学位論文要旨



No 128127
著者(漢字) 望月,浩之
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,ヒロユキ
標題(和) ネコにおける腫瘍性疾患のクローン性解析
標題(洋) Clonality Analysis of the Neoplastic Diseases in Cats
報告番号 128127
報告番号 甲28127
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3843号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京大学 准教授 大野,耕一
内容要旨 要旨を表示する

細胞のクローン性増殖は腫瘍における本質的な特徴であり、増殖細胞のクローン性解析は腫瘍と非腫瘍の鑑別、病態の解明、病変のモニタリングなどにおいて有用と考えられる。医学領域では、特定の遺伝子/染色体異常の解析やフローサイトメトリー法による免疫表現型の解析など、さまざまなクローン性解析法が報告されてきた。しかし、獣医学領域において利用できるクローン性解析法は少なく、臨床的な要望を満たすには至っていない。そこで、本研究では、ネコにおいて抗原受容体遺伝子再構成およびX染色体不活化パターンに基づいた細胞のクローン性解析法を構築し、それを利用して症例由来サンプルを解析することによってその臨床的有用性を検討した。

第1章:ネコにおけるイムノグロブリン重鎖(Immunoglobulin heavy chain, IgH)遺伝子再構成を利用したクローン性解析

本章では、IgH遺伝子再構成を利用したクローン性細胞検出系を構築することを目的として研究を行った。ネコにおいて抗原受容体遺伝子再構成を利用したクローン性解析法に関してこれまでに数報の報告があるが、いずれにおいても検出感度が低く、偽陰性を生じやすいことが臨床上問題となっている。感度が低いことの理由としては、胚細胞型抗原受容体遺伝子の多様性および抗原刺激によって生じる体細胞超変異が挙げられる。アッセイの感度を向上させるためには、PCR解析システムに用いるプライマー数を増やし、プライマー配列におけるミスマッチを極力減らす必要があると考えられた。しかし、単純にPCR反応数を増加させるだけでは、煩雑でコストのかかるアッセイになってしまう。そこで本研究では、Multiplex PCRおよびキャピラリー電気泳動法を用いることにより、高感度かつ簡便な検出系の構築を試みた。

アッセイを構築する前にネコのB細胞性リンパ腫由来細胞株(MS4)を樹立し、クローン性細胞のコントロールとしてその後の実験に供した。アッセイを構築するにあたり、正常な脾臓におけるIgH遺伝子転写産物をクローニングし、得られた配列のアラインメントを基にしてプライマーを設計した。IgH遺伝子V領域プライマー(forwardプライマー)を6-FAM, VICで蛍光標識した。J領域プライマー(reverseプライマー)は混合プライマーとして作製した。クローン性細胞のコントロールとしてMS4細胞を、一方、非クローン性細胞のコントロールとして正常な脾臓を用い、PCR反応の条件を検討した上でアッセイを構築した。26検体のBリンパ系腫瘍由来臨床サンプルを用いてクローン性IgH遺伝子再構成の検出を試みた。その結果、腫瘍サンプルの84%(22/26)においてクローン性のIgH遺伝子再構成が検出された。本研究で構築したアッセイ系を用いることにより、ネコにおいて高感度、簡便、かつ迅速にBリンパ系細胞のクローン性解析が可能となった。

第2章:ネコにおけるT細胞受容体γ(T-cell receptor γ chain, TCRγ)遺伝子再構成を利用したクローン性解析

ネコにおいては高分化型のTリンパ系腫瘍が増加しているが、病理組織学的検査においても炎症性病変と高分化型リンパ系腫瘍との鑑別はしばしば困難である。このような場合、TCRγ遺伝子再構成を利用したクローン性解析は補助診断として有用であると考えられた。

本章では、第1章と同様の手法(Multiplex PCRおよびキャピラリー電気泳動法)を用いることにより、TCRγ遺伝子再構成を検出するクローン性解析法の構築を行った。アッセイの検証のため、30検体のT細胞性腫瘍サンプル、27検体のB細胞性腫瘍サンプル、および34検体の非腫瘍性サンプルを用い、クローン性TCRγ遺伝子の再構成の検出を行った。その結果、87% (26/30)のT細胞性腫瘍、7% (2/27)のB細胞性腫瘍、3% (1/34)の非腫瘍性サンプルにおいてクローン性のTCRγ遺伝子再構成が認められた。

第3章:ネコにおけるX染色体不活化パターンを利用したクローン性解析

X染色体不活化パターン(X-chromosome inactivation pattern, XCIP)を利用したクローン性解析法は古くから医学領域においてさまざまな臓器系のクローン性解析に用いられてきた。XCIPを利用したクローン性解析法では雌の体細胞において片方のX染色体が不活化されている現象を利用する。雌の体細胞は、そのX染色体不活化パターンにより、母方もしくは父方由来の一方のX染色体が不活化された細胞の2種類に分けられる。この2つの細胞集団のバランスは、非腫瘍性細胞集団では偏りがないが、腫瘍性細胞集団においては著しい偏りが生じる。XCIPを利用したクローン性解析法ではこの2種類の細胞集団の偏りを検出する。本研究では、ネコのアンドロゲンレセプター(AR)遺伝子の多型および不活化を解析することにより、各種細胞に応用可能なクローン性解析システムを構築した。

アッセイの構築にあたり、153頭のネコの末梢血DNAサンプルを用い、AR遺伝子のExon 1内にあるCAGタンデムリピートの多型を調べた。その結果、CAGタンデムリピートの多型が認められ、68%の雌ネコがそのリピート数に関してヘテロ接合体であることが示された。次に、メチル化感受性酵素HpaII処理後のPCRによってX染色体の活性化/不活性化を検出した。これら情報をもとにして、ネコにおけるXCIPを利用したクローン性解析法を構築した。

構築したアッセイでは、健常ネコ末梢血白血球ではクローン性が認められなかったのに対し、ネコの乳腺腫瘍由来の3細胞株では明らかなクローン性が検出された。次にAR遺伝子CAGリピートに関してヘテロ接合体であった15検体の腫瘍サンプルおよび3検体の骨髄異形成症候群の骨髄サンプルに関して解析したところ、80% (12/15)の腫瘍サンプルおよび3検体すべての骨髄異形成症候群の骨髄サンプルにおいてクローン性が検出された。これまでネコにおける骨髄異形成症候群の病態は不明であったが、本研究の結果からクローン性の前白血病状態であることが示された。

これら一連の研究により、ネコにおいてIgH/TCRγ遺伝子再構成およびXCIPを利用したクローン性解析法を構築することができた。本研究において構築した高感度なIgH/TCRγ遺伝子再構成検出システムは、ネコにおいて最も頻度の高い腫瘍であるリンパ系腫瘍の診断に役立つばかりではなく、その微小残存病変の検出などの病状モニタリングにも応用できるものと考えられた。また、ネコでしばしば認められる好酸球増加症候群や組織球増殖性疾患は腫瘍性か反応性かを形態学的に鑑別することは困難であり、XCIPを利用したクローン性解析がこれら疾患の病態解明に有用であると考えられる。

小動物臨床においては、感染症や一般的な疾患のコントロールが可能となって、高齢の動物を診療する機会が増えた結果、腫瘍性疾患の重要性が認識されている。本研究の成果はネコにおける腫瘍性疾患の診断および病態解析に分子生物学的手法を有効に利用したものであり、今後の小動物診療の発展につながるものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

クローン性増殖は腫瘍における本質的な特徴であり、増殖細胞のクローン性解析は腫瘍と非腫瘍の鑑別、病態の解明などにおいて有用である。医学領域ではさまざまなクローン性解析法が報告されてきたが、獣医学領域において利用できるクローン性解析法は少ない。そこで、本研究では、ネコにおいてイムノグロブリン重鎖(Immunoglobulin heavy chain, IgH)、T細胞受容体γ(T-cell receptor γ chain, TCRγ)遺伝子再構成およびX染色体不活化パターン(XCIP)に基づいた細胞のクローン性解析法を構築し、それを利用して臨床検体を解析することによってその有用性を検討した。

第1章:ネコにおけるIgH遺伝子再構成を利用したクローン性解析

本章では、IgH遺伝子再構成を利用したクローン性解析法を構築することを目的とした。これまでに報告されているIgH/TCRγ遺伝子再構成を利用したクローン性解析法は検出感度が低い。これは、ゲノム上の多様性や体細胞超変異に伴うプライマー配列におけるミスマッチが生じるためである。そこで本研究では、Multiplex PCRおよびキャピラリー電気泳動法を用いることにより、高感度かつ簡便な検出系の構築を試みた。

まず、ネコのB細胞性リンパ腫細胞株MS4を樹立し、クローン性コントロールとしてその後の実験に供した。アッセイを構築する為に、正常な脾臓におけるIgH遺伝子転写産物をクローニングし、得られた配列を基にIgHV領域プライマーおよびIgHJ領域プライマーを設計した。MS4および正常な脾臓を用いてPCR反応の条件を検討し、アッセイを構築した。臨床例から得られたBリンパ系腫瘍サンプル26検体を用いてクローン性IgH遺伝子再構成の検出を試みたところ、腫瘍サンプルの84%においてクローン性が検出された。本研究で構築した系を用いることにより、ネコにおいて高感度かつ簡便にBリンパ系細胞のクローン性解析が可能となった。

第2章:ネコにおけるTCRγ遺伝子再構成を利用したクローン性解析

本章では、第1章と同様の手法を用いることにより、TCRγ遺伝子再構成を検出するクローン性解析法の構築を行った。アッセイの検証のため、30検体のT細胞性腫瘍サンプル、27検体のB細胞性腫瘍サンプル、および34検体の非腫瘍性サンプルを用い、クローン性TCRγ遺伝子の再構成の検出を行った。その結果、T細胞性腫瘍の87%、B細胞性腫瘍の7%、非腫瘍性サンプルの3%においてクローン性が検出された。

第3章:ネコにおけるXCIPを利用したクローン性解析

雌の体細胞では2本のX染色体のうち片方は不活化されており、全ての細胞は母方、もしくは父方由来のX染色体が不活化された細胞の2種類に分けられる。この2つの細胞集団のバランスは、非腫瘍性細胞集団では偏りがないが、腫瘍性細胞集団においては著しい偏りが生じる。XCIPを利用したクローン性解析法ではこの2種類の細胞集団の偏りを検出する。本研究では、ネコのアンドロゲンレセプター(AR)遺伝子の多型および不活化を解析することにより、各種細胞に応用可能なクローン性解析システムを構築した。

アッセイの構築にあたり、153頭のネコの末梢血DNAを用い、AR遺伝子Exon 1にあるCAG tandem repeat(CAGr)の多型を調べた。その結果、CAGrの多型が認められ、さらに68%の雌ネコがヘテロ接合体であった。次に、CAGr近傍部位のメチル化状態の違いによってX染色体の活性化/不活性化を検出した。これら情報をもとにして、ネコにおけるXCIP解析法を構築した。

構築したアッセイでは、健常ネコ白血球ではクローン性が認められなかったのに対し、ネコ乳腺腫瘍細胞株では明らかなクローン性が検出された。次に15検体の腫瘍サンプルおよび3検体の骨髄異形成症候群(MDS)の骨髄サンプルに関して解析したところ、腫瘍サンプルの80%およびすべてのMDSの骨髄サンプルにおいてクローン性が検出された。本研究の結果からネコMDSはクローン性の前白血病状態であることが示唆された。

これら一連の研究により、ネコにおいてIgH/TCRγ遺伝子再構成およびXCIPを利用したクローン性解析法を構築することができた。本研究において構築した高感度なIgH/TCRγ遺伝子再構成検出系は、ネコのリンパ系腫瘍の診断に役立つのみならず、その微小残存病変の検出などにも応用できるものと考えられた。また、ネコでしばしば認められる好酸球増加症候群などの疾患では腫瘍性か反応性かを形態学的に鑑別することは困難であり、XCIPを利用したクローン性解析がこれら疾患の病態解明に有用であると考えられる。

本申請論文を審査した結果、審査委員一同博士 (獣医学)の学位を授与するに値すると判断した。

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