学位論文要旨



No 128130
著者(漢字) 呉羽,拓
著者(英字)
著者(カナ) クレハ,タク
標題(和) 治性乳癌における新規NF-κB標的遺伝子産物Tropomodulin 1による造腫瘍能促進機構の解析
標題(洋)
報告番号 128130
報告番号 甲28130
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3789号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 准教授 神野,茂樹
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 教授 村上,善則
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

乳癌はその遺伝子発現プロファイルからいくつかのグループに分類されることが知られている。ホルモンレセプターであるエストロゲンレセプター(ER)やプロゲステロンレセプター(PR)を発現するluminal-like type、治療標的分子である受容体型チロシンキナーゼErbB2を発現するErbB2-expressing type、正常乳腺と遺伝子発現プロファイルが類似するnormal breast-like type、およびERやPR、ErbB2といった治療標的分子を発現しないbasal-like typeの4つに分類される。この中でも、basal-like type乳癌は他のsubtypeよりも悪性度が高く、ホルモン療法やErbB2を標的としたハーセプチン治療が無効なため、極めて予後の悪い難治性乳癌である。現在、basal-like type乳癌に対する治療標的候補として、EGFRやc-KITに対する阻害剤、およびsrc阻害剤などが挙げられるが、阻害剤の特異性や臨床データが揃っていないなど問題点が残されていることから、basal-like type乳癌に対する治療標的分子の開発が依然として必要とされている。そこで我々は新たな治療標的分子候補を探索するため、basal-like type乳癌において転写因子NF-κB が恒常的に活性化していることに着目し、basal-like type乳癌の癌悪性化に関与する新規NF-κB標的遺伝子を探索することを目的とした。

【方法と結果】

新規NF-κB標的遺伝子を探索するため、NF-κB恒常的活性化が顕著に起きている乳癌細胞株を用いてマイクロアレイ解析を行った。まず初めに、NF-κB活性化を特異的に抑制することのできるIκBα-SRを発現させNF-κB活性を抑制し (図1A)、遺伝子発現が二倍以上減少する48個の遺伝子群を選択した (図1B)。

さらに、既知NF-κB標的遺伝子を除き、RT-PCR法により発現変動が確認された遺伝子の中から機能が明らかでない遺伝子を選択した結果、新規NF-κB標的遺伝子候補として4つの遺伝子に絞ることができた (図1B)。次に、ヌードマウスを用いてin vivoにおける造腫瘍能を検討した。4つの候補遺伝子それぞれをNF-κB活性の低い乳癌細胞株MDA-MB-231に過剰発現し、安定発現細胞を作製した (図2A)。次に、安定発現細胞をヌードマウスのfat padに注射し、40日間造腫瘍能を計測した。その結果、我々は一つの遺伝子Tropomodulin 1 (Tmod1)というアクチン結合タンパク質が造腫瘍能を促進することを明らかにした (図2B, C)。

Tmod1はアクチンフィラメントのpointed end側をキャップし、アクチンフィラメントの安定性に関与することが知られているが、Tmod1の癌悪性化への関与は現在報告されていない。そこで次に、basal-like type乳癌細胞におけるTmod1の造腫瘍能促進機構を解析した。造腫瘍能が促進したことから、増殖能に変化があるのではないかと考え、まず通常培養条件下における2D増殖を比較した。4日毎に生細胞数を計測し細胞数を比較したところ、2D増殖に変化は見られなかった(図3A)。そこで、腫瘍環境を模倣した実験系であるタイプ1コラーゲン3D培養を行い3D増殖を比較したところ、Tmod1過剰発現により増殖能が促進することが明らかとなった (図3A)。このことから、Tmod1はタイプ1コラーゲンの分解能を促進することで増殖能を促進しているのではないかと考えられた。そこで、MMP阻害剤であるMMI270をタイプ1コラーゲン中に添加しMMP活性を抑制した際の増殖能を検討した。すると、Tmod1により促進された細胞増殖はMMI270添加により抑制されコントロールと同程度の増殖を示した (図3A)。このことから、MMP依存的に3D増殖能の促進が起きていることが明らかとなった。

次に我々は、分泌型MMPあるいは膜結合型MMPどちらが3D増殖に関与しているかを検討するため、リコンビナントタンパクTIMP1およびTIMP2を使用し、増殖能を検討した。TIMP1およびTIMP2それぞれをタイプ1コラーゲン中に添加し培養すると、3D増殖能は両者の阻害剤により抑制されることが明らかとなった (図3B)。このことより、MT1-MMPおよびMT1-MMPによる活性化を受ける分泌型MMPsが3D増殖に関与しているのではないかと示唆された。

次に、basal-like type乳癌細胞MDA-MB-231の内因性Tmod1の機能を評価するため、Tmod1ノックダウン実験を行った。コントロールとしてLuciferaseに対するshRNA、Tmod1に対しては2つのshRNAを用いてTmod1をノックダウンした (図4A)。これらの細胞を用いて2D増殖能および3D増殖能を検討したところ、2D培養時の増殖能に変化は認められなかったが、タイプ1コラーゲン3D培養時では増殖能が抑制された (図4B, 4C)。以上のことより、Tmod1はbasal-like type乳癌細胞の3D増殖能に関与していることが明らかとなった。A. B. C.

次に、Tmod1による3D増殖にMMPが関与していることから、Tmod1ノックダウンによりMMPの発現に変化があるかどうかを検討した。タイプ1コラーゲンを分解するMMP1、MT1-MMP、およびMT1-MMPにより活性化されるMMP2、MMP9、MMP13のmRNA発現をRT-PCR法により検討した。MMP1、MT1-MMPおよびMMP9の発現に変化は認められなかったが、MMP13発現がTmod1ノックダウンにより減少することを突き止めた (図5A)。また、MDA-MB-231細胞におけるMMP2の発現は認められなかった (図5B)。このことより、Tmod1による3D増殖にはMMP13が関与しているのではないかと示唆された。

最後に、Tmod1によるMMP13発現制御機構を明らかにするため、MMP13発現に関与するシグナルを検討した。pERK、p-p38、pJNK、β-cateninに関して検討を行ったところ、Tmod1ノックダウンによりβ-catenin発現が抑制されることが明らかとなった (図6A)。また、β-cateninの核移行およびβ-catenin /TCF-Lef複合体の転写活性能もTmod1ノックダウンにより抑制されることを確認している (図6B, 6C)。さらに、Tmod1ノックダウンによるβ-cateninのタンパク質発現低下はmRNAレベルあるいはタンパク質レベル、どちらにより制御を受けているのかを検討した。β-cateninのmRNA発現量をReal-Time PCR法により検討を行ったところ、Tmod1ノックダウンによるmRNA発現の低下は認められなかった (図6D)。そこで、β-cateninのタンパク質発現は翻訳後のプロテアソーム分解による制御を受けているのではないかと考え、プロテアソーム阻害剤MG132を用いて検討を行った。β-cateninのタンパク質発現量はMG132添加により蓄積し、Tmod1ノックダウン細胞において見られたβ-cateninの発現低下が抑制された (図6E)。

以上のことより、Tmod1はβ-cateninのプロテアソーム分解を抑制し、タンパク質の安定化を促進しているのではないかということが示唆された。現在、Tmod1によるβ-cateninタンパク質安定化制御機構の詳細な検討を行っている。

【結語】

本研究から、新規NF-κB標的遺伝子Tmod1がbasal-like type乳癌の悪性化に関与していることが確認された。また、Tmod1はβ-cateninのタンパク質安定化を促進することで、その標的遺伝子MMP13の発現を制御しているのではないかと考えられた。今後、MMP13に関するノックダウン実験を行い、3D増殖能にMMP13が関与しているかどうかを検討していきたい。

basal-like type乳癌においてTmod1は高発現していることから、本研究成果ががん治療薬の開発につながることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、難治性乳癌であるbasal-like type乳癌において新たなる治療標的分子候補を探索するため、転写因子NF-κBがbasal-like type乳癌において恒常的に活性化していることに着目し、癌悪性化に関与する新規NF-κB標的遺伝子の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1、 basal-like type乳癌細胞を用いたマイクロアレイ解析および遺伝子スクリーニングより、NF-κB活性を抑制後、遺伝子発現が二倍以上減少し、未知NF-κB標的遺伝子である26個の遺伝子群を得た。さらに、RT-PCR法により発現変動が確認された遺伝子の中から機能が明らかでない遺伝子を選択した。その結果、新規NF-κB標的遺伝子候補として4つの遺伝子に絞ることが出来た。

2、 4つの候補遺伝子それぞれをbasal-like type乳癌細胞株であるMDA-MB-231に過剰発現し、ヌードマウスのfat padに注射したところ、1つの遺伝子Tropomodulin 1(Tmod1)の過剰発現により造腫瘍能が亢進した。

3、 2つのbasal-like type乳癌細胞株にIκBα-SRを発現させNF-κB活性を抑制すると内因性Tmod1の発現量が低下した。また、TNFα刺激によりNF-κB活性を増加させたところTmod1のmRNA発現は時間経過とともに増加した。さらに、NF-κB componentsの1つであるRelAの抗体を用いてChIPアッセイを行ったところ、Tmod1プロモーター領域の増幅が確認された。

4、 35種のヒト乳癌細胞株をluminal typeおよびbasal-like typeに分類し、Tmod1のmRNA発現量を比較した。その結果、basal-like typeにおいてTmod1のmRNA発現が増加していることが明らかとなった。また、ヒト乳癌腫瘍検体におけるTmod1発現レベルを検討するため、公共に公開されているヒト乳癌腫瘍検体の遺伝子発現データを使用した。その遺伝子発現に基づいて94の乳癌腫瘍検体をそれぞれのsubtypeに分類し、Tmod1発現量を比較したところ、basal-like type乳癌において特異的にTmod1 mRNA発現が増加していた。

5、 空ベクター導入細胞およびTmod1過剰発現細胞を通常の培養条件下において培養し増殖能を比較したところ増殖能に顕著な差は認められなかった。しかし、タイプ1コラーゲンを用いた3D培養を行うと、Tmod1過剰発現細胞の増殖は亢進した。また、MMI270をコラーゲン中に添加し培養すると、両者の増殖は抑制され、Tmod1過剰発現による増殖促進も抑制された。

6、 リコンビナントタンパクTIMP1およびTIMP2をコラーゲン中に添加し増殖能を比較すると、Tmod1による増殖能促進は両者の阻害剤により抑制された。従って、MT1-MMPおよびMT1-MMP により活性化される分泌型MMP2、MMP9、およびMMP13が3D増殖促進に関与すると考えられた。

7、 コントロールLuciferase shRNAおよびTmod1 shRNAをレトロウイルスベクターに組み込み、MDA-MB-231細胞に感染させshRNA安定発現細胞を作製した。これらの細胞を用いて2Dおよび3D増殖を比較したところ、2D培養条件下においてはそれぞれの増殖能に変化は認められなかったが、タイプ1コラーゲン中で培養するとTmod1ノックダウンにより細胞増殖能の低下が認められた。さらに、MMP13のmRNA発現がTmod1ノックダウン細胞において減少しているが明らかとなった。一方、MMP13の発現はTmod1の過剰発現により増加した。

8、 Tmod1によるMMP13発現制御に関して検討を行ったところ、pERK、pJNK、p-p38の発現に関しては顕著な変化は認められなかったが、Tmod1ノックダウンによりβ -cateninの発現量が減少した。また、核内に局在するβ -catenin発現量が減少していることが明らかとなった。一方、Tmod1過剰発現細胞において核内のβ -catenin発現量は増加していた。さらに、β -catenin/TCF-Lef複合体の転写活性化能に関しても、Tmod1ノックダウンにより減少した。

9、 Tmod1ノックダウンによるβ -catenin発現制御を解析したところ、β -cateninのmRNA発現の低下は認められなかった。そこで、プロテアソーム阻害剤MG13を培地中に添加し、β -cateninのタンパク質安定化に関して検討を行ったところ、β -cateninのタンパク質発現量はMG132添加により蓄積し、Tmod1ノックダウン細胞において認められたβ -cateninの発現低下が抑制された。以上のことより、Tmod1はβ-cateninのプロテアソーム分解を抑制し、安定化を促進していると考えられた。

以上、本論文はヒト乳癌細胞において、癌悪性化に関与する新規NF-κB標的遺伝子Tmod1の機能を明らかにした。basal-like type乳癌に対する効果的な治療薬は未だ報告されておらず、新規治療薬の開発が期待されていることからも、Tmod1がbasal-like type乳癌の新たな治療薬候補としてなり得ることが期待される。また、本研究はbasal-like type乳癌の悪性化促進機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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