学位論文要旨



No 128125
著者(漢字) 本阿彌,宗紀
著者(英字)
著者(カナ) ホンナミ,ムネキ
標題(和) テーラーメイドチタンインプラント,顆粒状人工骨およびbFGF結合イオン・コンプレックスゲルを組み合わせた長管骨巨大欠損の新規治療法
標題(洋)
報告番号 128125
報告番号 甲28125
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3841号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 教授 西村,亮平
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京大学 准教授 望月,学
内容要旨 要旨を表示する

高エネルギー外傷や骨腫瘍等により生じた長管骨巨大骨欠損の再建治療は,極めて困難であり,より簡便でかつ早期の機能回復と骨再生が得られる新たな治療法が求められている.これらの骨欠損に対し,様々なセラミックス系および金属系バイオマテリアルが開発されている.セラミックス系バイオマテリアル(人工骨)としては,ハイドロキシアパタイトやリン酸三カルシウム(TCP)が盛んに研究されている.著者らのグループは,αTCP粉末から射出成形された,外径1 mmのテトラポッド型顆粒状人工骨(TB)を開発した.

TBは集積により血管侵入性にすぐれた隙間(連通孔)を形成する特徴を持つ.一方,骨折治癒には,血管ネットワークの形成による栄養や酸素の供給が必須である.そのため,血管新生を促進させる目的で,従来から様々な増殖因子が使用されてきた.その中でも,塩基性線維芽細胞増殖因子結合イオン・コンプレックスゲル(bFGF-IC gel)は,より早期に強力に血管を誘導する足場として開発された.bFGF-IC gelは,コラーゲンとクエン酸誘導体から成る血管侵入性や保持性にすぐれた足場(IC gel)に,血管新生誘導因子であるbFGFを電気的に結合させたハイドロゲルである.

しかしながら,長管骨に生じた巨大な骨欠損を再建するには,これらの骨新生や血管新生の足場としてすぐれたTBとbFGF-IC gelだけでなく,これらを骨欠損部に正確に保持し,かつ骨欠損を強固に安定化するための金属インプラントが必要である.

そこで,著者らのグループは,金属系バイオマテリアルとして,骨欠損部の形態に完全に一致するチタンメッシュケージと,骨表面に完全に重なるプレートが一体化した,テーラーメイドチタンメッシュケージ一体型プレート(tTMCP)を開発した.tTMCPは,患者のCTデータと選択的レーザー溶融積層造形法により,短時間で正確な造形が可能であり,また,ケージとプレートが一体となった形状であるため,骨欠損の補填と骨折断端の固定の双方を容易に実現するインプラントである.

本研究の最終目標は,長管骨巨大骨欠損に対して,新しく開発されたこれら3つのバイオマテリアルを組み合わせ,より早期の機能回復と骨再生を達成することにある.

そこで第1章では,まずTBとbFGF-IC gelの併用による骨欠損部の血管新生と骨新生の促進効果について,ウサギ大腿骨骨幹部部分欠損モデルを用いて検討した.実験動物には日本白色家兎40羽を用い,麻酔下にて左大腿骨骨幹部中央に10 mmの骨欠損を作成し,ステンレスプレートを用いて固定した.本モデルには,TBを骨欠損内部に保持する目的で,ポリプロピレンメッシュケージ(PMC)を使用した.実験群は,骨欠損部にPMCのみを移植したpm群,TBを充填したPMCを移植したpm/TB群,TBとbFGF溶液(PBSにて100 ng/mlに調整した溶液を0.5 ml)を充填したPMCを移植したpm/TB/f群,TBとIC gelを充填したPMCを移植したpm/TB/ICgel群(0.5 ml),TBとbFGF-IC gel(100 ng/ml溶液を0.5 ml)を充填したPMCを移植したpm/TB/f-ICgel群の5群(各n=8)とした.動物は術後2,4週目(各n=4)に安楽殺し,単純X線検査,μCT検査ならびに組織形態学的検査を行った.組織形態学的検査には,新生骨伸長距離,新生骨量,血管数の計3項目を用いた.

単純X線写真およびμCT画像では,全群で骨欠損部周囲に旺盛な仮骨形成を認めた.組織形態学的検査では, pm/TB/f-ICgel群は,2週目の新生骨伸長距離を除き,2,4週目ともに全項目において他の4群よりも有意に高い値を示した.bFGFを用いていないpm/TB/ICgel群の4週目では,新生骨量と血管数がIC gelを用いていない他の3群よりも有意に高かった.このIC gelを用いていない3群の間には,いずれの観察期間でも全項目において有意差は認められなかった.以上より,ウサギモデルにおけるTBとbFGF-IC gelの併用は,血管新生と骨新生を促進することが明らかとなった.しかし,このウサギモデルでは骨欠損内部の骨新生よりも骨欠損部周囲の仮骨形成の方が旺盛であり,また,TBを用いなかった骨欠損部にも多くの骨形成が認められたことから,このモデルはこれらの項目の評価には必ずしも適切でないと考えられた.

そこで,第2章ではイヌ橈骨骨幹部部分欠損モデルを用いて,第1章と同様にTBとbFGF-IC gelの併用による骨再生効果についてより詳細な検討を行った.ビーグル成犬5頭を用い,麻酔下にて両側橈骨骨幹部中央に20 mmの骨欠損を作成し,PMCを用いて各材料を移植し,ステンレスプレートを用いて固定した.実験群は,pm/TB群,pm/TB/f群,pm/TB/f-ICgel群の3群(各n=3)とした.なお,bFGF溶液ならびにbFGF-IC gelは第1章と同様に調整し,用量は1.0 mlとした.動物は術後4週目で安楽殺し、単純X線検査,μCT検査ならびに組織形態学的検査を行った.組織形態学的検査には,テトラサイクリンとカルセインにより蛍光標識を行った非脱灰研磨組織切片を用い,第1章で用いた3項目に加え,骨代謝回転の指標となる層板状骨量および石灰化速度を計測した.

単純X線写真およびμCT画像では,全群で骨欠損部両端にわずかな仮骨形成を認めた.組織形態学的評価では,pm/TB/f-ICgel群は,新生骨伸長距離,新生骨量,血管数において他の2群に比べて有意に高い値を示し,bFGFを用いていないpm/TB/ICgel群では有意な骨新生の増加を認めなかった.また,骨代謝回転の指標である層板状骨量および石灰化速度については3群間に有意な差は認められなかった.これらの結果から,イヌモデルにおいては,TBとbFGF-IC gelの併用により,術後早期に血管新生が誘導され骨新生が活性化されることが明らかとなった.bFGF-IC gelが骨代謝回転に直接影響していないことから,この骨新生は,bFGF-IC gelが血管新生を誘導した結果として引き起こされたものと考えられた.

そこで,第3章では,より容易かつ早期に骨欠損部の安定化を達成するため,テーラーメイドインプラントであるtTMCPを作製し,第2章と同様のイヌモデルを用いて,TBおよびbFGF-IC gelとの併用による機能回復ならびに骨再生効果を,より長期的に検討した.

実験動物としてビーグル成犬18頭を用い,個体毎に左橈骨のCTデータを3次元モデル化し,橈骨中央部に20 mmの骨欠損をデザインした.次いで,CAD/CAMシステムにてtTMCPの設計と加工プログラムの作成を行い,金属光造形複合加工機を用いてチタン合金粉末(Ti-6Al-7Nb)からtTMCPをレーザー溶融積層造形した.手術は麻酔下にて左橈骨中央に20 mmの骨欠損を作製し,tTMCPおよび6本の純チタンスクリューにて整復した.実験群は,TBを充填したtTMCPを移植したtm/TB群と,TBとbFGF-IC gelを充填したtTMCPを移植したtm/TB/f-ICgel群(100 ng/ml溶液を1.0 ml)の2群(各n=9)とした.術後4, 8, 24週目(各n=3)で安楽殺し,単純X線検査,肉眼的評価,組織形態学的検査を行った.組織形態学的検査には,第2章と同様に5項目を用いた.

全てのtTMCPは骨欠損部および既存骨の形態と正確に一致し,骨欠損部の再建が極めて容易であった.また,術後3日目には全例患肢への負重を開始し,術後10日目には跛行はほぼ消失していた.単純X線写真では,全群で骨欠損部両端にわずかな仮骨形成を認めた.肉眼的には4週において,tm/TB群に比べ,tm/TB/f-ICgel群で明らかに多くの血管がメッシュ孔からケージ内部に侵入していた.組織形態学的検査では,新生骨伸長距離は4,24週においてtm/TB/f-ICgel群が有意に高く,24週ではtm/TB群では1例も骨癒合していないのに対し,tm/TB/f-ICgel群は3例中2例に骨癒合が認められた.新生骨量は4週のみtm/TB/f-ICgel群が有意に高かったが,それ以降は両群に有意差は認められなかった.また,血管数は全ての観察期間においてtm/TB/f-ICgel群が有意に高かった.層板状骨量および石灰化速度は,いずれの観察期間においても両群に有意な差は認められなかった.

臨床的観点からは,tTMCPの移植により,骨欠損部は自然に解剖学的整復が達成され,手術は極めて容易に実施できた.さらに,早期に正常歩行を示すなどのすぐれた機能回復が認められたことから,tTMCPにより骨欠損部が強固に安定化したと考えられ,その有用性が確認された.一方,組織形態学的には, tm/TB/f-ICgel群の24週において,有意に高い血管数と骨癒合期間の短縮が認められたことから,TBとbFGF-IC gelの併用による長期的な血管新生および骨新生効果が示された.さらに第2章の結果と比較すると,TBを充填したtTMCPの新生骨量は,TBを充填したPMCよりも低かったが,bFGF-IC gelの併用により血管新生と骨新生が促進され,新生骨量はPMCと同程度まで増加していた.

以上の成績から,長管骨巨大骨欠損に対するtTMCP,TBならびにbFGF-IC gelの併用療法は,早期の機能回復と骨癒合を達成できる理想的な治療法となる可能性が示唆された.tTMCPはどのような骨欠損形態にも造形できることから,再建困難な長管骨骨幹端部の巨大骨欠損にも応用できる可能性が高く,臨床上極めて有用な治療法になると考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

外傷や骨腫瘍等により生じた長管骨巨大骨欠損の再建治療は極めて困難であり、より簡便でかつ早期の機能回復と骨再生が得られる新たな治療法が求められている。一般に骨再生には、自家骨、他家骨、あるいは人工骨が用いられ、それらに加えて早期の骨形成を促す増殖因子、血管新生を促す因子が必須である。さらには、骨欠損部に対する安定した固定もまたきわめて重要な要因である。

人工骨としては従来からセラミック系のハイドロキシアパタイト、リン酸三カルシウム(TCP)などが用いられてきた。著者らのグループは、αTCP製のテトラポッド型顆粒状人工骨(TB)を開発し、これが力学的強度、血管/骨組織形成に必要な顆粒間の間隙(連通孔)等といった観点からきわめて有力な人工骨材料であることを示した。

一方、小山らによって開発されたイオン・コンプレックスゲル(IC gel)は血管侵入の足場となるだけでなく、血管誘導能を持っており、また塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を結合させること(bFGF-IC gel)によりさらに強力な血管新生誘導能が期待される。

そこで本研究では、これらの組み合わせ、さらには新たに開発されたテーラーメイドチタンプレートとも組み合わせ、荷重部における巨大骨欠損に対する新たな治療法の開発を試みた。

第1章では、ウサギ大腿骨骨幹部に10mmの欠損を作成し、血管の侵入を阻害することがきわめて少ないと考えられるポリプロピレンメッシュ(PMC)を筒状に形成したケージ内にTB等を入れ、ステンレスプレート固定下でTB単独ならびにbFGF、IC gelあるいは両者の結合物質の骨再生能を評価した。実験群は、PMCのみ(対照群)、TBのみ、TBとbFGF、TBとIC gel, TBとbFGF-IC gelの各群とした。ウサギはこれらの移植2、4週後に安楽死し、μCTによる画像評価ならびに組織学的評価を行い、各群における新生骨量や血管数を評価した。その結果、TBにbFGF-IC gelを加えた群では他のいずれの群よりも新生骨量が有意に多く、単位面積あたりの血管数も有意に多かった。このことから、TBとbFGF-Icgelの組み合わせは非常に高い骨形成能を示すことが認められた。しかし、ウサギでは、対照群においてもかなりの骨形成が見られたことから、将来のイヌや人への応用を考える場合、必ずしも適切な実験動物とはいえなかった。

第2章では、イヌを用いて20mmの橈骨骨幹部欠損を作成し、同様にステンレスプレート固定するとともに、PMCのみ(対照群)、TBとbFGF、 TBとbFGF-IC gelの3群を設定し、移植を行った。移植4週後に安楽死し、移植部の非脱灰骨標本を作成し、新生骨量や血管数を計測すると同時に、骨標識を行って骨代謝回転の指標を評価した。その結果、新生骨の伸長距離、骨量、ならびに血管数はいずれも他の2群に比して有意に高く、犬においてもbFGF-IC gelの効果が認められた。さらに、層板状骨量、石灰化速度といった骨代謝回転指標は3群間で有意差がないことから、この骨形成能は血管新生に伴う骨形成によってもたらされたことが示された。

これらの治療法を実際の臨床例に応用する場合、欠損部の安定化が必須である。そのためには、欠損部に合わせた確実な固定法の開発が望まれていた。著者らのグループは、各欠損部の形状に一致する、チタン粉末の積層造形によって作製するテーラーメイドのメッシュ一体型プレート(tTMCP)を開発した。そこで、第3章では、成犬に同様の20mmの橈骨骨幹部欠損を作製し、同部位のCT像から個体ごとに造形したtTMCP内にTBあるいはTBとbFGF-IC gelを入れ、固定した。術後4、8、24週目にこれらのイヌを安楽死し、臨床的評価、画像評価、剖検時の肉眼評価、および非脱灰骨標本を用い第2章と同様の形態学的評価を行った。

その結果、臨床的には術後3日目にすべてのイヌは患肢への負重を開始し、10日目には跛行が消失した。X線学的にはケージ内部の骨形成に関する評価はできなかった。剖検時の肉眼所見では、bFGF-IC gel群において明らかにケージへの周囲組織からの血管侵入量が多かった。新生骨伸長距離はbFGF-IC gel群で4週、24週でいずれの他群より長く、24週では、3頭中2頭で欠損部の骨癒合が認められた。新生骨量は4週のみ有意に多かったが、他の週では群間に有意差はなかった。さらに、単位面積あたりの血管数はbFGF-IC gel 群でいずれの週でも有意に多かった。しかし、骨代謝回転の指標はいずれの群のいずれの週においても有意差はなく、BFGF-IC gelにより血管新生が増大し、それに伴って骨新生が増加したものと推測された。また、TBは血管新生にとって好ましい足場を提供したものと推察された。

以上要するに、本研究は、荷重部における巨大な骨欠損に対する新たな治療法を開発したものであり、学術上、臨床上その貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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