆するものと考えられた。

第2章では、RANK発現の意義を検討する目的で、RANKL刺激後の細胞移動能/浸潤能の解析を行うと同時に、RANK下流シグナル(NFkB, ERK1/2, p-38, JNK,c-Fos)をWBにより解析した.さらに、腫瘍細胞の浸潤転移能に関与しているmatrix metalloproteinases (MMPs)のmRNA発現を定量的リアルタイムPCR法にて測定した。

RANKL刺激後、HMPOSでは細胞の移動能ならびに浸潤能が亢進したが、CHOSでは変動がなかった。またRANKL刺激下で、HMPOSでは経時的にIkBαおよびERK1/2のリン酸化の増加が認められた。さらに、RANKL刺激後にMMP 2と7の発現上昇が認められたことから、イヌOSA細胞株には機能的なRANK発現があり、これらの細胞の浸潤、移動能は主にMMP 2と7が関与している可能性が示唆された。

第3章では、まずOSA細胞株に発現するRANKLの破骨細胞分化誘導を検討した。初めに、イヌの骨髄間質細胞 (BMCs)からのOC分化誘導系の確立を試みた。OCの証明はTRAP染色、Actin Ring形成評価、pit formation assayならびにOC特異的マーカーのmRNA発現 (NFATc1, Calcitonin-R, RANK, MMP9)から評価した。

イヌBMCsにM-CSFおよびRANKLを添加すると2日目より多核巨細胞が出現し、これらの細胞は典型的なOCの特徴を有していた。さらに、RANKL発現の異なるHMPOSとCHOSの培養上清を用い、イヌBMCsからのOC分化誘導能を検討した。いずれの培養上清も単独ではOC分化誘導が認めなかったが、微量のRANKLとCHOS培養上清を添加したBMCsで最も多くのOCが誘導され、さらにRANKL濃度依存性により多くのOC形成が認められた。このことから、CHOS腫瘍細胞が産生するRANKLはOC分化能を有することが示唆された。

最後に、高RANKL発現株であるCHOS移植マウスモデルを用い、抗RANKL中和抗体(OYC1)の効果を検討した。OYC1を腫瘍細胞移植後2週目にマウスに皮下投与(単回)した。その結果、腫瘍増殖が有意に抑制され、また、骨融解も抑制された。さらに、腫瘍と皮質骨の境界部のOC誘導も有意に低下していた。OYC1には細胞培養下で増殖抑制効果がないことから、この腫瘍抑制効果は骨中のOC誘導を抑制して骨吸収を減少させ、生じたものと示唆された。

以上要するに、本論文はイヌOSAの骨病変におけるRANK/RANKLと破骨細胞の関与を証明したものであり、学術上、臨床上その貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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